五月一日(月・6)。今日のごはんは、詩乃梨さん(指)。
「ね、しのりん。そろそろ良い感じにお腹空いてきたんじゃない?」
現在の時刻は、大体正午を過ぎたあたりだろうか。今日の朝食は軽めだったし、それに午前中は運動量多かったから、もう詩乃梨さんのお腹の中は空っぽに違いない。
詩乃梨さんは俺に訊かれて始めて気付いたかのように、はっとした顔で自らのお腹に手を当てて呟いた。
「……………………へってる……」
「よしよし。じゃあ、詩乃梨さんの作ってくれたお弁当、広げちゃってもいいかな?」
「…………んー……。………………だめ」
はい、駄目だそうです! …………え、ダメなの? まじで? まさか、詩乃梨さんが作ってた弁当って、自分用だけだったとか? いやそんなわけねぇな、あんだけ大量に作ってたんだし。……俺の分、ちゃんとありますよね? ねっ?
などと動揺している俺を余所に、詩乃梨さんは俺の太股に手を突いてきて、「よっ」と身を乗り出して空いている手をスポーツバッグに伸ばした。そのまましばらく片手でバッグを漁っていた詩乃梨さんは、弁当箱やタッパーの入った大きな包みを取り出してほっと息を吐き、元の位置へ戻っていこうと――
――したみたいだけど、俺は詩乃梨さんの上半身を両腕でぎゅっと抱き締めて引き留めた。獲ったどー!
「……………………こたろー、何、してるの?」
「いや、だって、詩乃梨さんがいきなりボディタッチしてくるから、つい。それに、お弁当くれないみたいだから、だったらせめてしのりん本体を貰おうかなって」
「…………べんとう、あげないなんて言ってない。広げちゃダメって言っただけ。……ねえ、ちょっと、放して」
「なんで広げるのは駄目なのさ。せっかく二人でお弁当食べるんだから、同じ容器に二人で箸伸ばしたい。しのりんと間接キスしたい。『はい、あ~ん♡』とかしたい、されたい」
「……それも、べつに、ちょこっとだけなら、だめじゃないけど……。『広げるのは、わたしがやるから、こたろーはじっと待ってて』って。………………あと、ねえ、これ、はなしてよ、これは、ほんと、だめですので……」
あ、さっきの駄目はそういう意味だったのか。詩乃梨さんが俺の想像を超える良妻すぎて、しのりんラブが溢れちゃう。ありがとねしのりん、お礼にもっと強くハグしてあげちゃおう!
「こたろー、ねえ、だめ、だめだよ、だめだってば、ねえ」
「と口では嫌がりつつも、身体は正直な詩乃梨さんなのであった。ほれほれ~、逃げたきゃもっと暴れてみなさいな。首までこんな真っ赤っかに染めちゃって、しのりんってばウブなのねん!」
「……………………そろそろ、本気で怒るよ? 『あ~ん』とか、ナシにするよ? ごはん抜きにするよ?」
「え、それは困る……」
困るんだけど、詩乃梨さん全くの無抵抗なもんだから、どうしても身体を離す気が起きない。詩乃梨さんの身体、あったかい。俺の好きな髪型に、胸だけぴっちりしてるえろい格好、そんな魅力マシマシな詩乃梨さんをこの腕の中に抱き締めてしまったら、もう離れようなんて思えるわけがない。
えっちしたいなぁ……。でも人目が皆無ってわけでもないし、むしろなんか遠くの方からこっちチラチラ見てるし、これ以上の行為は慎むべきだろう。……でも、えっち、したいなぁ……。
「えっちしたい」
あ、ぽろっと言っちゃった。
詩乃梨さんは一瞬完全に硬直し、けれどすぐに変態男の魔の手から逃れようとしてもぞもぞ身じろぎを開始。もぞもぞ身じろぎ。彼女の抵抗は、たったそれだけ。これ、たぶん詩乃梨さんもちょっぴり期待していらっしゃいますね。
……………………………………どうしよう。やっちゃう? さすがにこんな人目に付く場所で青姦なんぞしないけど、例えばさっきの公園あたりなら木も多いし個室もあるし――って待て待て、落ち着け俺。落ち着こうよ、ね? なんで落ち着く必要あるのかわかんないけど、えっと、とにかく今はおべんとうタイムだろ、性欲より先に食欲満たそう? ねっ?
「……………………………………」
俺は、詩乃梨さんの背中を優しく撫でて名残を惜しみながら、ようやく彼女の身体を解放した。
拘束を解かれた詩乃梨さんは、しばし自らの意思で俺の胸板に留まってから、ゆっくりと身体を離した。殊更楚々とした仕草で俺の隣へ戻っていった詩乃梨さんは、正座した太股の上にお弁当の包みをぼふりと乗っけて、火照りの抜けない顔を俯かせる。
詩乃梨さんの上気した頬を見てたら、俺まで顔が熱くなってきた。詩乃梨さんが愛おしすぎてたまらない。詩乃梨さんが愛くるしすぎて、胸が苦しくなってくる。
やばい、このままだと胸が張り裂ける。詩乃梨さん愛おしいの気持ちをなんとかして抜かないと、俺は爆発してしまう。リア充爆発する。
「…………………………ねえ、しのりさん。ちょっとお願い、いいかな?」
おそるおそる問いかけてみたら、詩乃梨さんは『かわいくないわたし』を演じることすら忘れて、雌猫化しかけているせつない微笑みを向けてきた。
「…………おねがい、なに? ……………………えっちな、こと?」
「……では、ないな。……ちょっとね、練習、付き合ってくれね? 愛の告白の」
「………………………れんしゅう?」
俺の唐突な発言に、詩乃梨さんは微笑んだままながらも、こてんと首を傾げてしまわれた。詩乃梨さんはそんな仕草だって当然のようにかわいくて、ほんともうかわいすぎて、俺もう胸だけじゃなくて頭もだいぶキてます。
くらくらする脳味噌で、なんとか俺の考えを伝えるべく頑張ってみる。
「や、実はさ、俺、詩乃梨さんが好きすぎて胸も頭も本格的にやべーから、破裂する前に気持ちを発散させたくって。だからとにかく、『詩乃梨さん、大好きだー!』って言わせてくれ。で、それを聞いておくれ。……頼める?」
「…………………………ん……」
詩乃梨さんは、ちょっと困ったような様子で考え込んだ。あらぁん、雌猫化終了かしらねぇ? このまま通常営業の詩乃梨さんに戻ったら、こんなやるのもやられるのも小っ恥ずかしすぎるお願いなんて絶対素直に引き受けてくれないぞ。でも素直にではなくても絶対引き受けてくれると思う。詩乃梨さんは素面の時も発情してるときも、いつだって俺のこと大好きだからね。えへへ。
さてさて、素直な詩乃梨さんと素直じゃない詩乃梨さん、どっちが引き受けてくれるのかな~?
「……………………こたろーくん」
「うん。なんだい、しのりん?」
「………………………わたしは、こたろーくんが……、だいすき、です」
………………………………………………。
あれっ、なんで俺が詩乃梨さんに告られてんの? 詩乃梨さんのこの蕩けるようなふにゃっふにゃの微笑み、いったいどゆこと? なんでそんなしあわせ全開の笑顔、ちょっ、やめて、そんな無防備な顔でそんな無防備な告白されちゃったら、俺の胸も頭も顔も灼けるように熱くなっちゃうでしょうがっ!
俺、大爆発寸前。でも激しく脈打つ心臓を服の上から握りしめてギリギリ耐えきりました。ふぅ、危なかったぜ……。
「こたろー、だいすき」
詩乃梨さんが追撃放ってきました。太股の上のお弁当包みを優しい手付きで撫でながら、もう一方の手でぴちぴちの胸元をそっと押さえて、心のガードがなーんも働いてないのが丸わかりな表情や声で、『こたろー、だいすき』って。
やっべ鼻血出そう。おまけにリアル涙出てきちゃったよおい。なに、なんなのこのプレイ、しのりんいったいどうしちゃったの?
瀕死になってる俺を見て、詩乃梨さんは無邪気に「ふふっ♪」と笑い、お弁当の包みを解いて昼食の準備を進めながらふわふわした声音で語る。
「『好き』って、すごいね。好きな人に、好きって言えるの、すごくきもちいい。それにね、こたろーがわたしのこと、いっぱい『好きだ、愛してる、結婚してくれー』って言ってくれるの、すごく嬉しい。……いつもありがとね、こたろー」
「………………え、だから、ちょっ、まて、待て待て、なんでんないきなり、やめろ、恥ずい、やめてぇ、ほんとかんにんしてぇ、いつもの野良猫しのりんはどこいっちゃったのぉぉぉ……」
「ノラじゃないもん。わたしのご主人様、ちゃんといるもん。こたろーがご主人様で、旦那様だもん。…………ねえ、今度えっちするとき、首輪とかつけてみていい? こたろーに」
「俺にかよ! その流れって詩乃梨さんが着けるんじゃないの!? 俺ご主人様よ? ご主人様に首輪着けるお猫様って、それどういうことなの!?」
「うるさい。やってみたいんだからしょーがないじゃん。……ていうか、こたろー、スーツでえっちしてくれるって言ったのに、まだしてくれてない……。……………………約束、破った……」
おっと、詩乃梨さんってば、微笑みを引っ込めて不機嫌さんになっちゃった。何かフォロー入れなくっちゃいけないんだろうけど、なんつーの、こう、とにかくちょっとタンマ。
詩乃梨さん、俺とのえっち、かなり積極的に望んでくれてるんだね。いや、わかってたよ? もちろんわかってはいたんだけど、今更ながらに、ってわけでもなくて、えっと、とにかく、詩乃梨さんが俺を求めてくれてるってわかって、すっげー嬉しい。あんな、大事な部位を曝け出して、見せつけて、抜いたり挿したりして、注いだり注がれたりするような、しかも色んな恥ずかしい嗜好が絡みまくる行為を、詩乃梨さんが、他でもない俺だけに対して望んでくれてる。
やっべぇなこれ。たまんねぇよおい。
「…………………………詩乃梨、さん――」
「うっさい。約束破ったこたろーくんは、しゃべるの禁止」
にべもなし。詩乃梨さんはぴしゃりと言い放つと、俺から発言権を物理的に剥奪すべく、用意中だったお弁当箱から卵焼きをひょいと摘まんで俺の口にねじ込んできた。
完全に虚を突かれた俺は、うっかり詩乃梨さんの指までくわえてしまい、さらにうっかり卵焼きwith詩乃梨フィンガーをぺろぺろもごもご舐め回したり甘噛みしたりした。言っておくけどこれ本当にうっかりで、うっかりっていうか俺の脳味噌は事態をうまく理解できてない。よくわかんないけど、とりあえずぺろぺろもごもご。
詩乃梨さんは一瞬手を引っ込めかけたけど、呆れた様な微笑みで俺のぺろもごを受け入れてくれた。
「………………ね、おいしい?」
「おいひいれふ! ぺろもごぺろもご!」
「そっか。……………こたろーって、ほんと、わたしのこと、ありえないほど好きだよねぇ……」
「ふへへぇ~♪」
「褒めてない、褒めてない。…………けど、きらいじゃない……、という、より…………、………………………………わたしも、こたろーのこと、ありえないほど、すき、です、ので……」
現在の詩乃梨さんは、素直じゃないモードの詩乃梨さんだ。だってのに、なんかすんげー素直に俺のこと好きって言いおったぞ。真っ赤な顔して全身ぷるぷる震えさせて、恥ずかしい気持ちを必死に耐えながら、どこまでも本気の『好き』をくれた。
「――――――――――――――」
――あ、これ、恋だ。今俺、また詩乃梨さんに恋した。
意識に空白が生まれて、思わずぺろもごを止める。そんな俺の反応を誤解したようで、詩乃梨さんは雷龍の瞳を発動させながら俺の舌を掴んで軽く引っ張った。
「ばーか、こたろーばーか」
あ、これいつもの照れ隠しだ。詩乃梨さんは何も誤解なんてしてなかった。俺が詩乃梨さんの『ありえないこほどこたろーが好き』発言にドン引きなんぞしてないって、むしろそういうこと言われちゃうとめちゃくちゃ嬉しがるようなやつなんだって、ちゃんとわかってくれてるみたい。
俺は思わず頬を緩めて、再び詩乃梨さんの指を舐め回す。
詩乃梨さんの指は、なめらかで、甘くて、卵焼きの味がした。




