第06話 彼と彼女は似て非なる存在である
「そういえば、上村咲さん。明日と明後日に予定はあるかしら?」
上村咲に勉強を教えている雪奈川は唐突に喋り出す。多分、昼の時に話していた事なのだろう。
「べ、別に特に用事は無いけど・・・」
「そう、なら良かったわ。 では明日と明後日は図書館か喫茶店で勉強会をしましょう」
「勉強会か〜。それって私の家じゃダメなの?」
「上村咲さん、警戒心と言うものを身につけた方が良いわよ。そこの日比野くんも来る予定なのだからあなたの自宅なんて危ないわ」
「おい、さりげなく俺を不審者扱いするな。それと、俺は参加するとは言ってない」
「あら?私だけに負担を押し付けるのかしら?
ヒドイワ。オネガイ、テツダッテー」
「いいじゃん ひびのん。 三人寄れば文殊の知恵っていうでしょ?」
「自慢じゃないが、小学校の時からその三人の頭数に入れられた事はないんでね。あとそれ誰だよ?」
嘘じゃなく本当に。
泣きたくなるよ。
「フフフ、本当に自慢じゃないわね。
まぁいいわ、駅前の通りの喫茶店に集合にしましょう」
「だね!アハハハ」
雪奈川が笑うと上村咲もつられるように笑う。
会話の少なく、暗い雰囲気の教室が少しだけ、ほんの少しだけ明るく、華やかに感じられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
休日、それ即ち 俺の生きがいだ。
青春バカ達は『青春』の言葉のもとに学校を愛し、学校に行く事が楽しみであり、休日という間は金曜日の延長程度としか考えていない。
そんなリア充青春バカとは俺は違う。
土曜日になれば学校の事なんて忘れてダラダラ過ごすし、日曜日のサザ○さんを見ると少し憂鬱になる、そんな俺からしたら休日こそ、俺の生きがいであると言っても過言ではな——
ブーー ブーー ブーー
「お兄ちゃん、電話来てるよ。非通知で」
朱音がソファで横になってテレビを見ながらゲームをしている俺の元へスマホを持って来る。
「誰? 悪いけどそんなの相手にしてる暇な——」
『はいもしもし?』
ちょっと待て! 非通知設定でかけて来るような人の電話を何の疑いもなく繋げるのはヤメロ!
もっと警戒心をもってくれ、我が妹よ。
『・・・誰かしら? これは日比野くんの携帯よね?』
その電話相手の声を聞くと朱音はビクッとした後、こちらを見て小声で喋る。
「ちょっと、お兄ちゃん。なんか女の人の声だし、お兄ちゃんの知り合いみたいだよ?」
「知らん。勧誘かなんかだろう?切っとけ切っとけ」
「けどさ・・・・まぁ良いか! お兄ちゃんに女子が電話を掛けてくるなんてありえないだろうし」
そう言うと朱音は通話を切った。
「我が妹よ、もっとデリカシーを身につけてくれ。
今の発言によるお兄ちゃんの精神的ダメージはかなり大きいぞ?」
「大丈夫、大丈夫! お兄ちゃんに女子の友達が居なくても、お兄ちゃんには私と言う妹がいるからね!」
朱音はこちらに顔を近づけて結構、満足そうな表情でこちらを見る。
あざと可愛い。
なんて言うか、うん。妹でなければ即告白して玉砕していただろうってくらいあざと可愛い。
「やめろ、そんな事は冗談でもよした方がいい。じゃないと俺がシスコンになるぞ?」
「うへ、お兄ちゃんキモい。てかもうその発言自体がシスコンみたいな発言で気持ち悪い」
「上げてからドン底へ突き落とす必要はないだろ…」
ブーー ブーー ブーー
「あ、また非通知で掛かってきたよ。お兄ちゃんどうする?」
「貸せ、次は俺が出るよ」
朱音からスマホを受け取ると、あまり通話はしたくないが通話開始ボタンを押した。
『・・・もしもし?』
『あら?その声は・・・いえ、こんな聞いてて不快にはなる声の人は私の知り合いには居ないわ』
電話相手の第一声がしたいことは俺を罵倒する気満々だった。
そして声色はどこか落ち着いていて、冷たく透き通った聞き覚えのある綺麗な声だった。
『ああ、そうかい。間違い電話ですか。3回目はないようにお願いしますね』
それだけを言って通話を切った。
「結局誰だったの?」
電話相手の事を知っているかどうかを聞かれれば、知っている。
だが、出来れば間違い電話であって欲しい。
そんな願望を朱音に伝えてみる。
「さあ?間違い電話だったよ」
ブーー ブーー ブーー
「間違い電話にしては鬱陶しくない?
やっぱり知り合いだったんじゃないの〜?」
「いや、知らん!知ってても知らん!」
「意味わかんない、さすが『ぼっちぃちゃん』」
「変な言葉を作るな。てかなんだそれ?」
「『ぼっち』と『お兄ちゃん』を足して作ってみました☆」
朱音はウィンクをして にこりと笑い、俺に電話を出るように指で指示する。
その姿が普通にあざと可愛い過ぎて、うっかり惚れそうになる。
家では歳上の身内を唸らせるほどの可愛さなのだが男っ気がないのが不思議に思える。
「ぼっちぃちゃん、早く電話出なよ!」
朱音に催促され、再び電話に出る。
『もしもし?』
『いきなり電話を切るなんてどういう神経をしてるのかしら? 』
案の定、電話をしてきているのは 毒舌悪魔女こと雪奈川 零下だった。
『いや、第一声に罵倒をしてくる方がどうかしてると思うが?』
『まあいいわ。とりあえず駅前の通りの喫茶店に早くきてくれるかしら? そういう約束だったはずよ』
『その約束に俺が入っている覚えはない。よって行かない。てか俺が行っても出来ることなんてないだろ』
『・・・・・・あなたに頼るのは少し、いやかなり癪だけど………お願い、助けて』
この言葉が電話でなくメールで送られてきて、送り主が雪奈川でなかったのならば、『直ぐに行く』とだけ返事をして、出来るだけ早く辿り着けるように努力を惜しまないだろう。
しかし、これが電話で、しかも雪奈川から伝えられたのならば話は別だ。
理由その1、『助けて』に感情が込もっていないから。
理由その2、相手が雪奈川であるから。
まあ、主な理由としてはこの2つだろう。
そこまで考えていた俺を雪奈川は一言で呼び寄せるのであった。
その一言はあまりに非人道的で、雪奈川が悪魔であると再認識する言葉であった。
曰く、桜井先生の一撃って相当痛いのよね? と。
そして、その後ろでは[ポキポキッ]と指を鳴らす音が聞こえた。
俺は朱音に何も言うことなく、自宅を出て全速力で喫茶店に向かうのだっだ。
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喫茶店に着くと、入り口に桜井先生が立っているのが視界に入った。先生もこちらの存在に気がついたらしくこちらに向けて手を振る。
「ハァハァ、脅すなんて酷いっすよ」
「脅してなどいない、ただタイミングよく指を鳴らしただけだ。言いがかりは良くないぞ?」
「あ、もういいです」
先生は嬉しそうに笑ったあと「付いて来い」とだけ言って喫茶店の中に入って行く。
俺は素直に先生に付いていった。
喫茶店の中に入ると、雪奈川の正面に座る女子が屍となっている様子を視認できた。
「あら、遅かったわね、日比野くん。せっかく電話してあげたのに2回も切るなんてどうかしてるわ」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ」
「いや、その前に1つ、なんで俺の携帯の電話番号を知ってるんすか? あ、まさか気絶し——」
その瞬間に風が吹く。
いや、拳だ。
先生の腕から伸びる見事な拳が俺の頰を少し掠めていったのだ。
「勘のいいガキは嫌いだよ」
にっこりと笑う先生だが目が全く笑っていない。
逆ギレの上位互換は物凄くタチが悪いようだ。
「てか、お前らは何してるんだ?」
「見ての通り勉強会よ。その目はお飾りかしら?」
「うーん、私と雪奈川で数学を教えているのだがな、これが全然上手く行かなくてね」
「え?なんで数学を教えてんの?」
そう言った瞬間に上村咲が顔を上げ、『それな!』と言わんばかりの顔で俺を見つめる。
「……どういうことかしら?」
ちょっと苛ついているのか、雪奈川がこちらを軽く睨む。
「そのままの意味だ。こいつは壊滅的に数学は出来ない。なら他の教科を頑張ればいいだろ?」
「それでは意味がないじゃない」
「意味はある。今回は上村咲の成績底上げが目的だ。 なら出来ない数学をやる必要はあまりない」
「確かにそうかな? 私には数学の才能がないから努力しても無駄?っていうか、なんというか」
「いいえ、上村咲さん。努力は決して——」
「裏切らない、とでも言うつもりか? 言っておくが努力は平気で夢も自分も、今までに費やした時間も裏切る」
「そうかもしれないわね。確かに努力しても叶わない事だってある、むしろそっちの方が多いかもしれない。けれどそれを理由に諦めるのは逃げでしかない」
「いいや、上村咲は十分努力した。それで身についた事もたくさんあるだろう。
何故それを認めてあげられないんだ?
それに他の教科をおろそかにしてまで数学だけをやる必要は無いんだ。 しかも数学はテスト範囲の三分の二くらいは出来るようになっているはずだ。あとは他の教科を——」
「それでは・・・ それでは上村咲さんの為にはならないじゃない」
雪奈川は真っ直ぐ俺を見た。
その目は冷たく、悲しそうで、鋭くて、カッコよくて、強くも感じて、けどやっぱり悲しそう。そんな目をしていた。
そして幾らかお金をだして無言で去って行った。
俺にはそれを止めることが出来なかった。
「はぁ、全く。君たちは似た者同士なのに何故ここまで意見が合わないんだろうな?
不思議に思えて仕方がない」
いつもならば『似てねぇよ』と言い返したかもしれない。 けど言われている事は俺も少し思っていた事だったし、言い返す気分でもない。
「まぁ良い。なら君は自分の意見正しいことを雪奈川に証明してみせろ。
実はな、私と雪奈川で教えている成績最下位者がもう1人いる。あとの3人は他の先生に丸投げしたが今回は教えてて正解だったな」
「桜井先生…だよね? どういうことですか?」
「上村咲、お前はそこの日比野に今日、明日と教えてもらえ。 テスト前日の詰め込みもそいつに任せる。
んで、日比野。お前は上村咲に最高の授業をしてやれ。そして雪奈川に正しかったことを認めさせてやれ」
「は、はあ。けどそれに意味はあるのか?」
「ならこうしよう。今、私と雪奈川が教えている成績最下位者と 日比野、お前が教える成績最下位者の上村咲の総得点勝負をしようじゃないか。もちろんお前も雪奈川の点数も含めてな」
「そんなのやりたくないですよ。第1、俺が雪奈川に点数で勝てるとは思えん」
「君と雪奈川の点数だけじゃないんだ。上村咲とこちらの成績最下位者の点数も含まれるんだ。
1人の点数で勝てなくても2人の合計点数なら勝てるかもしれんぞ?
それとも、負けるのが怖いのか?」
「・・・仕方ないですね。その単純な煽りに乗ってあげますよ」
「じゃあ今の内容で文句はないよな?じゃあ私は雪奈川に伝えてくる。
2人とも頑張りたまえ」
そう言い、先生は喫茶店を出てどこかへ車で去って行った。
「えっと・・・ひびのん、どうする?」
「・・・どうするもこうするも、やるしかないでしょうよ」
「だけど・・・」
「任せとけ! 俺はやると言ったらやる男のつもりだ。 正直、ムキになってああ言ったけど、言っちゃった以上、お前を成績上位者にしてやるよ」
「本当だったら惚れてるかもしれないけど、ひびのんだからね〜。カッコよく思えないな」
「うるさい! いいから勉強の続きをやるぞ。あと、ひびのん言うな」
こうしてテスト週間の最後の追い込みが始まり、その後、テストが始まった。
しかしこの日以降、テスト期間中に俺と雪奈川が顔を合わせる事はなかった。
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