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三波 花

「まずは皆、進級おめでとう。全員無事に上がれて、先生としては嬉しい限りだ。何がどうあれ、お前らも今日から先輩になる。そのことを肝に命じて、後輩の悪い手本にならないようにな」

 とかなんとか、決まりきった文句を先生なりの口調で述べるのを、正一は正直聞いていなかった。だいたい言われることは分かりきったことだけだし、これからの行程だって事前に張り出されているのを見て知っているからだ。

「あ、あと。転校生が座る席を確保するために、女子は中央寄りの端の席を一つ開けるように。それじゃ、教室の前に並べい」

 体育教師の指示に従い、クラス全員がぞろぞろと動き出した。正一も、気だるそうに、だが一応皆と同じように、列に入っていった。クラスの男たちは「かわいい子がいいな」なんていう話も影でやっていたが、正一にとってはどうでもよかった。どうせ関係が深くなることもないだろうから。



「皆さん、進級おめでとうございます。今日は良く晴れていて、春の訪れを感じさせてくれる暖かさですね」

 とかなんとか、多分晴れの時も曇りの時も雨の時も言えるように準備してきたであろう校長の言葉を右から左に聞き流しながら、正一は横目で隣を見ていた。

 何の偶然か、正一は中央に新入生が通るために開かれた道のすぐ側の席、つまり男子側の中央寄りの端の席に座っていたのだ。そしてその横ーー厳密に言えば道を挟んだ対岸ーーには、一つの空席が見えていた。

 転校生用に開けている席だ。取り立てておかしなところもない、普通の席だった。なのに、何故か気になった。

「ええー、それでは、これで私からの言葉は終わりとさせていただきます」

 耳がタイミングよく校長の言葉の終わりを聞き付けた。正一は自然に姿勢を整え、礼をした。

「それでは続きまして、転校生の紹介をしたいと思います」

 正一の周りが、一気に音をたてない喧騒に飲み込まれていった。 男子は十中八九「かわいい子」であることを願って。女子は女子で「意中の相手を奪われないか」とか「仲良くできるか」とか、そういうことを気にしているのだろうと、正一は勝手に推測していた。

「二年六組、三波(みなみ) (はな)さんです。隣町から、この春親の仕事の都合で引っ越してき、それに伴いここに編入する流れとなりました」

 どこに「隣町」という名前の町があるのかと、見知らぬ誰かは問いそうだが、「隣町」とはこのとある田舎の隣町の名前である。

「それでは、一言皆さんに挨拶を」

 司会の先生からマイクを受けとると、三波は体育館のステージの前まで歩いていき、すっと滑らかに礼をした。

 思わず皆も礼をする。

 皆が顔を上げたことを確認してから、マイクを口に近づけた。いよいよ、話し出す。

「皆さんこんにちは。三波花です。隣町から引っ越してきたばかりなので、何かとご迷惑をかけるとは思いますが、よろしくお願い致します」

 短くまとまった、いいあいさつだと思った。

 もう一度礼をしてから、マイクを先生まで渡しに行き、そこからスタスタとこちらに向かって歩いてきた。

 途中、正一と三波は目を合わせた。三波は微かに口角をつり上げた。よく見てないと気づかないほど、微かに。

 それに正一は気づき、なんとなく自分も同じことをした。

 すると今度は微かに首を縦に振った。それとほぼ同時に方向転換し、席の前に立ち、座った。

 ほんの少しの間だったが、正一は、何かを感じていた。前にも同じことがあったような、どこか懐かしいような感じを。

 隣にいる源二にこっそり話をしようと顔をそちらに向けたとき、視界に入る男どもの顔が、口角が上がった状態でこちらを向いている気持ち悪い絵面が目に飛び込んできた。

 それから少しの間、正一は何も考えなかった。

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