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海辺  作者: こここ
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枯野2

ホ商業区の八番通りから一本道を逸れると、相手から指定された店はあった。

日も落ちた高層建築の谷間の暗がりに屋号を記した行灯が地面に光を滲ませる。

引き戸を開けると髪を一つに束ねた若い女が出てきて奥へ案内される。

視線を巡らせると板前の伏せた目の先にきらりと包丁が光っていた。

通路の釣り花瓶に活けられた花は先ずは竜胆、続いて南天があしらわれていた。

昼間の高い気温の記憶がどこかへ流されていくような気持ちになる。

一つだけある個室を小山は押さえたようだ。

先に来ていて現れた森崎へ親しげに片手をあげて出迎える。

(誰にこういく店を教わるのかしら。そういえば、小山さんはもともと裕福なおうちの子だった。こういう場所は行き慣れていそうね)とこっそり心のうちで呟く。

小山とはこうして時折会う。

整った顔立ちと身に纏う育ちの良さで年齢を問わず女性に人気だ。

若手ながらもあの市長が認めるほど優れたな人物でもある。

「呼び立てて、すみません」

「いえ。僕も森崎さんにお会いしたかったので、ちょうど良かった」

森崎が座ると「失礼します」と戸が開いて料理が運ばれてきた。

卓上に並べられた小鉢や皿は派手さは無いが、どれも丁寧な仕事を感じさせる。

「森崎さんも、急に紙面に名前があって驚かれたでしょう」

「いえ」

「あのような程度の低い三流紙など、お気になさらずに」

爽やかと大変好評の笑みを見せる。

(新聞の件などどうでもいいのだけれど)

森崎はただ苦笑で返す。

今日の目的はこれからの議会の行方を判断する材料を得る事だ。


今回の市長と菅野派の議員らの反目は九鳩市の発電所開発計画の露見から始まった。

現在発電所を持たない九鳩市は十雪市から電気を購入している。

十雪市の電力事業は電力都市公社が行っている。

多くの他都市同様に十雪市もまた公益事業は都市の管轄下にある。

計画を知るや菅野派議員達の反応は早かった。

すぐさま派閥内の意見をまとめあげ議会へ出してきたのが、九鳩市への十雪市電力都市公社の支店の設置案である。

従来の送電設備の保全費用がなくなり、十雪市の技術によって変わらぬ安定した供給がなされ、双方に利益をもたらすとうたうが、九鳩市の電気の購入には変更がなくその上発電所の建設費用は全て負わされる内容となっている。

これでは九鳩市が受け入れるはずもない。

しかし九鳩市には現在十雪市から独立帰還者が一人派遣されている。

九鳩市の帰還者は体が弱く年齢も高い。

派遣された帰還者が本来二人で担う責務の大半を請け負っているようだ。

九鳩市が菅野案を拒めば派遣帰還者の引き上げを提示し圧力をかけるだろうと簡単に予想がつく。

「菅野先生はあの案を下げはしないでしょう。電力関連は長年、お得意とされてきた方面ですし」

真っ先に菅野案に待ったをかけたのが市長である。

人道に反すると正面切って批判してのだ。

それ以来互いの批判の応酬は続いている。

森崎はそのあたりには興味がなかった。

一番の気がかりは派遣の帰還者だ。

九鳩市民の生命に関わる問題である。

帰還者をこれ以上道具のように扱わせはしないという強い思いがあった。


「あれが議会で認められるとは思いませんけども、そろそろ市長には対抗案を出して頂きませんと困ります」

この一件が起こってから一月が経とうとしている。

市長は批判だけを繰り返し有効な対抗案は出してきていない。

しかしながら渦中の九鳩市が何もこの件に関して声明を発表していないのだから十雪市だけで騒いでいるのもおかしな話ではある。

生麩と百合根のあんかけの器に手を伸ばす。

「明後日には出されますよ」

箸を止め顔を上げた。

小山と目が合う。

「これをお伝えしたくて。森崎さんだから、お話しますが」

小山が説明をしてくれたところによると、市長案は十雪市九鳩市六燕市の三都市による合同の電力供給会社の設立らしい。

「小山さんは市長案をどうお考えですか」

「合同会社の設立には賛成ですが、そこに六燕市の必要性はありません」

意外な反対派の出現におかしくなって森崎は笑った。

「あなたの説得にさすがの市長も手強く感じるでしょうね」

「僕はその時に最善と考えられる方を選ぶだけですよ」

そう言うと小山はどこからか黄色い歓声が飛んできそうな笑顔を再び見せた。

九鳩市と六燕市、そして市長の間にはすでに話がついているはずだ。

また議会で反感を買いそうだ。

これまでも剛腕と言えるやり方で通してきたが、今回はどう収めるのだろう。

宙に浮いていた箸先を甘鯛の昆布締めへ向ける。

皿からつまみ上げた半透明の身は舌にひんやりと冷たい。

「ここのお料理、本当にどれも美味しいわ」

森崎が感嘆の声をあげると、小山は小さな子供が誉められたかのような顔で嬉しそうに頷いた。


小料理屋の前で小山を見送る。

後部座席の小山は窓から「本当によろしいのですか」ともう一度訊ねてきた。

「ええ。車より地下鉄の方が早いので」

走り去る車体はスイレー社製だった。

管理棟へ進出する意思があるのではないかという推測は確信に変わる。

(だから六燕市と組むのは反対か)

近年管理棟は各都市の影響力の増加に敏感だ。

特に都市の連帯はその力が大きいとして管理棟が最も好まないものだった。

今すぐ市長案にそのまま賛成できない訳はそのあたりも関係しているのではないか。

森崎は体をほぐすように一つ大きく背を伸ばすと地下鉄へ向かって歩き出した。







前の章と少し繋ぎ方が悪くなってしまいました。

小山が思ってた以上に出てきてしまいました。

次も読んで下さることを願ってます。

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