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照司とショウジ

 一方、町中に戻った照司は、彼を捜していたムタケルにあっさりと保護されていた。

「さぁ、ショウジ様。また、捕まえましたぞ」

 ムタケルは両腕を広げて照司を包み込んだ。御矢樹山おやきやまの麓で見つけたときと合わせれば、二度目だというのである。ムタケルは言葉を継いだ。

「今度は、牛車など無用。私が捕まえて放さず、弥禄社まで同道いたしましょう」

 ムタケルはそう言うと、照司をひょいと抱き上げて肩車をした。たしかに、この姿勢なら照司は逃げ出せない。ただ、ムタケルの肩の上からの視界は良く、町の中を良く見渡せる。照司が町の中を見たいと外出した、その意図を汲んで、手をつなぐのではなく肩に乗せてくれたのだと思えた。照司はムタケルの暖かな心遣いに甘えるように、尋ねてみることにした。

「ムタケルさん」

「何か?」

「アシカタって危ないん?」

 照司がその地名を口にすると言うのは、行きたがっていると言うことだろう。ムタケルはその言葉の重みを感じ取るように返答に一拍の間をおいた。

「左様ですな……。カヤミ様でさえ手こずられた場所ですからな」

 この場合、もっとも無難な回答だった。危険はないといえば照司は行きたいと言うだろう。危険だと言えば、照司を怯えさせてしまうかもしれない。

「カヤミさん、帰ってけえへんかったんやね」

「カヤミさまのご遺体は、剣の海王丸とともに、彼の地で葬られましたが、カヤミ様の太刀の海王丸に付いた宝玉と鎧の山王丸が戻って参りましたな」

「ボク、アシカタへ行くかもしれへんねん」

「とんでもない」

「そやけど、行かなアカンねん」

「なんという無謀なことを」

「危ないけど、スエラギ様がどうなったか知りたいねん」

「まずは、スセリ様の許しも下りますまいよ」

「じゃあ、スセリさんに、行きたいってたのんだらええのん?」

 照司が言ったその人物の姿が、弥禄社の門のところに見えた。ムタケルの使者の報告で照司が戻ると聞いて待っていたのである。その傍らには姉の姿があり、背後にサヨリとタマエの姿もあった。ここに姿を見せない人々も、日々の生活を乱すことなく仕事をしているが、照司の安全が確認されたという連絡を聞いて、仕事の手をしばし休めてほっとしている姿が想像できるようだった。


「困った方ですね。まもなく、招緑の儀が始まりましょう。準備なさい」

 スセリは眉を顰めただけで、戻ってきた照司にそう命じた。スセリの目に困惑があった。香久夜は以前から、ショウジとカグヤ、二人でスエラギ様の元へ旅をしたいと、スセリに語っていたことを思い出した。照司が外出した理由は気づいていて、人々の姿を眺めた照司が、再び旅をしたいと言い出すのを危惧しているようだった。

 ただ、照司は意外な言葉で、スセリに反駁した。

「ボク、何のためにここにおるん?」

「何を仰っているのです?」

「ボク、生まれてからずっと、なんで自分が生まれたのか分かれへんかってん」

「ショウジ様は自分の責務を果たす為にいて、この弥禄社でのお勤めをちゃんと果たしておられますよ」

「ちゃうねん。責任。今は、スエラギ様の所へ行くのが、ボクの責任やて思うねん」

 照司の言葉をスセリは即座に否定した。

「いいえ。ショウジ様は、ここ、弥禄社で人々の日々の安寧を祈るのがお役目。その照司様を守りお育てするのが私の勤めです」

 照司はスセリに反論するようなそぶりを見せたが、口ごもって言葉が出てこない。自分の心を伝えた経験の少ない照司には、スセリを説得することができない。孤独感や困惑、苛立ち、怒り。やがて感情が高ぶった照司は、突然に口を開いた。

「ボケぇーーー。お前ら、ぶっこ……」

 照司はそこまで怒鳴りかけ、ふと我に返ったような悲しい表情で口ごもった。香久夜は最後まで聞かずともその言葉の先を知っていた。

(ボケ!! お前ら、ぶっ殺すぞ)

 その言葉の後、数え切れない罵声とともに殴る蹴るの暴力が続く。香久夜と照司の養父の口癖だった。心に刻まれていた残酷な言葉が、照司の口をついて出かかった。しかし、照司は怒りの感情を抑え、罵声を発したことに悲しみや戸惑いを露わにし、やがて哀しげに小さく言った。

「ボクが、みんなの代わりに、行ったるっていうのに」

 感情を発散させる向きも分からず、照司は感情を抑えるように門の奥へと駆け去った。

「みんな、悪いけど、ちょっと、そっとしといたって。あの子、興奮してるから」

 香久夜はスセリらにそう言い置いて照司の後を追った。香久夜は照司を月香殿げっかでんの池の畔で見つけた。しゃがみ込んでうつむく姿は孤独な幼児に見える。香久夜は意図して明るい口調で声をかけた

「あんた、けっこう反抗的やなぁ。みんなびっくりしてたで。そやけど、一人で悩まんと、私に相談したらええわ」

「一人とちゃうねん」

「どうして?」

「最近、いろんな事がごちゃごちゃで分かれへんようになるねん。ボク、アホやから……。そしたら、悲しなったり、腹が立ったりして止まれへん」

「だから、私がおるやんか」

「そやけど、いつもショウジがどこかで見てて慰めてくれんねん」

「ショウジが?」

「さっきも、ボク、お父ちゃんみたいなりかけてん。そやけど、ショウジがやめときっていうねん」

 香久夜も、この世界のカグヤの声を聞くことがある。照司も同じ経験をしている様子が伺えた。ただ、香久夜は姉らしく、周囲に暴力をふるい暴言を吐くという照司のようなトラブルは起こしていない。ただし、二人に共通して癒し切れない心の傷口があるとしたら、父と母の愛情に恵まれないと言うことだろう。

 二人が手をつないで戻ってくるのをスセリやムタケルは静かに見守るように待っていた。この日、様々な出来事にもかかわらず、弥禄社の人々は二人をいつもと同じように扱って、この夜から日々は平穏を取り戻したように思えた。

「まぁ、しゃあないやろな」

 香久夜は暖かな布団の中で、隣の寝所の照司の事を思った。明日、照司は無断で出歩いたお仕置きに、スセリから神具磨きでもさせられるだろう。そう予感したのである。弥禄社の人々は、香久夜たちに優しいばかりではなく厳しさもあった。ただ、その厳しさが、今の香久夜には変わらぬ愛情の証のようにも思える。

(そやけど、いつか私たちを捨てるかもしれへん)

 人を信頼して良いのだという声と同時に、もう一方では、まだ人々に対する根強い不信感も持っていた。トラブルを繰り返す照司は、その都度、ひび割れた心の傷にたまった膿出し、素直な子どもの心を再構築している。一方で、一見は穏便に見える香久夜の心は固く閉ざされたまま、様々な矛盾を抱え続けていた。大きな動揺があれば、彼女の心の傷が大きく開くかもしれない。修復など不可能なほどに。


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