枯野3
帰宅すると同居人の静に怒った顔で出迎えられた。
いつもであればお気に入りのドラマを見ている時間だが、わざわざ玄関まで出てくるとはよほどだ。
怒らせてしまった理由が見つからない。
困惑し問いかける直前に先に静が口を開いた。
「変な男が来たの。雑誌の記者だとか名乗っていたけれど、しつこいのよ。行方不明者がどうとかって、あなたの仕事に関係の無い事を聞いてくるの。私、腹が立って、そんなのは警察へ行来なさいって言ってやったの」
「行方不明者?」
「そうよ。あなた、おかしなものにでも巻き込まれているのね。この前の新聞もそうだし」
鞄持っていってあげるわ、との申し出に「重いですよ」一言添えて渡す。
渡した途端に顔をしかめて「やだ、本当に重いじゃない。一体何が入っているのよ」騒ぎながら居間へ運ぶ。
靴を脱ごうとして飾り棚の上の名刺に気付いた。
居間へ入ってきた森崎の手の名刺を見た静が「それ。来た男が置いていったの」と指差しながら言う。
「気持ちが悪いから捨てたかったけれど、やっぱりあなたにも確認してもらった方がいいかと思って」
「賢明なご判断に感謝します」
「そうでしょう。もっともっと感謝してくれてもいいのよ」
よく動く手はお茶を差し出す。
硝子の茶碗から掌に伝わるひんやりとした冷たさにふっと力が抜ける。
森崎は礼を言って小さく揺れる翡翠色の水面に視線を落とした。
静は森崎が以前交際していた男の母親だ。
その男とはもう別れて長い月日が経つが、何故かその母親とは今居を同じくしている。
人の縁とはおかしなものだ。
「食事は済ませてきたのでしょう」
「ええ」
「帰りはいつも遅いのだから、夜道には本当に気をつけてね。この都市で何かあっても、私は助けてあげられないのだから」
「はい。気を付けます」
笑って顔を上げると静の真剣な眼差しが突き刺さった。
「あなたに何かあると、私が困るのよ。私はまだ、あの家に帰りたくはないの。だから、巻き込まれる時は都市ではなく、管理棟にしてちょうだい」
管理棟管轄内であればあらゆる手段を用いて助ける。
その言葉にはその意味を含んでいた。
静らしいものの言い方に思わず笑みがこぼれる。
「笑ってる場合じゃないわ」
静は眉をひそめ自室へ去る。
(つくづく私は人に恵まれている)
口に含んだ緑茶はまるい甘みの玉露だった。
普段より早めに退所したので目を通しておきたい書類は持って帰っていた。
自室の窓を開けると虫が啼いている。
この辺りは緑化推進地区の為、都市の中心部としては緑が濃く虫の音が響く。
机の上に書類の束を載せようと、置いていた腕時計を脇へ少しずらした。
男物の時計である。
森崎の物ではない。
針は正確な時間を指している。
文字盤の縁にそっと触れた。
硝子面が硬質な光を反射する。
文字を打つのに疲れたのでここまで。




