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★四月二十九日(土・13)。あたたかな、倒錯。

 アパートへと続く狭い路地の入り口に、綾音さんと詩乃梨さんの姿が有った。


 俺達が向こうに気付いたのとほぼ同時に、向こうもこちらに気付いてくれた様子。俺は手を振りたかったんだけど両腕が塞がってるのでそれは叶わず、けれど犬っころが俺の代役を引き受けてくれた。


「しのち-、あやちー、ただいまー! 出迎え、ごくろうであーる!」


 俺の腕を胸元にがっちり抱えたまま、片手をぶんぶん振り回して元気よくご挨拶する真鶴佐久夜。全身までちょっとぴょっこぴょっこ跳ねてて、猫じゃらしな髪の毛とかスカートとか揺れてて、俺の腕まで揺さぶられてる。ブレザー越しとはいえおっぱいがしっかり当たってもにゅもにゅ言ってるんだけど、俺は何も言わない。俺は犬の乳に欲情などしない。実際、ロリコーンも反応していないし。


 真鶴佐久夜は合流を急ごうと早足になり、俺が引っ張られ、逆サイドの腕に掴まっていた千霧がつんのめって転びかける。


「わ、わっ――」


「む」


 俺は素早く身を屈めて、千霧が手放しかけた腕を、彼女の腹の下あたりに差し込んでやった。すると千霧は反射的に俺の腕にしがみつき、転倒回避。


 千霧が目線で礼を言ってきたが、俺は鼻息だけ返してさっさと前に向き直った。礼とかいらない。今のは俺にとっても千霧にとってもただの反射の行動なので、いちいち気にしてもらう必要は無い。俺も気にしない。千霧が思いっきりしがみつきやがっているので、ちっちゃなおっぱいの感触があるようなないようなな感じがするけど、俺は何も言わない。俺は詩乃梨さん以外の女に欲情などしない。ロリコーンも当然無反応。


 俺はもう、この二人に気を遣うのはやめた。もう徹底して気にしないことにした。躍起になって追い払うことも諦めた。飽きたらそのうち勝手に離れていくだろうから、それまでは反射に任せて適当にあしらうことにする。


 犬に引きずられているうちに、程なくして居残り組の女の子達と合流。


 詩乃梨さんはきょとんとした顔で俺の顔と両腕をきょろきょろ見回してから、傍らの綾音さんを振り仰いだ。


「……ね、これどういうこと? こたろー、浮気してる?」


 綾音さんは頬に手を添えて「んー」と唸りながら、ちょっと身体を傾けて、俺と両腕の少女達の顔を覗き込んでいった。


 真鶴佐久夜は輝く笑顔でびしっと敬礼。千霧は居心地悪そうに身じろぎしながら軽く目礼。俺はどう反応していいのかわからなくて、綾音さんが俺の心の裡を見透かしてくれるのを待った。


 俺の熱い眼差しを受けた綾音さんは、恥ずかしそうに眼を細めながらも観察を続けてくれて、やがて納得したように頷いてから身体を離していった。


「……浮気、じゃないねぇー、これは。詩乃梨ちゃんも、あんまり嫌な感じはしてないでしょ?」


 のほほんとした笑顔の綾音さんに問われて、詩乃梨さんはつられて微笑みながら、己の胸にそっと手を当ててゆっくりと口を開いた。


「ん……。うん。……ちょっともやもやするけど……、きすしてもらう必要はない、くらい。……もやもやするっていうか……、……むらむら、する……? ……こたろーはわたしのだーって、こたろーにも、みんなにも、力尽くでわからせたい」


「…………………………あ、そういう方向に昇華されちゃうんだね。これちょっと予想外……。でも、うん、そっちの方がいいかな。詩乃梨ちゃんは、もやもやした分だけ琥太郎くんにうんと甘えちゃえばいいと思うよ。後でうんと甘いのが待ってるって思えば、苦いのにも耐えられるでしょ?」


「……それ、コーヒーと、ケーキ?」


「そ。コーヒーと、ケーキ」


「………………………ん。……ふぅん?」


 詩乃梨さんは安堵したような鼻息を漏らしながら、俺の股間へじーっと視線を送った。


 やがて勝ち誇ったような笑みを浮かべ、詩乃梨さんは真鶴佐久夜と千霧に憐れみの眼差しを向ける。


「……こたろーは、わたしでしか、えっちぃ気分になれない。……ふふっ」


「や、うちでえっちぃ気分になられても困るんやけど……。こたちーって、なんやもうすっかりモノホンのおにいちゃんみたいな感覚やし。ね、かやちー?」


「え、私は……、お兄ちゃん……? ……おにいちゃん……。……うぅん、違う……? こたちーが、琥太郎ちゃんで、おにいちゃん。……じゃあ、琥太郎さんなら、おにいさん……? ああ、お兄さん!」


 千霧がなんかやたら嬉しそうに恋敵のことをお兄さん呼ばわりしてるんだけど、お前それでいいのか? そもそも俺はお前の兄になった覚えはない。もちろん真鶴佐久夜のお兄ちゃんでもない。


 でも、俺は新米妹たちを口汚く罵って突き放したりはしない。かわいい女の子に囲まれてるってだけでもアレなのに、その上『俺に付きまとうな!』って酷いこと言うくせになぜか女の子達に慕われてる、みたいなクソ野郎に成り下がるの嫌だし。


 しかし、素直にお兄ちゃんしてやる気も勿論無い。俺はもうこの妹たちを気にしないと決めている。空気だ。この二人は空気なのだ。実の兄妹でありながら互いを空気のように扱う、無味乾燥な兄妹関係。ああ、もうそれでいいや。


「――香耶と、佐久夜」


 兄妹なら家名で呼ぶのもおかしいかなと思い、なんとなく二人のファーストネームを噛みしめてみる。


 そしたら妹達が俺を突き飛ばすようにして身を離し、詩乃梨さんに抱き付いて思いっきり距離を取りやがった。


 目を白黒させる詩乃梨さんの腕ごと胴体を抱き締めながら、香耶と佐久夜は未知の巨大深海魚に喰われかけたダイバーのようにがちがちと歯を鳴らす。


「こ、こたちー、なん、なんなん今の? なんでいきなり下の名前呼び捨てしたん? うちらのことどうでもいいみたいな態度だったはずやのに、なんでそんな馴れ馴れしくなっちゃったん? やめてよやめてよ、いきなりそういう不意打ちで一気に距離詰めてくるの卑怯やん――」


「お兄さんって呼ばれたからっていきなり兄妹ヅラしないでください、気持ち悪いです、私があなたのことをお兄さんって呼んだのは世間一般において兄というのは妹に蛇蝎の如く嫌われるものだからああなるほどしっくりくるかもなぁって思っただけで――」


 あふれ出る滝のように拒絶の台詞を垂れ流す二人に、俺は呆れの溜息を吐こうとした。


 したけど、できなかった。


 なぜか、胸が痛い。この二人のことなんて気にしてないし、向こうから拒絶してくれるなら願ったり叶ったりなはずなのに、心臓が直に握り潰されるかのようなせつなさが腹の底から突き上げる。


 気にするな。気にしてない。大丈夫、俺は何も気にしない。問題無い。大丈夫、だいじょうぶだ。


「………………はぁ」


 激痛になんとか耐えきって、ようやく当初の予定通り、呆れらしき溜息を吐くことに成功した。それをきっかけとして、いつの間にか止まっていた呼吸も再開。新鮮な酸素が脳に供給される毎に、気持ちが少しずつ落ち着いていった。


 ようやく周囲に気を配る余裕が出来てきた頃、喚き散らしていたはずの妹たちがすっかり押し黙っていることに気付く。


 どうしたのかと思って様子を確認してみれば、申し訳なさそうな表情で棒立ちしている妹達と、二人の頬を抓っている無表情な詩乃梨さんの姿があった。


「……詩乃梨さん、何してるの?」


「ん。おしおき。こたろーを傷つけるやつは、わたしが許さない。……二人のこと、下の名前で呼んでいいよ。ほら、二人も呼んでほしいって言ってるよ?」


「……いや、言ってなくね? なぜか唯々諾々と無言でほっぺた抓られ続けてるだけじゃん」


「……………………む」


 詩乃梨さんは眉間にしわを寄せ、二人のほっぺたを解放した。そして、自由になった両手で二人の背中をとんと押し出す。


 つんのめりながら俺の眼前にふらふらと出て来た妹達は、相談するように互いの顔色をちらちらと窺ってから、しょんぼりした様子でこちらへ向き直った。


「……どうぞ、佐久夜と、呼んでやってください」


「……私も、香耶でいいです」


「………………ん……」


 俺は、小さく呻くことしかできなかった。二人の名を呼ぶことはできず、首肯を返すこともできない。


 こういう形で許可されても、素直に喜べない。いいかげん自分のめんどくさい性質には飽き飽きしてるけど、それでもやっぱり俺は、怒られたからとか仕方無くとかでこんなことされても、つらくなるだけだ。


 気にするな。もう、気にするな。この二人のことは、気にするな。嬉しいとか嬉しくないとか、つらいとかつらくないとか、そういう想いを感じるべき対象として認識するな。空気だ、空気。


「……佐久夜と、香耶。わかった、そう呼ばせてもらう」


 自分の声のはずなのに、なんだか酷く遠くから聞こえたような気がした。


 帰りたい。この二人と関わっていたら、俺の心はそのうち壊れる。


 俺は二人を意識の外に追いやり、詩乃梨さんの方も見ないようにして、事の成り行きを見守っていた綾音さんに向き直った。


「それで、綾音さんと詩乃梨さんはどうしてこんなところに立ってたんです? どこかお出かけする所でしたか?」


「え? ……あ、うん、確かにちょっと買い出し行こうかって話はしてたよ。勉強が必要な子達が居なくなっちゃって、手持ち無沙汰になっちゃったから。でも、香耶ちゃんと佐久夜ちゃんが無事に琥太郎くんと合流……っていうか仲直りできるか心配だったから、出かけるに出かけられなくて、なんとなくここで待つ感じに」


「そうですか。なんか待ちぼうけさせちゃって、すみませんでした。じゃあ、こうして無事に合流も仲直りもできたんで、折角だからみんなでお買い物行って来たらどうですか? 俺はお邪魔でしょうから、部屋戻って寝てます。……今日は、色々疲れましたしね。……じゃあ、そういうことで、みんなまたな」


 俺は綾音さんに軽くお辞儀して、他のみんなにも軽く手を振りながら、アパートへ続く小道へ普段通りの歩調で歩いて行った。


 背後から、視線を感じる気がする。けれど、特に声をかけられることは無し。


 俺は、普段通りの自分を必死に取り繕いながら、アパートの中へと入っていった。



 ◆◇◆◇◆ 



 自室にて。ベッドの縁に腰掛けたまま上体をごろんと投げだし、僅かな赤味が残る天井を見つめながら、死の淵に立つ夕日を幻視する。


 気付けば、また結構な時間を無為に消費していた。タイムイズマネー。時は金なり。せめて浪費した時間に見合うだけの実入りが欲しかった所だが、残念ながら俺の思索は価値のある何某かへ結実することはなかった。


 そもそも、思索と呼べるべき行為をしていなかった気がする。むしろ、頭に勝手に浮かんでくる数多の思いを、必死に蹴散らして追い出し続けていた。


 考えるべき事は色々あるし、反省するべきことも色々ある。でもそれらを脳内で明確に形にしてしまうと、俺は失敗を次に活かすどころか、失敗を重ねることを怖れて次なんて要らないとか始まる。


 だから、考えない。自分を批判し、串刺しにしようとしてくる数多の思いを、俺は必死に蹴散らし続ける。


 そうして、孤独な戦いを続けながら、夕日の死に様を看取った頃。


 不意に、玄関の方から扉が開く音がした。


 それは、極々小さな音だった。たぶん、俺がまだ寝ていると思って気を遣ったのだろう。廊下の電気も点けられることなく、数人分の静かな足音が近付いてくる。


 俺は目を閉じ、寝ているフリを決め込んだ。


 やがて、居間兼寝室へと至った侵入者達が、俺の側まで寄ってきて、ひそひそと囁きを交わし合った。


「……あ、琥太郎くんやっぱり寝てるよ。どうしよう、電気点けたらまずいよね?」


「ん……。だいじょうぶ、これ狸寝入り。……でも、電気待って。今のうちに、体勢整えよう」


 ……寝たふり、思いっきりバレとるがな……。そうだよね、詩乃梨さんここ数日俺と一緒に寝てるもんね。俺よりちょっと先に起きて俺の覚醒を見守るのが日課になりつつあるもんね。俺の睡眠状態を看破するのなんて朝飯前よね。結婚してくれ。


 ところで、体勢整えるってなに。なんか不穏。詩乃梨さんのことだから、俺にとって害になるようなことは絶対しないだろうけど……。今起きるのもなんだか気まずいし、詩乃梨さんのやりたいことが終わってから、頃合いを見て大欠伸しながら身体を起こそうか。


 詩乃梨さんの出方を待っていたら、俺の身体の左右からきしりと音がして、ベッドが沈んだ。


「……ねえ、かやちーって体重いくつ? これベッド壊れない? 大丈夫? 壊したら、かやちーが責任持ってベッドの代わりしてね」


「それどうやるんですか……。私は確実に佐久夜ちゃんより軽いから、ベッド壊れたらそれは佐久夜ちゃんのせいですね。……あの、琥太郎さん、これ本当に起きてるんですか?」


「……んー、あ、起きてそうだね。身体ちょっと強ばってる。何されるかわからなくて怖いけど、今起きるのは気まずいからとりあえず寝たフリ続けようってことなのかな。詩乃梨ちゃんがいるなら変なことはされないだろうな、っていう信頼の表れだね」


「………………ん……。……ふふ。こたろー、わたしのこと、信頼しちゃってる。……ん、んふ、んふふゅ……」


 愛する女性とサトリによって、俺の心は完膚なきまでに丸裸にされていた。もう起きてやろうかな。


 何とか心を落ち着けて狸寝入りを続けていると、ベッドの横に下ろしてた両脚に、あたたかくて柔らかい感触が絡みついてきた。


「これでよし。……ほら、さくやとかやも。はりー、はりー」


「……ねえ、ほんとにやるん……? 改まってやると、なんや、うち恥ずい……。こういうのは、あくまでも勢いというか、自然にさら~っとやるからできるんであってな?」


「私も……、あの時はテンションおかしかったっていうか、頭に血が上ってたっていうか……、色々な要素が絡んでた結果できただけであって、こう、いきなりこういうのはやっぱりちょっと……」


「いやなら、やらないでよ。やりたいっていうからやらせてるのに、またこたろー虐める気? ……やりたくないなら、最初からやるな。……やりたいなら、腹、くくれ」


 詩乃梨さんの声音には、強制するような響きはなく。むしろ、自分自身も迷いを抱えているかのような、弱々しい音色だった。


 それからしばらく、室内には無言の時が流れて。


 やがて、俺の両脇に感じていた人の気配が、少し距離を詰めてきた。


「……まあ、あれや。一時の恥を捨てれば、一生もんの激甘おにいちゃんがゲットできるんやから、うちはやるで。女は度胸や。……ていうか、うち、女扱いされてないし……なんか元気の良いアホな犬みたいな扱いされてるし……、よく考えると、あんまり恥ずかしゅうないわな」


「……じゃあ、私の場合は何扱いなんですかね……。敵……、じゃないんですよね、あれだけ私のこと心配してくれてたし……。私も、もう純粋な敵って見るのは無理ありますし……。……じゃあ、味方? ……絶対裏切らない、味方……。……しかも……、一生もん、ですか……。

 …………………………。…………………………………………欲しいなぁ……」


 欲しい、と。その切実な嘆願は、きっと、間近で囁かれた俺の耳にしか届かなかっただろう。


 人を敵か味方かで判断し、敵と見なせば情けはかけず、敵に回るなら元は味方でも容赦しない。そんな苛烈な性質を持つ彼女が、せつない声で、『絶対に裏切らない味方』が欲しいと願う。


 ……こいつが、詩乃梨さんに惹かれた事情は、俺にはわからない。けれど、こいつが詩乃梨さんに何を見出し、何を求めていたのかを、俺は心の深いところで理解した。


 そして、逆サイドに陣取っている犬っころの気持ちは、心の至極浅い部分でいとも容易く理解できました。


「こたちー、いくでー! 今日からうちが、あんたの妹で、あんたの愛犬や! いっぱい構ってくれてええんやでっ! わんわん!」


 犬でいいのかお前。などとツッコミを入れる暇もなく、右腕に犬っていうかおっきなコアラがしがみついてきた。


 感触的に、両手両脚をがっちり絡めてるらしい。おっぱい押しつけすぎだし、太股と股間も押しつけすぎ。恥じらえ、乙女。ていうかこいつやっぱり握力強すぎ。照れ隠しかなんか知らんけど、俺の腕の血流完全に止めにかかってやる。


 右腕に襲いかかってる状況を把握している間に、左手がそっと取られた。


「………………………………………。……あなたが裏切らない限り……、私も、絶対裏切らないです」


 その声は、やはり消え入りそうな弱々しい物で。きっと、俺の耳に届けようとしたものではなく、己自信に向けたものなのだろうと、そう感じた。


 俺の手をやんわりと掴んでいた彼女は、躊躇いがちにベッドへ身体を沈ませ、俺の左腕全体にゆっくりと抱き付いてきた。


 ちゃんと両手両脚を使ってはいるものの、大して力は込められておらず、俺が振り払おうと思えばいつでも振り払える。


 でも、俺はもう、そんなことをする気にはなれなかった。


 左腕の、儚き魔女。右腕の、元気な獣人娘。俺はどちらの女の子も振り払えず、そして、彼女達を空気扱いすることも、もう二度とできそうになかった。


 それに。たぶん、そんなこと、もう、しなくていい。


「みんなー、準備できたー? そろそろ電気点けるよー」


『はーい!』


 やや遠間から届けられたのほほんとした声に、俺の右腕・左腕・足に陣取った三人の少女達が返事を返した。


 そして、「えいっ」という気の抜けた掛け声と共に、暗闇に満ちていた世界に光が満ちあふれた。


「……………………………………」


 少しずつ瞼を持ち上げながら目を慣らしていった俺は、左右を見るのがなんだか怖くて、首だけ上げて足の方を確認した。


 そこには、腹筋運動の補助をする人みたいに、俺の両脚を胡座の中に閉じ込めながら両腕で抱き付いてきている詩乃梨さんの姿があった。


 詩乃梨さんは、してやったりみたいな顔でにやりと笑う。


「おはよう、こたろー。ごきげん、いかが? まっじうっけるー!」


「……御機嫌は普通なんだけど、ちょっと体調不良かもしれない。なんか女の子三人が遠慮無く抱き付いてきてるような重みを感じる」


「うち重くないし! 重いのかやちーだし! うちが重いとしてもそれおっぱいの分だしっ! うち今尚成長期真っ盛りだからね、かやちーのないちちと違ってね!」


「私よりちょっとあるからっていちいち自慢するのやめてください! だいたい、佐久夜ちゃんおっぱいそんなに無いじゃないですかっ! 去年から全然成長してないですよ、それ絶対!」


「男に抱き付きながらおっぱいの話すんな貴様らっ! 精神乱れるだろうが! ざけんな、くそっ、待て、待て、待て、ひっひっふー、ひっひっふー!」


 やばい、両腕のこいつらだけならいくら抱き付かれようとロリコーンの封印は解かれないけど、両脚に詩乃梨さんが思いっきり絡みついてて、俺の足の甲にお尻乗っけたりすねに太股とかおっぱい押しつけてきたりしてるから、ちょ、ま、まずい、まずいですぞこれ。ナニがかって? ナニがだろうねっ!


 まずいナニかを隠そうにも、両手は使えない。身を屈めようにも、俺は両脚をベッドの脇に下ろして上体をベッドへ投げ出した体勢で固められている。おまけに少女達の拘束から抜け出そうと身じろぎすれば、「ふ、ふひっ、こたちー、くすぐったいって!」とか「ちょっ、へ、変な所こすらないでくださいっ!?」とか「こたろー、暴れるの禁止。……足の指ぐねぐねされると、ちょっと……、お尻の穴が……」とか聞こえてきて、俺はもうほんとどうしようもなかった。


 結論から言おう。


 バベルの塔は、つつがなく完成し。ズボンを無理矢理押し上げる豪壮なる尖塔が、その雄々しき立ち姿を惜しげも無く衆目へ披露することとなった。


「………………………………くっ」


 俺は股間に女の子達の視線が集まるのを感じながら、羞恥の涙を堪えて唇を噛みしめることしかできません。俺は心の中でこう呟いた。くっころ。


 俺は、目尻から熱い雫が一筋零れるのを感じながら、詩乃梨さんの斜め後ろあたりまで寄ってきていた綾音さんに救いを求めた。


「……たすけて、あやねさん……。ちがうの、おれがえっちしたいのは、しのりさんだけなの……。せっそうなく、だれにでもよくじょうとか、しないの……。ほんと、しんじて……」


「え、あ、う、うん。そうだね。そう。うん。ほんとそうだね」


 綾音さんはかくかくと適当に頷きながら気のない返事を寄越すのみで、太股に手を突いてちょっと身を屈めながら熱心に俺の股間を見つめ続ける。


 俺は綾音さんから顔を逸らした。


 右腕。真鶴佐久夜。さっきまでくすぐったそうに笑っていたのが嘘のように、すっかり黙り込んで、俺の股間をじっと見つめている。見つめたまま、なんか時折俺の腕に身体擦りつけてきてて、おい、お前もしかして俺の腕をいけないおもちゃにして快感得てない? 俺の勘違い?


 俺は、真鶴佐久夜から顔を逸らした。


 左腕。千霧香耶。ちょっと怯えたような感じで俺の股間を見つめながら、身を隠すように身体を丸めて俺の腕にぎゅーっとしがみついている。さっきまでの弱々しい力とは違い、身体の感触もあたたかさもダイレクトに伝わるほどにきつい抱き締め方。こいつ、おっぱい、ちゃんとあるじゃん!?


 俺は、千霧香耶から顔を逸らした。


 足下。幸峰詩乃梨。俺の股間の剛直さんをしばらく眺めてたけど、ちょっと顔を傾けて、俺の顔と股間をちらちら見比べながらいやらしい笑みを浮かべた。


「ね。こたろー、今すっごく元気いっぱいだよね。……今夜、いっぱい、期待していい?」


「だからナニで俺のメンタル測るのやめてくれません? ……でも、ごめん、収まりつかないから、今夜はお相手お願いします……」


「………………ん、んふ、んふゅ、んふゅふゅふゅふゅふゅ……」


 わぁ、すっごい嬉しそう。なに、もしかして俺といっぱいえっちしたいからって、女の子達けしかけて俺の性欲増強図ったの? いやでも、けしかけたっていうか、真鶴佐久夜と千霧が自ら進んで俺に抱き付いてきた感じの流れだったよね? なに、これどういうことなの? なんで俺の未来の嫁さんは、余所の女が俺に抱き付くことを黙認どころか奨励しちゃったの?


 つか、ちょっと、ナニかが痛い。ズボンの中でこんだけ膨張しちゃうと、かなりキツいものがある。おまけに、一切抵抗できずに女の子達に見られ続けてるこの特殊な状況が、俺の興奮呼び起こし、バベルの塔を更なる高みへと押し上げていく。


「――痛っ」


 ちりっ、と先端に痛みが走った。同時に、びくんとズボンの膨らみが震える。敢えてナニのかは言わないけど、今皮がズル剝けました。紛らわしかったけど、まだ撃ってませんのでこれ念のため。


 俺の悲鳴を聞きつけたのか、詩乃梨さんはちょっと身を乗り出してきて不安げな顔を見せてきた。


「だいじょぶ? なに、今どこ痛かったの? 足? ずっと乗ってたから? それとも、さくやとかやが重すぎて腕折れた?」


「うち、腕折れるほどおでぶさんじゃありませんよ!? むしろ軽くて小柄! ねー、こたちーはわかってるよねー!? 腕へし折れるほど重いのはかやちーだよねー! やーい、でーぶ、めがねでーぶ!」


「眼鏡はともかくでぶはやめてくださいっ! 私重くない、重くないです! ほんと、ほんとですってば! ねえ、琥太郎さんはわかってくれますよね!? 私の味方ですよね? ね!?」


「――おい、佐久夜と香耶、ちょっと黙って。……あとさ、しのりん、痛くて苦しいのは股間なんだけど、俺ちょっと今どうするのが正解なのかわかんない。助けて、貴女の愛する俺を助けて」


 俺の呼びかけを受けて、三人の少女達がぴたりと固まった。あれ、どうした。喧嘩やめてくれたのはいいけど、なんでみんなして俺の顔まじまじと見てはるん?


 俺は居心地の悪さに耐えかねて、直接的にいじめに荷担していない綾音さんに再び救いを求めてアイコンタクト。


 綾音さんは俺の視線に気付いて、垂れかけていたよだれを慌てて袖で拭いながら――え、よ、よだれ? え、貴女俺のどこ見て熱っぽいお顔でよだれ垂らしてたの? 待って、なにこの非日常的な桃色空間。まともな女の子どこにもいないの? みんな空気に流されてなぁい?


 綾音さんはこほんごほんと咳払いをして、背筋をすっと伸ばし、真っ赤なお顔に真面目な顔を貼り付けてびしりと敬礼した。


「琥太郎くんは、現在の状況を全く把握できていない。そうですね?」


「………………え、う、うん。そうです。……なにその敬礼。今貴女何キャラなの? うっかり欲情して暴走してない?」


「しておりません! ……で、琥太郎くんさ、事情の説明、欲しいよね?」


「……そりゃ、うん。はい。もちろん」


「…………………………でも……、痛みで、それどころじゃ、ないんだよね? ……先に、緊急な方を、どうにかするべきじゃないかなぁー……?」


 ……………………………………………………。


 あ、この子、空気に流されてるな。エアリーディング能力の弊害か。なんてこった、綾音さんの能力に頼り切ってしまっていた俺は、その便利な力に副作用があるという可能性を完全に失念してしまっていた。


 ちくしょう、綾音さんを正常にするには、とにかく空気を変えないと!


「別に、痛いっていっても、こんなのほっときゃ戻るし。それより、事情の説明を――」


「こたろー、こたろー」


 詩乃梨さんが、俺の太股をぺちぺち叩いてきた。


 俺の視線を引き付けた詩乃梨さんは、みんなの顔をちょろっと見回してから、俺の股間をじっと眺め、そして再び俺の顔へと焦点を合わせた。


 そして、にへらっと微笑む。


「………………………痛いの、治しながら、話しよっか? ……さくやに、えっち見せるって約束してたから、その前払いも兼ねて」


「…………………………………え、まじで?」


「うん。まじ。……………あと、さ。……みんな、見たいって、言ってたし。……これで、こたろーはわたしのだーって、宣言できるし。……一石、三鳥とか四鳥とかかなって。……もちろん、こたろーが、やりたいなら、だけどさ?」


 ………………………………え、まじで?


 佐久夜を見た。顔を思いっきり逸らされた。でも拒否のお言葉無し。


 香耶を見た。顔をじっと見つめ返された。拒否どころか期待に満ちた眼差しである。


 綾音さんを見た。彼女は両頬に手を当てて照れ笑いを浮かべながら、小さくじゅるっとよだれを啜った。


 …………………………。


「……綾音さんは、ちょっと不味いかな。だって、マスターが――」


「私だけ除け者にするとかしたら、私がどのくらい深く深ぁく傷つくかって、琥太郎くんならわかってくれるよね。私、琥太郎くんのこと信じてる!」


「……………………………………ん……。……ん、んぅ……。……………………ま、まぁ、見るだけだし……、……せーふ、なの、か、ぁ……?」


「セーフです、余裕でセーフだよ! 私この場で詩乃梨ちゃんの次に琥太郎くんと付き合い長いし詩乃梨ちゃんからいっぱい琥太郎くんのこと聞いてるし琥太郎くんの思考回路とかこだわりとかかなり理解してるし詩乃梨ちゃんのこともいっぱい知ってるし大好きだし佐久夜ちゃんや香耶ちゃんともけっこうお話ししてこの場の状況を最もよく把握してるサトリさんな私がセーフって言ったらこれ絶対セーフだと思うの!」


「…………………えーと……。…………うん、そうだね!」


 反論が面倒になったので思考放棄しました。その結果。俺は綾音さんのとっても嬉しそうな笑顔と、他のみんなのほっとしたお顔を手に入れました。そう、時には程良く気を抜くことが、良い結果に結びつくことがあるのですよ。それが人の世というものです。


 じゃあ、うん、いっか。


「香耶、ちょっと枕取って。首持ち上げてるのつらい」


「……あ、はい。わかりました」


 香耶は一瞬戸惑ったものの、腕を目一杯伸ばして枕を掴み、俺の頭の下に差し入れてくれた。そして再び俺の腕にしっかりとしがみつく。……なんでそんなしがみつきたがるんだろうなぁ……。今の完全に無意識の動作だったよね、この子。


 まあ、いい。とりあえず今は、一つの石で鳥を四羽五羽六羽と落とすことに集中しよう。


 俺は枕にぽふりと後頭部を埋めて、良い感じに詩乃梨さんの方が見えるように調整しようとした。


 が、いくらやっても高さが足りない。どうしよ、俺天井のシミ眺めながらご奉仕されるハメになるの? それご奉仕っていうか強姦?


 そんなことを思いながら枕をぽふぽふやりまくってたら、いきなり枕が持ち上がってきた。


「ほれ、こたちー。これでいいかね?」


 どうやら、佐久夜が布団を足で引き寄せて、端っこを枕の下に突っこんでくれたらしい。足癖悪いなこいつ。でもありがとね。


「うん、良い感じ。さんくす」


「いやいやー、これくらい何てことないっすよ。これからええもん見せてもらいますんで、えっへっへ」


 う、うぜぇ……。なんだこの下卑た笑顔。無性にデコピンしたい。できないけど。


 俺は溜息を吐いて、頭の位置を調整し、詩乃梨さんの方へ顔を向けた。


 詩乃梨さんは俺のゴーサインをうずうずした様子で待ち望んでいて、視線が俺の股間と顔をしゅばしゅば行き来していて、見ていておもしろい。


 でも、あんまりお預けしてるとかわいそうだから、そろそろ、いきまっしょい。


 そして俺は、詩乃梨さんに微笑みかけた。


「じゃあ、頼むよ、詩乃梨さん。……あ。あくまでも、事情の説明聞きながら、だからね? ご奉仕に夢中になってそっち蔑ろにとかしないでね?」


「わかってるよ! いただきます!」


 あ、これわかってない。愛しの雷龍様は、もうすっかりサキュバスさんになっておられます。


 俺はその瞬間、『詩乃梨さんにはご奉仕に夢中になってもらって、お話し役は他の女の子にお願いしよう』と決意しました。



 ◆◇◆◇◆



        この日の日記は、ページの一部が破られている。


        探せば、どこかに、その切れ端がありそうだ。

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