表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第九章 もっと繋がったり、もっともっと繋がったり。
89/126

五月二日(火・1)。相談メールが、1件です。

 さて。新章に突入したけど、ちょっと俺と詩乃梨さんの関係について誤解があるといけないので一文で端的におさらいしておこう。


『俺は詩乃梨さんに結婚を申し込んで快くOKをもらい、俺達は毎日朝晩一緒にご飯を食べたり何度か互いの身体を求めたり連日一緒の布団で睡眠取ったりしてるんだけど、まだ正式な夫婦ではないし、実は未だに恋人ですらない』。


 恋人ですらない。はい、ここテストにでますよ-。そう、お互いに結婚の意思を持って半同棲生活してるのに、俺と詩乃梨さんは互いを『まだ恋人ではない』ってことにしてます。『まだ』だからいずれ正式に恋人になるし、『ことにしてる』だから実際は既に恋人通り越して夫婦だと思ってるんだけど、それでも俺と詩乃梨さんの現時点における公式な肩書きは『恋人未満』のままなのですよ、ええ。


 まったく、誰のせいでこんなややこしいことになったのやら――うんボクのせいだねわかってる、わかってるからお願い何も言わないで……。いいの、この件はもういいのよ、だって俺の罪は既に詩乃梨さんに赦してもらってるもの。


 や、厳密に言えばまだ無罪放免になってはいないけどね。でも、詩乃梨さんが大満足するようなステキな演出で「俺と付き合ってください!」すれば、この身の罪は全て贖われ、女神様で妖精さんな恋人を手に入れることができちゃいますのん! のんのん!


 どんな演出で交際を申し込むかは、最初はちょっと悩んだりもしたものの、今はわりとぽんぽんイメージが湧きまくってる。色んな告白パターン想像して、詩乃梨さんの色んな笑顔を思い浮かべて、晴れて正式な恋人になった詩乃梨さんとのいちゃらぶチュッチュを妄想して、えへへ、ぐぇへへへ、うぇっひぇっひぇっひぇ!


 げふん、げふん。むふん、むふん。


 ……ともかく。告白それ自体はなんとかなりそうだけど、問題はいつ実行するかだな。


 準備が整い次第すぐか、もしくは何か特別な日に合わせてとか、あとは、もっと寝かせて忘れた頃にサプライズとか。一度しか無いこのチャンス、どのタイミングで発動させれば詩乃梨さんにとっての最高のプレゼントになるのかな?


 はっきり言って、詩乃梨さんならいつ告白されても盛大に喜んでくれるとは思う。なんなら、告白の時期どころか内容すら関係無く、告白してきたのが俺だってだけで大喜びしてくれるんじゃないかな。だって詩乃梨さん、俺のことめっちゃ好きやからね。そして俺も当然しのりんあいらびゅー!


 もういっそ毎日告白しようかな。今でも事ある毎に、好き、大好き、結婚してくれ、俺との子供産んでくれって言いまくってるんだから、そこにお付き合いしてくださいや恋人になってくださいが加わってもなんも問題無い気がする。むしろ、交際の申し込みをすっ飛ばして結婚申し込んだり子作りしたりって方が問題有りまくりだと思う。……問題っていえば、未成年に手を出すのって法律とか条令的にかなりの大問題な気がすんだけど、これって後から結婚すればきっとセーフになるよねそうだよねうん絶対そうだよ!



 ともあれ。なんにせよ、俺は詩乃梨さんといつか夫婦になるし、それより前にきちんと恋人同士になる。


 それはそれでひとまずさておいて。ここまでの話の流れをぶった切って、GW後半戦は『あの娘達』を交えてのちょいと特殊なハーレムルート(?)、はっじまーりまーす!



 ◆◇◆◇◆



 今朝も詩乃梨さんの代わりに家事を担当した俺は、詩乃梨さんにお弁当持たせて笑顔で見送りし、軽く部屋の掃除をして時間を潰した後で、てきとーに街へと繰り出した。


 昨日詩乃梨さんと行った河川敷からも見えてた、いかにも都会って感じの街だ。

 電車・新幹線合わせて二桁以上の路線が交わっている巨大な駅が有って、その構内から出れば目の前には人の群れと車の波が絶えずひしめくスクランブル交差点。周囲には有名企業のオフィスビルや大型チェーン店の入った雑居ビルが所狭しと建ち並び、僅かな隙間を埋めるようになんかやたらニッチだったりエッチだったりする怪しいお店がちょいちょい挟み込まれてる。

 でも、そんなふうに大賑わいなのは、実は駅前の極限られた範囲だけ。ちょっと歩いた所には個人経営の小さな店が押し込まれた寂しげなアーケードが有ったり、また別の方向に歩いてみればあののどかな河川敷に出ちゃったり。こういう『中心部離れたらすぐさま田舎』みたいなとこが俺の地元を彷彿とさせてなんだか懐かしくて、俺は街に用事ある時は大都市まで行かずにいっつもここで電車降りてる。ここまでなら通勤定期で来れるから電車賃もタダだしな。


 さておき。どことなく故郷の臭いがする街並みの中を、当て所なくぶ~らぶ~らと散策して、やがて青かったお空がちょっとずつ茜色に焼けてきた頃。俺は本日の戦利品が入ったレジ袋を手首でぶ~らぶ~ら揺らしながら、両手をジャケットに突っ込んで、アパートに帰るために街から河川敷方向へとてくてく歩いていた。


 なんとも暇ったれな一日だったなぁ……。色んなことをしたようでいて、その実なーんも得られたものがなくて、罪悪感めいた焦燥感や後悔が胸の中で燻ってる。なんつーか、詩乃梨さんと一緒の時間とは、完全に真逆だな。


 でもまぁ、買う物は買えたし、それに本来予定に無かったお土産だって買って来たし。これらの品が詩乃梨さんの笑顔に繋がるなら、無益に過ごしてしまった暇ったれな時間のことも許すことができるだろ。あー、早く詩乃梨さんに会いてぇ。河川敷で一息ついていこうだなんて考えないで、素直に電車乗ってりゃよかった。


「…………………………あん?」


 頭に重しが乗ってるみたいに盛大に背中丸めて歩いてたら、ポケットに突っ込んでる手が唐突にぶるぶるバイブレーションした。


 スマホだ。すぐに振動が止まったから、着信じゃなくてメールだろう。なら放置でいいや。俺に来るメールなんて、両親からの生存確認か、兄貴経由の生存確認か、あとは身体を持て余した女性のフリしたおっさんからのラブコールとかだろう。あとカード会社からの利用連絡もあるか。ちなみに、友人達は年末くらいしか連絡してこないから除外。


 もしこれが、詩乃梨さんからもメール来る可能性有るとかだったら、速攻で確認するんだけどな。でも俺、未だにしのりんとメルアド交換したりしてないからね。電話番号だって知らないからね。しのりんのご実家の番号も知らないし、そもそも彼女の地元がどのあたりなのかすら知らない。


「…………………………はぁ……」


 なんか色々憂鬱になってしまい、ようやくお気に入りの河川敷に出たというのに、一息つくんじゃなくて溜息ついちゃってる。


 俺は、休んでいくか直帰するか迷いながら、大河に架かる立派な橋の端っこをのっそのっそ歩いていった。橋を往来する自動車や電車の音を聞き流しながら、欄干の向こうで黄金色に煌めいている水面を横目で見下ろしつつ、なんとなくスマホを取り出してちらっとディスプレイを確認する。



〈新着メール1件:From 幸峰詩乃梨 Sub 無題〉

 


「―――――――――――――――」


 一瞬、思考が吹っ飛んだ。


 俺は頭が空っぽのまま、急いで歩道の端っこへ寄り、両手で握りしめたスマホを欄干の上にセットして、震える指先を無理矢理動かしてそのメールを開いた。



〈今どこ?〉



 内容、たったこれだけ。あ、これ詩乃梨さんだ。本物のしのりんだ。なんで? なんでしのりん俺のメルアド知ってるの? 今どこって何? 今? 俺今どこ? ここどこ? どこってなぁに? ほわい? あーはぁん?


〈俺、はこkだよ〉


 気付けば、そんな文章打って送信ボタンタップしてた。


 車の騒音を聞き流し、道行く人の目だって気にしないで、手が真っ白になるくらいにスマホ握りしめたまま、微動だにせずにひたすら返信を待つ。


 数分後。返信が来たのと同時に、バイブレーションするより早く速攻でメールを開いた。


〈はこ? 箱根?〉


〈なんでやねん! 俺はいつだって詩乃梨さんの隣にいるよ、俺の中にもいつだって詩乃梨さんがいるよ!〉


 指が分身するような速度で打ち込んで即座に返信した。返信してから、またしても自分のメールの内容が意味不明であることに気付いた。


 再び数分後。今度は先程よりも短い間隔で、再びメールがやってきた。


〈嘘つき。こたろう、今となりにいない〉


〈ダッシュで行く。今すぐ行って貴女を抱き締める。しのりん今どこ?〉


〈今どこって、わたしがきいてる〉


〈現在地、詩乃梨さんと昨日来た河川敷から見える、でっかい橋。の、ちょうど中程あたり。こっから全力ダッシュで貴女の元へ駆けつけて勢いそのままに抱き締める〉


〈わたしは移動中〉


〈バス? 電車? 自転車? 飛行機? 新幹線? 船? 徒歩? 戦車? 宇宙船? 牛車? 人力車? 馬車? 俺車?〉


〈そこ動くな〉〈あとだきしめるのはやめて〉〈電車〉〈おれしゃ?〉


 詩乃梨さんはやりとりを重ねる毎に返信速度をちょっとずつ上げてきてくれてたけど、『今どこって、わたしがきいてる』以降は俺も詩乃梨さんもタイミング的にあんまり噛み合っていなかった。俺が速攻で返信しすぎなせいでもあるけど、詩乃梨さんが言いたい内容毎に変に分割して送ってくるせいでもある。……つか、俺の返信があまりに早すぎるから、詩乃梨さんもなるべく早く返信しようとしてやむなく前述の手法を採ったのだと思われる。ごめんねしのりん……。


 俺はすぐさま返信したい気持ちをじっと堪えて、ひたすらディスプレイを見つめ続けた。やがて再び新着メール到来。


〈なんで送ってこないの?〉


 返信のことだろう。今度はきちんと追加が無い事を確認してから、逸る気持ちを必死に押さえて丁寧に文字を打っていく。


〈本当は、すぐに返信したい。いっぱい詩乃梨さんとメールしたい。でもあんまりがっつくと詩乃梨さんに負担かかっちゃうから、ゆっくり返すね。でもメールでだけじゃなくて、会って色々訊きたいことも話したいことあるから、どこに行けば貴女に会えるのか教えて。迎えに行くよ。そして抱き締める〉


〈怒ってたわけじゃないの?〉


〈怒る? 俺が、詩乃梨さんに? なんで?〉


〈返信、いきなりしなくなった。わたし、こたろうのすまほまた勝手にいじった。いつ気付いてた?〉


 ああ、やっぱりそれ詩乃梨さんの仕業なのか。いつやったんだろ? この間アラームいじった時よりは後だと思うけど……。


 ……そういえば。今朝、ちょっと詩乃梨さんの様子がおかしかったような気がする。俺が作った朝飯食ってた時は若干申し訳なさそうに悄げてたのに、昼飯持たせてお見送りした時にはすっかりいつもの詩乃梨さん――よりももっとつんつんしてた。それになんかやたら赤い顔で、しきりに手足をもじもじそわそわ。


 あの挙動不審な態度、俺に家事やらせることについて色々葛藤があったんだろうな、なんて勝手に納得してたけど……。あれってもしかして、サプライズで俺にメルアドくれたことを恥ずかしがってらっしゃったのかしら? さらにもしかして、詩乃梨さんは『こたろー、とっても喜ぶだろうなぁ。ふふっ♪』なんてにっこにっこ笑いながら、昨日言ってたお礼ってことでこうしてメルアドをくれたのかしら?


 例え、この予想(妄想?)が間違っていたとしても。詩乃梨さんは、自ら進んで、俺にメルアドを教えてくれた。その事実だけは、確かだ。


〈気付いたのは、今詩乃梨さんからメールが来た時が始めてだよ。怒ったりなんか絶対しないから安心して。メルアド教えてくれて、ありがとね、しのりん! この感動を表すために、貴女のことを抱き締めていーい? ところで俺なんでこっから動いちゃだめなの? まさか、しのりんが迎えに来てくれるの!? 感激のあまり抱きしめていいですかっ!? でも詩乃梨さんをひとりで出歩かせるの怖いから、ちゃんと周りに注意してね? あともうなんでもいいからとりあえず抱き締めさせてくんない? 愛してる、詩乃梨さん愛してる、大好き〉


〈だきしめるのだめ〉〈でも家の中なら、ちょっとだけいい〉〈でも今こたろー見えた〉〈今から行く〉〈すまほいじったのごめん〉〈よろこんでくれてありがとう〉〈ちょっと相談ある〉〈ゆびつかれた〉〈いそいでそっちいく〉〈こたろーだいすき〉〈あいしてる〉〈あったらだきしめてあげる〉〈いまのめーるけして〉〈ばか〉


 なんか怒濤の勢いでスマホがぶるぶる震えまくって、一転急にぴたっと止まってしまいました。


 スマホ沈黙.俺も呆気にとられて沈黙。詩乃梨さん、俺との初めてのメールで浮かれちゃったのか、ストレートな本音をぽろぽろこぼしすぎであります。こたろーだいすき、あいしてる、わたしが抱いてあげる! だってさ。よし、後で思う存分抱かれよう、大人の抱っこをしてもらおう。詩乃梨×琥太郎。俺、また心が女の子になっちゃう!


 じゃなくって。『ちょっと相談ある』って、なんだ? これだけ他のメールとはちょっと毛色が違うな。それに、本当に今からここに来るみたいだし、そもそもいきなりメールしてくるとか、なんか急ぎの用事があったりするんだろうか?


 まあ、結構色々脱線する程度には余裕あるみたいだから、そんなに構える必要もなさそうだけど。でも詩乃梨さんがここに来るまでに、ちょっと心の準備はしておいた方がいいかもな。


 あ、その前に、忘れないうちに詩乃梨さんからのメールに全部保護かけとこっと。もちろん、『いまのめーるけして』ってメールもきっちり永久保存です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ