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黒鬼-くろおに-   作者: 106
9/19

『千羽千春』

淳一と神奈川県警察捜査一課特別殺人捜査係の面々は、天井の低い廊下を進んでいた。


「神奈川県には、実に500人以上の"殺人鬼(マーダー)"がいて、そのほとんどは横浜、川崎の二市に集中してるんだよね」


銀閣の言葉を聞いても、いかんせん"殺人鬼(マーダー)"素人の淳一には『500人以上の"殺人鬼(マーダー)"』という言葉の凄味がわからなかった。

それを察してかは、わからないが、右隣を歩く庵野が淳一に囁きかけた。

「神奈川、東京を除く、各都道府県の"殺人鬼(マーダー)"の数はおよそ、10~30ほどと言われてる」

淳一は無言で目を丸くした。

よくよく考えれば、"殺人鬼(マーダー)"とは"人を殺す鬼"である。庵野に言わせれば、"人類の進化形態"だ。そんなモノがこの小さな神奈川県に500人もいるのなら、それは異常な数なのだろう。

「ちなみに東京は、100人前後だ」

淳一の左隣を歩く加室が、付け加えた。

神奈川のは東京の5倍。凄いっぽいけど、嬉しくない。


「でも、ご存知の通り、人間と"殺人鬼(マーダー)"は見た目じゃ、さっぱり区別がつかない」

銀閣は歩を進めながら、恙無く話も進める。

「だから君に、その"殺人鬼(マーダー)"を見つけて欲しいんだ」

「…はぁ」

淳一が気の抜けた返事を返すと、銀閣は一瞬、振り向き、淳一の顔を一瞥して、また前へと向き直った。

「街を普通にぶらぶらしてるだけで"殺人鬼(マーダー)"が見つかるなんて、スゲーよな。歩く"殺人鬼(マーダー)"探知機だ」

後ろから声をかけてきたのは、白人男、フレドリック・オマリーだ。

淳一は後ろを振り返り、彼に愛想笑いで一礼した。顔を前に向け直す途中、斜め後ろにいた千羽と一瞬、目が合った。

千羽の目は、路地裏での鋭い眼光のままだった。

「まぁ、そう、すぐに決められる話でもないから、黒木くんには、ちょっと考えてもらうとして……、どうする?自宅に帰ってもいいけど、ここに寝泊まりしてもらってもいい。僕はそっちをおすすめするけどね」

「はい、ここに泊まります」

淳一は即答した。考えるまでもないことだからだ。一番の要因は昼間の出来事。あの殺戮。世間で淳一は今や、28人を殺した無差別大量殺人鬼なのだ。おめおめと自宅になど帰れるわけがない。

マスコミが(たか)っているかも知れない、遺族が押し掛けているかもしれない、下手に外を出歩けば命に関わるし、また誰かの命を脅かすかも知れない。今の淳一は逃げ出した熊と同じ。然るべき組織に保護されてこそ、自分のためであり世間のためだ。

「あ、でも、着替えとかは取りに行かなきゃなんで……」

「今日の分は、とりあえず、今日着てた物で我慢してくれ。全て洗濯はしてあるから」

庵野が、そう言うと、淳一はあることに気づいた。

「そういや、俺、パンツまで、脱がされてんですけど、それも洗濯してんすか?」

「あぁ、……あまり大きな声では言えないが、千羽くんに絞め落とされた時、君、失禁したんだ」

「はい」

淳一は食い気味に了解の意を伝えると、それ以上は、そのことに触れようとしなかった。


廊下の突き当たり、エレベーターの前に来ると、銀閣は淳一の肩を軽く叩いた。

「じゃあ、黒木くん、考えといてね。僕らは、この後、ちょっと用事があるから行くけど、君が泊まる部屋へは千羽さんが案内してくれるから」

淳一は背中に、ぬるい汗が滲むのを感じた。

淳一と千羽を残して、他の七人は廊下の向こうへ消えて行った。


千羽は上のボタンを押すと、後ろの壁に凭れ、腕を組んだ。

エレベーターを待ってる間、両者の間に言葉は無い。

淳一は背中で千羽の刺すような視線を感じつつ黙ってエレベーターの回数表示を眺めている。この建物は地上35階、地下15階らしく、ここはその地下8階のようだ。

エレベーターが到着し、乗り込むと、千羽が吐き捨てるように呟く。

「地下4階な」

「…はい」

淳一は言われるまま、B4のボタンを押した。

エレベーターの中でも無言。地下4階に到着し、降りて廊下を歩く間も当然、無言。

淳一は、この空気に気まずさを感じつつも、下手に会話するよりは沈黙の方が気が楽だと考えた。

間もなく千羽は『宿泊3』というプレートが貼られたドアの前で立ち止まった。

「ここ」

「はい」

淳一が千羽と目を合わさないようにドアを開けると、突如、千羽は物凄い力で淳一を部屋の中に押し込み、自身もそのまま入室した。

「っ!?」

わけがわからず床に尻餅を付く淳一を、千羽は先ほどまで以上に鋭い眼光で睨み付けていた。

「え?なん…!?」

「私は"殺人鬼(マーダー)"が嫌いだ」

座り込んだまま、呆気に取られている、淳一を見下ろしながら、千羽は仁王立ちで話し始めた。

「何を殺したい個体とか、関係無く、"殺人鬼(マーダー)"なんて全員死ねばいいと思ってる。そこに一切例外は無い、一切だ」

状況が飲み込めず、頻りにまばたきをするだけの淳一を置き去りに、千羽は話す。

「昔の話していいか?私の話だ。10年前、私が中2の冬休みだ。その日は友達の家に遊びに行ってた、何のことは無ぇ、ただ普通に遊びに行ってたんだ。普通にゲームして、普通にお菓子食って、普通にくっちゃべって、普通にまたゲームして、普通に夕方、家に帰ると、……私の家ん中は全然、普通じゃなかった。父親と母親と二人の姉が全員死んでた。殺されてた。私の人生は普通じゃなくなった。『閑静な住宅街で起きた一家惨殺事件、唯一生き残った少女』、しばらく警察とマスコミに付きまとわれた。何もかもが嫌になったね。何もかもが憎くもなったね。何もかもがどうでもよくなったりもした。とにかく私の人生は滅茶苦茶、……まぁ、詳しい話は今、関係無いから、やめとくけど。そっから8年後、私は警察に入った。"殺人鬼(マーダー)"のことを知ったのは、そのすぐ後だ。『ここ』に入った初日、取っ捕まえられた"殺人鬼(マーダー)"を取り調べした時が、私の初めての"殺人鬼(マーダー)"との出会いだった。よく覚えてるよ、野郎こう言ってたんだ『食事は食ってる間が食事。殺しも同じ。残った死体は糞みいなもん』、忘れられないね。こんな野郎もいた『俺にとって、殺しはセックスとかと変わらない。楽しいのは殺ってる時だけ。殺した後に残る死体は、ヤッた後のゴムとか、シコッた後のティッシュとかと変わらない。もう使いたくないし、なんなら触りたくもない』だとよ。さすがにキレたね。そいつを半殺しにして、加室さんに両腕へし折られるまで暴れたよ、……いや、へし折られても、しばらく暴れたな。気持ちがおさまんなくて、どうにもならなかったんだ。だってよ、自分の家族を糞や精子の着いたゴミと一緒にされたんだぞ、私じゃなくてもキレると思う。"殺人鬼(マーダー)"はそういう奴らだ。そういうことを考えてる奴らだ。そういうことを平気で言う奴らだ。だから私は"殺人鬼(マーダー)"が嫌いだ、例外は無い、"殺人鬼(マーダー)"が嫌いだ。『ここ』へ来て2年になる。でも、未だに私は"殺人鬼(マーダー)"が怖い。人を殺すからだ。平気で殺すからだ。本当言うと、お前だって少し怖い。本当に人間は殺さないって確証が無いからだ。だから、もしテメェが妙な真似しやがったら、殺す、私が殺す、即殺す。私の目標は神奈川中の"殺人鬼(マーダー)"どもを虐殺することだ。500人のクズどもを狭ぇ部屋に押し込んで、ガス流し込んでやりてぇ。500人のカスどもを横一列に並べて、マシンガンで端から殺していく様をネットで無料配信してやりてぇ。500人のゴミどもを10人ずつ順番にランドマークタワーの屋上から突き落としてやりてぇ、それも無料配信だ。そのために……、私のために、テメェは"殺人鬼(マーダー)"を探せ、私らに従順な猟犬になれ、銀閣さんは、考えてくれとか言ってたけど、私の気持ちはこうだ……」

千羽は淳一に顔を近付けた。

「考えるな、余計なことは。私らに協力するじゃねぇ、私らに従え。それが、今のテメェに残された唯一の道だ。わかったか?」

(横暴だ、スゲェ横暴だ、…でも、いい匂いする)

千羽は、淳一から顔を離し、背を向けてドアノブに手をかけた。

「あ、そうだ、洗濯終わってるってよ。地下1階、エレベーター降りて、目の前にランドリーがある。自分で取り行け」

ドアを開け、外に出て、閉める間際、千羽は淳一の下半身を一瞥した。

「もう、ションベン漏らすなよ。じゃな」


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