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香菜

 私は(けもの)。愛を守りたい獣。Beast Love Triangle。BLT。




 (かなで)という子が邪魔だ。私は彼女を視線に入れながらBLTサンドをかじった。頭の中で奏の手首に噛みついてやった。無意識に噛む口に力が入ってしまい、レタスが骨の折れるような音を立てた。血のように真っ赤なトマトソースが口の端から垂れて、透明なトレーにポトポトと落ちた。

 せっかくの美味しいランチも奏がいるだけで一気に不味くなる。まるで食事の中に長い髪の毛が入っていたような、そういう不快感に襲われる。


 こいつがいなければ、佐奈(さな)と二人きりでいつものカウンター席に座ることができたのに…。三人で一階のテーブル席に座るはめになってしまった。おまけに私一人だけ木製の固い椅子。佐奈と奏はモスグリーンのビニールを張った柔らかいソファ席。


 テーブルを決めた時、佐奈が最初に座った。その瞬間、椅子取りゲームのような素早さで奏はその隣に座った。その泥棒猫の浅ましく軽やかな身のこなしを見た瞬間、私は本気でキレそうになった。トレーに乗せたBLTサンドやジンジャーエールをそのまま奏の頭上に落してやろうかと思った。コーヒーにガムシロップを注ぐようにサーッと静かに。でもそれをやったら隣に座っている佐奈まで汚れてしまう。私は佐奈を想い、すんでの所自重した。


 奏とはこの前、文化祭でたまたまペアを組んで行動した。クラス委員である佐奈の負担を軽くしてあげる為に、転校生である彼女の面倒を少しみてやった。ただそれだけだ。まさか私と佐奈の休日まで割り込んでくるなんて、思いもよらなかった。佐奈目当てで私に近づいてきたって事だ。


 奏が佐奈の首元を横目でチラッと見た。鋭く細めた獲物を狙う目をしている。首にキスでもしようとでも考えているのだろうか。最初にそこに口づけするのは私だ。そこはお前の席じゃない。私だけの場所だ。




 正面に座っていた佐奈が『垂れてるよ』と言いながら、紙ナプキンで優しく私の口を拭いてくれた。佐奈に触れられると私は子猫になったような気持ちになる。佐奈に見つめられながら私はごくんと喉を鳴らした。


 月に一度、土曜のお昼にお気に入りのハンバーガーショップで同じメニューを食べる。それは高校に入った頃から、二年間ずっと育んできた私と佐奈だけの幸せの時間。いつもは二人で二階のカウンターの席に座る。すぐそばの交差点を見下ろせる特等席。そこで街行く人々の頭を見下ろしながら、色んなおしゃべりをする。学校のこと、携帯のアプリのこと、ファッションのこと。そして二人で一つの雑誌を読む。その時、お互いの肩が触れ合うと私たちは一つになれる。このお店のオレンジ色の照明に、少し()げたテーブルの端に、私と佐奈の思い出が刻まれている。




 私は小学校の頃から何をやっても平均だった。スポーツも勉強も芸術も。

 みんなそれぞれ持っているものと持っていないものがある。算数はすごく得意だけど国語はからっきしな子。絵は下手だけど水泳はやたらと速い子。そういうものが無い私は、誰かを測る為に使われる『物差し』のような存在であって、測られる側ではなかった。『平均』は何もないと同じ意味だと気づいたのは、小学校六年生ぐらいだった。


 みんなが持っている光る個性を、際立たせるために用意された比較用の存在。そう思って、自分に対して無気力になりかけていた私を変えてくれたのが佐奈だった。

 私は中学に入って最初の半年間は部活に入らなかった。でもクラスメイトの佐奈の輝きを肌で感じて、自分も追いかけるようにバスケ部に入った。生まれて初めて『憧れ』というものができた。いつか彼女のように周囲を照らすことのできる光になりたい。佐奈と肩を並べられるように努力してきた。彼女のシュートのフォームを真似した。同じ髪型にした。試合でほんの少し良いプレイができるたび、私は佐奈に近づけた気がした。

 三年になると佐奈はキャプテンを務め、私は副キャプテンになった。佐奈と出会って私は自分を磨くことを覚えた。私は物差しから卒業できた。


 佐奈は勉強の面でも輝いていた。私はそっちの方ではどうしても彼女と肩を並べることはできなかった。それに対して『佐奈の隣に立つ資格が無い』という歯がゆい気持ちになる事もあった。でも同時に、手の届かない存在であればあるほど佐奈の輝きは一層眩しくなり、私の胸を焦がしていった。

 別々の高校になるのは仕方ないと、三年になる頃には薄々覚悟していた。でも部活の引退試合を終えた帰り道、熱い色の夕陽を浴びた佐奈の後姿を見て、無性に離れたくない気持ちが湧きあがった。別の高校へ行き、私の知らない誰か別の友達と楽しそうに話をする佐奈の姿が目に浮かんだ。そんなの絶対に嫌だった。

 勉強を教えてほしい。そう佐奈にお願いした。その頃にはもう、私は自分の個性について考えることを止めていた。周りと自分を比較するのを止め、彼女だけを見つめるようになっていた。彼女と少しでも長い時間一緒に居たい。その想いが私を突き動かしていた。彼女は私を見放さないでいてくれた。佐奈と同じ高校の制服に袖を通せていることは、私と彼女のかけがえのない絆だ。


 当然、高校でも佐奈と同じ部活に入ると決めていた。けれど彼女は突然バスケをやめてしまった。理由は分からない。私もあえて聞くことはしなかった。でもその話をしてくれた彼女の目は、どこか遠くの空を見ているように寂しげだった。

 私も一緒にバスケやめた。佐奈を想えば、それまで積み上げてきた物も簡単に捨てることができた。その時、私は彼女への恋心に気づいた。後ろ姿に追いつく為に走ってきた訳じゃない。肩を並べる為に努力してきたんじゃない。背中を抱きしめたいから、佐奈とずっと一緒に居たんだと気づいた。憧れという名の種が、恋という花となって私の胸に咲いた。


 佐奈以外の全てを捨てる覚悟が私にはある。彼女が転校するなら私も転校する。深い穴に落ちていくなら、私も一緒に落ちていく。佐奈が痛みを感じたら、私も同じ場所に傷を作る。どこまでも、ついていく。私は佐奈に作ってもらったのだから。この愛は、ずっと続いていく。

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