いつもの場所 / 残るもの
「自分勝手だ!」
正一は大声で叫んでいた。
場所は教室。先生は古文の東川先生。正一はクラスの注目を、一身に集めていた。
「そ、そうだな。確かにこの主人公は、自分勝手だ」
発表だと思ったのか、驚きながらも先生は冷静に対処する。
「まあ落ち着いて座れ。そんな泣くほどでもないだろう」
はっとなって、すぐに腰を下ろした。頬をぬぐうと、確かに涙で濡れていた。
なんで、俺泣いてんだろう。
終業のチャイムがなり、挨拶で授業は終わった。掃除があって、SHRで先生からの連絡を聞いて、いつものように帰路についた。
学校から帰る正一の隣には、当然のごとく源二がいる。
「そんでさあ、四組のかっちゃんがな...って、ん?」
源二が話を変えようとしたとき、正一はブレーキを掛けていた。
「どした? 正一」
そこはY字に別れる三叉路。斜めに伸びるのは二人がいつも帰る右側の道と、もう一本。あんまり通ったことがない道だった。
普段全然気に止めなかったのに、何故か今日は、止まった方がいいような気がした。
「なんかあんの?」
引き返してきた源二が、正一と同じようにもう一本の道に顔を出す。
「なぁ、今日はこっち通ってみないか?」
「なんで急に?」
振り返った源二の頭には、露骨に疑問符が浮かんでいた。
「なんでって……なんとなく」
「なんじゃそりゃ」
正一の煮え切らない返答に少しずっこけながらも、「まぁいいよ」と、いつもとは違う道の方に自転車のハンドルを切った。
二人は進んでいく。
いつもとは違う道を。
その先には……。
「こっちの道、ここに続いてたんだな」
いつもの道を進んだ先にある丁字路に出た。出た場所は、いつもより二十メートルほど左だった。
「当たり前だろ、あっちのが近いってだけなんだから」
そう、違うのは、出た位置が家から少し遠くなったことだけだ。
「そうだよな。そうだよな」
正一は、何かを噛み締めるように繰り返した。
「お前、今日熱でもあんの?」
源二が冗談味抜きで心配してくる。
「夏風邪はお前しか引かねえよ」
「おい、バカじゃなくて俺だけかよ」
そんなことを言って、正一はごまかした。
「はやく帰ろうぜ」
正一の言葉に、源二はなんだよとこづいてくる。
「いやいや、なんでもねえって」
なんでもないわけではなかった。けど、これは一人でとどめておきたかった。
正一は、確かに顔が火照っているのを感じながら、また今日も、いつも通りの一日を終えた。




