穴・改
腹の痛みは、正一に膝をつかせた。
目の前は、闇に包まれている。
夕暮れの赤を飲み込む黒は、夜よりも深かった。
その闇に、光を奪われまいと、正一は必死だった。
源二が行ってしまった。三波ももしかしたらあの中にいるのかもしれない。今ならまだ、俺がいけば助けられるのかもしれない。しかし、もし助けられなかったら。もし、もう手遅れだったら。
様々な考えが頭をめぐる。その流れを断片的にさせていたのは、腹の痛みだった。
腹の痛みは訴えているようだった。
考えるな。お前は何も気負う必要はない。二人がいなくなったとしても、その消失をも乗り越えられるような、強い人間になれと。まるで、何かの言い訳のように。
「そう、か」
正一は、立ち上がった。横に倒れた自転車を起こし、携帯に110と入力した。
電子音が、耳を打つ。
その目に、意思はなかった。
ただ、盲目的だった。
「はい、もしもし110番です。何かございましたか?」
電子音が切れたあと、男の人の声が響いてきた。
この人に、言えばいいんだ。今問題になっている穴を見つけたと。その場所はどこなのかを。今、ここで。
「もしもし、大丈夫ですか?」
「あ、すいません。実は......」
正一は口をつぐんだ。腹は痛くなかった。だが胸が、痛かった。
本当にこれでいいのか? 二人がいなくなったことを乗り越えることが、正しい選択なのか?
いや、違う。そんなのより、もっといい未来を作る方法がある。
「源二。...三波」
一歩、二歩、穴へと足を運ぶ。相手の声など無視して、電話を閉じる。
その目は、遠く未来を見据えていた。
「俺がお前らを、ここに連れて帰る」
正一は先の見えない穴の中へと、踏み出していった。




