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照司、心の傷

 明くる日の招緑の儀の後のこと。照司にとって、姉が外出の頼りにならぬとすれば、頼るべきは巫女たち。照司がおねだりをするために最初に見つけた巫女はイセポだった。

「ねぇ、イセポさん。ボク、町へでてみたいねん」

「ごめんなさい。私はこれから機織りをいたします。そばでご覧になりませんか」

「ううん」

 照司は首を横に振って、別の人物を捜すことにし、すぐに次の顔なじみを見つけた。

「サヨリさん。町へ行くのにどうしたらええのん?」

「お買い物なら私たちが参りますよ」

 そうやって、照司は巫女を見つけてはお願いをしてみたが、願いを聞き入れてくれる巫女を見つけることができない。

 香久夜が廊下でおねだりをする照司を見つけたのはそんなときだった。ここのところ、巫女たちの傍らに侍っていることが多くて日常的な光景に過ぎない。照司はお願いの相手に、神具を運んでいたタマエを見つけた。

「タマエさん。町を見に行きたいねん。」

「では、スセリさまと相談いたしましょう。おつきの者どもの手配もせねばなりません」

「ちゃうねん。一人で行きたいねん」

「ワガママはいけませんよ。外出は私たちがお守りするのが決まりです」

 香久夜が見たところ、照司の願いは受け入れられそうにない。ただ、香久夜が気になったのは、照司の子供じみた戸惑いと不満が入り交じった表情に、苛立ちや怒りが混じり始めたことだった。その怒りの表情は元の世界の母親の憎しみに満ちた目を思わせた。照司は感情を爆発させ、床を踏みならし、壁を叩き、タマエが手にしていた神具が乗った盆を奪って床に叩きつけた。照司が怒りにまかせてタマエを突き飛ばそうとする様子に、香久夜は叫んでいた。

「危ないっ」

 隠してはいるが常人ではない腕力を持っている。そんなアツシが怒りにまかせて突き飛ばせば、タマエは大怪我をするはずだ。香久夜が駆け寄って、照司を背後から引き寄せたため、タマエが受けた衝撃は和らいだ。それでも、彼女は勢いよく転倒し、頭を壁にぶつけてうずくまった。

 照司は冷水でも浴びせられたように冷静さを取り戻していた。照司は背後の姉を振り仰いだ。香久夜には弟の凍り付いた目の中に、いくつもの混乱が入り交じって見えた。人々との接し方が分からず、この結果を招いた。自分の責任だという自覚はあるが、どう対処して良いのかよく分からない。照司は混乱する心の中に、タマエに詫びるというという素直な選択肢も見つけることができない。照司は自分を悔いる表情を浮かべたかと思うと、何も言わずに駆け去った。

 

 本殿でこの日を締めくくる招青の儀が行われた。いつもは香久夜と照司が一対に座する位置に、今日は香久夜のみだった。照司に突き飛ばされたタマエは、幸いにして、床で腰を打ち、壁にぶつけた頭部にこぶを作る程度ですんだ。治癒能力の高いこの世界なら、数時間で痛みが引き、三日もあれば完全に治癒するだろう。照司が壊した神具は代わりの品がある。被害者のはずのタマエが、自身より照司を心配して探し回っていた。あとは照司がタマエに乱暴を謝罪すれば収まるはずだ。

 しかし、巫女や衛士たちが弥禄社の中を探し回ったにもかかわらず、照司は外に出た気配もなく、社でもその姿を見つけることはできなかった。香久夜はスエラギ様の代理としてサギリが述べる平穏の感謝の言葉を受けつつ、照司の居場所を考えていた。照司の性格を考えれば、人気が無く暗く狭く安全な場所に閉じこもっているだろう。

 儀式の後、やや暗くなった境内に衛士たちがかざす松明の炎が行き来して見えた。今も人々は照司を捜している。

 本殿から渡り廊下を歩いて、分岐点にさしかかった香久夜は、月香殿げっかでんではなく、神具を捧げて宝物蔵に向かうスセリの背を追った。振り返って香久夜の意図をうかがうスセリに香久夜は蔵の方向を指さして言った。

「私、照司のこと、良く知ってるから」

 たぶん、この先の蔵の一つに隠れ潜んでいるという。思いもかけずタマエに暴力をふるってしまった照司は、人気のない方向に逃げる。隠れる事を目的にしていないから、闇雲に逃げて走って行き着く先は一番奥の蔵だろう。行き止まりで走ることができなくなった照司は、そこで隠れるという目的を見いだすに違いない。照司の性格を考えれば、その蔵の一番奥の隅に、次になすべき事も分からぬまま、後悔のみに身を縮めているはずだ。

「照司。ええか、入るで」

 香久夜は敢えて明るい声を張り上げて、勢いよく蔵の扉を開いた。香久夜が想像した通りの所に、照司が居た。蔵の奥の片隅に積み上げた葛籠の脇から恐る恐る顔を見せた。表情は落ち着いている。香久夜は安堵のため息をついた。あとは、暴力をふるってごめんなさいと、謝罪させればいい。

 しかし、照司は突如として眉を顰めて困惑の表情をみせた。その視線をたどると香久夜の背後にタマエが居た。タマエは照司に駆け寄って抱きしめた。

「ご無事でよかった。姿を消しておられたので、心配していたんですよ」

 照司はそんなタマエの言葉と涙に戸惑い、謝罪を忘れて黙っていた。しかし、照司の目には素直な謝罪の感情が漂っていたし、タマエは照司の素直な心を信じて察していた。この謝罪の場には、言葉という手段を使う必要はなさそうだった。

「さあ、ショウジさまとカグヤさまを湯殿へ。イセポはムタケル殿にショウジ様が見つかったと伝えて」

 スセリもそれしか言わなかった。香久夜は照司の手を引く役割をタマエに任せた。廊下に顔をそろえていた人たちは、照司の出現に、安堵の笑顔を浮かべた。サヨリが倉庫群から更に北に離れて存在する建物に視線をやり、ため息とともに言葉を吐き出した。

「あの奥の蔵の魔物に傷つけられていなくて、本当に良かった」

「その通りです。人を生きたままむさぼり食うとか。そんな恐ろしい魔物の手にかからなくて幸せでした」

 そんな言葉でサギリがサヨリの言葉に同意した。香久夜は巫女たちから聞き取った言葉を呟いたが、

(魔物やて? この弥禄社やろくやしろは、そんなモンまで飼ってるんかいな?)

 しかし、今は照司が戻ってきたことに満足することにして、その不安な言葉は忘れることにした。この事件に締めくくりがあるとすれば、明くる日に、今回の事件のお仕置きに、照司はスセリから池の周囲の落ち葉の掃除を命じられた。人々は香久夜と照司を優しく受け入れつつ、子供を導くように叱りもしていたのだった。

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