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四月二十九日(土・25)。測れなかった、その理由。

 詩乃梨さんの身体洗ってあげようとしたわけだけど、すまない、俺には無理でした。よってそのシーンはX-RATEDになりません。一応、どんな感じだったか軽く振り返ってみようか。


 まず初っ端。賢者タイムなんて、シャワーから出てくる湯の温度を手の平で測って調節してる間に終了でした。でもそのことに自分で気付いてなくて、『おーし、このくらいならしのりんも熱くないだろー』っつって、詩乃梨さんの方振り向くじゃん?



 ふぅわーお!



 当然のように脳味噌吹っ飛んだよね。眼球も飛び出すかと思ったので全力で瞼閉じました。無理、素面で美の女神様の全裸なんて直視しちまったら、俺の鼻から赤い液体吹き出したり股間から白い粘液吹き出したりしちゃいます。てか、した。生命力を排水溝へととめどなく垂れ流しながら、その傍らで、シャワーの水圧のみに任せて女神様のお体を浄めさせていただきました。


 でもやっぱシャワーだけじゃ限界あるからね。そして俺のなけなしの理性も限界超えてたからね。俺はもう色んなもんを諦めて、自分の身体だけさっさと洗って、残りは全部綾音さんにバトンタッチして逃げてきました。


 自分のヤったことの後始末を放棄するなんて最低な野郎だな、などと言ってくれるな。そんなん俺が一番よくわかってる。でもよぉ、いくら見ないように触らないようにってしてても、理性の蕩けた女神様がやたら艶めいた嬌声上げながら俺の名前呼んでおねだりしてくるんだもん、あのまま続けてたら第二ラウンド突入どころか夜通しアバンギャルドな子守歌響かせちゃってたよ。そうなったら、詩乃梨さんが、綾音さんや佐久夜や香耶と交流する時間が無くなってた。それはいくない、いくないよ。


 俺は……、『詩乃梨さんには、俺だけを見つめていてほしい』って思いは、勿論、有る。でもそれと同じか以上に、『しのりんには折角出来たお友達といっぱい仲良くしてほしいな』って気持ちもあるんだ。上から目線とか保護者目線とかじゃなくて、ただ純粋に、詩乃梨さんには色んなしあわせをいっぱい、いーっぱい、い~っぱい味わってほしいからさ。詩乃梨さんがしあわせなら、俺もちょーしあわせなのだ。


 だから、今日は俺は身を引くの。ヤることヤりまくった後で何言ってんのって気もするけど、それは言わないお約束。とにかく、今日は詩乃梨さんがお友達と交流を深める、そういう日なの。


 そんな俺の思惑通り、廊下へと続くドアの向こうから、女の子達の楽しげな声が聞こえる。それを聞くとも無しに聞いて頬を緩ませながら、俺はベッドに横臥して裸の妖精さん達の円舞を閉ざされたドアに投影していた。


 パジャマに着替えてベッドに寝転がってはいるけど、まだ寝るわけではない。しのりんお手製の晩ご飯食べてないし。でも、詩乃梨さんが部屋来てる時はテレビとかゲームとかやらずに詩乃梨さんのことを構ったり構われたりするっていうのが暗黙のルールになってるから、今は横になってぼーっとしてるくらいしかやること無いんだよね。


 どうせやること無いんだったら今日は俺が飯の用意を整えておいてあげるのが良かろうと思うことは思うんだけど、廊下に出たらマッパの妖精さんズが幻影ではなく現実になってしまう可能性有るのでこの密室から動けねー。飯の用意できないどころか、現在進行形で狂ったように量産され続けてる性欲と白濁液をトイレ行って処理することだってできないし、ついでに言うならいつ女の子達が戻って来るかもわからない現状ではこの場でソロプレイに興じることもできません。以上、状況説明終了。


「………………ん……?」


 ――ふと、女の子達の賑やかな声に変化があった。様子からして、誰かが一人だけ先に風呂から出たらしい。


 随分と早いな。俺が出て来てから、まだそれほど時間経ってない。それに、一人だけ早々に戦線離脱というのはなんだか仲間はずれっぽくて、あの面子が取ったり許したりする選択としては違和感がある。


 上がったの、誰だろう? 詩乃梨さんはまだ正気に戻ってるとは思えないし、綾音さんは俺に後を託されたから上がるなら一番最後のはず。佐久夜も、こういうイベントは全力で楽しみそうだから長風呂決め込むだろうし。それに香耶だって、折角愛しの詩乃梨さんと裸のお付き合いできる機会なんだから、誰かがドクターストップかけるまで鼻血ドクドク垂れ流しながらアヘ顔晒して楽しむんじゃないかな。


「…………………えっ。香耶、やばくね?」


 詩乃梨さんの部屋に入れただけでTKOされちゃうくらいだしなぁ、あいつ。冗談抜きで風呂が鼻血の海になってるかもわからんね。……いやでも、さっきまで詩乃梨さんのあられもない姿をじっくりと鑑賞してたってのに、わりと正気保ってたよな? ……その代わり、俺のナニを使った性教育でノックアウトされちゃってましたけどね……。ガチレズなんだかノーマルなんだかはっきりせえっちゅーねん。


 千霧香耶。やっぱり、あいつについては色々と測りかねてる部分がある。一度、サシできちんと話す機会を設けたほうがいいかもしれない。


 などとぼんやり考え続けること、五分強。機会は早々にやってきた。


「………………ど……、どう、も」


「………………おう。お帰り」


 廊下と寝室を隔てるドアを開けてこちらの様子をおそるおそる窺ってきたのは、俺が脳裏に描いていた眼鏡っ子だった。俺は大仏の如く横臥したままで大仰に頷き、視線で入室を促す。


 香耶は緊張していた面持ちを僅かに弛緩させたけど、俺の存在に若干以上の居心地の悪さを感じているようだ。俺にほぼ背を向けながら、いそいそと入室してきてドアをそっと閉めた。閉めた後も、香耶はドアノブから手を離さずに、横目でちらちらと俺の出方を伺っている。


 俺はどう声を掛ければいいのか思案しながら、なんとなく彼女の全身を眺めた。


 純粋な黒一色で重い印象のあるセミロングの髪が、水気を含んでいるせいでさらに重く見える。後ろ髪は勿論、やたら長い前髪もそんな感じなもんだから、野暮ったさが平素より数割増しである。でも野暮ったいというよりは純真や無垢と表現したくなってしまうのは、頬が幼気な童女のようにほわほわと朱に染まっているせいか、それとも単に素地が良いからなのか。或いは、首から下が野暮ったい着こなしの制服ではなく、ふりふりフリルがあしらわれている可愛らしいパジャマにぴったりと覆われているせいであろうか。


 パジャマ。思わず「あれ?」と疑問符が口から飛び出してしまい、それを聞きつけた香耶がこっちに半ば背を向けたような格好のままでじろりと睨んできた。


「……なんですか?」


「……ん。や、何でもない」


「何でもなくない発音でしたよね、絶対。言いたいことあるなら、ちゃんと言ってもらえませんか? そんなあからさまに誤魔化されたら、余計気になるに決まってるじゃないですか」


 なんでそんなツンツンしてるんだろう。そして何故目線を恥ずかしげに伏せた上でふらふら泳がせ始めちゃったり頬をより一層赤くしたりしてんの? 得体の知れない闇の凝る双眸でじーっと見つめられるのは嫌だけど、でもこんな『素直になれない乙女の恥じらいと照れ隠し』みたいなタイトル付けたくなる態度を向けられるのも、これはこれでいやぁん。


 俺はむず痒くなってきた尻をぽりぽり掻きながら、身を起こして胡座に座り直した。


「悪かったな、変な態度取って。単に、そのパジャマはどうしたんだろうって思っただけだ。他意は無い」


「……どうしたって、どういう意味ですか?」


「ん……、ああ、言葉が足りなかったな。お泊まり会って急遽決まったはずだし、香耶も学生鞄しか持って来てなかったはずなのに、なんでパジャマ持ってるのかなって。詩乃梨さん、パジャマなんて持ってないはずだから、借りたってのはおかしいし。……あと、なんで詩乃梨さんの部屋行く前にパジャマ着ちゃってんのとか、……なんで俺にパジャマ姿晒してんのとか」


 自分で言ってて益々疑問に思う気持ちが強まり、口調が段々自信の無いものになっていく。そんな俺とは対照的に、香耶は何故か安堵のようなものを滲ませながらくるりと向き直った。


「お風呂から上がって、寝間着に着替える。何もおかしくないですよね?」


「……ん、まあ、そうだな。自宅ならな。でもここお前の家じゃなくて詩乃梨さんの部屋でもなくて、俺の部屋だからな? あと俺にパジャマ姿見られて恥ずかしくないの?」


「恥ずかしいとか……、そんなの、あれだけ人間として恥ずかしい瞬間をぜーんぶ曝け出してた人が言えた台詞じゃないと思います。……あと、このパジャマは綾音さんのお古を貰いました。私だけじゃなくて、詩乃梨ちゃんや佐久夜ちゃんも」


「綾音さんの……?」


 ってことは、女の子達はアパート前で俺と別れて買い物に向かってから、綾音さんの家にも寄ってきたってことか。綾音さん、今日会ったばっかの娘達を自宅に招いた上にお下がりあげちゃうとか凄ぇな。でもそれこそ、今日会ったばっかの娘達を自宅に引っ張り込んで実地で性教育施しちゃった俺が言えた台詞じゃないね。……いや、ほんと何やってんの俺……。


 改めて己の所行を振り返ると冷や汗止まんないけど、ここまで来たらもうどんな恥を上塗りしても大差無いだろ。なんて言い訳になってない言い訳をしながら、香耶をちょいちょいと手招きした。


「立ち話もなんだから、とりあえずこっち座れ」


 香耶は一瞬素直にこちらへ足を踏み出しかけたが、すぐにはっとした様子で元の位置に戻ってしまった。おまけに身に纏う雰囲気まで『素直になれない乙女の恥じらいと照れ隠し』状態に逆戻り。


「……本命以外の女をベッドに誘うなんて、浮気じゃないんですか?」


「誰がベッドに誘ったよ。いやある意味そうだけど。単に腰掛けろってだけだろ、変な受け取り方するな.俺はいつだって、しのりんあいらびゅーだ」


「………………そう、ですか。…………うん。そうですよね……」


 理由はわからないけど、今の香耶は俺並みに情緒が安定していないようだ。ツンツンから一転、今度はやけに物憂げな空気を醸し出し始め、頼りない足取りでふらふらとこちらに歩み寄ってきた。


 そして。香耶はそんな様子のままでベッドによじ登ってきて、俺の隣にちょこんと正座した。


「…………………………………………」


 ツッコミ待ち? ……じゃ、ないんだろうな。正面から向き合うんじゃなくて二人並んでこたつの方を見る感じになってるんだけど、香耶は若干背を丸めてネガティブな溜息を吐くのみで、俺に水を向けず目線も向けず、愉快なリアクションを求めている様子はまるで無し。


 愉快なリアクションは求めてはいないだろうけど、彼女の横顔は、人の温もりを、俺との会話を確かに求めていた。


「……折角、愛しの詩乃梨さんと一緒にお風呂だったってのに、早々と上がって来ちゃってよかったのか?」


 場を温めるための、ちょっとした世間話のつもりで放った話題。だったのだが、香耶はやたら過敏に反応し、丸めていた背をビクンと伸ばしてぎこちない笑顔を向けてきた。


「……お風呂が、ですね? ちょーっと狭くって、ですね? みんなで一緒に入るのはやっぱりきついかなー、って思ってですね? 気を利かせて、私はシャワーだけ使わせてもらって、先に上がったわけですよ。決して、けっしてですね、詩乃梨ちゃんと一緒にお風呂なんて浸かるなんて想像しただけでうっかりイきそうになったから慌てて逃げてきたなどというわけではないのです!」


「……………………ん。あ、そう……」


 どうやら、鼻血よりヤバいものを吹き出す所だったようです。しお。俺の想像以上にガチでした。あとさぁ、『よっし、誤魔化せたぞ!』みたいに小さくガッツポーズするのは別に構わないんですけど、お前何も誤魔化せてないからね? でも俺は突っ込めない。理由はわかってくれるよな。


 にしても……うーん。こいつやっぱ、詩乃梨さんに懸想してるモノホンのガチレズ、ってことでいいんだよなぁ? のわりには、詩乃梨さんが既に俺と肉体関係持ってるんだって知った時にショック受けてなかったり、どころか実際にカラダ重ねる現場の見学を熱望したりと、どうもこいつが詩乃梨さんに向けてる恋愛感情は俺の知ってるそれと異なっている気がしてならない。


「……あのさ。香耶は、詩乃梨さんのこと、好きなんだよな? 恋愛的な意味で」


 モチのロンですとか、ガチのレズですとか、そんな台詞と笑顔が返ってくると予測しながら放った問い。


 けれど。香耶が返してきたのは、やたらめったらしょぼくれた笑顔と、消え入りそうな弱々しい呟きであった。


「…………私は、詩乃梨ちゃんのことが、……好き……、……で、いいはず、です、よね?」


「え。いや、知らんけど。………………あれっ、なんでそんな泣きそうな顔? ごめんて、今のはちょっと素っ気なさ過ぎたな」


「……いえ、いいんです。……そもそも、私、あなたの恋敵ですから。………………親身に相談に乗ってもらいたいだなんて、ちらっとでも期待した私が間違ってるんですから……」


 香耶は肩を強ばらせて、膝の上で硬く握った拳をぼんやりと見つめた。


 俺は俺で、そんな香耶をぼんやりと見つめながら、これまたぼんやりと思考する。


 親身に相談に乗ってもらいたい、か。相談の内容は、『香耶が詩乃梨さんに抱いている感情は、本当に恋愛的な意味での好意でいいのか?』でいいんだよな。なんで唐突にそんなこと言い出したのかはさておいて、ひとまず考えるだけ考えてみよう。


 はい、考えた。結論としては、そんなこと相談されても、やっぱ知らんよとしか言えないです。恋敵だから親身になってやる義理がないとかじゃなくて、恋愛感情なんてぶっちゃけ俺だって理解してないもん。俺が詩乃梨さんに抱いている想いって、最早そういう小綺麗で甘酸っぱい何某じゃなくて、もっとでろでろどろどろしてるおどろおどろしい未知のナニカだもの。こんなん、一般的な恋愛の参考になんて到底ならんし、同性への恋愛であってもそれは同様。


 でも、知らんの一言で済ませるわけにはいくまい。香耶にこんな思い詰めた顔のままでいてほしくないし、それにこんな顔しちゃってるのってたぶん、さっき俺が散々やらかしちゃったせいでしょ?

 俺と詩乃梨さんのラブメイキングも、モノホンのナニを使った性教育も、香耶にとってはあまりにも衝撃的すぎたんだろう。どのくらい衝撃的だったかというと、彼女が信じていたしのりんあいらびゅーの気持ちが根底から揺らいでしまうくらいに。


 俺は、胡座かいてる膝に頬杖付いて、ぼんやり眼の香耶をぼんやり眼で見つめながらぼんやりと声を放った。


「……香耶って、詩乃梨さんと……、結婚とか、えっちとかしたいの?」


「………………………………は?」


 思い詰めた顔はやめてくれたけど、ものすっごい呆けたお顔で見つめるのやめておくれ。俺一体何言っちゃってんだろって後悔がむくむく膨れあがってきて、思わず話を誤魔化したくなっちゃうから。


 でも俺は、発言を撤回することもねじ曲げることもせず、目の焦点を香耶の瞳にしっかりと合わせてから、静かに言葉を続けた。


「俺は、詩乃梨さんが好きだ。凄くすごく好きだから、えっちなこといっぱいしたいし、いつか結婚したいし、一緒にしあわせな家庭築きたいし、最期は同じ墓に入りたい。もし俺と詩乃梨さんが一緒になるのを認めないヤツがいたら、たとえ親や兄弟であっても、即座に縁を切る。もし詩乃梨さんに不埒な行為をはたらく野郎がいたら、うっかり殺しちゃうかもしれない。もし、詩乃梨さんが……俺より先に亡くなるようなことがあれば、俺は迷わず後を追う。……俺にとっての恋愛感情の在り方は、大体こんな感じ」


 覚悟なんて、とっくの昔に完了してしまっている。俺が今口にしたのは、最早呼吸や心臓の拍動と同じレベルで土井村琥太郎の根幹に深く深く定着している想いだ。


 意味わからないくらいに病みきっている、重すぎる思想。そんなものを真っ正面から叩き付けられたせいで、香耶は正座を崩して後ずさった。その行動が無意識のものであったのであろうことは、たっぷり数十秒の間を置いてからはっとした表情で己の身体を見下ろす彼女の姿から窺い知れた。


 俺は苦笑いを浮かべ、後ろに手を突いて軽く身体を脱力させた。


「ま、俺の場合はあくまでもそんな感じってだけで、香耶の参考になるかはわかんないけどさ。でも、ちょっとくらいは、自分の気持ちを見つめ直すための足しに…………なりそう、かい?」


 なるわけねぇだろ、なんて内心でセルフツッコミが入ってしまい、俺は台詞を終えるのと同時に速攻で顔を逸らした。俺みたいな欠陥人間が語る恋愛観なんて、うら若き乙女が恋愛について考える上で一体どんな足しになるというの? 足しっていうか足引っ張るだけですやん。


 一応、香耶が何かしら返事をくれるのを待ってはみたけれど、なーんも言ってくれません。彼女はもぞもぞと居心地悪そうに身じろぎするのみです。


 もぞもぞ。もぞもぞ。


 香耶ちゃんはもぞもぞ這い寄ってきて、俺の膝にそっと手を置きやがりました。


「………………え、お前何してんの?」


「いえ、こう……、………………狩猟本能が」


 またかよ狩猟本能。それほんと何なの? あと顔近くね? 正座崩してるっていうか、俺にしなだれかかるような体勢で熱っぽい瞳向けてきてるのなんで? 今のやりとりのどこにお前の狩猟本能をくすぐる要素があったの? 千霧香耶、マジで測りかねる娘である。


 胡乱な眼で睨め付けてやったら、香耶は恥ずかしそうに俯いて、ぽつぽつと語り始めた。


「……私は、詩乃梨ちゃんと……、……できるできないは、別にして、………………えっちなことは、したい、です。……でもそれは、えっちなことがしたいんじゃなくて、……もっと、仲良くなりたいっていうか、そういう理由からで……。………………いえ勿論性欲的な意味でも詩乃梨ちゃんとえっちしたいんですけどそれはひとまず置いておいてですね?」


「ああうんはいはい。置いた置いた」


「…………置いて、ですね……。…………結婚、とか……、…………家庭を築くとか、……………後を追うとか…………。…………そこまでは、考え、られ……ない、です……。………………ごめん、なさい」


「や、そこは考えられなくて当然な範囲だから。全然ごめんなさい要らないから。そのへんは、単に俺が頭おかしくて精神病んでるだけの話――」


「――おかしくないです。琥太郎さんは、全然、おかしくなんてない」


 香耶が急にぎゅるんと顔を上げたものだから、彼女の話に耳を傾けているうちに前のめりになってた俺は危うくヘッドバッドくらってデュラハンになっちゃう所でした。でもすんでの所で避けました。だけど香耶ちゃんは、まるで追撃するかのように俺の膝に添えていた手に体重をかけてぐいっと顔を突き出してきましたなにゆえ。


 そしてなにゆえ、柳のように垂れ下がった前髪の、その隙間から覗く黒き瞳に、おどろおどろしい闇を煮凝らせておられるのか。


「大好きな人に先立たれたら、思わず後を追いたくなる。それって、全然おかしくなくて、むしろすごく当たり前のことだと思います。……きっと普通の人には、そんなのおかしいって、頭がいかれてるって、言われちゃうんでしょうけど……、でも私は、琥太郎さんの恋愛観、すごく良いと思います。…………憧れます」


 末尾の一言をぼそりと呟いた瞬間、香耶の瞳に闇より昏き漆黒の炎がちろりと煌めきました。どうやら、欠陥人間の語った恋愛観は、うら若き乙女の足を全力で引っ張りまくっておかしな道へと引きずり込んでしまったようです。


 冷や汗流しながら絶句する俺を尻目に、香耶はふっと微笑んで身を離した。きちんと正座し直した彼女は、己の胸にそっと手を当て、自らの心に語りかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……私は、詩乃梨ちゃんが、好きです。……この『好き』は、佐久夜ちゃんが詩乃梨ちゃんに向けてるような友情とはやっぱり違くて、……でも、琥太郎さんが詩乃梨ちゃんに向けてるような恋愛感情には到底及ばなくて……、それに純粋に異性へ向けるような、っていうかレズとしての好意っていうわけでもなくて……。だって琥太郎さんで普通に興奮しちゃいましたし………。……………………え、私って結局ナニモノなんですか?」


 自分の心に語りかけてたんやなかったんスか。俺に訊かれてもわからんっちゅーねん。あと俺で興奮したとか言わないで、わけも無くお尻がむずむずしてきちゃうから。


 俺はどっしりと胡座をかき直して尻のかゆみを打ち消し、不安げに瞳を揺らす香耶を見下ろしてふむんと思案の鼻息を漏らす。


 俺が香耶について測りかねていた部分は、どうやら香耶自身の中で未だ明確な形を得ていなかったらしい。香耶の恋愛感情は、レズとしてもノーマルとしても、きっとまだまだ発展途上の段階なんだろう。それがレズ方向で大成しちゃった時こそ、香耶は俺と詩乃梨さんの仲を全力で引き裂きにかかってくるのかもしれない。


 そんなギスギスした三角関係やるより、和気藹々と3Pする方がいいな。なんて思いながら、香耶の頭をぽふぽふと適当に撫でてやった。


 きょとんとした顔で見上げてくる彼女に、穏やかに語りかける。


「別に、無理に今すぐ何者かに成る必要なんてないだろ。誰かに強制されたわけでも、期限が決まってるわけでもないんだから。今日みたいに、これまで知らなかったものを色々体験して、感じて、考えていけば、きっとそのうち香耶だけにしか成れない何者かになってるよ。

 ……もしまた悩み始めちゃった時は、詩乃梨さんなり、佐久夜なり綾音さんなり、俺なり、誰にでもいいから何か言ってみ。そしたらきっと、何かしら良い方向に転がるようになると思うから」


 具体的な答えや指針を示してあげることはできないけど、てきとーな慰めをほざきながら髪型を乱してやることはできます。


 ぽふぽふぐりぐり頭撫でまくってやったら、香耶は俺の手の動きに合わせて身体を揺らしながら、何やら嘔吐を堪えているような酷い表情をこさえて俺を睨め付けて来た。


「……琥太郎さんの甘さは、人を駄目にする甘さですね」


「……………。え、いきなり何? なんで駄目になってしまうん?」


「…………………つい、依存症になりそうなので……。すみません、もう頭やめてください。そもそも勝手に異性の髪触るのってどうなんですか? あと、相談に乗ってくれてありがとうございました」


 香耶は文句言ったり締めの言葉を吐いたりしながらも、俺の撫で撫でから逃れようとしない。相変わらずのひっどい顔で俺を睨みながら、ちょっとずつ頬を朱に染めていってる。


 俺は再発した尻のかゆみに耐えながら、誰か来いしのりん来いこの桃色の雰囲気を変えてくれる誰か来てくれという想いを目力に変えて、ドアの方を凝視し続けましたとさ。

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