【すげどう杯企画】鼻クソ飛べば、腸が蠢めく
トマトスープ中の方はご注意を!
日差しが穏やかな今日この頃。
つまらない講義の日常な光景を観察中。もちろん講義など眼中に無い学生。
黒板上のカオスはまだ近代画だと思えば一見の価値でもあるかもしれない(達筆過ぎて解読不能)。教授の偏った話はつまらない(彼方此方飛び過ぎて理解不能)。仮にも教育者を名乗るならば自分の得意な研究関係以外も分野に関しては語れるようにしておけと言いたい。
教室の後ろは寝るか株やるか内職するか遊ぶかティファー◯でお茶を入れるか。前は真面目(な振りして卓下でスマホいじりつつ)教授に媚びを売るか。ここからだとどっちも見える。
俺はと言えば……通常通り中途半端。テキトーにダラっと。
寝るのもノート取るのも副業するのも拒否して、かといって教授の話も真面目に聞く気はない。じゃあ何をしているかといえば、何もしていないようでしているような(意味不明だとは認める)
強いて言えば人間観察だろうか。
平和ボケしているこの怠惰な空間。その中で何%が自分のために時間を使っているのか、他人のために使っているのか。調査したらどうなるだろう。副業にせよ何にせよ、結局自分のためではなく他人のためになってしまう。寝ているのも、この授業時間を稼ぐためにここで寝ているのか、それとも自分の趣味を充実させる時間を稼ぐべく寝ているのか。
そんな、至極どうでもいいことを取り留めもなく考えてみたり。
何れにせよ、結局平和だ。平和すぎる。
だからこそ、余計なことを考えてしまう。果たして俺自身も自分のためにこの思考は働いているのだろうか。それとも、この思考は他人のためか。
あるいは、この平和がちょっとしたことで壊れたらどうなるのか等。
そういえば世界にはこんな言葉がある。
『蝶の羽ばたき butterfly effect』
確か南米の蝶の羽ばたき一つによって本来無かった北米の災害へ繋がるといった由来だったか。カオス理論の一つである。尚、この『蝶の羽ばたき』自体は気象学者エドワード・ローレンツの学会で発表した数式をグラフ化すると場合蝶の羽みたいに見えるという話が元になっているらしい(諸説あり)。
一方、日本にも似たような言葉がある。
『風が吹けば桶屋が儲かる』
風で舞い上がった砂で盲目の人が増えると尺八奏者が増えるので、尺八奏者の被る桶が儲かる。確かそんな由来だったか。
いずれにせよ、一見無関係な『ちょっと』が未来を変える。そんな意味をしている。
そんな風に何か非日常が起こらないかな。などと不謹慎にも思ってしまった。
ふと、目の前の奴が鼻クソをほじっているのが目に入った。迷惑な癖だと思う。確か幼少期に直さなければ一生治らないと聞いた気がする。友人曰く、『三つ子の魂系の癖』だったか。
あの癖のタチ悪いところといえば、鼻クソ(感染源)の付着した手で色んな場所を触る事だろう。インフルとか風邪(ライノウィルス等)はそうやって広がっていくらしい。こいつも例に漏れず、鼻クソほじった手で机やスマホをいじっていた。キモッ
ふと、鼻クソ野郎(仮)の斜め1行前でトマトスープパスタを飲んでいる女子が視界に入った。ご丁寧にティ◯ァールまで持ち込んで、電気泥棒したのか。確かにこの講義は12時30分から15時まで休憩なしで昼食取りたいのも分かる。分かるのだが、周囲に漂う匂いを考えて責めて選んで欲しかった。
そんな、近づきたくない2大巨頭。
幸いなことに鼻クソ野郎からの被害はない。俺は2大巨頭より少し離れた、後方斜め2行のところにいるからだ。
ここで、突然騒動が後方で起こる。またゴギブリ騒ぎか。誰かが1匹潰したらしいが今日は3匹か。それならもっといるだろう。
最近食べ残しを講義室に置いておくことへの注意勧告が随分出ていたが、それか。それともこの講義室が築20年だからか。あるいはどこかの教授が研究室でゴキブリをペットにしているからか。
ま、こっちに来なければどうでもいい。第一5行以上離れているので大丈夫か。放置して傍迷惑2大巨頭をなんとなく観察する。
鼻クソ野郎が動きを止め、じっと指先を見つめる……おいおいおい、ここから見える程度にあれデカイぞ。ばっちぃな。大方蓄膿が一気に取れた感じだろうか。茶褐色系統の色まで見える。見たくなかった。
それを人差し指と親指でグルグルする鼻クソ野郎。嫌な予感しかしない。
次の瞬間、鼻クソがトマトスープへドボンした。実際にはポチャンだが、あれはドボンだろう。指摘するべきか。
ゴキブリ騒動へよそ見していたトマトスープ女子。飛沫が少しはねたのか、こぼしたと勘違いした模様。どんだけ質量デカかったんだあの鼻クソ。鞄からティッシュを1枚出す。服にも着いたのか、ウエットティッシュを追加で出す。だけど今日は黒い上着だったからか、後で拭くことにしたらしい。
一瞬指摘した方がいいか迷ったが、迷っている暇はなかった。
鼻クソ入りの事実を知らずに全て飲まれていくトマトスープ。ゴックンと、最後の1滴まで飲み込む意識高い(かどうかわからん)系女子。
鼻を掘りすぎて鼻血を押さえる鼻クソ野郎を見ない様にしつつ、トマトスープ容器をビニールへ仕舞う様子を見る。なぜかジワジワと罪悪感が。いや、どうしようもなかった。
一瞬の出来事すぎて、結局何もできなかったんや……
それから暫し呆然としてしまっていたが、もしかしたら気のせいかなとも思う。白昼夢かなと。だがやはりあれは嘘ではない。トマト女子は上着を丹念に拭いているのでやはり現実かもしれない。或いは目をそらしている(ように見受けられる)鼻クソ野郎が目に入り、やっぱり現実だと思い知らされる。
トマトスープ(野郎の鼻クソ入り)……何だか気分が悪くなってきた。もうこうなったら寝よう。
(尚、鼻クソ野郎は講義中後何度もトイレに行く姿を見かけた気がする。ザマァみやがれ)
そんな事のあった3日後。
同じ教授による別の科目の同じ講義風景。
長閑だ、平和だ。その中でいつもの如くまどろみの中『自己か他己』を巡る思考論争を繰り広げる俺氏。嗚呼眠い。超絶眠い。講義も論争も、どうでもいい。もういいや、寝よう。特に寝不足でなければ寝溜めの必要もないのだが、寝よう。決定。
暫く、凄い騒ぎへ一気に覚醒した。
見開くと頰を膨らませた人々。収納オーバーになったのか、次の瞬間にはオーロラ色に輝く泉が噴き出していた。
これってあれか。某ゲームや漫画ならば虹色エフェクトになると友人の話していた例の物体か(現実逃避もできない模様)そして、苦しそうに這いつくばる人、人……ってほぼ全員ダウンかいな。
「……は?」
唖然と目が合う教授と俺。無事なのはこの二人だけ。これは夢か現か。そんな疑問はだが、空気の酸味や苦味が現実だと答えてくれる。同時に自分が真っ先にやらねばならない事も。
「きゅ、救急車。救急車呼ばないと……」
焦ってスマホで緊急119番通報する俺。教授は相変わらず唖然と突っ立っている。いつもより額が広いことへ注目している場合ではない。
(※実際に遭遇した場合は真っ先にハンカチ等布で口を覆って下さい。)
それから約10分、あっという間に病院に来ていた。
「食中毒集団感染……まさかな。」
因果関係は知らないが、どうやら実際の『バタフライエフェクト』は砂や蝶程度では済まなかったらしい。
「『鼻クソ1粒で腸の蠢き』なんてな。ははは……」
いや、全く面白くなければシャレにならねぇ。
あれからさらに数日後、目出度く俺も教授も急性胃腸炎で公休届けを出す羽目となった。
確かに平和な日常がいきなり変われば面白いのにとか思った。だけど、まさか(腸内)の平和がこうも崩れるとは。そこは正直崩れて欲しくなかったこのタイミングで。
全部追試験だよ、こんちくしょう。
……ということを、約5年後当時の教授と立ち飲みしながら話していた。そう、あの日教卓で唖然としていた教授だ。
あの暇で気楽だった大学生と違い、社会人は忙しい。日々が飛ぶように過ぎ去っていく。そして、当然ながらあの頃より充実している。
教授はあの大学における教授職を引退し、現在では他大学で学長をしている。たまに大学講義や講演会を頼まれるらしく、意外にも人気があるとか。
「そうか、食中毒の前の講義でそんな事があったのかぁ」
教授は授業聞いていなかった件はスルーしてくれた模様。それより『風が吹けば』の砂や『蝶の羽ばたき』の羽ばたき(風)が、例の『鼻クソ男』の鼻クソに当たるかもしれない件へ注目していた。曰く、ずいぶん現実は汚いんだねと。
「それにしても飲みながら話す話じゃなかったかも……話の選択ミスりましたね、すいません。」
「いいよ、全然。懐かしいし。」
朗らかに笑う教授。好々爺とはきっと、この教授の事を表す言葉なのだろう。
それにしても教授おごりで飲むロゼシャンパーニュ。折角の鮮烈な赤色を徐々に追憶が蝕む。だがやはり、大学時代と変わらず思考だけは止まらない。結局人の思考とは自分の為には案外動かないし止まらない、勝手なものなのである。案外『自己と他己の論争』では他己が勝つのかもしれない。
脳は勝手に起動し、勝手に思考を進めていく。思い出したい事も思い出したく無い事も全部一緒に出てきてしまうので困ったものだ。
そして(相変わらず)空気の読めない教授。
「そうだ、ミモレット(ダニ入りチーズ)を頼むか。」
「……」
いや。ロゼシャンパーニュと合うのは経験則で知っているけど。知ってはいるけどさ!
嗚呼、本当に思い出さなければよかった。というか、教授と会わなければ確かに思い出さなかっただろう。
だけど、この飲み会が教授のおごりであることも事実。しかも俺の出世祝い。相手の善意100%なので断れないという。もちろん断らないけど(ただより美味しいものは無い)
(内心涙目で)チーズを一口、独特な食感と仄かな苦味。ダニ(微妙色の粒々)だと意識しなければきっと平気だと思っておこう。そこへロゼシャンパーニュを流せば、爽快な炭酸と独特な渋みがいい感じで口腔内へ広がる。
よし、目をつぶって飲もう。
「しかし、これも見事な赤色だね。トマトみたいだ。」
ニコニコと笑いながら、話を食中毒事件から変えようとした教授。努力は認めるが、それ追い打ちな。思わず咳き込むと、大丈夫? とオロオロする教授。
わざとなのかと疑うタイミングだが、この人の場合普通に天然なんだよな(経験則)。今もわざわざ店員さんに水持ってくるよう頼んでくれた。しかし、何故このタイミングでツマミとしてカプレーゼを選んだ。
思わず涙目になる。
もうこうなったらとことん飲んでやる、教授の金で。チクショー!!
翌日二日酔いで職場を休む系主人公。尚、散々教授をディスりながら卒論は教授の研究室でお世話になった模様。
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLにて記載。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ氏活動報告))』