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黒鬼-くろおに-   作者: 106
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『衝動的破滅願望』

翌朝も淳一は昨日と同じように7時に起床し、昨日コンビニで買ったおにぎりを二個食べ、黒のパーカーとジーンズに着替て、テレビで天気と少しニュースを見てから家を出る。…のだが、何とも無しにつけていたテレビでは最近この辺りで起きている連続殺人事件の事を報じていた。なんでも26歳の男性会社員が鎖のような物で首を絞められて殺されたらしい。同様の事件がここ一ヶ月で三回起きている。被害者は無職の青年、若いOL、都内の大学に通う男性など、若いという以外共通点が無いので警察も手をこまねいているらしい。あまりの共通点の無さから"通り魔"とする見方が強いそうだ。


淳一はただ他人事のように「物騒だなぁ…」と思う程度だった。が、何故か一瞬、昨日交差点で見た"あの人物"の顔が思い浮かんだ。不気味に微笑むあの顔が。しかし、淳一はそれも大して気にも留めず、すぐに頭から消してしまった。

次に浮かんだのはハルの顔だった。「物騒だけどハルちゃんは大丈夫かな?」「ハルちゃん、今日は来ないんだよなぁ…」そんな事を思いながら淳一はバイト先へと向かった。


いつも通り8時に出勤すると、いつも通り丸岡と配達の仕事。今日は最悪だ。配達から帰ってもハルがいない。汚された内臓はそのままだ。

もっとも品物の量が少なかったので、その日の配達は午前中で終わった。昼食だけ食べて書店に戻ると、追加の配達物が渡された。

残りのバイト時間は丸岡から距離を置いての店内作業に勤めようと思っていたのに。だが配送先の住所は近い。車で20分もしない。

明日でいいような気もしたが、明日に回してくれとも言えず(小心者ゆえに)、了承した。

往復でもう30~40分、丸岡とドライブ。最悪だ。


「俺、車で待ってるから、行ってきな」

片道18分の配送先に到着すると、丸岡が臭い息を吐きながら偉そうに指示をしてきた。淳一は苦々しく思いながらも、おとなしく従った。


閑静な住宅街の一角の小綺麗な四階建てマンション、その306号室が配達先住所だ。

淳一は気だるげに階段を登ると、薄明かるい廊下を進みながら、配達物を包む紙袋のラベルを眺めた。

「ハーレイ・キャラハン……。キャラハン……、ねぇ。外人かよ、やだな」

ぶつぶつと呟きながら廊下の一番奥のドアの前まで来て足を止める。表札は筆記体で、何と書かれているのかわからない。が、恐らく『ハーレイ・キャラハン』と書かれているのだろうと思った。

「しかも角部屋……」

ボソッと一言呟いてからチャイムを鳴らした。

『ハーイ』

数秒してインターホンから女性の声が聞こえてきた。

「あっ、すいません、小軒田書店宅配サービスの者ですが」

『あっ、はい、今行きまーす』

インターホンが切れ、住人が出て来るのを待っている間、淳一は再び包み紙のラベルを眺めた。

「…………『ハーレイ』って女の名前なんだ、へぇ~」

などと呟いていると、ドアの覗き窓が小さく明るくなったのに気付いた。住人が玄関の明かりをつけたのだろう。

相手が外人女性だと思うと、淳一は妙に身構えてしまった。

ふと、インターホン越しの声に少し聞き覚えがあったような気がする、と思った、と同時にドアが開く。


「ハーイ」


淳一は驚きのあまり、わかりやくす一歩後ずさってしまった。

なんと、ドアを開き出て来たのは他ならぬ白沢ハルだったのだ。

「淳一くん、お疲れ様」

来るのを知っていたかのように笑うハルに対し、淳一はやはり面食らった顔をしている。

「あれ…!?なんで、ハルちゃん…!?えっ…!?」

ハルの顔と包装紙のラベルとを交互に見る淳一。しかし、淳一は、ハルがここにいる答えを、そこからは見出だせなかった。

「あっ……、えっ……、ここ、住んでるの…?」

「そうですよ」

しどろもどろの淳一にハルは屈託の無い笑顔を向ける。

「『ハーレイ・キャラハン』……って誰?」

「私ですよ」

「え?『白沢ハル』でしょ?」

「はい、日本では。和名…みたいな?アメリカでは『ハーレイ・キャラハン』だったんです。親の離婚がきっかけで日本に来たから、それで『白沢ハル』になって」

「あ……、そうなの……。なんか……」

ごめん、と言いかけたところで、ハルは笑いながら遮った。

「いいの、あんまり気にしてないから。まぁ、日本でもフルネームは『白沢ハーレイ・アンジェラ』なんだけど、『 Harley(ハーレイ)』を略して『Hal(ハル)』にしてるんです。『ハル』って、あのぉ…ほら、季節の『春』みたいでいいでしょ?私、春生まれなんです、4月13日で」

にこやかに話すハルを見て、段々と淳一の表情も綻んできた。

「へぇ~、いいね、春生まれ。俺、好きだよ『(ハル)』」

そう言った後に淳一は少し後悔した。今の淳一のセリフに対し、ハルが妙な反応を示したからだ。一瞬だが口元から笑みが消え、目を伏せたのだ。感の鈍い淳一でもわかる恥じらった反応……いや、単に恥じた反応かもしれない。

とにかく、ほんの一瞬ではあるが、あらぬ誤解を招くような言い方をしてしまったことを後悔したのだ。

しかも、この直後、淳一はさらに後悔することになる。

「季節の方のね…!」

余計なことを言ったのだ。

下手に弁解などせず、自分のミスに気付かなかったフリをして話題を変えればいいものを、よりにもよって「好きなのは季節の方であり、ハルのことではない」という要らぬ念押しをしてしまったのである。

淳一は、この数秒間の間に、とにかく後悔した。自分の言葉足らずさ、余計なことを言うところ、言語能力の低さ。後悔する際の思考速度だけは人一倍早い。

「…えっと……」

わかりやすく言葉に詰まる淳一に、ハルは再び笑顔を見せた。

「本、ありがとございます」

「えっ!?あぁぁ!!」

笑顔で手元を指差された淳一は、ここへ来た本来の目的を思い出し、両手で握り締めていた配達物をハルに手渡した。

「えっと…、じゃあ、受取書にサイン、お願い」

「はい。あ、ごめんなさい、ペン借りていいですか?」

「あぁ、ごめん、はい」

ほんの一瞬なのだが、受取書にサインするハルを見て淳一は、やはりうつむくハルは神々しいと思った。

「はい」

「…はい」

ハルの受取書を確認した際、淳一はある話題を思い出した。

「『ハーレイ・キャラハン』はあれ?いろんなとこで使う偽名みたいな?」

「そう、カラオケの会員証とか、ファミレスの順番待ちとかに使うんです。淳一くんも、そういうのあります?」

「いや、俺はまんま本名書いちゃうかな。いつも、そこまで頭働かなくて」

いつもそうだ。考え足らずで、言葉足らず。挙げ句、余計なことを言う。後悔ばかりの人生だ。

「あ~、そういうとこ淳一くんぽいですね」

ハルはころころと笑った。

ハルの笑顔を見ると、やはり気持ちが和らぐ。

「あっ」

ふと淳一は、ここへ来て今更な疑問が頭に浮かんだ。

「そういや、何で宅配サービス?明日ハルちゃんシフト入ってるんだから、バイト帰りに店で直接…」

「淳一くんが来てくれるから」

遮ったハルのセリフに淳一は言葉を失った。

「宅配サービスに頼んだら、淳一くんが来てくれるから……です」

馬鹿な淳一にも今ならわかる。今のハルは確実に恥じらっている。否、これは照れているとも形容できる。

「実は今日の午後の抗議、講師さんの都合で明日に流れちゃって。だから明日はバイト行けないから、……明日は淳一くんに会えないなぁ……って思って。シフト今日に移そうかとも思ったんだけど、今日は手が足りてるらしいし」

急に甘えるような口調で喋るハルに対し、淳一は未だ一言も発っせないでいる。

「ごめんなさい、仕事増やしちゃって…」

淳一の絶句を不機嫌ととらえたのか、ハルは、ばつが悪そうに目を伏せた。

「あっ!違う!そのぉぉ……、迷惑とかは全然思ってないから!俺もハルちゃんに会いたかっ…………」

淳一は自分が言おうとしている言葉に気付き、もはや手遅れではあるが咄嗟に口を継ぐんだ。

二人の間に気まずい沈黙が流れる。

淳一はその間、ハルの言葉と自分のセリフとを反芻していた。

(ハルちゃん、俺に会おうと思って、わざわざ宅配サービスを?)

(ったく、なんなんだよ、俺は!!「俺もハルちゃんに会いたかっ……」、あんなのバレバレじゃねぇか!!)

(ハルちゃんも、俺に会いたかったってこと?)

(殴りたい)

(くそっ、余計なことばっか言うクセに、気の利いたことは言えない……!!自分に腹が立つ!!)

(蹴りたい)

(あれ?ひょっとして、ハルちゃんて……、あれ?これ、もしかして……)

(絞めたい)

(言うなら言う!言わないなら何も言わない!どっちかに突き抜けりゃ良いものを、……まぁ、突き抜けたところで、ハッキリと言えるわけないんだけど……)

(折りたい)

(「彼氏いるの?」とか聞いてもいいかな?)

(殺したい)

(いや、やめとけって。どうせ聞いたところで、その先の会話なんて、ろくにできなくなるんだから殺したい)

(殺したい)

(いや、でも彼氏の有無を確認するぐらい友達でもする殺したい)

(殺したい)

(いや、こと是に於いては、しないだろ。もっと別の話題……例えば誕生日!さっきハルちゃんの誕生日の話、出たんだから、俺も誕生日の話しろよ!「俺の誕生日7月7日、七夕の日だよ」って殺したい!)

(殺したい)

(いやいや、それこそどうよ。一度終わった話題また、ぶり返すのか?ただの会話下手くそなヤツじゃねぇか殺したい)

(殺したい)

(今度ハルちゃんが同じ話したら、そう答えればいいじゃん。それで殺したい)

(殺したい)

(だからハルちゃんが同じ話を、この短時間に二度も三度も繰り返すわけねぇだろ殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

「殺したい」

「淳一くん」

「え?」

ハルに呼び掛けられて、淳一は我に返った。

「淳一くん、痛い…」

気気付くと淳一はハルの肩を掴み、力一杯握り締めていた。

「え?あっ!!ごめん!ハルちゃん、ごめん!!ごめん、俺……!!」

淳一は急いでハルの肩から手を離した。

「殺したいって……私のこと?」

「違う!そんなことない!殺したくない!殺したいなんて言ってない!ハルちゃんのことじゃない!」

掴まれていた肩を擦りながら、不安そうに尋ねるハルに、淳一は挙動不審ぶりを大いに発揮しながら弁解する。

「あのぉ……、丸岡さんが車にいて……、俺、あの人、ちょっと、あんまり、好きじゃなくて……、って言うか、なんなら嫌い……、だから、その…、冗談のつもりで、『丸岡さん、殺したいなぁ』……的なさ、若者の冗談ならよくあるヤツだよ、『嫌な上司、殺したい』とか『うるさい親、殺したい』とか、誰しも言ったことあるようなジョーク、本気で殺す気なんか無いクセに言うヤツ、ブラックジョーク的なヤツ、何の面白味も生産性も無いだけの、つまらない冗談、……だから、特に、意味は、無い、よ……、だから……」

淳一は戸惑った。弁明している間にも、ハルの綺麗な顔をグチャグチャの肉塊にしたり、目映い白金色の髪を引き千切って頭皮を剥いだり、細い首を前後左右にへし折ったり、という妄想が浮いては消える。これほどまで連鎖的かつ継続的にハルへの暴力衝動が現れたことは今まで無かったのだ。それが今日この時に至っては、鮮明に、明確に、とても強く、ハルに対する欲望を感じている。これまでの衝動は抑えるまでも無く、理性と常識が働きかけたものだが、今回はまるで話が違っている。少しでも気を抜けば無意識にでもハルを殺してしまうほどの、それはもはや暴力衝動と呼ぶには凶悪過ぎる、純然たる殺意と化していた。

(おかしいな……。今までこんなこと無かったのに。殺したい。ハルちゃんをとにかく殺したい。何でもいい、とにかく殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

(殺したい)

「殺したい」

「淳一くん?」

「ごめん!これも冗談!」

淳一はハッと我に返り、今度はハルの両肩から両手を離した。

「大丈夫ですか…?今のは、あんまり冗談ぽくなかったですけど…」

「ごめん!俺、なんか混乱してて…!」

少し怯えた様子のハルに対し、淳一は身振り手振りで、なんとか言い訳をするが、自分でも訳のわからぬ衝動を論理的に説明し、安全性を訴えることは、淳一にはできなった。

「その、何て言うか、俺も、こんなの初めてで、よくわかってなくて、どうしたらいいのかとか、何て言うか、変なことばっかり考えちゃって…、」

「いいの…」

突然、淳一の右手をハルが両手で握り締めた。

「え?」

「いいの…、その…、私、淳一くん…なら、いいですよ」

顔を赤らめ、視線を泳がすハルを見て、淳一は自分の言動の問題点に気付いた。

(俺、すげぇ誤解される言い方した…?)

「ただ、ちょっと待っててください。今、ベッドの上とか…、綺麗にしないとだし、下着も普通のだし…」

淳一に負けず劣らず、戸惑い、恥じらいながらも凄いことを言うハルを見て、淳一はもう一つ気付いたことがある。

(ハルちゃん、もしかして、俺のこと……)

「とりあえず…、えっと、すぐ…すぐ片してきますから…!」

「あっ!待って、ハルちゃん!」

一旦、部屋へ戻ろうとしたハルの腕を淳一は咄嗟に掴み取った。

「ぉ…俺、ほら、今、まだ、バイト中だし、丸岡さん待ってるから、行かないと、だから……」

自分の顔を一点に見詰めるハルの碧い瞳から、淳一は思わず視線を反らした。

「ごめん!また、今度っ!」

そして、ハルの腕を離すと、淳一は早足にその場から逃げ出した。

淳一は、もう一つ気付いた。自分の悪いところ。黒木淳一は小心者のヘタレだったのだ。

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