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黒鬼-くろおに-   作者: 106
5/19

『殺人鬼』

白昼の出来事。

通りには人が集まり、ハンマーを握る血塗れの大男にスマホを掲げている。レジの方を見れば、依然として店員が立ち竦み、凝視している。店内の天井を見渡すと、2台の防犯カメラが淳一の方を向いている。


あまりに異常な状況にも関わらず、淳一の思考はとても冷静でクリアだった。

(めっちゃ、見られたな。これ、完全にアウトだろ?逃げ切れないよな?俺、殺人犯か……)

淳一は、絞殺者(ストラングラー)の死骸をチラリと見た。

(……いや、俺、"殺人鬼"か)

瓦礫とガラスを踏み分けて、店外へ出て行くと、悲鳴とざわめきが一層大きくなった。

遠くの方からサイレンの音が聞こえた。警察だろう。

(俺、人生詰んだか?まぁ、なら、いいや……)

小さく溜め息を吐いたあと、淳一は走り出した。

(殺せるだけ殺そう!!!)


産まれたての狂気が、二人目の標的に選んだのは、自分と同じぐらいの歳のお洒落な若者だった。

彼が、iPhone越しの"殺人鬼"が、こちらへ向かって来ると気付いた時には、もうハンマーが振り抜かれていた。

カラフルな伊達眼鏡と共に、赤いドロドロと白いネバネバが飛び散った。

すぐ近くで甲高い悲鳴が上がる。

その悲鳴が合図とばかりに、固まっていた野次馬達が散り散りに逃げ出し始めた。

だが、あって間もない"殺人鬼"は、逃げ惑う人々の中に、既に次なる獲物を見つけていた。

長い腕を伸ばし、逃げようとしていた中年女性の髪を掴み、勢い良く引っ張り寄せ、ハンマーで打ち抜くと、若者同様に、血と脳髄が飛散した。

逃げ足の遅い年配の男性を見つけた時、淳一は別のやり方も、してみたいと考えた。ハンマーをくるりと反転させ、金槌部分を男性の米噛みに叩き付けた。

釘抜きとは、また違った、鈍い感触に淳一は恍惚とした。

アスファルトに横たわった男性の側頭部は陥没し、耳から血が流れ出ている。

(これも、いいな)


次の獲物を探していると、すぐ傍に、他の野次馬とぶつかったのだろう、地べたに倒れている若い女性が逃げ遅れているのを見つけた。

が、涙を流し、恐怖におののく、その女性を、淳一は意にも介さず素通りし、走って逃げ行く人々を追った。




夕方のニュースは、白昼堂々の凶行で持ちきりだった。

シルバーの軽自動車が工具店に突っ込んだのを皮切りに、大勢の市民が犠牲になった。

車の中の身元不明死体を含め、殺害されたのは28人。老若男女問わず、無差別の大量殺人鬼として、名前が上がったのは、防犯カメラや、野次馬達の撮った動画、目撃者の証言などにより横浜市内に住む22歳、無職の男性『黒木淳一』と断定された。




損壊した工具店の前の通りには規制線が張られ、 警官達が現場検証に当たっていた。

その中に、車内の頭の無い死体を調べる、若い私服警官がいた。小柄でヒョロヒョロとした体格、髪を茶髪に染め、右耳に三連ピアス、服装もスーツでは無くパーカーの上に黒いジャケット、スキニージーンズという出で立ちだ。

「ふぅん……」

しゃがみ込んで、スマホの画面に死体の指を当ててみたり、体温計のような小さな機械を死体の血液に浸けたりしている。

「どうだ?尾川(おがわ)

若い私服警官に声をかけたのは、190cmを優に越え、黒いスーツの上からでもわかるほど、筋骨隆々な身体をした大男だ。

「あぁ、永田(ながた)さん、お疲れ様です」

尾川は立ち上がり、大男に対して一礼した。

「どうもこうも無いっすね。"コレ"を見ても、あっちを見ても、どう考えても、これは"ウチらの仕事"でしょ」

尾川は車内の死体と、通りに転がる死体達とを指差しながら、煩わしそうに頭を掻いた。

「そんなことはわかってる。俺が聞きたいのは"どこの誰"の仕業かってことだ」

永田は呆れたように腕を組んだ。

「"どこの誰"、ってか、『黒木淳一』ってガキの仕業らしいっすよ」

「それも、知ってる」

「じゃ、なんなんすか?」

尾川が項垂れると、永田は尾川の襟首を掴んだ。

「その『黒木淳一』は、どこ所属の、何て言う"殺人鬼(マーダー)"なのか聞いてるんだ」

「……それは、わかりませんけど……、今、加室(かむろ)さん達が、黒木を追ってます……」




最初の犯行現場から7km離れた、低層ビルの路地裏で、"殺人鬼"は一人、放心状態で壁に凭れていた。

「はぁ…………、疲れたぁ…」

全身、血と臓物でベタベタになりながら、ズルズルとその場に座り込んだ。

「……俺、何やってんだ」

(本当に絞殺者(あいつ)の言う通り"殺人鬼"になっちゃったのか?いや、まぁ、現に、俺は今、"殺人鬼"になっちゃってるんだけど。"殺人鬼(マーダー)"とか言ったっけ?その…鬼…に、なっちゃったのか?)

淳一は、未だ手に握り締められたハンマーを眺めた。

(人を殺すのが、楽し過ぎる……。満たされて、癒されて、気持ちいい……。これだけは、わかる……、俺は異常だ……)

淳一はハンマーを握ったまま、体育座りでうずくまった。

(異常だ。間違いなく、俺は異常だ。どうかしてる、殺すのが楽しいなんて。病気だよ。……そう、病気。俺は病気だ、俺は病気なんだ!今までのストレスとか、欲求不満とか、そういうのが重なって、重なって、精神が病んでるんだ!だから、あんな、人殺しなんて…。そう、俺は病気。精神鑑定を受ければわかる!俺は病気だから、責任能力無しとかで、死刑とかにはならないはずだ!最悪、精神病院とかには入れられるかもだけど、死ぬよりいい。………クソ、俺はクズだ。あんだけ人を殺しておいて、精神異常者のフリしてまで、自分が死ぬのは嫌なんて!最低のクズ野郎だ、俺は!マジで、病気だよ、クソ!あいつのせいだ!あの絞殺者(ストラングラー)とか言うヤツのせいで!こうなったんだ!そうだ!あいつに伝染(うつ)されたんだ!殺人病を、絞殺者(あいつ)伝染(うつ)されたんだよ!きっと、そうだ!それ以外に考えられない!それか、洗脳だ!絞殺者(あいつ)はイカれた心理学者で、高度な心理学を使って、俺を精神操作したんだ!それで、"殺人鬼"にされた!そうだよ!だって、おかしいだろ!?今の今まで普通の人として生きて来て、絞殺者(あいつ)に会って話した途端に"殺人鬼"になるなんて!親父とお袋、どう思うかな?兄貴に何て言おう。何か裏がある。きっとこれは陰謀だ!俺は何かしらの陰謀に巻き込まれただけなんだ!俺が悪いわけじゃない、俺は何も悪くない、俺は悪いことなんてしてない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、でも、殺したい……)


「あのぉ……」


「!!?」

突然の声に淳一は驚き、即座に顔を上げた。

目の前に立っていたのは、黒いスーツを着た若い女性。暗めの長い茶髪を後ろで一つに束ねた、パンツルックの、柔らかな雰囲気の女性だった。

「大丈夫ですか?」

「え?あ、はい……。あのぉぉぉ……はい、大丈夫…です」

淳一は戸惑った。

自分の現状を理解しているがゆえの、戸惑いだった。血まみれの臓物まみれになっている、ハンマーを持った、大男に心配して声をかける、この女性の心境がわからない。

「あの、間違ってたらごめんなさい、『黒木淳一』さんですか?」

その質問を聞いた瞬間、淳一の頭は猛スピードで回転し出した。

(何で、俺の名前、知ってる?いや、待てよ、あんだけ、派手に暴れたなら、そりゃ、実名で指名手配ぐらいされてるだろ。目撃者もたくさんいたし、防犯カメラにも映ってたろうし、車だって、小軒田書店に問い合わせれば、俺が乗ってたってすぐわかる。きっと、ニュースとかで顔と名前が公表されてるんだ。それで、この人は、俺だってわかったんだ。しかも、じゃあ、その『大量殺人鬼の黒木淳一』かも知れない、血塗れ野郎に声かけたってことは、つまり、……警察関係者か!?)

淳一は相手と目を合わさぬよう、顔を背けながら、ゆっくりと立ち上がった。

「ぃ…いえ…、人違い…です。じゃあ、物騒ですんで、お気をつけて……。失礼します」

そのまま、その場を去ろうとした時、淳一は後ろから肩を掴まれた。

「…待てよ」

振り返ると、その女性は、数秒前とは全く違う、殺伐とした雰囲気を纏っていた。

「警察にウソついて、いいと思ってんのかよ?あ?」

ドスの効いた低い声で問いかける、彼女の鋭い眼光に睨まれた淳一は、自分が取るべき行動を、すぐに思い付いた。

(やべぇ、逃げなきゃ…)

だが、そう思った瞬間には、淳一の両足は地面から離れていた。直後、淳一は背中からアスファルトに激突し後頭部を強打、あまりの痛みに涙と低い呻き声が出た。

「う"ぅぅう…!!!」

女は淳一の首を左腕で、ハンマーを握る右手を左足のヒールで抑え付け、右膝で胴体にのし掛かりながら近距離で淳一を見下ろした。

(苦しい!痛い!…でも、いい匂いする)

「てめぇ、"殺人鬼(マーダー)"だろ?どこのヤツだ?《M.P.S》か?《ホミサイド・ストリート》か?」

淳一は左手でタップするように女の肩を叩こうとした、が、女は淳一の左手小指を掴み取り捻り上げた。

完全に身動きを封じられた淳一は、低く小さな呻き声を漏らすだけで、何の抵抗もできない。

「おい、てめぇ、何とか言えよ!あ!?てめぇは、どこの誰だ!?おい!」

質問の意味を理解できないまま、淳一の意識は遠退いて行った。

「おい!!聞いてんのか!?おい!!……チッ!落ちやがったか、情け無ぇ」

女は淳一が気絶したのを確認すると、立ち上がって、ポケットからハンカチを取りだし、スーツに着いた血を拭い始めた。

「クッソ、汚ったねぇな、ウジ虫野郎め……」


千羽(ちば)、そいつ殺したのか?」


女が声のする方を見やると、路地の奥から、女と同じく、黒いスーツを着た男が現れた。淳一と同じぐらいの長身、サングラスをかけ、無精髭を生やし、歳は三十代前半ほどで、スーツ姿には不釣り合いなスニーカーを履いている。

「いえ、まだですけど。殺していいんすか?」

千羽はヒールブーツで淳一の頭を踏みつけながら、小首をかしげた。

「よくない。『お前、殺したんじゃないだろうな?』って意味の『殺したのか?』だ、今のは」

男が淡々と答えると、千羽はうんざりしたように項垂れた。

「ってか、毎度、思うんすけど、何で殺しちゃダメなんすか?こんなヤツら、人間じゃねぇんだから、人権なんて無いようなもんでしょ?」

「人権の有無は知ったことじゃない。ただ、勝手に殺すと、庵野(いおの)がうるさい。だから、殺すな」

千羽は短く舌打ちをして、淳一の頭の上から足をどけた。

男は、気絶している淳一に近付き、ポケットから黒いポリ袋とビニールテープを取り出した。

「とりあえず、『黒木(そいつ)』を連れて行くぞ。庵野が興味津々だ」


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