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黒鬼-くろおに-   作者: 106
6/19

『精神分析』

後頭部の硬く冷たい感触で、淳一は目を覚ました。

目を覚ましたものの、目を開けているのか、まだ閉じているのか……、不思議な感覚に陥るほど、周りが暗い。

「電気……」

明かりをつけようとしたが、腕が動かない。

段々、意識がはっきりしてくると、どうやら自分は寝ているのではなく、座っている状態なのだということに気付いた。

それも、どうやら、拘束されているらしい。両腕は肘掛けに、両足はイスの脚に縛り付けられているようだ。

実際は完全な暗闇で何も見えないが、たぶん、わりと広い空間にいる、気がする。

「あのぉ……」

身動きが取れない淳一は、恐る恐る声を出した。

「あのぉ、誰か……?」

誰かが聞いているかも、わからないが、恐らく誰かが聞いているのだろうと思い、その"誰か"に対して呼び掛ける。

「あの、俺、目ぇ覚めました…。あの、暗いんで、電気…、お願いしてもいいですか?」

よく映画や漫画などで、気絶させられ捕らえられた主人公が目を覚ますと、敵の親玉あたりが、「やっと目を覚ましたか?」などと言って、そこから拷問を始めたりするものだが、これはどういう展開になるのだろう?

映画や漫画の主人公達は、恐らくこれから起こることを予測して恐怖していたのだろう。だが、黒木淳一は何が起こるか予測できないことに恐怖している。

「あの、暗いんで、電気……。あの、俺、黒木淳一です。あ、えっと、22歳です……」

無意味な自己紹介を済ませた直後、天井の照明が着き、暗闇に慣れた淳一の目が眩んだ。

目が、今度は、明るさに慣れてくると、部屋の全貌が見えてくる。広さはタタミ八畳分ほど、壁、床、天井、全てが真っ白の部屋。窓は無く、淳一の目の前の壁だけが、1m×3mぐらいの大きさの鏡張り。天井の四隅にはスピーカーが取り付けられている。淳一は、その部屋の中心に置かれた金属製のイスに、革のベルトで両手、両足、両腿、腹部を拘束されている。

思い切り力を入れれば、外れるかどうか、試しにやってみた。

「…………」

びくともしない。時間と体力の無駄だった。

諦めて、事の成り行きに身を任せることにした淳一は、呆然としながら目の前の鏡に映る自分を見た。服は青い手術着のような物に着替えさせられていて、顔や髪の毛にも血が着いていない、風呂にでも入れられたのかもしれない。

今があれから、どれ程の時間が経ったのかわからないが、もし日付が変わっているなら、見たかったテレビ番組を見逃したかも、と淳一は思った。


『やぁ、失礼、黒木くん。少し席を外していたよ、すまないね』


淳一が、どうでもいいことを考えていると、天井四隅のスピーカーから、少ししゃがれた男の声がした。

『ここへ来て貰うに当たって少々手荒な真似をしたようで、それについても重ねて詫びておこう』

「あ、えっと…」

『俺は犯罪心理学者の庵野(いおの)だ、よろしく。これから君の精神分析をしようと思う』

「……はぁ」

淳一は路地裏でのことを思い出していた。

『まぁ、そう固くなることはない。あぁ、説明がまだだったが、ここは警察組織の所有する場所だ。君は意識や人格がハッキリしているようだから、自分が何ゆえ、こんな所にいるのか、ということについては、自身でよくわかっていることと思うが、どうかな?』

「……えぇ、はい」

淳一は自分の行った殺戮を思い出していた。

『なら、よかった。では、早速、始めて行きたいのだが、いいかな?』

「…………」

うつむき、今度は、黙り込む淳一にスピーカーから小さく溜め息が漏れた。

『結構、その沈黙は了解と取らせてもらうよ。では、まず幾つか質問をしていくが、イエスかノーで答えてくれ。詳しく聞きたいことがあったら、その都度聞いていくので、可能な限り教えて欲しい』

淳一は、無言でうなずいた。

『最初の質問だ。君は食欲は旺盛な方かい?』

「……ノー」

『……そうか。では、基本的な睡眠時間は多い方かい?』

「ノー」

『……性欲は強いかい?』

「……」

『可能な限り、正確に教えてくれ』

「たぶん、……イエス」

『……ありがとう。普段、運動はよくするかい?』

「ノー」

『……自分にコンプレックスを感じることは多いかい?』

「……イエス」

『……頻繁に夢を見るかい?』

「…………ノー…かな」

『最後に夢を見たのは、いつかわかるかい?』

「……覚えてないです」


そこから数十分、すでに質問は100を超えていた。

『……犬は好きかい?』

「ノー」

『……では、猫は好きかい?』

「……ノー」

実は質問が10個目を超えた辺りから、わりと、関係無さそうな質問ばかりになっていたので、淳一はやる気を失くしていた。

『……では、よく、人を殺したいと思うことがあるかい?』

「…………」

唐突に飛び出した、それらしい質問に、淳一は顔を上げた。

「……最近、イエス…です」

『最近、というと?』

「けっこう前から、人に暴力を奮いたいな、って思うことはあったんですけど、殺したいな、ってハッキリ思うようになったのは、つい最近…、ってか今日…?か、昨日か、わかんないすけど、あの、俺がやったことの、ちょっと前からです」

『……なるほど。では、ハッキリとした殺人衝動は、今日が初めてと……』

「はい」

淳一は、うなずきながら、今日はまだ今日なのか、と思った。

『……暴力衝動の方は、具体的にどういった?また、いつ頃から、その兆候が?』

「いつ頃からかは、あんま覚えてないすけど、たぶん小学校の頃には。具体的には、こう、目の前に人がいるとするじゃないですか?そしたら、それが知ってる人でも、知らない人でも、好きな人でも、嫌いな人でも、関係無く、思い切り殴ってみたい、とか、蹴ってみたい、とか……」

『それは、その行為が直接的な殺人行為に通ずる可能性があるってことかい?』

庵野の質問を受け、淳一はハッとなった。

「……あ、確かに、そうですね」

『そうか……。OK、ありがとう。とりあえず、一問一答コーナーは終了だ。では、次の検査に移ろう』

「…………はぁ」

終了と言われてリラックスしたのも、本当に束の間、次の検査と言われて、どっと疲れが押し寄せて来た。

『目の前に、鏡があるだろ?それ実はマジックミラーなんだ。今からそっちからも見えるようにするね』

庵野がそう言うと、鏡は一瞬で透明な窓へと変わった。

窓の向こう側には、テレビで見るようなピンマイクを付けた白衣を着た男が一人、淳一に向かって手を振っている。

長身痩躯で肩幅が広く、眼鏡をかけ、頬がこけ、白髪交じりの短髪に、両耳に大量のピアスを着けた、壮年の男。

『やぁ、私が庵野だよ』

淳一は、もっと、小太りな小男を想像していたので、まったく違うタイプの人間が出て来て、少し戸惑った。

庵野は窓の脇から、ホワイトボードを出して来た。

『これから、君には、ある人物の顔写真を十人分、見せて行くから、殺したいと思ったら「○」、そうでなければ「Ⅹ」と答えてくれ。では、まず一枚目』

庵野はホワイトボードにマグネットの付いたA4紙を一枚、貼り付けた。A4紙には顔写真がプリントされている。

強面な男の写真。淳一は「Ⅹ」と答えた。

次に庵野が見せたのは、若い女の写真。淳一は「Ⅹ」と答えた。

次に見せたのは、中学生ぐらいの男児の写真。淳一は「Ⅹ」と答えた。

それから七人分、全ての写真に淳一は「Ⅹ」と答えた。

『うん……そうか……』

庵野は無精髭の生えたアゴを掻きながら、何か考えているようだった。

『ちなみに私は?』

庵野が思い付いたように尋ねると、淳一はやはり「Ⅹ」と答えた。

庵野は腕を組んで、再び何か考えている素振りを見せた。

『では、今度は、今見せた十人を、この窓越しだけど、直接見てもらう。ルールは同じだ。殺したいと思ったら「○」、そうでなければ「Ⅹ」だ。いってみよう』

そう言って、庵野は窓の脇へ消えた。

数秒後、あの写真の強面男が、淳一から見て、窓の右側から現れた。淳一と同じように拘束されていて、庵野がイスを押して来たようだった。イスにはキャスターでも付いているのだろうか?

『どうかな?』

「……Ⅹです」

庵野はうなずき、出て来た方とは逆の、淳一から見て窓の左側へとイスを押して行った。少しして庵野は、窓を横切り、右側へ消えると、また数秒後イスを押して右側から現れた。

今度は写真の時も二番目だった、若い女。

淳一はハッとした。

「……○…です」

殺したいと思ったのだ。写真の時は何とも思わなかった、その女性を、直に見た瞬間、殺したいと思ったのだ。

『OK、では……』

庵野はまた、イスを左側へ押して行き、右側に戻って、イスを押して来た。

三番目の中学生。

「○です」


結果、十人中六人を淳一は殺したいと判断した。

『ふん、おもしろいね。他の"殺人鬼(マーダー)"は写真でも殺したいと思うんだけど、君の場合は直に見ないといけないんだね』

淳一は、ふぅん、そういう検証だったのか、と納得したが、すぐ、庵野のセリフの問題点に気付いた。

「え?"殺人鬼(マーダー)"って……、"殺人鬼(マーダー)"のこと知ってるんですか!?」

淳一が驚いて尋ねると、庵野は一瞬、不思議そうな顔をした後、思い出したように笑い始めた。

『あっはは、そうか、そうだ、言ってなかったね、すまない。犯罪心理学者ってのは表向きなんだ。本当は俺は"殺人鬼(マーダー)"専門の学者ってとこかな。君が"殺人鬼(マーダー)"だろうことは、わかってたんで、どのカテゴリーに属する"殺人鬼(マーダー)"なのかを分析してたんだ。騙すようなこと言って悪かったね。いきなり言ったら警戒されると思ったんだよ』

「……あ、はぁ、いえ、大丈夫です」

淳一は目をしばたたかせた。

「ってか、カテゴリーっていうのは?」

『詳しい話をしよう。その前に、君をこの部屋から出してあげないとね』

「え?」

『君は我々には無害だ』


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