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はじめまして

 入学式も終わり、教室に戻ってくると、クラスメイト達はそれぞれに騒ぎ出した。

 転校生は入学式が終わった後に先生に呼ばれていったため、ここにはいない。

 それもあって、男子女子問わず、話題は転校生のことがほとんどだった。

 どんな人柄か、頭はいいんだろうか、運動は、人付き合いは。妄想の種は尽きることがなかった。

 そんな浮かれ切った高校生たちとは一線を引いて、正一は静かに窓の外を見ていた。

 自分だって、あの転校生のことが気にならないわけではない。それどころか、ここにいる誰より彼女のことを知りたいくらいだ。しかし、今ここで何を話そうが、それは空想上のものでしかない。そんな情報はいらない。

 だから、早く来い。

 そう思い続けて、窓の外に視線と思考を逃がしていた。

「てめえら! 高校二年にもなってもう少し静かにできんのか!」

 生徒の騒ぎ声に負けない大声を張り上げて入ってきたのは新田先生だった。

 空気を察した子供たちは、直ちに話をやめ、そそくさと自分の席に戻っていった。

 満足そうに頷く新田先生の後ろから入ってきたのは、国語の古川先生だった。結構お年を召されていて、一児の母。怒ると鬼ババに変貌するが、当たり前のことを当たり前にしておけば優しくて面白い先生である。

「俺たちが入ってきたことからもう察しはついていると思うが、この二人が、六組の担任と副担任です!」

 新田先生が教壇から告げると、クラスは「いえーい」という歓喜の声と「えぇーー」という悲嘆の声でいっぱいいなった。

「おいおい、えぇーはないだろ。まあいい。この一年が終わる時にゃ、この担任、副担任でよかったと思えるようにさせてやるからな」

 ブーイングにも前向きに対応する新田先生。

 その姿勢には感心しながらも、正一ははやく終わらせてくれないかなとばかり考えていた。

 はやくあの子に......。

「それじゃ、入ってくれ」

 先生の呼びかけに驚く正一の目に、お目当ての彼女の姿が映った。

「黒板に名前書いて、自己紹介を、お願いできるかな」

「はい」

 言われてすぐに、転校生はさっさとチョークを動かしていく。

 振り返って、一息置くと、こちらにまっすぐ目を向けて言い放った。

「三波花です。家の事情でこちらに引っ越すことになりました。慣れるまでは迷惑をかけることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 ペコっとお辞儀をした瞬間、男子どもが拍手とともに咥え笛やらなんやら吹いて場を盛り上げた。

 先生の指示によると、正一や源二がいる列の右隣の右隣の列の、後ろから二つ目に座るらしい。正一から見たら真横の席である。

 ひとつ前の席の源二は正一を睨みつけてきたが、俺もお前も大差ないとアイコンタクトで告げると、顔を前向きに戻した。依然として不服そうな顔は変えなかったが。

 三波が隣近所と話しながら着席すると、先生は出席番号順に自己紹介をしていくように指示し、またも半数の生徒から不評を買った。

 自己紹介なんて、適当に終わらそう。

 そんな考えの正一の自己紹介は、物足りなさはあるが、十分自己紹介として成り立っている発表だった。


「それじゃあ、これにて今日の学校終了ー! 気をつけて帰れよお前ら」

 こういうとき、時間の流れはとても短く感じてしまうものだ。まるで自己紹介から今までの三十分間が一瞬の事のように感ぜられた。

 まぁそんな感覚論は今は捨て置いて構わないことだ。

 正一は三波の方を向いて、話しかけようと席を立とうとした。

 そして、瞬時に元の位置に戻った。三波の前に、とんでもない数の人の壁が出来ていたからである。

 本心を言えば、あんな壁、力づくで打ち崩して、すぐにでも話がしたい。

 しかしここは学校。そんなことをすれば変な噂が立つことは間違いない。

 そういうことなら、壁が自ら瓦解するまで待つ方がよい。

 面倒事を好まない正一は、チラチラと三波の席の方を見ながら弁当箱の蓋を開けた。

 そのとき、自分のともう一つ。机に弁当箱がのっていることに気がついた。

「なんだ、お前はあっちに行ってるもんだとばかり思ってたぞ」

 源氏の顔は薄笑いを浮かべている。

「あんなの愚行さ。自分たちはおろか、三波さんの昼食、その後の予定を狂わすことになるとも知らないが故の行動さ。そんなことするくらいなら、早く食べてから行動した方が利口だろ」

「それはそうだが、あいつらが行動した後にお前の行動が来るなら、三波の行動はさらに制限されないか?」

 正一の言葉の途中から、源二は両手で顔を覆って「ジーザス!」と叫んだ。クラスのやつらは誰も動じない。

「それくらいは考えろよ」

「もういい、帰る」

 いきなりの落胆ぶりに、正一は戸惑った。

「帰るって、聞かないのか? あれこれと」

「明日でもできるじゃん。それ」

「お、おう......」

 源二の背後から放たれる黒いオーラを、正一はただ傍観することしかできなかった。

 本当に荷物をまとめてそそくさと帰る背中に「じゃあな」と声をかけてみるが、反応はなかった。

 教室のドアが閉まってから、正一の胸には少しの後悔が残っていた。

 しかしその後悔もすぐに消え去った。意識が三波に移ったのだ。ちょうど皆昼飯やら帰宅やらで三波の席を離れていったため、目を向けた先には、三波の顔があった。

 あちらもちょうど正一を見た瞬間だった。

 決まり悪い気がして、正一は即座に目をそらした。

 しかし、すぐに立ち上がり、三波の方へと歩み寄っていった。

 目をそらしてはダメなのだ。あの感覚の真相を確かめるには、この転校生に聞かなければならないんだ。

 そう、直感していた。

 しかし現実はそううまくいくとは限らない。

 目を戻すと、さっきより近くに三波の顔があった。当然と言えば当然だが、今の正一の頭を混乱させるには十分な状況変化だった。

 何のために近寄ったんだっけ?

 あ、話すためだ!

 ......話すって、何を?

 うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 思考に合わせて、正一は自分の頭をガーッと掻いた。

 目の前の三波はいきなりの行動に一瞬硬直した。

 違う違う違う! 迷わなくていい。

 言うことは一つだけ。

 掻いてから、腕を戻し、目をもう一度三波に向けた。

「はじめまして、だよな」

 正一の問いに、恐る恐る三波は首肯した。

「だよな。そりゃそうだ。......俺は正一。いきなり変なこと聞いて悪かった。これからよろしくな」

「よ、よろしく、ね」

 三波は笑った。

 正一も笑った。

 これでいいと思った。最初はこれで。

 あの感覚の正体は、こいつと一緒にいればいずれ分かると、そう思えたから。

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