源二という男
Y字路の先の道は狭く、左の道も右の道も、せいぜい二、三メートルという幅だった。
そのため、道の中心に佇む穴は、ほとんど道の全てを塞いでいた。
「なぁ正一、あれ、穴だよな」
震える指で、穴の方を指す源二に、正一は首肯した。
「たぶん。そうじゃなきゃ、こんなものがあるのはおかしい」
正一の額には、汗がにじみ出ていた。
三波を探していたはずが、騒動の中心にある穴を発見したためでもある。
が、主たる理由はそれではない。
主たる理由は『なぜ穴が三波の帰路となるこの道に発生しているのか』だった。
ここにあるなら、三波は必ずもっと早いうちに穴に入っていたはず。それにわざわざ探そうなんて言わなくても、見つけられたはずなのだ。
なのに、なぜここに......。
「なあ正一。あれをくぐれば、みなみんに、会えるかな?」
「......は?」
正一は一瞬自分の耳を疑った。
隣から予想外の言葉が出てきたから。
「噂の通りなら、この穴は過去に繋がってるんだろ? なら、ここを通れば、みなみんがいたあの時間に」
「ふざけるなよ」
自転車を握る正一の手に、力が入る。
「まだいなくなったって決まった訳じゃねえんだ。それなのにお前は、捜すの諦めて穴に入ろうってのかよ」
カチンと、何かが切れたような感じがした。
源二は自転車をその場に放り、正一の方へとやってきて、ぐいっと胸ぐらを掴んだ。
「ならおめえは言えんのかよ? みなみんがここに入ってないって」
「っ!」
嫌なところに気づいた。正一は反論しようと口を開くが、それより先に源二がさらに捲し立てる。
「ここはみなみんの通学路。いつ入ったっておかしくねえ。それまでどうにかして入らずに済ませてきたものを、お前と喧嘩したあの日に、カッとなって入ったって可能性もあるだろうがよ!」
「だ、だとしても!」
「だとしてもじゃねぇんだよ! 俺たちが捜してんのはなんだ!? みなみんだろうが! それがこの中にいるんなら、見つけに行くのは当然だろうが!」
「落ち着け源二!」
「落ち着いてられるか! ここを通れば、みなみんに会えるかも知れねえ、あの頃に戻れるかも知れねえ。そう考えたら! あいつがいるなら、行くしかねえって思っちまうんだよ!」
源二の調子に合わせて、正一も感情を露にしていく。
「過去に戻ったって、なんも変わりゃしねぇぞ! 今のお前が戻っても、相手と自分の間にある時間の溝を感じるだけだ!」
「うるせえ!知った口を利くんじゃねえ! 俺は、俺は、あいつがいた世界を生きたいんだよ!」
「今を生きなきゃ! 過去を踏み越えていかなきゃダメなんだ! 人間は!」
「そうかよ......。そりゃ正論かも知れねえなぁ」
はぁっと、少しだけ和らいだ源二の表情を見て、正一はもう一声かけようとする。
「源......」
「なら、俺は人間をやめてもいい!」
「源二!」
正一の声は、源二には届かなかった。
正一の忠告を振り払って、胸ぐらを掴んでいた手を放し、源二は穴に飛び込んでいった。
先の見えない黒い穴は、源二をがぶっと飲み込んだ。
穴に入った瞬間に源二の姿は見えなくなり、穴の表面は、際限などないような色を見せていた。
「源......二......」
正一は、その姿をただ見ることしか出来なかった。
胸の奥には、冷たくて気持ちの悪いものが、溜まっていた。