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黒鬼-くろおに-   作者: 106
8/19

『庵野博保』

淳一は手術着のまま、庵野に、今度は会議室のようなところへ連れて来られた。

コの字型に並べられた長机と、ホワイトボードがあるだけのシンプルな部屋で、窓は無い。

「あの……」

「君の服は洗濯中だ。どうぞ、かけたまえ」

庵野はホワイトボードの前に立つと、淳一に、自分の正面に座るよう促した。

長机の上には冊子のような物が各机に三冊ずつ置かれている。

「あの……」

「もう少し待っててくれ。直にみんな来る」

みんな?

淳一が首をかしげていると、会議室のドアが開き、黒いスーツに身を包んだ数人の男女が入って来た。しかも内一人は見覚えがある。

路地裏で淳一を絞め落とした女だ。

その他には、口髭と顎髭を蓄えた中年の男、無精髭にボサボサ頭でだらけた姿勢をした男、庵野と同じぐらい背の高い筋骨隆々の大男、パーカーの上から黒のジャケットを羽織った細身の小男、歳は三十代前半ぐらいだが総白髪の背の高い女性、金髪を逆立てた白人男性と、とにかくバラエティ豊かだ。

「おいおい、そいつ、拘束しとかなくて大丈夫なのか?」

白人男性が淳一の存在に気付くなり、流暢な日本語で喋りながら指を差した。

「問題無い、ということを今から説明する。みんな、どうぞかけて」

庵野は全員に着席を促した。

コの字の右側には髭の中年男と白髪の女性が、左側には大男と小男と白人が、真ん中に座る淳一の右隣にはボサボサ頭の無精髭、左隣には路地裏の女が不機嫌そうに着席した。淳一は少し肩幅を縮めた。

「それではこれより、『黒木淳一』くんの分析結果とそれに伴うカテゴライズを発表していこう。まずは、お手元の資料2ページ目を開いてくれ」

淳一以外の七人は全員ピッタリ同時に冊子を開いた。淳一はワンテンポ遅れで冊子を開いた。冊子には淳一が面通しをした十人の顔写真と、その横に○かⅩが書かれている。

「黒木くんには、ある面通し実験を行ってみた。結果はそこに書かれている通り、No.1Ⅹ、No.2○、No.3○、No.4○、No.5Ⅹ、No.6○、No.7Ⅹ、No.8Ⅹ、No.9○、No.10○、というものでした。あ、○は黒木くんが殺人衝動を感じた人、Ⅹは感じなかった人ね」

庵野が付け加えると、淳一の両隣が反応した。

「おい、庵野、こいつらって…」

「○してある六人は、拘束中の"殺人鬼(マーダー)"達ですよね」

「その通り!」

庵野は両手の人差し指でそれぞれ二人を指差した。

「なんと、黒木くんは十人中四人の普通の人間を綺麗に外し、十人中六人の"殺人鬼(マーダー)"を見事に選んだわけだ。しかも…」

庵野はホワイトボードを裏返した。

裏返されたボードには、先刻、淳一の行った惨劇の写真が貼られていた。

「黒木くんが殺害した、この28人。一見、何の共通点も無い28人だが、実は驚くべき共通点があった。検死の結果わかったことだが、なんと全員、尾てい骨が無い」

それを聞いた、淳一以外の七人全員が騒然となった。

淳一は、尾てい骨が無いと何なんだろう?と思うだけで、事の重要性が掴めなかった。

「黒木くんは、わからないだろうから説明するが、身体的な部分で"殺人鬼(マーダー)"を見分ける方法の一つとして、"殺人鬼(マーダー)"には尾てい骨が無い。ちなみに君も寝ている間にレントゲンを撮らせてもらったが、やはり尾てい骨が無かった」

そう言って庵野は一枚のレントゲン写真を白衣の内側から取り出し、ホワイトボードに貼り付けた。見せられても、どこがどうなのか、よくわからないが、たぶん尾てい骨が無いのだろう。

「他には、脳の造りが違うことが挙げられる。君達、"殺人鬼(マーダー)"は前頭葉の右脳と左脳の間に、普通の人間には無いモノが埋まっている。小脳よりも小さく、独立した部位でね。その部分が、"殺人鬼(マーダー)"を"殺人鬼(マーダー)"たらしめているのだろう。我々はその部分を大脳、小脳、脳幹に次ぐ存在として『第四脳(だいよんのう)』と呼んでいる。君のMRIも撮ったが、きちんと『第四脳』が有ったよ」

庵野は白衣から一枚のMRI写真を取り出し、ホワイトボードに貼り付けた。見せられても、どこがどうなのか、よくわからないが、たぶん『第四脳』とやらが有るのだろう。

「尾てい骨の有無は、なんらかの突然変異で普通の人間でも起こりうる可能性は大いにある。しかし『第四脳』がある、というのは、まず間違い無く"殺人鬼(マーダー)"だけだと断言できる。つまり、検死でもMRIでも『第四脳』が確認できれば、手っ取り早いんだが、君の殺した人達は皆、ことごとく頭部を破壊されていたので、まるでわからなかった。まぁ、尾てい骨は無かったし、中には我々が追っていた"殺人鬼(マーダー)"もいたので、ほぼ100%の確率で28人全員"殺人鬼(マーダー)"だったんだろうね。で、だ!ここまでの結果を見ると、黒木くんは、我々が今まで見てきた、どの"殺人鬼(マーダー)"とも違う、イレギュラーな存在であるということがわかるわけだ」

庵野はここまで、一人で早口に喋り続けた。

「イレギュラーって、つまり、彼が……」

髭の中年男が何かを言いかけると、庵野は素早く手を差し向けて、静止した。

銀閣(ぎんかく)さん、悪いが、俺に発表させてください」

そして、庵野は、勿体振ったように咳払いをしてから、芝居がかった素振りで両腕を広げた。

「『黒木淳一』は"殺人鬼(マーダー)"を殺す"殺人鬼(マーダー)"だ!正確には"殺人鬼(マーダー)"を殺したい"殺人鬼(マーダー)"か」

庵野が言い切ると、会議室内は静まり返った。

しばらくの沈黙が流れた後、若い小男が口を開いた。

「知ってた」

それに続く形で、淳一の隣の路地裏女と無精髭が吐き捨てる。

「わかってっから、拘束もせずに座らしてんですよ」

「なんなら、俺はさっき全部聞いたぞ、それ」

それを聞き、白髪女性と大男と中年男も続く。

「私も聞いた」

「俺もだ」

「僕も」

そして、白人男が手を挙げた。

「俺、初耳」

最後に、淳一が、ゆっくり手を挙げると、庵野を含む八人が一斉に、淳一に視線を向けた。淳一は少し気圧されたが、小さく絞り出した声で質問した。

「それって、なんか、変なんですか……?」

その質問を聞いた面々は各々、様々な反応を示した。

路地裏女と小男は、顔を歪めて「はぁ?」と漏らし、無精髭と大男は呆れた様子、白人と白髪女性はクスクス笑い、中年男は無反応、庵野はと言うと嬉しそうに淳一を見つめている。

「そうだね、君は知らないだろうね、説明しようね!」

庵野はホワイトボードを裏返し、マーカーを取り出して、何やら図を描き始めた。

「いいかい?現在、地球上に人類は、二種類存在すると言う説が提唱されていてね。その内の一つが、学校でも習う『ホモ・サピエンス』、つまり人間だ。そして、もう一つが『ホモ・カエデス』、"殺人鬼(マーダー)"のことだ。『Caedes(カエデス)』はラテン語で『人殺し』って意味ね。先ほど説明した通り、人間と"殺人鬼(マーダー)"とでは、骨格と脳の造りが違う。まぁ、この時点で充分、別の生物であるといえるわけだが、問題は、じゃあ、なぜ『ホモ・サピエンス』から『ホモ・カエデス』が生まれるのか、だ。実際これは、"進化"の一言に尽きるだろう。そう、"殺人鬼(マーダー)"とは人間の進化形態なんだよ。"殺人鬼(マーダー)"として覚醒した者は、感覚機関や身体能力や知能といった面が、覚醒前と比べると飛躍的に向上することがわかっている。平均的な"殺人鬼(マーダー)"は、IQが160を超え、記憶力がとても良い。視力、聴力、嗅覚がめちゃくちゃ良かったり、反射速度が凄まじかったりする。両手の握力は女性で70kgを超え、成人男性では100kgを超す。1500mを全力疾走し、無呼吸状態で8分間の激しい運動ができる体力を有する。"殺人鬼(マーダー)"となることで超人的な肉体を得るわけだ。超能力っぽい超能力は持たないが、8分、息しなくて平気なんて、スーパーヒーローでも、そうそういない」

「あの…」

講義を続けようとする庵野を制するように、淳一は手を挙げた。

「なんだい?」

「それで、俺が"殺人鬼(マーダー)"を殺すのは何がそんなに、おかしいことなんですか?」

その質問には全員が、先ほどとまったく同じ反応を示した。

そして庵野は、やはり嬉々として、それに答える。

「そうだったね、すまない。まず、"殺人鬼(マーダー)"特有の脳細胞である『第四脳』だが、これの役割というのが、"殺人鬼(マーダー)"の本質、つまり、殺人衝動を司っているんだ。『第四脳』が人間を殺したいと考え、殺したい人間を選別し、それを殺す。実は"殺人鬼(マーダー)"は、誰しもが無差別殺人鬼ではない。趣味趣向があるんだ。女しか殺さない者、男しか殺さない者、年齢層、人種、外見や立場などの条件、様々だ。最初の頃は、殺人対象は性の趣味と比例するのかと思っていたが、必ずしもそうではないらしいというのが最近わかってきたことだ。さらに"殺人鬼(マーダー)"の殺人の特徴としては、各々に明確な理由があると言うケースも、ままあるものの、総じて"無益な殺人"であると言う点が挙げられる。怨恨によるものではないし、闘争や、殺人により利益を得るわけでもない。"殺人鬼(マーダー)"が人を殺す理由は、欲求…、本能だよ。第四の本能"殺人欲"。"殺人鬼(マーダー)"という生物は食事をし、睡眠を摂り、性交をし、人を殺す。食事はエネルギーの補給、身体を作るのに必要不可欠、食事を摂らなければ死んでしまう。睡眠は体力やストレスの回復、摂らなければ死ぬ。性交をしなければ子孫は残せない、種は滅びる。ここまでが三大欲求。では"殺人鬼(マーダー)"が持つ四つ目の欲求、殺人欲とは?つまり、"殺人鬼(マーダー)"は何故、人を殺すのか、だが、すばり『種の淘汰』ではないかと思うんだ。人口の増加に伴う資源枯渇問題や地球温暖化と言った諸問題を解決するためには、増え過ぎた人口を減らすことが必要だ。その役目を担うべく、現れたのが"殺人鬼(マーダー)"だ。本能的欲求は全て生きる為の物。殺人欲とは、この先、地球で人類が絶滅しない為に、無駄な数を減らそうという本能なんだ。すなわち、"殺人鬼(マーダー)"とは、増え過ぎた人口を減らす為に人類が進化した姿だ、と俺は考えているわけだ」

庵野は、長い説明を終えると、言い切ったといった表情で、淳一を見た。

対する淳一は呆然としている。

「わかったかな?」

庵野が問いかけると、淳一はハッとして周りを見た。中年男と白髪女は二人で何か話しているし、路地裏女と小男と白人は携帯をいじり、無精髭は何やら手帳を見ていて、大男に至っては腕を組んで眠りこけている。

「それで、俺が"殺人鬼(マーダー)"を殺すのは何がそんなに、おかしいことなんですか?」

淳一は、先ほどとまったく同じ質問を庵野に向けた。

それを聞いた庵野は、笑い出し、軽く頭を叩いて見せた。

「いや、失敬、失敬。そうだった、肝心な部分を忘れていた」

そう言いながら庵野は淳一の方へと歩み寄って来た。

「今、言った通り、無益に人を殺すのは"殺人鬼(マーダー)"だけだ。つまり、人間同士では無益な殺人はしないわけだ。事故や正当防衛の場合を除いても、営利目的だったり、戦争や怨恨でない限り、人間は人間を殺さない。おもしろいのは、それは"殺人鬼(マーダー)"も同じことなんだ。"殺人鬼(マーダー)"同士では意味も無く殺し合わない。"殺人鬼(マーダー)"にとって人間は本能的に別の生物だが、"殺人鬼(マーダー)"にとって"殺人鬼(マーダー)"は理性的に同じ生物なんだ。早い話、普通は無闇やたらに殺したいとは思わない、……いや、思えない。人間と人間、"殺人鬼(マーダー)"と"殺人鬼(マーダー)"、この二つの関係性は全く同じなんだ。最初に"殺人鬼(マーダー)"という生態を解明した人は、さぞや驚いただろう。俺も驚いた、君にね」

庵野は淳一を指差した。

淳一が嫌そうに顎を引くと、庵野は即座に指を引っ込めた。

「なんせ、先人は、人間の中にいる"殺人鬼(マーダー)"を見つけたわけだが、俺は"殺人鬼(マーダー)"の中に"君"を見つけた。"殺人鬼(マーダー)"を殺したい"殺人鬼(マーダー)"、"鬼殺者(マーダー・キラー)"ってとこか。そう、君が珍しいのはそういうことだ。人間における"殺人鬼(マーダー)"、"殺人鬼(マーダー)"における"鬼殺者(マーダー・キラー)"だ」

「庵野くん、もういい?」

庵野の話を遮って、中年男が立ち上がった。

「あぁ、まぁ、俺から説明すべきことはしましたね」

庵野はそう言うと、中年男と交代し、席に着いた。

「だいたい、わかったかな?黒木くん」

コの字の中へ入り、細く優しげな目で見据えながら中年男は淳一の前へとやって来た。

「えぇと、はい、まぁ…」

「そう、なら、いいんだ」

中年男は二、三歩さがって、席に座る全員を見渡せる位置に立った。

「えっとね、じゃあ、自己紹介とか、まだなんで、しておこうかな。僕は銀閣忠政(ぎんかく ただまさ)、よろしく」

中年男は淳一に向かって小さく会釈すると、さっきまで隣に座っていた白髪女性を手で示した。

「彼女は金島早苗(かなしま さなえ)さん」

次に淳一の両脇に座る無精髭の男と路地裏の女を順に手で示した。

「彼は加室旬一(かむろ しゅんいち)くん、そちら千羽千春(ちば ちはる)さん」

そして、淳一から見て、コの字の左側に座る残りの三人を順に手で示した。

「彼らは、手前から、永田有治(ながた ゆうじ)くん、尾川直紀(おがわ なおき)くん、フレドリック・オマリーくん」

気付けば永田以外の全員が淳一の方を見ている。永田だけは、まだ寝ている。

「僕らは"神奈川県警察捜査一課特別殺人捜査係"、"殺人鬼(マーダー)"に関する事件の専門チームだよ」

銀閣は再び、淳一の近くへ歩み寄ると、恭しく右手を差しのべた。

「是非とも君を、我がチームに加えたい」

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