初めの
始業式は終わり、入学式の開始まで休憩時間となった。
トイレに行くやつ、腰を伸ばすやつ、友達と愚痴を言い合うやつ。色んなやつがいたが、一番多いのは。
「……」
三波に注目するやつだった。
当然といえば当然だ。ただでさえ「転校生」というレッテルで注目を集めるのに、それが女子で、しかもルックスも大したものだったからだ。
顎のラインは細くスッとしていて、目鼻立ちもそれなりに整っていて、肩甲骨あたりまで届く黒髪を一つにまとめて下に垂らすようにポニーテールにしている。
早速四方八方から飛んでくる質問に明るく答えるその姿も、快活な笑顔も、目を向けている男子連中にはさぞ魅力的に見えただろう。
しかし、見ているやつらに少しずつ圧迫されている正一は、そいつらがとても恨めしく見えた。源二も源二で、三波の方を見ながらも、横のやつらを押し止めていた。ちょいと正一の方に目をやると、へへっと笑って見せた。正一も、「おつかれさん」という意味で、笑顔を送った。
それから二十分ほどあってから入学式が始まり、つつがなく進行していった。
教室に戻ってきてから担任が来るまでは、それはもううるさかった。女子陣の黄色い声に男子陣の青黒い声が重なって、教室内はぐちゃぐちゃだった。その中には、源二の声も含まれていた。
正一はというと、窓の外に視線を伸ばしていた。
三波が全く気にならない訳ではなかった。だが、それ以上に周りの声が嫌だった。
「さあさ、みんな席につけい」
先程までの声は一瞬で止み、手を打つ音と「はい、はやく」という継ぎ足しの声が妙に響いた。
声の主は新田先生だった。なんとこの六組の担任を任されたらしい。
正一は内心喜んでいた。ワンツーコンビとあだ名をつけるほど自分達のことを認めてくれている先生として、好感を持っていたからだ。
一つ前の席の源二は身震いしていた。運動神経がいいことから体育の授業での手本をやらされたり、他の生徒より高い目標を言い渡されたりと、何かとしごかれているからだろう。
副担任は国語の古川先生だった。そこそこのお年で、一児の母。怒ると恐いが、いつもはユーモア溢れる面白い先生だ。
「皆さん、今年もよろしくね。三波さんに色々とアドバイスとかしてあげてね」
こういうフォローも忘れない人である。
さて。新学期恒例の大量プリント配布も、必要事項連絡も終わり、時間はーーこれまた新学期恒例のーー自己紹介へと移った。
男子の一番から順に前に出て、一分で自己紹介をしていくのだが、男子は三波を意識してか、好きなものと嫌いなものを言った後、何かとアピールチックなことを言い放っていた。
源二も例に漏れない内容を言い終わり、ついに正一の番になった。
「須藤正一です。元二組でした。好きなものは、きゅうりと冬。嫌いなものは、なすと夏です。今年一年、よろしくお願いします」
「いよっ!」と、ノリのいい男子が熱を下げないように盛り上げる。男子連中はそれに乗っかり、女子はそこそこに、拍手をもらいながら正一は席に戻った。源二は何も言わずに、拳を正一に示してきた。正一は答えるように、拳をコツッとぶつけた。
こから特段何も波はなく、すーっと進んでいた自己紹介に、大波が起こるときが来た。三波の自己紹介である。
教壇に上がるだけで男子の体が少し前のめりになった。
「先程も自己紹介しました、三波花です。好きなものは読書。嫌いなものは虫です。これから段々慣れていきたいと思うので、皆さんよろしくお願いしますっ」
言い終わるや否や、男子連中は盛大な拍手とフィーッフィーッという指笛の音を教室に響かせた。
三波は驚きを隠せず一瞬ビクッとなり、正一は普通の拍手を送りながら周りを睨んでいた。
台風が過ぎ去ったかのような静けさーーいつもの調子ーーと共に、そこから先の自己紹介は何事もなく進んでいった。
全員が終わり、時間の余裕を利用した先生二人の自己紹介も終わると、規定の時間までは教室の中にいることを条件に、少し早いが解散となった。
時間まで三波を取り巻いていた男子たちは、チャイムと共に外へと駆け出していった。女子も大事だが、時たま与えられる、今日のような昼終わりで発生する大量の自由時間を遊びに費やすことも大事なのだ。
ただし、正一と源二は別だった。
正一の机に弁当箱が二つ並べられた。源二は椅子を九十度回してから正一の方に体を向けた。弁当箱を開けて、中身を食べながら二人はポツリポツリと言葉を交わしていく。
「これからどうするよ?」
「...どうするって?」
「遊ぶか、それ以外か」
「...うーん、俺は遊ぶのはなぁ」
「そうか、俺は誘われてるのがあるからそれに行こうかと思ってたんだけど」
「...楽しんでこい」
「はいよ」
手早くご飯を片付けて、源二は「じゃな」と教室を出ていった。
ご飯を食べ終わってからも、正一はすぐには席を立たなかった。
これからどうしようか。なにも考えていなかった。
でも、資金と移動範囲から考えると、選択肢は自動的に少なくなっていく。
このまま家に帰るのもなんだし、立ち読みでもするか。
そう考えて、弁当箱を机の横にかけたバッグに入れた時だった。
「ねえ」
正一に、女子の声がかかった。
それは、どうせ関係性が深くならないと思っていた人だった。
「須藤くん、だっけ?」
三波が、正一に声をかけてきたのだ。