第04話 文化活動部
目を覚ますとそこは保健室のベッドだった。
中学1年生のとき、友達のいない俺は体調不良になっても保健委員なる人間による保健室への同行がされない為、授業が始まると俺が行方不明扱いにされるという苦行を受けた。
その後、俺は保健室に踏み入れることはなかった。
そんな俺が今は数年ぶりに保健室という教室のベッドに横たわっている。
「お、やっと目覚めたか。日比野」
そこに居たのは俺を深い眠りにつかせた張本人である桜井先生だ。
「まさか、あれで気絶をする程 身体が弱いとはな。驚きだよ」
そう言いながらも顔は驚くほど爽やかで満足そうだ。
この人はあれだ。Sだ。それも筋金入りの奴でドSと呼ばれる部類だろう。
「あと、意外に部活に入る気に満々だったのにも驚きだったな。
では改めまして、ようこそ文化活動部へ。歓迎するぞ」
「ちょっと待ってくれ、部活に入る気なんて無いぞ?」
「今日はもう帰れ、もう下校時刻を過ぎている」
安定の無視をするその先生に少しムカッとしたが保健室を追い出されたので素直に帰ることにした。
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今日も6限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
部活が休みなのかリア充共が後ろに集まりワイワイガヤガヤ。
爆ぜればいいのに。
そう思う俺は今日もいつも通り教室を出て階段を降り、職員室前を通って下駄箱に到着する。
そして靴を変え…れなかった。
何者かが俺を羽交い締めにして・・・って何これデジャブ?
「日比野、君の学習能力と記憶能力はどうなっておるんだね?」
「せ、んせい・・・い、たいで、す」
「ん?先生に会いたいです? どうした急に?」
「は、なせ、よ!」
先生は嬉しそうに笑いながら羽交い締めを解く。
「いちいち羽交い締めすんなよ」
「言っても聞かないような奴は体に叩き教えるしかなかろう。さて、何故帰ろうとしているか聞こうか」
「何故って・・・普通じゃね?」
「バカモン!」
先生のチョップが俺の頭に直撃する。
何この体罰教師。訴えるぞコラ。
「全く、部活というものを忘れたのか?せっかく入部届けの字が綺麗だと褒めようと思ったのに台無しではないか」
「そもそも入部届けなんて書いてないぞ?」
「バカ言え、これを見ろ」
そういうと俺の目の前に紙を見せてきた。
中の字はすごく達筆で思わず見惚れてしまうほどに綺麗な字だった。
もちろん、俺の書いた字ではない。
「あの、これ俺の字じゃないっす」
「まだ言うか?」
先生は拳を顔の横で作りこちらを見る。
けど書いていないものは書いてない。
「いや、本当に俺のじゃないんです。そもそもこんなに字を上手く書けないです」
「うーん、嘘はついて無さそうだな。
まあいいだろう!この入部届けはお前が書いたものとして受理する! と言うか昨日の時点で受理しちゃったし」
「じゃあ、俺 帰りますね。お疲れ様でした」
踵を返し、下駄箱へ行・・・けないのは分かってた。
「人の話を聞きたまえ。
この入部届けは君のものとして受理した。
つまり、君は文化活動部に入部したと言うことだ」
「はぁ、つまり下校して良いと?」
「どうしたらそんな返答になるんだ? とりあえず部室へ行くぞ」
先生は無機質で見覚えのある嬉々とした表情でにこりと笑い俺の手を握って連行する。
「離せっ いたっ!いたたたたたっ!! ちょ、ギブ!ギブギブ!! いたいって!!」
俺の腕がFBIとかが犯人を拘束するような感じに後ろに捻られる。
「まぁ、仕方がない。このまま行こうか!」
相変わらずの満足そうな顔をみて少し恐怖を覚えた。
廊下を拘束されながら歩いていると思い出したかのように桜井先生が口を開き喋りだす。
「ああ、そうだ。 日比野、部活を理由なしで休むことは許さんからな。
言っておくが私は生徒指導だ。 この意味をしっかり理解して心に刻んでおいてくれ」
しっかりとしたサボり対策に俺の心をズタズタに斬り刻む音が聞こえる気がする。
「どうだね?学校でトップクラスの美少女の雪奈川の印象は?」
「最悪ですね。もっと品があって性格も良いなら文句なしの完璧超人なのに」
先生の頰が少し緩み、優しい笑顔を見せる。
いつもこの表情なら例外なしで惚れる人間はかなり居るだろうと思う。
「スポーツ万能で首席合格で中間テストは堂々の1位、その上容姿端麗、誰がみても才色兼備な優秀な生徒なんだがなぁ。その分、苦悩もあるだろう」
「いくら苦悩があったとは言え、あそこまで性格の悪いやつはそうそう居ないと思いますが?」
「捻くれ度合いで言えば君も負けず劣らずだろう?
けれど君も雪奈川も とても優しい子だ」
あそこまで酷く言う奴のどこが優しいんだ?
「君の言いたいことは何となく分かるよ。
けど今、知る必要はないだろう。
そのうちだんだん分かって行くさ。彼女の優しさも君の優しさもな」
この先生の心を読む能力は長けていらっしゃる。
さすが、三十数年間生きてきただけのことは…
「ふん!!」
先生の拘束が解かれ、それと同時にまたチョップが俺の頭を直撃する。
「全く、もう教室はすぐそこだ。部活を楽しんでこい」
去り際に発した言葉はどこか優しく厳しくも思えた。が、その時に俺を見ていた目は『サボったら殺す』と言っているような目をしていて普通に怖かった。
教室の扉を開けようと扉に手を掛けるが、正直 雪奈川に会うのは御免被りたい。
しかし、ここで引き返せば雪奈川に俺が屈したことになるし、何より桜井先生が怖い。
覚悟を決めて扉を勢いよく、ガン!と開ける。
「あれ?」
予想外だったので思わず声が漏れ出てしまった。
そこには雪奈川の姿がある訳ではなく、机の上に置き手紙があったのだ。
『日比野くんへ あなたが自主的に来るとは思えないのだけれど、多分 桜井先生に無理やり来させると思うから用件だけここに書き残しておくわ。
文化活動部の活動内容の説明は後にして、南校舎裏に誰にも見つからないように来てください』
先生といい、雪奈川といい、エスパーですか?と聞きたくなるな。
南校舎裏は正門の真逆に位置しており、あまり目立たない場所である。
そんな所に異性を呼び出してする事と言えば……告白くらいしか・・・
という妄想なんかする訳がないだろう。
小学校の時に女子に呼び出され、『これはモテ期きたな』と血迷ったことを想像していた俺はドキドキしながらそこへ行ったものの、雑用として呼ばれただけだったのだ。
用事が済めば話し掛ける事すら無くなるのだ。
今回もそんなパターンだ。
だから期待は1ミリもしていない。
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靴に履き替え、外へ出る。
外ではいつもより少ないがいくつかの部活が活動をしていた。
そのほかにも中庭に昼休みの倍くらいの人数が家に帰らずにお菓子を食べたり、バドミントンをしたりと、まあ、彼らの言葉を借りるならば『青春を謳歌』している。
そんな様子を横目で見ながら通り過ぎ、南校舎裏へと急ぐ。
南校舎裏に来るとそこには髪が長く、スタイルの良い美少女が居た。 こう見ている限りは普通に可愛いと思えるのだが、あの性格だからな。
「あら、遅かったわね。能も品もないのだからせめて気配りくらいは出来るようになりなさい」
「うるせぇよ。お前も品と気配りを身につけろ。
てか、何の用だ?」
「もしかして、告白でもするとでも思ったのかしら?傲慢を通り越して気持ち悪いわね」
「そんなのこちらから願い下げだ。
それより何の用なのかを早く教えろよ」
雪奈川が髪をかきあげ、前面にあった髪を肩にかける。 美少女というだけあり、その動作1つだけでキラキラと輝いて見える。
「文化活動部は、校内の生徒、先生の悩みの解決やお手伝いと校外での活動が主な活動内容よ。あと生徒会の補佐とかもするからそのつもりでいて貰うわよ。何か質問あるかしら? ないわよね。じゃあこれから生徒の悩みの解決をする予定だからあなたにも手伝って貰うわ」
やっぱりだ。昨日から思っていたが雪奈川と先生は色々と似ている。
人の話を聞かないところとか、人の心を見透かすところとか、サディストなところとか。
「それさ、良く言って文化活動部で悪く言ったらタダ働き部だよな?」
「あなたのネーミングセンスの無さを披露されても困るのだけれど。あとボランティアと言ってほしいわ」
「んで、今日はどんなボランティア活動をするのか聞いても良いか?」
「嫌な言い方が気になるけどスルーしてあげるわ。今回は相談者がここに来いって書いて送ってきてたのよ」
「書いて送る? 文化活動部はラジオ局なのか?」
「どうしてそんな頭のおかしい解釈になるのかしら?文化活動部相談箱に入っていたのよ」
その後その箱について聞くと長々と話が続いた。
正直途中から飽きて聞いていなかったが要約すると、文化活動部への相談はメールか先生の勧めかその文化活動部相談箱への手紙の投函のどれからしい。
そこに入っていたのが今日の相談らしいが、『直接話したいので誰にも見つからないように文化活動部員に南校舎裏に来て欲しい』の一言だけが書かれていたとのこと。
「それにしても遅いわね。いくら相談者だとしても遅れるのはどうかと思うわ」
相談者のことをクライアントと呼ぶのもどうかとは思うのだが、これを言うと『それは人それぞれよ。しかも相談者も依頼者も顧客も広告主も全てクライアントで意味は間違っていないわよ?』とか言って冷徹な眼差しでこちらを見る事が容易に想像できる。
「おい、誰か来たぞ。あいつじゃないのか?」
俺の指をさす先には野球部の格好をした男が走って来た。
「この手紙を出したのは、あなたかしら?」
「そうだ。俺は2年4組の指揮山剛夢だ。 今日は君に…」
指揮山が何かを言おうとした瞬間に雪奈川が被せて言った。
「まず、あなたは常識を身につけるべきだわ」
「「え?」」
あまりの急展開に思わず俺も指揮山先輩も声が漏れてしまった。
「まずこの文章、学年や氏名を書かずに出すなんてどうかしてるわ。そして相談内容も一切書かないと言うのは相談する気がないと捉えても良いのかしら?」
「いや・・・それなら雪奈川さんも誰にも見つからないように来て欲しいという内容を守っていないじゃないか」
そう言い、指揮山先輩は俺の方を指でさす。
「彼は『一応』文化活動部の部員よ。
あなたは部員に来て欲しいと書いたはずよ。 だから私は内容は守っているわ」
「ならあいつは雪奈川さんの彼氏でもなんでもないんだな?」
「彼が私の彼氏に見えるなんて、その2つの目は腐っているのかしら? それともストラップかしら?」
「・・・それなら良い。今日は雪奈川、お前に…」
「あと1つ良いかしら?」
「な、なんだ?」
「気安く名前を呼ぶなんてどうかしていると思うのだけれど。まずは私が自己紹介をするのを待つのが筋だと思うわ」
この時点で遠目から見ている俺にも分かるが、指揮山先輩の目が少し潤んでいた。
まあ、雪奈川は気がついていないようだが。
「す、すまない。 じゃあ本題に入っても良いですか?」
「良いわよ。さあ、早くしてくれる?」
「じゃ、じゃあ。俺と付き合ってください!」
「無理ですお引き取りください」
即答した。俺の聞こえる限り、『付き合ってください』の『さ』の部分の時点で断っていたな。
指揮山先輩、膝をついて落ち込んでいるようだけど、先輩のあそこまで言われても告白する勇気には脱帽しますよ。
俺は髪をかきあげるながら去って行く雪奈川の後を追い、教室へ戻る。
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「なぁ、この部活は告白してきた男子の心を折る部活なのか?」
「いえ、違うわよ。今日はたまたまこうなっただけよ」
「そ、そうですか……」
本を読みながら返事をする雪奈川に少しムカッきてどうにか復讐できないか考えているといきなり雪奈川がこちらを見て口を開く。
「言うのを忘れていたわ。
改めて、文化活動部へようこそ。歓迎はあまりしていないけど入部は認めてあげるわ」
そう言い、にっこり微笑む。昨日まで見せていた冷たい視線や目の笑っていない笑顔とは明らかに違うその微笑みに不覚にも見惚れてしまった。
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