会話
「須藤くん、だっけ?」
いきなり声をかけてきたのは、あの三波だった。
かばんに手を突っ込んだまま、正一は三波のほうをじっと見つめていた。
「......姿勢、戻した方が楽じゃない?」
「あ、ああ」
三波の声で我に返り、前屈みになっていた姿勢をもとに戻した正一に再度「須藤くんであってるよね?」という質問が投げ掛けられた。何も言わずに首を縦に振ると、「そっか、よかった」と三波は笑顔になった。
「まだ全員は覚えられないけど、少しずつ覚えなきゃと思ってね」
何となく会話しなければならないのではと思った正一は、一応の返答をしていった。
「大変そうですな」
「まあね、でも楽しいよ」
「そりゃよかったな」
「うん。メンコやコマやおはじきより、全然楽しいよ」
「......例が古すぎないか?」
思わず素で突っ込んでいた。
「そうかな」
「時代が違うだろ、確実に」
なぜか三波は「そういうもんかぁ」とため息混じりに呟いていた。
「これがジェネレーションギャップというものなんだね」
「同世代でジェネレーションギャップが起こるなんて珍しいこともあったもんだ」
「ほんとにねっ」
正一は、素で笑っていた。
「じゃあ、これからよろしくね。須藤くん」
「ああ。よろしく、三波さん」
会話が終わると、三波は女子連中の方へと帰っていった。
それを見ていた正一は、あることに気づいた。この教室に、もう男子は自分一人であることに。
物静かなそうな男子が数人は残っているだろうと思っていた正一は、すぐに荷物をまとめて教室を出た。
女子ばかりの教室に男子一人。居づらいにも程があるというものだ。
しかし、同時に幸運でもあった。あの姿を他の男子に目撃されていれば、まず間違いなく恨みを買い、果ては八つ裂きまでされていたかもしれない。
冗談混じりにそんなことを考えながら、正一は靴を履き替えてとっとこ自転車駐輪場へと走っていく。
源二にもこのことは言うまい。
そう心に決めて、自転車をこぎだしていった。