修正・六 / そして結成
あれから約一週間が経った。
三波と仲良くなろう、お近づきになろうというクラスメイトも、三波を一目見ようと押し掛けてきていた他のクラスのやつらも、もう大体は普通の生活に戻っていた。
放課後に三波の周りに人だかりができることもなくなっていた。
「わりぃ、正一。トイレいってくるからここで待っといて」
「わかった。四十秒以内な」
「無茶言いなさんなって」
いつものゆるゆるな会話をしながら、帰りの支度を進めていた。
会話はゆるゆるでも、やはり疲れる日々は続いていた。
源二が教室を出るのを確認してから、目一杯机に倒れた。
少しでも体の疲れをとろうと体を伸ばしたりしていた。
その時だった。
「須藤君」
「っ!」
いきなりかけられた声。高く、聞き心地のいいこの声。間違えるはずもない。三波の声だ。
反射的に体を起こすと、目の前でビクつく三波がいた。
......またやっちまった。
正一は左下に目線をそらした。
これで完全に終わった。そう思った。
「......ごめんね」
「......は?」
三波が、正一に、真っ直ぐな視線を送りながら、謝罪した。
三波が。
正一に。
「なんでお前、謝ってんの?」
正一の問いが来るとは思わなかったのか、三波は少しあたふたしたが、すぐにまた目線をまっすぐに戻した。
「一週間くらい前、靴箱の近くで、謝ってくれたの。前の日に私が変なリアクションしたから、謝ってく れたのかなって。でも、逃げちゃったから、悪いことしたなって思って」
......何も言えなかった。
非はすべてこちら側にある。そう思っていたのに、三波は三波で、自分にも非があると考えていた。
そんなこと思わなくてもいいのに。俺が全部悪いのに。
そればかりが、頭を何周も這い回った。
「多分、自分だけに非があるって思ってるでしょ」
「っ!」
言い当てられた。腕に鳥肌が立つ。
「いいも悪いも表裏一体。どっちか一方が完璧に是になることも、否になることも、そうないよ。だから、おあいこだよ」
優しく、笑顔をくれた。母がこどもを慈しむように、笑顔を向けてくれた。
正一は、何もできなかった。ただ、感謝を感じていた。
三波の言葉に、何度もうんうんと首を縦に振った。
「これで仲直り」
うん。
「修正完了」
うん。
「これからは、友達だよ」
うん.......う?
「......へ?」
「え?」
お互い、疑問符を頭に浮かべた。そして何故か、その数は三波の方が多いようだった。
「あれ、これでいいはずなのに。あれ?」
目の前で頭を抱える三波を見つめて、正一は「あの時こんな感じだったのかな、俺」なんて冷静に分析していた。
「おぉ、お二人さん。何してんの?」
トイレから戻ってきた源二が、こちらを見ながら近づいてきた。
「なんか、仲直り」
言うと、三波はぼふっと頭から煙をあげた。
「そっかー。よかったね、正一。仲直りしたかったんだから、万々歳じゃん」
気楽に言う源二を、ビームが出るんじゃないかと思うほど強く睨み付けているのは、三波だった。
二人を交互に見て、正一はある仮説に行き着いた。
「もしかして、お前三波に何か言ったのか?」
気づかれた! と言わんばかりに、三波は盛大にビクついた。
「えー、どうだったかなー」
へらへらと笑う源二を見る正一の目は、ジト目になっていた。
「俺はいいけど三波に失礼だから、言うならもっとマシに言え」
「こりゃ失敬」と源二は合掌して三波に謝った。
なにか言いたそうだったが、三波は何も言わなかった。
「まぁ、これで一件落着したわけだし、それじゃあここから『ひひみトリオ』結成といきますか」
「ひふみトリオ?」
正一と三波の声が重なった。お互い目を合わせて、恥ずかしそうに目をそらした。
「正一、源二、三波。一、二、三って並んでるだろ? ワンツーコンビだったから、これからはひふみトリオでいいじゃん」
「いやその発想がわかんねえよ」
正一の突っ込みなんて聞かず、源二は「どう? ひふみトリオ」と三波に寄っていた。
「トリオで、何やるの?」
まぁそりゃ得たいの知れんものには入りたくないわな、と正一が傍観している中、源二はよくぞ聞いてくれましたと手を打った。
「仲良くやる!」
「......」
三波が言葉を失っていた。
続けて源二が補足する。
「どっか食べ物食べに行ったり、面白いこと探したり、遊びに行ったり。高校二年を存分に楽しむのさ!」
「ほぉ......」
今度は一応のリアクションがあったが、非常に薄かった。
嫌とは言えない人なのだろうと、正一は助け船を出した。
「無理しなくていいよ。こいつ思いつきで言ってるから、ろくなことに」
「『ひふみトリオ』結成しよう!」
助け船は速攻で沈没させられた。
「まだまだ慣れてないから、色々教えてもらいたいし、何だか楽しそうだし」
おとなしいと思っていたが、意外とアグレッシブなんだなぁ。と、遠い目をしながら正一は三波たちを眺めていた。
「須藤君、やらない?」
......。興味ない、なんて言えないだろう。
そんな輝いた目をされたら、がっかりさせたくなくなるだろう。
「じゃあ、やるよ」
「よっしゃ!」「やったあ!」
こうして、『ひふみトリオ』が結成された。




