「頑張る」ことは当たり前だ
「頑張る」って何だろうか。
人間はよく「頑張ってね」とか「頑張るよ」などと言う。
頑張ることは当たり前ではないか。
むしろ頑張ることは普通なのだ。
私は別にこの言葉に因縁があったりする訳ではない。
ただ疑問に思うだけだ。
本当の「頑張る」とは何か。
君はどう考える?
「本当の頑張るとは何だ?」と聞かれるとどう答える?
今すぐに答えて欲しいとは言わない。
ただ考えて欲しい。
軽はずみに「頑張る」というか言葉を使うのは良いのかと。
私はそのことに躓いている。
例えばマラソンで「頑張って完走してね」などと言う。
だがマラソンで走る人全員は完走できるよう、良いタイムを出せるように努力をしている。
そう、全員努力をしているのだ。
それなのに「頑張れ」と言う。
もし私自身がそのような場面に出くわす事になるにならランナーにこう言おう。
「自分の努力を出し切って完走してね。」
あまり変わっていないように思える。
しかし自分の努力を出し切るということは今まで自分がしてきた事を出し切るということに等しい。
つまりその人が今までしてきたことが結果に出ると言う訳である。
「頑張れ」だとありきたりな表現という訳もある。
頑張る基準は人によって違うし、もしかしたら低いのかもしれない。
頑張って走っていても他人から見ると手を抜いているように見えるとそれは他人からすると「頑張っていない」。
自分からすると「頑張っている」はずなのに。
なので、頑張るという表現は悪くないが人によっては違うということを知っておいたほうがいい。
知っているだけではなく違いも知れたら良いだろう。
あまり纏まらなくてすみませんでした。
自分が思ったことを無我夢中に書いていました。




