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不機嫌な彼女の作り方

作者: toiro



「…束ねないで」


凛とした響く声はとても小さいのに、真っ直ぐに僕の鼓膜に響く

静かな声で、こう言い放たれた瞬間、電話は切れていた


いや、正確には、切られた



鈍感な僕でもわかるほど……これは、あきらかに…怒っている


え?僕、また何かやらかした? 


いや、今、電話かけたとこだろ? 昼間に直接話をした時は、フツーだったのに…


一体、いつのことを怒ってるんだ




言葉だけで感情の全てを表現出来る彼女は、僕とは違う生き物だと感じる

今日も、一言だけで、不機嫌モード全開だとアピールしてくるのだ

しかも、授業とバイトが終わって、やっと帰り着いた深夜2時


原因は、そう…やっぱり僕が何かしてしまったらしいが、

そのわけは分からない


分からないから、こう何度もやっちゃうんだろな…

少しの後悔とよく分からない罪悪感が胸に舞い起きる


そんな僕の胸の奥を探ると、2つの小さなしこりが見つかった


怒ってるわけをすぐには解説してくれない彼女への憂鬱と

同じ失敗を繰り返す自分への嫌気…


あぁ…これ、放っておくと、ドンドン膨れ上がり転移を続けてしまうヤツだ…

ステルス型のしこりに、侵食されないうちに、解決しよう

問題は、小さいうちに芽を摘むに限る


1人で長時間、彼女の考えを推し量るよりも、

直接、彼女と短時間話す効率のよさを優先する

人の考えることなんて、考えたってわからない




大きなため息を一つ落として、僕は腰をあげる



「仕方ない…行くか」


わざと声に出して決心を口にする

そうでもしないと、この暖かい部屋からは出られそうにない



外は深々と冷え込む

僕が吐く白い吐息が、どれだけ寒いかを教えてくれる


バイクを吹かせて、彼女のところへ向かう


彼女が住む学生寮は、僕のマンションから、バイクで20分の場所にある




大学が実家から遠い彼女は、

1人暮らしをしたいらしいが、両親が厳しく許してもらえない


「女の子が、1人で住むのは危ないから」という理由らしいが、

本音のところは、おかしな虫がつかないようにと…

つまりは、彼氏が出来ないようにと両親に望まれているらしい


そうはいっても、どんな環境にいようが虫はつく

本人が求めれば、尚更だ


虫…つまりは、僕だ


これ、両親にバレたら、僕はただじゃすまないんだろうなぁ…

それに、この寮そのものの防犯レベルが、これじゃ…



苦笑しながら、いつものように軽く塀を乗り越え、2階の窓を軽くノックする




トン…トトンっ…トン


僕たちだけの秘密のリズム

彼女は待っていたのだろう


その信号音で、カーテンはすぐに開く

彼女の顔が月の光に照らされて、青白く映る


「大丈夫?」


尋ねてみるけど、彼女はただうつむくだけ

その答えは返ってこない

ただ、ゆっくりと窓が開いた


こわばった表情は不機嫌なようにも見えるが

きめ細かく光る肌は、艶やかな陶器製の人形を思わせる


そして、アーモンド型の瞳が、軽く潤みながら僕を見つめる

泣いてたんだろうか


綺麗だな…


美術館で芸術品を眺めるような気持ちを抱えながら、

彼女の頭をポンポンっと軽く撫で、部屋に入る




「今夜は寒いね。もう4月に入ってるのにね」

他愛もない挨拶の言葉が、今の彼女に必要無いのはわかってるけど

何か、軽い単語だけでも唇に乗せないと言葉が凍って、

喋ることが出来なくなりそうだ


僕までもが、不機嫌に黙り込んでしまっては

深夜に睡眠時間を削ってまで来たかいがない


「…お茶、飲む?…僕、淹れてもいい?」


指先まで冷たくなった自分の体を温めたくて、

体をガチガチに硬くした彼女に深呼吸を思い出して欲しくて、

いつも彼女がそうしてくれるように、今日は僕がお湯を沸かす


小さな赤い鍋が、お湯を沸かす音が部屋に響く

コトコトと耳に心地よい温かい音

鍋の底には、リズムよくいくつものあぶくが浮かんでは消える


お茶を飲む頃には、彼女も話せるようになるだろう…

そして、また、こう言われるんだろう…


「自分のしたこと、分かってる?」


いや、分からないから、こうして聞きに来たのだ

分からないからやってしまうのだ


静かに怒る彼女にそう伝えたいのだが、

まずは考えてみることにしよう


彼女のマグマが爆発する前に

その怒りの炎が、まだ見えないところで小さくチリチリと燃え続けているうちに


…いや、いっそ、大噴火を起こし、声を荒げて怒ってくれたらいいのに

その方が、笑顔に早くたどり着ける分、ロスが少ない


理由がわかれば、僕は謝ることが出来るだろうし、

そうすれば、彼女はきっと笑ってくれる


早く見たいのは、彼女の笑顔だ

「不機嫌な彼女」→「笑顔の彼女」この最短ルートを僕は知りたい


ルートを探ろうと、冷静を装う彼女を眺める

硬く結んだ唇、冷たくなった頬、今にもこぼれそうな涙…

どうみても、冷静さは保てていない


気持ちがコントロール出来ないほど、僕への気持ちが大きいから

こうやって、こじれてしまうんだろうな…


僕にこうして怒ってくれるのも、愛情の裏返し?


そんなことを思うと、怒っている彼女が可愛く思えてくる



僕が用意した温かいほうじ茶と交換するように差し出されたのは、1冊の冊子だった


B5サイズに製本された薄手の冊子は、

1週間程前に、僕達が所属する読書サークルで発行されたものだ


今回は、もうすぐ引退する僕たち3回生が、

後輩達に残していきたい思いを書き記している


どの部分に彼女は怒ってるんだろうか

やっぱり僕が書いたとこに…だよね…


そっとページを開き、自分が書いた3ページの言葉をもう一度

彼女の気持ちになり、なぞってみる


おかしなところは無い


ただ、サークルでの出逢いに感謝しているだけだ



「…元カノのこと?」


もしかしてと浮かんだのは、同じ歳の前の彼女のこと

春に入部した時、一番気が合い付き合い始めたその人は、

夏を迎えると、別の男のところへ行ってしまった


嫌いになって別れたわけでは無い

その後も、僕は、他のサークル仲間と変わらぬ態度をとった


最初、向こうは、少し気まずそうな様子だったが

僕に新しい彼女が出来てからは、今度は友達として仲良くなれた


元カノが同じサークルにいることは、彼女も知ってるけど

気を付けて過去の恋愛話には全く触れずに来たし、

今回の冊子にも、元カノは登場していない



怒るとすれば、十中八九、そのことが関係してるかと思ったのだが、

彼女は硬くした首を横に振る



それなら、先日、告白してきた後輩のことか?


当然ながら、こちらの話にも触れてないし、

彼女は僕が告白されたことは、まだ知らないハズだ




ダメだ…これは、墓穴を掘る


彼女が知らなくてもいいことをわざわざ教えるのはごめんだ

自分で暴露していくような状態に陥ってる

これは、リスクが高すぎる


そう、沈黙は金だ




そう思った瞬間から、僕は黙って優しく彼女を見つめることに

全精力を注いでみた


僕には答えがわからない

答えは、彼女しか知らない


きっと彼女が教えてくれる


僕は、冷え切った手で、ほうじ茶が入ったマグカップをカイロ代わりに

包み込みながら、回答を待つ


うつむくばかりの彼女を眺める


夜の静寂の中、風もないのに、彼女の長い髪がフワリと静かに揺れる

音もたてずに、気だるく時計の針は進んでいく


ボルボックスが転がるようにゆっくりとした時間が流れていった





いつまで待てばいいんだろうか…

今夜は、何時間の睡眠時間を確保出来るだろう…


軽く途方に暮れ、すっかりぬるくなったほうじ茶を眺めながら、

いくつもの選択肢が高速で頭をよぎる



彼女を傷つけてしまうような言葉を使ったんじゃないか?

ウソだと感じるようなことでも言ってしまってたか?

そもそも冊子の内容とは別のこと?



僕が正解を言わないと、僕が「気づかないこと」に彼女が傷つく

正確にいうと、「気づかない」ではなくて、「気づけない」だけど…

下手すると、彼女に見放されるかもしれない



だけど、「束ねないで」とリンクしそうな部分はどう考えても見当たらないのだ



もう一度、文章を読み返してみる


ここで、多くの本を紹介してもらい、数えきれないほどの興味深い書籍に出逢ったこと


僕一人では、探し出せなかっただろう魅力あるものたちを

他の人が運んで来てくれたこと


僕がここで出逢った一番の宝物


それは、たくさんの言葉が綴じられた書籍と…

今までモノトーンに覆われていた世界を煌めくような彩りに変えてくれた彼女…


そんな気持ちを彼女の個人名は伏せたまま、ラブレターを綴るつもりで書いた



ラブレターがいけなかったのか?

他の人も読むものに彼女個人のことを書いてしまったのことが、逆鱗に触れた?


…やっぱり彼女を不機嫌にさせてる理由が、僕には、分からない



「ごめん…降参…考えても分からない

どうして怒ってるのか、そのワケを教えてもらえないかな?」


軽く覗き込むように彼女に問うと、

悲しそうに瞳を潤ませた彼女が、やっと僕の眼を見た



「束ねられたから…私を束ねたから…他の人と一緒にしたから…」



そう聞いても、僕の顔には「?」が浮かぶ

それに気づいた彼女の落胆ぶりは、手に取るようにわかった



「…ほら、ここ…」


彼女がその細い指先を置いたページには、

僕が本を探すときの楽しさを表そうとした言葉があった


推薦してくれた人達が「こっちだよ」とまるで手招きして呼び掛けてくれたように感じた…と、

サークル仲間に薦められた本を探した時の様子だと読み手が受けとれるように書いていた


本当は違う

これは、彼女のことだ

彼女が薦めてくれた本を探した時の様子だ


彼女が自分の特別気に入った本を一冊ずつ、教えてくれたことが嬉しくて

教えてもらう度に、すぐに図書館へ行った

鼓動が少し速く脈を打つのを感じ、体温は、0.5℃は上昇した

微熱に酔いながら、宝探しをするように、書棚の間を歩き回った


彼女の声が僕を呼んでるような気がして…

「私を見つけて。ここにいるよ。早く手に取って」て…

彼女がかくれんぼしてるようで…


声を弾ませ、いたずらなを仕掛けるような瞳で僕を見る

そんな彼女を早く探し出したくて


早く読んでみたくて


感想を伝えあいたくて


もっと一緒にいたくて…



さすがにそのことをそのまま書くのは照れくさくて、

「彼女」ではなく、まるで「サークルの中の誰か」に思ったことだと、

受け取れるように、曖昧な表現をした


その書き方が、彼女の誤解を生んだ


彼女と僕とのエピソードじゃなく、サークルの別の女性のことを

僕が書いたのだと思ってしまったのだ


他の女性から、本を推薦してもらった時に、

僕がとんでもなく喜んでいたという勘違い…



「私にとってアナタは特別だけど

アナタにとって、私は特別じゃなかった…

私はその他大勢の1人なんだなぁ…て、思ったの」


少し赤くなった鼻、溢れて来る涙を拭おうともせずに、彼女は言う


僕が、色んなタイプの女性に特別な好意を寄せてるように思った…

あの花もこの花も綺麗だと言ってるように思った…と…


花束の中の1本じゃなく、一輪挿しの中にある

たった1つの花になりたいと彼女は言う




怒る彼女はとても美しかった


ひと言で片付けてしまうのは、自分でもどうかと思うのだけど、

ただ、そう思った



「そっか…それで、怒ってたんだ…気づかなくて、ごめん」



まだ、言葉を重ねたほうがいいのだろうが、上手く言葉が見つからない

僕の言葉は、随分と不自由だ



僕が彼女だけを特別大切に想ってる気持ちは

説明しなくても、分かるだろうと思い込んでいた


今も、自分がどういうつもりであの文章を書いたのか

ちゃんと説明したほうがいいんだろうなと思うのに、言葉が出ない



「僕の特別になりたい」と嘆く彼女に手を伸ばす



おかしな言い方だけど、

自分の言葉が、彼女を傷つけてしまう存在になれていることが嬉しくて、

そっと手を伸ばした


彼女のおかげで、温かくなった僕の心の温度が伝わればいいなと

ありったけの想いを込めて、彼女を抱きしめた


気持ちは、言葉じゃ追い付けない



伝わるかなぁ…伝わるといいなぁ…



彼女のアーモンド型の瞳は、一瞬戸惑った光を放ち、

力が抜けたようにそっと閉じられた


彼女は、僕の胸に頬をうずめる


僕を見てくれなかった瞳

僕のために、涙を湛えた瞳

僕のことを拗ねたように怒る瞳

僕に気持ちを伝えようとした真剣な瞳

僕の動きに大きく驚いた瞳


そして、今は…その瞳は、僕をみようと少しだけ開いた


僕の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳


彼女の瞳には、僕の瞳が艶やかに映る



クルクルと変わるその瞳を僕は見逃したくない


僕が変えていく彼女の瞳は、僕だけのものだ

他のヤツにも見せたくはない


僕だけに見せて欲しい、イッテンモノの瞳



他にこんな気持ちにさせてくれる人などいない



僕だけが彼女を不機嫌に出来る



「不機嫌な彼女」







そんな不機嫌な彼女との恋は、まだ続きそうだ











久しぶりに文章を書きました


すぐに不機嫌になってしまう女性と、それに気づかない男性の話を

優しい気持ちで、眺めてみたいと思いました


名前もない「不機嫌な彼女」と「不器用な僕」の話です


どちらも、相手が好きだからこそ、不機嫌になったり、不器用だったり

分かって欲しいからこそ、届かない気持ちがあると、悲しくなる気持ちを…


わからないからこそ、惹かれ合う気持ちを…

もっと知りたいと思う気持ちを…


そんなものが欠片でもいいから、表せることが出来ていたらいいなと思います






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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくサラサラと、読みやすかったです。文章が優しい。 男のこも女のこも可愛い。 冒頭のヒロインの『束ねないで…』から、何を?と思ったから、ぐいぐい話に、引き込まれました。 読んでいて、…
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