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四月二十九日(土・了)。その御旗の元に、運命はいつか交わるだろう。

 現状について説明する前に、幾つか言い訳をしておこう。


 ひとつ。俺と少女達が布団お化けに飲み込まれた時点で、既に結構遅い時間になっていた。時計は確認しなかったが、体感的には二十一時は大幅に過ぎていたように思う。


 ふたつ。時間の感覚すら曖昧になってしまうほどに一日の間に色々なことが起きすぎて、俺も女の子達も心身共に疲れ切っていた。

 ストーカーという災害に見舞われたことから始まり、香耶の恋敵宣言、初対面の組み合わせが多い面子での昼食会、勉強嫌いな佐久夜の説得、俺と香耶とついでに佐久夜の仲違い(?)、ストーカー問題の決着、みんなに見られながらの詩乃梨さんとのえっち、女の子達への実践的な性教育、綾音さんの恋愛相談と強姦未遂、詩乃梨さんとの新プレイ開発、香耶の恋愛相談、俺と綾音さんの仲違い未満と和解、佐久夜の謎の気遣いがもたらしたひとまずの大団円。

 俺の視点だけでもこれだけ大量のイベントが目白押しだった上、そのどれもこれもが激しい感情の揺らぎや衝突を伴っていたのだ。疲れ切っていた、などという一言では生温いくらいに、俺も女の子達も限界を大幅に超えてしまっていたのだろう。


 みっつ、てか他全部。お風呂上がりって、とっても眠くなるよね。布団に入ってると、いつの間にか眠くなるよね。人の温度って、安心できて眠くなるよね。


 さて。一通り言っておきたいことは言い終えたことだし、そろそろ現在の状況について述べさせて頂こう。




 俺、詩乃梨さん、綾音さん、香耶、佐久夜。みんなしてひとつの布団にくるまってたら、みんなしていつの間にか寝落ちしてて、いつの間にか夜が明けてました。




「………………………………」


 腹が減って目を覚ましてみれば、カーテンの向こうから鳥の鳴き声と朝日が差し込んでいた。なんとなくの雰囲気で、午前六時前くらいだろうと当たりを付ける。


 今室内を照らしているのは、天然の淡い光のみ。蛍光灯の明かりはきちんと落とされており、それは取りも直さず、複数の男女が一塊になって夜を明かすという爛れきったイベントを、この場の誰か一人は容認なり熱望なりしていたことになる。


 勿論、それは俺ではない。だって俺は、詩乃梨さんに膝枕された体勢で、四肢に女の子達を絡みつかせてる状態だ。ろくに身動きなんてできないし、それにきちんと布団被ってるってことは、俺以外の誰かがかけてくれたっていうことになる。


 俺以外の誰か。詩乃梨さんではないだろう。壁に背を預けて俺に膝枕してる彼女は、俺と同じくらいに身動き取れなくなってしまっている。……しのりん、起きたら身体バッキバキになってそうだから、膝を貸してくれたお礼にきちんとマッサージしてあげなきゃな。それはさておき。


 俺と詩乃梨さん以外の誰か。これ以上は絞ることができず、香耶は一番無さそうってくらいしか言えない。佐久夜はノリゆえに、綾音さんは空気を読んだがゆえに、この爛れた状況を嬉々として生み出したり受け入れたりしそうな気がする。もしかしたら二人が結託して、五人の男女をひとつのベッドに納めるというパズルを完成させたのかもしれない。


 布団を被れない位置にいる詩乃梨さんは、その代わりとばかりに、もこもこの半纏とスーツの上着を肩にかけている。俺と詩乃梨さん以外のみんなは、誰の頭がどこを向いているのかわからないけど、みんな窒息することなく穏やかに寝息を立てていた。


 およそ聞き取ることが不可能な、極々小さな寝息達。それらを俺は、耳ではなく、全身の触覚で感じ取っていた。


 初夏の浜辺を緩やかに吹き抜けていく潮騒のように、心地良い温もりが寄せては引いて、寄せては引いて。身体と心をゆったりと揉みほぐされていると、再び微睡みの中へ堕ちてしまいそうになる。


 でも、胸を刺すちくりとした痛みが、ふやけそうになっていた俺の意識をぎりぎりの所で繋ぎ止めた。


 俺は。俺が感じているこの心地よさが、詩乃梨さんのものであって欲しかった。俺と詩乃梨さんの位置が逆であったなら、この上なくサイコーだったのに。


 とはいえ、この状況は半ば偶然の産物なのだから、そんなことを言ってもどうしようもない。


 どうしようも、ない。少なくとも、たらればをいくら口にしてみたところで、神ならぬ身の俺では、過去を変えることなどできはしない。



 ――ならば、この胸に突き刺さる悔恨の痛みを、まだ見ぬ未来に突き立てる誓いの楔にしよう。



 俺はいつか、詩乃梨さんを俺とお姉ちゃんと女友達でもみくちゃにしながら夜を明かすことを、ここに宣言する。いつになるかはわからないけど、そう遠くないうちに必ず実現してみせる。絶対で、必ずだ。


 それは、俺一人の力で成し遂げることができない偉業だ。綾音さんや、香耶や、佐久夜の協力が必要不可欠となる。素直に頼み込むのも有りだろうけど、どうせなら、自然とそういうことができるような関係を皆と築いていけたらいいなと思う。


 恋人としての愛、家族としての愛、友達としての愛、その他色んな愛情で織り上げられた、ひだまりのようにあたたかな関係。そこから発せられる、じわじわと浸透していくような穏やかな温もりによって、詩乃梨さんのかじかんだ指先から身体の芯までぽかぽかにしてあげたい。


 気持ちの押しつけ、上等だ。俺にしあわせを運んでくれた白猫さんに、俺も、彼女がくれた以上のしあわせを、いっぱい、いっぱい、返してあげるんだ。俺は人生の全てを賭して、詩乃梨さんに、しあわせなひだまりを全力で押しつけてやるんだ。


 ………………で、でも、ちょっとは加減しよっと。あんまり押しつけすぎて、みんなに嫌われたり、詩乃梨さんに疎まれたりしたんでは、元も子もないし。ほどほど、ほどほどに全力でがんばりましょう。うん。


 なんて、そんなことを思いながら。俺は今度こそ意識をふやけさせて、二度寝を決め込むのだった。

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