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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第九章 もっと繋がったり、もっともっと繋がったり。
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五月二日(火・2)。答えはどっち?

 しばらくして。アパート方面から銀髪の女子高生が早足で向かってくるのが見えたので、俺はスマホをポケットに戻し、欄干から身体を離して袖の汚れを軽く払った。


 ついでに髪や襟元なんかもちょいちょいとカッコ良くキメてみたりして、目の前までやってきた彼女に向かって爽やかに歯を輝かせて見せる。


「おかえり、詩乃梨さん。学校、お疲れさま」


「………………ん……。ただいま。……こたろーも、おかえり」


「………………うん。ただいま」


 予想外に素直で自然な微笑みが返ってきたので、俺も折角整えた髪をわしわし掻きながら心のままの笑顔を浮かべ直した。


 俺の速攻で終了したイケメンタイムがツボに入ったらしく、詩乃梨さんは軽くぷふっと吹き出すと、背伸びして俺の髪を手櫛で撫でてくる。


「なんで、掻いちゃうの。今の髪型、かっこよかったよ? ぷひゅっ」


「格好良かった言いつつ、あんさんめっちゃ笑っとるやんけ……。俺の髪なんぞどうでもいいから、詩乃梨さんこそそれ整えなよ」


 メールの通り急いで向かってきてくれたせいで、詩乃梨さんの長髪がほんのちょっと乱れてる。べつに気になるほどってわけでもないけど、なんとなく俺も詩乃梨さんに倣って彼女の後ろ髪へ手櫛を通してみた。


 そうしてしばらくお互いの髪を優しく撫で合っていたら、詩乃梨さんの身体がぷるぷる震え始めた。恥ずかしさによるものではなく、そろそろ背伸びがキツいみたい。


 俺は空いている方の手を彼女の腰へ回し、ブレザー越しに感じる温もりをぐっと抱き寄せた。


 俺に半ば抱えられるような形で抱き締められた詩乃梨さんは、特に嫌がる様子もなく、俺の臭いをふんふんと嗅ぎながら緩やかに俺の頭を撫で続ける。


 俺も詩乃梨さんの髪の香りを胸一杯に吸い込み、彼女の耳にかかる髪を熱い吐息で愛撫した。


 詩乃梨さんは、俺の背と頭をぽんぽんとタップしながら身を捩る。


「ぷひっ。こたろ、今の、くすぐったすぎ」


「嫌だった?」


「………………んー、……好き。………………こたろーのことが。ねえ。おしりに何か当たってるんだけど、これせくはら?」


「そっかー、俺のことが好きかー、しかと聞いちゃったぞい。んで、尻のそれは今日の戦利品だ。詩乃梨さんは覚えてるかわかんないけど、昨日ちらっと話しただろ?」


「覚えてる。……今日は、こたろーと一緒に、本を読む。………………あ。おぼえてるし、もちろん読むんだけど、べつのことで相談いい? …………あと、このかっこ、そろそろ、恥ずかしい……。わたし、なにやっちゃってんだろ……」


 詩乃梨さんは急に我に返ると、俺の胸を押してゆっくりと抱擁から逃れていった。ちょっとふらつきながらも自らの脚で地面を踏みしめた彼女は、ついさっき俺がやったみたいな仕草でちょいちょいとリボンタイやプリーツスカートの乱れを直し、胸にそっと手を当てて熱い吐息をそよ風へ溶かす。


 俺も、詩乃梨さんと極めてナチュラルにバカップルやっちゃったという事実が今更小っ恥ずかしくなってきて、目線を彷徨わせながら軽く咳払い。


「……んんっ。………………あー、それで、なんだっけ、相談? なんかメールでもそんなこと言ってたよな。一体、どんなこと……………………、んあー?」


 ふらふらしていた焦点が、詩乃梨さんの後方からとことこ歩み寄ってきた予想外の人物達へと合わさった。


 やって来たのは、詩乃梨さんと同じ意匠の制服に身を包む、二人の女の子。

 一人目。ブラウスやカーディガンやブレザーを絶妙な塩梅で着崩してエロ可愛いさを演出し、後ろ髪の一房をうなじでくくって犬の尻尾みたいにみょんみょん揺らして人なつっこさを迸らせてる、誰が見ても『あ、この娘かわいい』って思えるわかりやすい美少女、真鶴さん家の佐久夜ちゃん。ちなみに追加装備は、背中のやたら容量のでかそうなリュックと、小脇に抱えた二回り小さいリュック。

 二人目。一切の乱れ無く着こなしたブレザーや丈長のプリーツスカートで貞淑さを演出し、シンプルすぎる眼鏡や長すぎる前髪やストレートすぎる後ろ髪によって貞淑通り越した野暮ったさを迸らせてる、見る目のある人なら『もうすんげーかわいい』って思える隠れ美少女、千霧さん家の香耶ちゃん。ちなみに追加装備は、一日分の勉強道具とお弁当箱だけで容量がいっぱいになりそうな、平べったい学生鞄。


 着こなしも容姿も持ち物も全く異なる二人は、今浮かべている表情もそれぞれ全く異なっていた。佐久夜はちょっと呆れ気味の半笑いでこちろを眺めていて、香耶はこちらではなく地面をぼんやりと眺めながら何やら上の空なお顔だ。


「……………………ん?」


 佐久夜の反応はわかるけど、香耶のこの様子はどういうことだろう? 詩乃梨さん大好きな香耶が、唐突に抱き締め合う俺と詩乃梨さんなんて光景を完全スルーって、これ明らかにおかしい。


 それに。香耶にとって佐久夜は喧嘩友達のような対象であるはずなのに、なんで香耶は今、佐久夜に優しくお手々を引かれているのだろうか?


「……なあ、香耶――」


「――てなわけでっ! 本日は盛大にばーべきゅーしようぜっ!」


 佐久夜がにひりと屈託無く笑いながら大声で叫び、俺の発言を上書きした。


 その場の全員の注目を集めた佐久夜は、ぼんやり顔の香耶や赤い顔の詩乃梨さんと視線を交わらせて満足げにうむうむと頷くと、一転して何やら思案顔で俺を見上げてくる。


「ねーねー、こたちーって、焼き肉の臭いが部屋につくのとか気にするタイプ? あと牛と豚と鳥と羊だったらどれが好き? あと実は肉と一緒に酒や煙草もやっちゃう人だったりしますのけぇ? ちょっとやめてよねー、うら若きじょしこーせー達の前で酒だのタバコだのやるのはさぁー。でもお酒はちょび~っと飲ましてくれるなら許してあげないこともないよ? てーか、お酌してあげるからちょっとわーけてっ♡」


「残念だが俺は酒も煙草もやらん人間だ、よって酌は要らんしお裾分けはできません、それ以前に自重せぇよ未成年。でも、ジュースでなら是非お酌してほしいし、返杯もしてあげたい。それと、肉ばっかじゃなくて野菜もちゃんと食うって誓うなら、部屋貸すくらいはしてもいいよ」


 即座に答えてやったら、みんなしてきょとんとした顔で俺を凝視してきた。みんなというのは勿論、脈絡無く好き放題要求を突き付けてきてた当人である佐久夜も含めてだ。


 どうやらみんな、俺の華麗な返しに反応すらできなかったようだな。かく言う俺も自分で自分が何言ったかあんまり理解できてません、だってあまりに唐突すぎたから脊髄反射で返すしかなかったんだもん。みんな黙っちゃったことだし、ちょうどいいから改めて現在の状況についてきちんと考えてみよう。


 相談があると言ってきた詩乃梨さん。わざとらしいほど元気に振る舞う佐久夜。心ここにあらず――というよりなんだかちょっぴり元気が無いように見える香耶。そして、『お前の部屋でバーベキューやろうぜ!』という唐突なお誘い。


 これらから導き出される解は、おそらく、『香耶を元気付けるためにパーティーするから、ちょっと手を貸しておくれ』ってところかな。香耶がどうして元気無いのかってことについては、佐久夜の反応を見る限りだと俺が触れてはいけない部分みたいだから、今はひとまずスルー。ついでに、室内でやるならバーベキューじゃなくてただの焼き肉じゃねって疑問もポイッ。


 なんも考えないようにしてみれば、残ったのは、かわいい女子高生達と自宅でバーベキューという二重の意味で美味しいイベントだけだ。なら、先程脳味噌を使わずに返してしまった答えは、特に撤回の必要も無いな。


「……あ。なあ、バーベキューはわかったけど、それって今からか? 夕飯にしてはちょっと早いし、そのわりに食い終わる頃にはちょっと遅めの時間になるだろうしで、かなり微妙だぞ?」


 彼方の夕日を見やりながら問いかけてみたら、いち早く平常運転に戻っていた詩乃梨さんが打てば響くで説明してくれた。


「こたろーが良いって言ったら、泊まりでやろうと思ってた」


「そっか、なら問題無いな。……………………あー、んっと、バーベキューは無問題なんだけど、お泊まりってもしかしてまた俺のとこなのかい?」


「ん……。たぶん、そうなる。……こたろーを、仲間はずれにするの、絶対やだ」


 真っ直ぐに俺を見つめながら断言する詩乃梨さん。その断固たる態度からして、ありきたりな倫理や薄っぺらい常識を説いてみたところで彼女の意見を覆すことはできなさそうだ。しのりんのこたろー愛が留まるところを知りませぬぞい。ぞいぞい。


 俺は軽く笑って詩乃梨さんの頭を撫でながら、他の娘達に水を向けた。


「詩乃梨さんはこう言ってくれてるけど、二人もそれでいいのか? ここできちんと嫌なら嫌って言わないと、俺フツーにきみらと夜明かしするよ?」


 言ってることは明らかにいかがわしさ満載だけど、その実、今の俺には下心とかまるで無い。だって、俺のそういう不埒な気持ちは、全部詩乃梨さんが受けとめてくれてるから。詩乃梨さんの愛が、俺の心も体も満たしてくれているから。


 未だきょとんとしていた香耶と佐久夜は、二人でしばし顔を見合わせる。その後、香耶に無言で発言権を託された佐久夜が、無垢なる双眸で俺を見上げてきた。


「こたちーは、それでええの? なんてーか、ええと……、色々と?」


「お前が言わんとしてることは何となくわかるけど、それでも俺は敢えて『ええよ』って明言しとこう」


「……………………あー、まじすかぁー……。……こたちーって、やっぱおかしなお方やねぇ。くひひっ♪」


 一瞬ドン引きされたかと思ったが、この底抜けに上機嫌な笑顔を見る限りではむしろ好感度上がったっぽい。こんなに嬉しそうにされちゃうと、俺もこの娘のことがもっと好きになっちゃいますね、まああくまでも友情的な意味だけど、まじでまじで。


 詩乃梨さんと佐久夜が『こたろー、おかしい、へんたい、すけべ』とにわかに盛り上がり始めたので、そっちはそっちでほっとくことにして、俺は感情の読めない瞳をじっと向けてくる香耶に改めて問いかけた。


「香耶も、いい……よな?」


「……………………いいんじゃ、ないですかねー……」


 一応YESをくれはしたけれど、どっちかっていうとNOっぽい雰囲気だ。まあ、普通に考えれば香耶の反応の方が当然というか、もっと全身全霊で拒否っていて然るべきまである。とりあえず、形だけではあれど同意を得られたのだから、それだけで重畳と思っておくことにしよう。


 そう結論して無言で首肯した俺を見て、これで俺との――皆との会話は終わりだと思ったのか、香耶は再びぼんやりとした眼差しで地面を愛でる作業へと戻っていってしまった。


 長い前髪の合間から覗く彼女の表情は、酷く落ち込んでいるというほどではなく、けれど、得も言われぬ憂いがそこはかとなく滲んでいる。もう少しわかりやすく憔悴していてくれれば、こちらから何かしら働きかけなければと思うところだが、これはちょっと突っ込むべきか放置するべきか判断しかねる微妙なラインだ。


 そこに敢えて突撃をかましたのが、佐久夜であり詩乃梨さんである、というわけなのだろう。女の子達の友情というものは打算的だったり上辺だけだったりするらしいけど、ことこの三人に限ってはそんな説は一ミリたりとも当てはまらないらしく、とってもステキな友情を育んでいらっしゃるみたいね。


 と、思ったのだけど。香耶を放置して詩乃梨さんと盛り上がっていた佐久夜は、話を一段落させると、香耶と繋いだままだった手を高らかに掲げて満面の笑みで宣言した。


「じゃーまーそういうことでっ! 題して『真鶴佐久夜ちゃん・無慈悲なるテストを無事に乗り越えられてよかったねパーティー』、いってみましょーやー! わっふぅー! いぇーいっ!」


 ………………………。あ、そういや今日テスト有るとか言ってたっけ。え、なに、バーベキューしたい本当の理由ってそれなの? いや、あくまでそれはカムフラージュで、本当は香耶を元気づけるためだろ? そうなんだろ? だって佐久夜、ずっと香耶の手を引いてあげてたし……。………………まさか、単に人数集めたくて無理矢理連行してきただけとか? ははは、まさかでしょそれー。



 事の真相は、今の俺にはわからなかったけれど。ヒントを求めてちらりと目を向けた先では、俺の愛しい女性が、答えそのものとなる表情で香耶と佐久夜を見つめていた。

※綾音さんはべつにハブられてないよ!

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