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黒鬼-くろおに-   作者: 106
11/19

『《トクサツ》、《M.P.S》』

「……」

淳一は周囲からの刺すような視線を避けるように下を向いて歩いている。そんなことをしても避けきれる物ではなく、実際は刺さりまくりなわけだが、まぁ、ほんの気休め程度に下を向く。

「居づらい?」

尾川が苦笑しながら淳一に尋ねた。

「…ちょっとだけ」

"殺戮の一日"から一夜明け、淳一は尾川とフレドリックの二人と共に朝食を摂るため、食堂を訪れていた。何も、こんなところでなくてもいいのでは?と思うがそんなことを言える立場でも無ければ、度胸も無い。ゆえに黙って、視線に突き刺されまくる淳一だった。

「"殺人鬼(マーダー)"達のみんながみんな、お前みたいに派手に暴れるわけじゃない。だいたいの奴は、もっとうまくやる。基本的に頭がいいハズだからな」

食事を乗せた、お盆をテーブルに置いて、尾川は頭を指差した。淳一は尾川と向かい合う席に座った。

「だから、(たち)が悪い。捕まえんのは難しい。まぁ、みんなクロキみたいなんでも困るけどな」

すでに席に着いていたフレドリックはコーヒーを、かき混ぜながら呟いた。

「ここに収容してる"殺人鬼(マーダー)"の数は38人。他県で考えれば尋常じゃない捕縛数だけど、神奈川で考えれば全体の1/10にも満たない」

苦い顔をしながら尾川も納豆を、かき混ぜ始めた。

「考えてもみろよ、平気で人を殺す連中がウヨウヨいる街に暮らしてるなんてさ。知らぬが仏って良い言葉だな」

そう言ってフレドリックはコーヒーを一口啜った。

「警察の…人達は、みんな知ってるんですか?"殺人鬼(マーダー)"のこと…」

淳一は食堂内のスーツの大人達を見渡した。まだ、結構な数が淳一を見ている。しかも、目が合っても反らさないと来た。見渡したことを後悔し、すぐに顔を尾川達の方へ戻した。

「少なくとも、ここにいる人はね」

納豆を白米に乗せながら尾川が答えた。

「あと各県警本部と警視庁の捜査一課所属なら、だいたい知ってるかな。他に質問は?」

「え?」

「銀閣さんから言われてんだよな。お前にいろいろ教えてやれって」

そう言って尾川は味噌汁を啜った。

淳一は銀閣の顔を思い出した。人の良さそうな面持ちに、気さくな話し方、それとは裏腹に昨晩、淳一と千羽を二人きりにすることで、千羽に自発的に脅迫させ、協力を強いる、という策を講じる油断ならない男だ。

「……銀閣さんがリーダーなんですか?」

言ったあとに少し後悔した。我ながら頭の悪い質問だ。『組織の頭=リーダー』という表現の仕方は子供のそれだ。淳一は己のボキャブラリーの少なさを呪った。

「リーダー……まぁ、そうかな。係長だよ、銀閣さんは。俺達、トクサツのな」

淳一が質問すると、尾川は箸を止めて答えた。フレドリックは食事に夢中だ。

「トクサツ?」

「あぁ、"特別殺人捜査係"だから、特殺(トクサツ)。人を殺す怪人達を倒す特撮(トクサツ)ヒーロー的な意味で呼ぶ皮肉野郎達もいるけどな」

尾川は、またも苦い顔をした。

淳一も箸を置き、質問を続ける。

「俺、昨日の面通しの時に見た六人の"殺人鬼(マーダー)"、確かに殺したいとは思ったんですけど、昼間の時ほどじゃなかったんですよ。全然抑えが効くっていうか、昼間は、とにかくもう、殺したくて殺したくてしょうがなくて、抑えなんてまるで効かないって感じだったんですけど」

尾川は、その質問を聞き、きょとんとした顔になった。

「……お前、腹一杯、飯食ったら、もういらないだろ?昼まで寝てたら、夜寝れないだろ?一発、抜いたら、充分だろ?そういうことだよ。一気に28人も殺して、大満足だったんだろ、お前の殺人欲は。例えるなら、ラーメンもカレーも好きだけど、ラーメン二杯食った後で、カレーなんか食えない、でも好きなことに変わりはない、ってとこだな」

そこまで言い終えて、尾川は何か思い出したように手を叩いた。

「そう、欲求の強さの個人差だよ。"殺人鬼(マーダー)"の殺人欲の強さには他の欲求と同じように個人差がある。一日一人殺さないと気が済まない奴もいれば、一ヶ月に一人で満足する奴もいる。一度に30人ぐらい殺したら、そっから一年、殺さなくてもいいって奴もいた」

そこまで言ったところで、尾川は一旦箸を取り、焼き魚を一口食べた。

「特徴が出やすいのは殺し方だ。"殺人鬼(マーダー)"には、一つの殺害方法を好む奴が多い。お前が殺した絞殺者(ストラングラー)なんかそうだ、アイツは絞殺を好む」

「あっ」

今度は淳一が思い出したように口を開いた。

「そう言えば、なんで、絞殺者(ストラングラー)は、俺が"殺人鬼(マーダー)"だってわかったんですか?」

「お前、昨日の話、ちゃんと聞いてたか?庵野さんが言ってたろ、"殺人鬼(マーダー)"同士では好んで殺し合わないって。"殺人鬼(マーダー)"は人間を別の生物として見てるって。なら、"殺人鬼(マーダー)"は、見ただけで"殺人鬼(マーダー)"と人間を識別できてるってことだろ。お前だって"殺人鬼(マーダー)"と人間を識別してるだろ」

尾川は納豆ご飯をかきこんだ。

「あ、そうそう」

先に食べ終えたフレドリックが、今度は尾川に代わり話し始めた。

「当然、知らないだろうから教えてやるけど、"殺人鬼(マーダー)"どもは、効率良く人を殺し、また社会に巧いこと溶け込むために、"殺人鬼(マーダー)"同士でグループを作る傾向にある。神奈川には確認されてるだけで16のグループがあって、中でも、日本最大級のグループが"マーダーズ・プレザント・ソサエティ"、通称《M.P.S》だ」

「《M.P.S》?」

淳一は眉を吊り上げた。

「会社の《M.P.S》とは違いますよね?」

淳一が言っている《M.P.S》…、《㈱マイノリティ・プレザント・ソサエティ》とは昨年から東証一部上場となったIT企業だ。画期的なクラウドサービスにより、領収書類のスマート化や業務内容の広範囲な社内共有システムなどを実現した実力派である。

「実は、その《M.P.S》だ」

フレドリックは眉間にシワをよせながら、口の端に意味深な笑みを浮かべた。

「《M.P.S》は表向きは上場企業の《㈱マイノリティ・プレザント・ソサエティ》だが、裏の顔は日本最大級の"殺人鬼(マーダー)"グループ、《マーダーズ・プレザント・ソサエティ》だ。所属"殺人鬼(マーダー)"の数は100人近い。お前が殺した28人の内11人は《M.P.S》の"殺人鬼(マーダー)"だった。絞殺者(ストラングラー)も、その一人で、しかも、かなりの重鎮だったんだぜ」

「じゅうちん……ですか……?」

淳一は少し驚いて見せたが、正直、言葉の意味がわかっていなかった。

「重要なポジションだったってことな」

それを察した尾川が、食べながら、横槍を入れた。

「重要……ですか……」

「具体的に言うとNo.2だ」

フレドリックは、そう言って指を2本立てて見せた。

「え!?そんな偉い奴だったんすか!?あんま、そうは見えなかったですけど、歳も若かったし…」

「若い?絞殺者(ストラングラー)の歳、聞いたのか?」

フレドリックが驚いた様子で淳一を凝視し、尾川も同様に箸を止めた。

「あ、いや……、歳を聞いたわけじゃないんすけど……、見た目、俺と変わんないぐらいだったし」

淳一が何気無く呟くと、尾川とフレドリックは互いに顔を見合せ、尾川は険しい表情で少し考え込むように頭を掻き、フレドリックは淳一に向き直った。

「……正直、俺らも絞殺者(ストラングラー)の顔は見たこと無いんだ。神出鬼没で謎が多い奴でさ。奴の死体も頭が無かったしな」

フレドリックが苦々しげに話しているセリフを聞き、淳一は眉をひそめた。

「じゃあ、何で俺が殺した奴が絞殺者(ストラングラー)ってわかったんですか?」

「これまで、絞殺者(ストラングラー)が絡んでる事件はメチャクチャ多かったんだ。その現場に残ってたDNAとか指紋とか、そういうのを地道に集めて絞殺者(ストラングラー)を追ってたんだよ。見つけたためし無ぇけど。たぶん、今トクサツにいる人で絞殺者(ストラングラー)の顔を見たことあるのはギンカクさんぐらいだな」

フレドリックが話し終えると、尾川が真剣な表情で付け加えた。

「銀閣さんは絞殺者(ストラングラー)と直接会って唯一、生き延びた人だ。20年前にな」

「は!?20年!?」

「そう、ギンカクさんが28の時だ。ギンカクさんの話じゃ、その当時、絞殺者(ストラングラー)は見た目20代前半ぐらいだったらしいけど…、20年経っても、変わってねぇってことか、ビビるな」

フレドリックは、そう言ってコーヒーを一口啜った。

「いよいよもって、バケモノだな」

自嘲するような笑みを浮かべて、尾川もお茶を一口啜った。

「だから、正直、お前が殺したのが絞殺者(ストラングラー)だ、ってわかった時、ウチらは軽くパニックだったぜ」

フレドリックはカップを置いて食堂内を撫でるように手で示した。

絞殺者(ストラングラー)は俺らの身内も、だいぶ殺してくれたからな、お前のこと、ちょっとした英雄として見てる連中も中にはいるぐらいだ」

今度は柔らかい笑顔を向けて、小さくウインクをして見せた。大袈裟なボディランゲージとウインク。ここへ来て淳一は、この自分より日本語が堪能な白人が、まごうこと無き欧米人であることを思い出した。

「フレドリックさんは…」

「フレッドでいいぜ。リッキーでもいいけど。フレディは無しな、ありゃ殺人鬼の名前だ」

気さくな笑顔、決め顔、苦い顔と短い間にコロコロ表情が変化するのも欧米人特有か。

「じゃあ、フレッドさんで。フレッドさんは、アメリカ人ですか?」

言ったあとに少し後悔した。我ながら頭の悪い質問だ。「ご出身は?」とかにすればいいものを。よりにもよって「アメリカ人ですか?」とは。外人を見れば、とりあえずアメリカ人など、小学生低学年レベルのプロファイリングだ。

フレッドもそう思ったのか、少し笑い混じりで答える。

「あぁ、そうだよ。メイン州の出だ」

メイン州。メインという言葉は知ってる。州もわかる。だが、メイン州という物は聞いたことが無かった。

「スティーブン・キングと同郷だぜ」

スティーブン・キングは知っている。バイト先で何度か見たことがあるので、作家だろう。それしか知らないが。

淳一は「あ~」と曖昧な返事をした。

「あっ!」

淳一は咄嗟にズボンのポケットを触った。

「あの、俺のケータイってどこかわかります?ズボンのポケットに入ってたと思うんすけど…」

「イオノが預かってんじゃないか?聞いといてやるよ」

「はぁ……。あの、出身地の話で思い出したんですけど、もしかしたら…、いや、もしかしなくても、家族とかから連絡が入ってんじゃないかなぁ……、と思って」

「あぁ……、なるほど。そりゃ気になるわな」

尾川は苦笑しながら、頬を掻いた。

「クロキの家族なら、昨日の内に俺らの仲間が保護しに行ってるぜ」

「保護?…ですか?」

「まぁ、保護ってよりは、警護かな。なんせ、クロキは日本最大の殺人鬼集団のNo.2と、その他10人のメンバーを殺してんだもんな。実名まで公表されちまってるし、実家が特定されたら、家族が危ないだろ。親んとこと兄貴んとこに4人ずつ周辺警護に当たらせてある」

「お前と会ってもらうために、今朝、加室さんと千羽ちゃんがご両親のとこ、永田さんと金島さんがお兄さんとこに迎えに行ってるよ。たぶん来るまでに、ある程度説明は受けてくるだろうから、安心しろ…とまでは言わないけど、そこまで深刻にならなくてもいいだろ」

いや、実際かなり深刻な問題である。一昨日まで平凡な息子、弟だった者が、昨日から突然人間ではなくなり、今日警察に『保護』されて顔を会わせる。家族の気持ちを考えると深刻にならざるを得ない。そうなると、家族と顔を合わすのにも心の準備が必要だ。

「俺…どう…なるんですかね?」

淳一は渾身の苦笑いを浮かべながら、漠然と、だがとても気がかりな問題を口にした。

「どう…って…そりゃぁ……」

フレッドは困ったように腕を組んで、尾川を見た。

尾川はと言うと、真剣な表情で淳一をまっすぐに見据え、無感情に答え始めた。

「そりゃ、普通の日常には、もう戻れないだろうな。いくつか選択肢はあるけど……。例えば、お前は精神異常者として病院行き、家族はしばらくマスコミ達に追いかけ回される、結構キツいぜ。あるいは、精神面は至って正常、ゆえに裁判でクソ殺人鬼の烙印を押されて、最悪の場合極刑、家族はしばらくマスコミ達に追いかけ回される、こっちもだいぶキツい。もしくは俺らからも《M.P.S》からも逃げ回るか、まぁ、この場合捕まったが最期、即殺されるのが落ちだ。じゃなきゃ、トクサツで働く、お前は身分を隠して、なるべく人目につかないよう生活する、家族には夜逃げ先を手配するし、見張りも付ける。お前の協力があれば《M.P.S》を根絶やしにできる。そうなれば、少なくともお前の家族は安全だ」

言い終えて尾川はお茶を一口啜った。フレッドは腕を組んだまま、黙り込んでいる。

淳一はと言うと、澄まし顔で佇む尾川に白々しさを感じていた。

理由はもちろん昨晩の千羽である。

千羽は"ああいう"人間だ。そのことは仲間である彼らも充分理解しているだろう。

ならば、昨晩、淳一と千羽が二人きりになったことを考えれば、淳一が千羽から脅しを受けた、などということは仲間である尾川達にわからないはずがない。むしろ、それを謀ってのことだったとしか思えない。

千羽がその(はかりごと)を知ってか知らずかは定かではないが、少なくとも、その指示を出した銀閣はそのつもりだったろうし、それを端から見ていた尾川達もそうなるだろうと予測したはずだ。

だとすれば、この場で淳一に選択肢の話をするのは白々し過ぎる。

確かにここまで、彼らトクサツは淳一に対してとても良くしてくれている。もちろん千羽を除けばだ。

しかし、それも打算あってのことなのだ。

淳一が"殺人鬼(マーダー)"を殺す"殺人鬼(マーダー)"…、すなわち人間と"殺人鬼(マーダー)"とを見分けることができ、なおかつ人間を殺さない、という存在でなければ、今頃手錠をはめられ牢の中のはずなのだ。

それが、服を洗濯され、心地好い寝床と温かい食事が用意されているのは、ひとえに淳一に利用価値があるからだ。

庵野にすれば知的好奇心を満たすため、銀閣や尾川その他はフレッドの言った通り『歩く"殺人鬼(マーダー)"探知機』として、…千羽は敵意剥き出し。

淳一は理解した。これが大人なのだと。

淳一は謂わばトクサツに拾われた捨て犬だ。

従おうものなら、手懐けられ、飼い慣らされ、それこそ千羽の言う『従順な猟犬』にされる。拒めば保健所に容れられ殺処分。逃げれば縄張りを荒らした罰として他の野良犬に殺される。

"殺人鬼(マーダー)"になった時点で淳一には初めから選択肢など無かったのだ。捨て犬がそうであるように。

そして淳一がそうなった元凶……、すでに殺した絞殺者(ストラングラー)が今更憎い。淳一を"殺人鬼(マーダー)"の世界へと引き摺り込んだ張本人、殺してしまった相手が"奴"であったが為に淳一自身はおろか家族も危険なことになってしまった。もし、なんらかの奇跡で絞殺者(ストラングラー)が蘇ろうものなら、怨み辛み言いたいことは山程あれど、一先ず殺したいぐらいに絞殺者(ストラングラー)が憎い。

そう、思えばあの時、車に乗り込んでいた絞殺者(ストラングラー)を叩き出していれば、こうはならなかっただろう。と、考えたところで、淳一は何かが引っかかることに気づいた。

よくよく考えてみれば、あの日は、それよりも少し前からおかしかったのではなかったか。

絞殺者(ストラングラー)とのドライブの少し前……。


!!!!!!!?


それまで、うつむき考え込んでいた淳一はハタと気付き顔を上げた。

「なんだクロキ?」

「どうしたんだよ…?」

突然のことに少し驚いたのかフレッドと尾川は目を丸くして淳一を凝視した。


「黒木くん!」


3人は、突如淳一を呼ぶ声に咄嗟に振り返る。

銀閣が急ぎ足で淳一達のもとへとやって来た。

「黒木くん……、君には大変言いにくいことなんだけど……」

銀閣は眉間に困惑したようなシワを少し寄せ、言葉を詰まらせている。

「申し訳ない……、君の…ご家族が殺害された」


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