不思議な噂
もう時は七月下旬。夏も本番の猛威を振るってきた。連日三十度を越す真夏日が続いている。学校の生徒達は、いつも教室のクーラーを愛しく思っていた。
しかし今は補習期間。昼には授業が終わり、昼御飯も食べ終わると、皆部活に委員会にと教室を渋々ながら出ていった。
今クーラーの恩恵を授かっているのは、正一と、源二と、三波の三人、通称『ひふみトリオ』だけだった。放課後の教室で三人で駄弁るのは、もう三人のお決まりだ。
しかし、今日は少し違っていた。
「ねぇねぇ二人とも。最近ここらで流行ってる噂、知ってる?」
三波の質問に、
「ん? なんだそりゃ」
正一は知らない顔をしていたが、
「もしかして、あれのことかな」
源二はさすがに情報をつかんでいたようだ。
「源二、言ってみて」
「過去に戻れる穴の噂、かな~と思ったんだけど」
うんうんそれそれと、三波は何回も首肯した。
「過去に戻れる穴?」
「そう。少し前から、この近くのどこかに、過去に戻れる穴があるっていう噂が広がってるんだよ」
「へぇ」
軽く答える正一に、三波は不服そうに頬を膨らませた。
「何やってんのみなみん」
源二は二人を見ながら、机の上でクスクスと笑っている。
「だって、正一が明らかに信じてなさそうなんだもん」
「当たり前だ」
「穴の位置があやふやなのはいいとして、『過去に戻れる』なんて分からないだろうが」と正一は噂の問題点を指摘した。
三波は「うっ」とあからさまに言葉に詰まった。
「それは、さぁ。……うーん」
手をもやもやと動かしている三波に、横からフォローが入った。
「俺が聞いた話だと、体半分くらいが穴に入っちまった奴を引き抜いた奴が、入った奴から聞いた話らしいぜ」
「そ、それ見なさい! やっぱり証拠はあったのよ」
「……」
正一はまだ半信半疑だ。
「それに……」
また源二が口を開いて、そしてすぐ言い淀んだ。目線を下げて、何か考えているようだった。
それに? と正一は続きを促す。
源二は目付きを真剣にして、続きを話し出した。
「それに、もうその穴に入った奴が何人かいて、そいつらは軒並みいなくなったらしい」
「っ!」
正一はもちろん、三波もそのことに目を見開いた。
「うちの隣のクラスの藤、知ってるだろ? 先生の話を盗み聞きしたんだけど、四日前から行方不明らしいんだよ」
藤というのは、正一の元クラスメイトであり、体育の授業でペアを組んだことをきっかけに三波とも仲良くなった明るい女子生徒である。
「そういうのもあって、まことしやかにこんなことが噂になってんのさ」
源二が喋り終えてから、三波は勢い良く立ち上がった。
「こ、これは調べてみるしかないね!」
「いきなり来たな三波」
突然の発言に正一が切り返した。
「だって、藤ちゃんがいなくなってるんだよ? 探さなきゃって思うじゃん」
「警察だって動いてるだろ。俺たちが詮索してどうなるもんでもないだろうし」
「でもさぁ」
「でももへちまもないんだよ、これに関しては」
三波は勢いを失ってシュンとなった。
「そんなこたあねえだろうよ、正一」
ここでも、源二は三波に加勢した。
正一の目が若干きつくなる。
「お前、何言って」
「警察じゃ探しきれないところがあるかもしれないから、俺たちなりに探してみて、何か見つかれば警察に言いに行く。それでいいじゃんか」
「何がいいんだ……」
あきれ返ってジト目を向けている正一など、今の源二の目には映っていなかった。
「まあとりあえず、善は急げだ。さっそくいくぞ」
「とりあえずは、穴探しだね」
「そうだな」
二人だけで話はどんどん進み、ついには教室から外へと歩き出した。
「おいおい。二人だけで話を進めるな。ってか、鍵閉めるの待てよ!」
半ギレになりながら、正一は施錠をし、二人の後を追った。