四月二十九日(土・7)。ストーカー?
昼食を取り終えた、現在。俺の部屋には、四人の少女達が物言わぬ骸となって横たわっていた。
千霧香耶。詩乃梨さんにえっち見学拒否されて絶望、真鶴佐久夜の腰に縋り付いたまま永眠。
真鶴佐久夜。えっち見学の許可を貰って大興奮し、持て余した性欲を食欲に変えて焼きそばの残りをドカ食いしたら当然の如く腹痛、壁にもたれかかったまま千霧の頭を抱き締めるようにして永眠。
田名部綾音。エアリーディング能力を発動し、今は食後のお昼寝タイムにするのがよかろうと判断、真鶴佐久夜の腰に千霧と逆サイドから抱き付くようにしてご就寝。
幸峰詩乃梨。自分が真鶴佐久夜に差し出した対価の変態っぷりに今更気付いてしまい、ベッドに潜り込んで暗闇の中へ逃走、程なくして夢の世界へ旅立ってしまわれた。
「………………ふむ」
俺は、食器洗いを終えて服で手を拭き拭きしながら、部屋のど真ん中に突っ立って骸達を睥睨する。
……みんな、もうちょっと自分の格好に気を遣ってくれないかなぁ……。千霧の丈長のスカートとかけっこう際どいとこまでまくれてるし。真鶴佐久夜もキャットファイトのせいでブラウスやカーディガンのボタン外れてる上にブレザーが二の腕あたりまでずり落ちてるし。綾音さんもワンピースの裾から普段見えない生足がちょこっと覗いてるし。詩乃梨さんは頭に布団巻き付けてるせいで生足がちょこっとどころじゃなくはみ出ちゃってるし。
どうしよう。可愛い女の子達が無防備な寝姿を晒してるんだけど、ムラムラするとかラッキーだぜとかいう思いは一切湧いてこず、ただひたすら途方に暮れてます。
意識の無い女の子達の側にずっと張り付いてるというのは、たとえ疚しいことをする気が無くて実際疚しいことを何もしないとしても、わけもなく罪の意識が湧いてくる。それに女の子達の方だって、起きた時にすぐ側に男の姿があったら、『もしかして寝てる間に何かされたんじゃないか』と不安になってしまうだろう。
だがだからといって、この場を離れるという選択肢は無い。ストーカー野郎が付近をうろついているかもしれない現状で、眠ったままのこの子達を放置するなんて絶対できない。野郎がこの部屋に辿り着いて扉や窓をこじ開けて侵入してくる可能性なんて、そんなに高いとは思えないけど……でも、決してゼロではないんだ。
でもそんな可能性とか言い始めたら、今回のストーカー野郎に限らず、ここにいる子達はいつだって誰かに狙われている可能性がある。俺の贔屓目じゃ無しに、みんなとってもかわいいからね。
本当にこの子達を護ろうと思うなら、物理的に鋼鉄の箱に入れるくらいしか手段は無い。でもそんなのは不可能だし、もし可能だったとしても、彼女達の健やかな身心は完全に失われてしまうだろう。
……つーか、そもそも俺、なんでこんなにこの子達のこと考えてるんだろうな。鋼鉄の箱に押し込む想像してるとか、俺が完全にストーカー状態じゃねぇか。アホか。
「…………………………はぁ……」
思わず漏れた重い溜息が、より一層俺の心を重くした。そのせいでまた溜息が漏れて、さらに心が重くなる。
考えるのやめよう。とりあえずこういう時は、あったかいコーヒーでも飲んで落ち着くべきだ。
思考の果てに、思考を放棄することを決意して、俺は腰に手を当てて仕切り直しの溜息を盛大に吐き出した。
「――こたちー、溜息つきすぎじゃね? おいしい状況なんだから、もーちょっと嬉しそうにすればいいのに」
それは、随分と音量が絞られた声だった。おそらく、お昼寝中の他の女の子達を起こさないようにと配慮してのことだろう。或いは、俺をびっくりさせないようにという気遣いゆえだろうか。
ゆっくりと見下ろした先には、真鶴佐久夜の呆れ顔があった。
「……寝てたんじゃないのか?」
俺も彼女に倣って小さめの声で問いかけたら、彼女は腰にまとわりついた千霧と綾音さんの頭を優しく撫でながらあははと薄っぺらい笑いを返してきた。
「うちもぐーっすり寝てたいんだけどさー。両手の花を押し潰すわけにいかないから、このめっちゃ寝づらいポーズから動けないんよ。せっかくお腹がだいぶ楽になってきたのに、今度はちょっとお尻の骨あたりが痛くなってきちゃって、ぐっすりとかちょっと無理めです」
……そういえば、この子は食事が始まる前からずっとこたつと壁に挟まれた状態だもんな。思い返してみれば、他の子達は時折脚を崩して後ろに手をついたりしてうまいこと疲労を溜めないようにしてたみたいだけど、真鶴佐久夜にはそれができるようなスペースが与えられていなかった。
俺の失態だ。せめてクッションを貸すなり、俺が壁側に座るなりするべきだった。
「……ごめん」
「だーから、なんでこたちーそんな重い雰囲気なの? もっと男の子らしく頭空っぽにしてさー、『うっひょー! ちょー美味しそうなごちそうがいっぱいだぜー! いっただきまーす!』って全裸でダイブかましてりゃーいいのに。主にかやちーあたりに」
「いただきますしたら俺性犯罪者確定じゃねぇか。あとさらっと友達売るんじゃねぇよ。きみ実は千霧のこと嫌いなの?」
「あははー。むしろかやちーがうちのこと嫌いなんじゃないかなー?」
………………………………。え?
虚を突かれて硬直した俺を、真鶴佐久夜は相変わらずの薄っぺらい笑顔で見上げ続ける。だがやがて首が痛くなってきたのか、笑顔に申し訳なさそうな色を滲ませながら目線で俺に着席を促してきた。
俺はひとまず指示に従うことにして、真鶴佐久夜の対面へいそいそと潜り込んだ。
膝にかけたこたつ布団を軽く引っ張って良い感じに調整していると、真鶴佐久夜が『あー』と呻いてから言いにくそうに台詞を紡いできた。
「……こたちーさ。かやちーと、『お話』、したんでしょ? 二人で。……だったら、うちの言葉の意味、わかってくれるよね」
千霧と俺が、二人でした話。
――千霧が、詩乃梨さんに、恋心を抱いているという話。
千霧が俺に敵意を抱いていたのは、俺が詩乃梨さんの恋人(仮)であり、千霧にとって俺が恋敵であるためだ。最初に比べて剣呑な空気はだいぶ緩和されたものの、千霧が時折俺に寄越してくる目には、未だに底が知れない闇がどろどろと渦巻いている。
千霧にそんな目で見られているのは、俺だけだと思ってたけど……、先の真鶴佐久夜の発言から察するに、千霧は詩乃梨さんに近しい人間に対しては無差別に敵意を向けるんだろう。
恋人でも友達でも男でも女でも、どういう立場のどういう人間であっても、詩乃梨さんに近付く奴が気に入らない。
俺も、そして真鶴佐久夜も、千霧に心底嫌われている。
「………………………………」
でも、俺は正直、千霧のことは嫌いじゃない。真鶴佐久夜も、きっと俺と同じだろう。
それに。千霧も、俺や真鶴佐久夜のことを、完全に嫌いきれてはいない。
だから千霧は、俺の作ったご飯を食べて、真鶴佐久夜に抱き付いたまま眠っている。真鶴佐久夜は、千霧を受け入れて、彼女の頭を無意識みたいに撫でている。俺は、そんな真鶴佐久夜と千霧の様子を、ほっこりとした気持ちで眺めている。
俺は真鶴佐久夜と改めて目線を合わせ、いつの間にか微笑んでいた顔を互いの瞳に映した。
「……人間って、難しいな」
「……そういう感想でくるかぁー。……こたちー、なんかすっごい大人な感じだね」
大人、か。いつだったか、詩乃梨さんにもそんなことを言われたな。ナニのサイズの話じゃなくて、精神面での話だけど。あの時は、何について話していたのだったか。
それを思い出そうとする前に、真鶴佐久夜が唐突に真面目腐った顔を作って「それはさておき」と呟いた。
「こたちー、山岡くんのことどうするの?」
「…………………………は? やまおか? ……………………え、誰?」
「だから、かやちーを追い回してた男子。うちらのクラスメイト」
……そういや、ストーカー野郎の身元は割れてるんだったな。千霧はそいつの名前を覚えていないようだったが、それなり以上の社交性を持つ真鶴佐久夜ならクラスメイトの顔と名前を一致させるくらいは造作も無いだろう。
とはいえ、千霧は野郎の身体的な特徴についてはまだそんなに説明していなかったはずだが……。俺が気にも留めなかった些細な情報から容疑者を割り出したのか、それとも、その山岡とやらが最初から容疑者筆頭だったのか。
どちらにせよ、これでストーカー野郎という抽象的で曖昧で朧気だった見えない怪物に、明確な『山岡』という人格と血肉が与えられた。なら後は、可能な限り情報を集めて対山岡シフトを敷けばいい。
「その山岡とやらは、どんな奴なんだ? 普段から詩乃梨さんのこと狙ってたのか? まともに話が通じないほどイっちゃってる奴だったりする? それとも、親とか学校とか警察に動いてもらえばなんとかなるレベル? あと――」
「こたちー、うるさい、うるさい、しーっ。静かに。しーっ」
真鶴佐久夜は慌てたように周囲を見回しながら、指を使わずに口の形だけで『静かにしなさい』と信号を送ってきた。
俺はいつの間にか乗り出しかけていた身体を元の位置に戻し、女の子達がすやすやと眠り続けていることを確認してほっと溜息を吐いた。
「……悪い。先走った」
「……いいよ。……ていうか、いっそみんな起こす?」
真鶴佐久夜の提案に、俺は即座に首を横に振った。
「ひとまず、山岡対策をある程度まとめてからにしたい。……みんな、気持ちよく寝てるから……、ストーカー野郎ごときに、みんなの幸せな時間を邪魔なんかされたくない」
そんなのは、許されない。俺が、許さない。傲慢でも独りよがりでも何でもいい。俺が、この子達の幸せを護る。
俺は皆の寝顔を眺めてから、膝の上で拳を固く握りしめて、真鶴佐久夜を真っ直ぐに見つめた。
真鶴佐久夜は力の無いにへら笑いを浮かべながら、かくりと首を傾けた。
「えーと。……うちの幸せな時間は、どこにいったのかなー? ……あと、お尻、そろそろまじで限界っす……」
「……………悪い、すぐ済ませるからもうちょっとだけ付き合ってくれ。後でコーヒー奢ってあげるから」
「うぅ、コーヒーかぁ……。……うち、コーヒー苦手なんだけどなぁ……」
「……………。……じゃあ、えっち見せる時に、きみの要望をある程度聞いてあげるから――」
「それでですね琥太郎様、わたくしは山岡なる男子について早速詳細な情報をお伝え致したく思う所存でありもっと言うなら山岡ごときわたくし一人で討ち取ってくるのもやぶさかではないのですがもしわたくしが敵将の首級を挙げたならいったいどのような報奨をいただけるのでありましょうか抱き合ったこたちーとしのちーが正常位で挿入する所をお尻側から間近で観察したいのですがお願いできますでしょうか?」
………………………………。うん、この子の性癖や性欲については、もうコメントすまい。真鶴佐久夜はこういう女の子なんだとだけ思っとこう。えっちを餌にすれば大抵の無茶は聞いてくれそうな便利なお助けキャラ。それでいいじゃないか。
「……俺は別に見られても減るもの無いから、詩乃梨さんがいいって言ったら、いいよ」
半ば投げ槍気味に返答してみたら、真鶴佐久夜は感極まったみたいに甲高い溜息を漏らし、荒い鼻息を必死に押さえ込みながらギラギラした瞳で見つめてきた。
「どうかあにきと呼ばせてください、琥太郎大師匠猊下殿」
「呼び方どれかに統一しろよ。ていうかうるせぇよ。いいからさっさと山岡の情報プリーズ」
「かしこまりー。……って言ってもぉ、うちも山岡くんのことあんまり知らないんだけどねぇーあははぁー」
「しばくぞコラ」
勿論女の子をしばく気なんてないけど、でこぴんくらいならしてやろうかと思ってます。わりと強めで。
びしびしとデコピンの素振りを始めた俺を見て、真鶴佐久夜はちょっと笑顔を引きつらせながら慌てて台詞を付け足した。
「う、うちが知らないっていうか、山岡くんがそもそも他人とあんまり話さないんよ。なんだろ、クラスに一人は居るじゃん、根暗な男子。あれの強烈バージョン。山岡くんって、誰かに話しかけたい時は、後ろから一定距離でぴったりくっついてって、相手が気付いて話しかけてくれるのずーっと待ってるんだよね」
「…………………………え、なにそれ気持ち悪い……」
いや、実際俺もそういう人間に何人か出逢ったことはあるけどさ。こういう言い方は普段の俺だったら絶対にしないけど、本当に気持ち悪いんだよ、あれ。俺以外に付きまとっているの見てる分には『そういう個性の人なんだな』って感じで受け入れられるんだけど、いざ自分が付きまとわれる側になってふと振り返った瞬間に目が合ったりすると肝がヒュッと冷えて掠れた悲鳴まで漏れちゃいます。
俺が実体験を思い出して金タマをひゅんっとさせていることに気付いているのかいないのか、真鶴佐久夜は俺を安心させるようにのほほんとした笑顔を浮かべた。
「まー、気持ち悪いって言えば気持ち悪いんだけどさー。でも山岡くん、見た目はそんなに気持ち悪くないし、話しかければわりとまともに会話成立するしで、そんなに悪い人ではないんだよねぇ。友達もちょっとはいるみたいだし。……ただ、自分から話しかけるのだけが壊滅的に下手くそなんだよなぁ……。あれなんなんだろうね。トラウマでもあるのかな?」
「……おい、変に優しさ見せて近付こうとするなよ? 他人の事情に軽々しく首突っ込むもんじゃないし、それにそういう手合いは優しくしてくれた女の子にすぐ惚れるから、どう転んでもろくなことには……っと、すまん」
上から目線で、他人の人付き合いに口を挟む。俺ほんと何様だ。せっかく詩乃梨さんが女神パワーで俺をしょぼーんの底なし沼から救ってくれたというのに、危うくまた勝手に自爆する所だった。
丹田に手を当てて精神を整える俺を見て、真鶴佐久夜はちょっとだけ不思議そうに首を傾げ、やがて得心したように頷いた。
「こたちーも、やっぱなかなかに難しい人間なんだね。人は皆、様々なとらうまや重荷を抱えて生きてるものなんだねぇ。うんうん。ひとといういきものは、まっこと奥が深いでごわす」
う、うぜぇ……。なんか微妙に俺のトラウマスイッチ見透かしつつあるあたりが特にうぜぇ……!
「……トラウマはどうでもいいからさ。今問題なのは、そのそんなに悪い人ではない山岡が、なんで詩乃梨さんを狙ってるのかっていうことだろ?」
「や、それはぶっちゃけうちにもわかんない。ていうか、本当に狙いがしのちーかもわかんない。ていうか、たぶん違うんじゃないかな? ていうか、やっぱストーカーでもないんじゃないかなって思えてきた」
……む? なんか今、俺達の議題の根底に足払いかますような発言が連発された気がする。
視線で続きを促してみたら、真鶴佐久夜はちょっと虚空を見上げるようにして言葉を探しながら台詞を紡いだ。
「山岡くんが、いつもみたいに、単にかやちーに話しかけてほしい理由があるから後を追いかけてた、っていうのが一番ありそうかな。でもさすがに休みの日に学校の外で、しかも電車乗ったり降りたり道を行ったり来たりしたりしてもくっついてきたっていうのは、ちょっと行き過ぎだと思う。……でも、山岡くんならやりそうな気もするしなぁ……むぅーん……」
「……じゃあ、その行き過ぎた行動に何らかの事情を見出すとしたら、どんなのが浮かぶ?」
「む、むぅ……。そうだなぁー。……うちらの勉強会に参加したいから、一番地味で根暗で自分と同類っぽいかやちーに狙いを定めて、どうにか誘ってもらおうとした、とか。……あーあと、しのちーに告白しようと思ったんだけど、ラブレターも直接アタックもみーんな玉砕しちゃってたから、絡め手として、しのちーの友達だけど陰湿で陰鬱で自分と同類っぽいかやちーに橋渡しをお願いしようとした、とか?」
どさくさで千霧の悪口言うのやめてあげない? 女の子ってこわい。あと千霧の巻き添えで山岡までディスられてるけどまあそっちはどうでもいいや。
でも、うーん。真鶴佐久夜の話を聞けば聞くほど、なんか俺まで山岡は別にストーカーじゃないっぽいと思えてきた。
精神的な外傷――があるかどうかはわからないけど――によって、他人に声をかけるという行為に激しい抵抗を感じてしまう山岡。その抵抗の度合いが俺達の想像を遥かに超えたものであったなら、千霧の側から話しかけてもらいたくて執拗に追い回していたのだと考えることはできる。
だが、千霧に何の用事があったのかは完全に不明。地味で根暗で陰湿で陰鬱な男子が、女の子だらけの勉強会に参加しようとしてただの、人類史上最もかわいい少女に搦め手でアプローチをしかけようとしていただのというのは、ちょっとどころではないほどに無理のある仮説だ。
大穴で、そもそもストーカー野郎の正体が山岡ではない、っていうのも考えられることは考えられるけど……、そうなるとここまでの話が全部丸ごと無駄になっちゃうから、できれば山岡であってほしいなぁ。
じゃあ、うーん、うーん。うーん、ギブアップ。
「……もう、学校に連絡取ってみるか」
「が、学校にっ!? ちょっとひどくない!?」
思わず漏れた独り言に、なぜか真鶴佐久夜は過剰に反応。
俺が人差し指を口に当てて『静かに』とジェスチャーしてやると、彼女はぐっと無駄に力強く唇を閉じてぶんぶんと首を縦に振った。彼女はやがてぷはっと息を吐き出し、俺を咎めるように小さく叫んでくる。
「学校は、ひどいでしょ、ちょっと。まだストーカー確定じゃないんだから、そこまでしなくてもよくない?」
……ああ。高校生にとって学校の運営側って、支配者サイドっていうか、圧倒的目上っていう認識だよな。俺は年齢的にも心理的にも生徒より運営側に近いから、無意識に『学校に連絡を取る』っていう行為の持つ意味を軽視してしまっていた。
俺は穏やかに微笑んで、首を横に振った。
「別に、何か告げ口したり文句言ったりするわけじゃないから。ただ山岡の用事がなんだったのかっていうのを聞きたいから、当たり障りの無い範囲で事情を説明して、山岡の家の番号を教えてもらうつもりだ」
「……部外者に、教えるかな、個人情報?」
あ、無理かも。
「……じゃあもう、警察にお願いして――ああ、嘘、嘘だって、そんな顔するな。わかった、お上には頼らないから。……真鶴佐久夜よ、何とかして山岡のケータイの番号でもゲットできないかね? ていうか既に知ってたりしない?」
「……知らない。……山岡くん、自分と似たような人としかつるまないから、うちも友達も接点無し」
真鶴佐久夜はすっかりしょげてしまい、重苦しい溜息を吐いた。
……参ったな。こうなったら、表に出て直接山岡に接触を試みるしかないけど……まだ本当にこの辺りを徘徊しているのかもわからない。居るか居ないかもわからない奴をアテもなく探し回るのは、あまり上策では無いだろう。
でも居る可能性があるから、山岡と少なからず面識があるこの場の女子達を迂闊に一人歩きさせるわけにはいかない。彼女達の帰宅の際は、俺がくっついていく必要があるだろう。たとえみんなに嫌がられても、山岡ばりにストーキングしてやる所存。
帰宅はそれでいいとしても、そこから学校で山岡に接触できるまでの間をどう凌ぐか。……というか、山岡への接触を女の子達に任せるのも怖いなぁ……。
……………………。
「……なあ、真鶴佐久夜。ケータイの番号教えてくれるか?」
「……………………………………なんぱ? ……うわき?」
「アホか。違う、緊急用だ。みんなのも後で聞く。今日の所は俺がみんなの帰宅にくっついてくけど、それ以外のタイミングで、道端で山岡見つけたとか、学校で山岡と話つけるとか、そういう時に俺が必要になったら……」
――何様だ、俺。
「……………………………………必要に、なったら、遠慮無く連絡くれ」
唐突に心を刺し貫いてきた痛みに耐えて、俺は台詞を最後まで言い切った。
真鶴佐久夜は、しばらくじーっと俺を見つめ続ける。そして彼女の瞳は、やがて、俺が抱えた古傷の輪郭をも見透かした。
にぱーっと屈託の無い笑みを浮かべた真鶴佐久夜は、とても嬉しそうな仕草で頭をゆらゆらと揺らした。
「こたちー、ほんと難儀な人だねぇ。もっと胸張って『俺がみんなを護ってやるぜ!』って宣言すればいいのにさー」
「……言えるわけないだろ。なんだそれ。とんだ自意識過剰の勘違い野郎じゃねぇか」
「うわぁ、難儀だぁー。すごい難儀な人だぁー。おもしれー。まじうけるー」
この子までマジウケるの呪いにかかってるぞ。猿のお嬢さんの影響力半端ないな。あ、もしかして詩乃梨さん経由で感染したのかな。じゃあ俺もそのうちこの呪いにかかるな。粘膜接触で。
益体の無いことを考えながら、俺は真鶴佐久夜から視線を逸らして立ち上がった。
「……もういいよ、勝手にウケてろ。何言われても、きみらは俺が護るから」
「こたちー、かっけー。まじかっけー。ちょーうけるー」
「……えっち見学の話、やっぱ取り消――」
「猊下。わたくしのスマホはしのちーの部屋に置いてきてしまったので、番号の交換は後ほどということでよろしいでしょうか? あとそろそろ尾てい骨が床ずれ状態に入り始めたので、話も一段落したことですし、そろそろ皆の者を起こそうかと思うのですがいかがです?」
きりっとした顔で俺を見上げる真鶴佐久夜に、俺は『ハッ』と小馬鹿にした鼻息を吐き付けてやった。
「お茶とコーヒーの用意するから、それが終わるまでに全員を穏やかに覚醒させてみせるがいい。ぐずる子とか不機嫌さんになった子とか居たら任務失敗な」
「………………………………あの、かやちーを起こす際に思いっきり殺意の波動を叩き付けられる予感がするのですが、任務失敗するとわたくしはどうなってしまうのでしょうか?」
「……………………あー……。……千霧は例外でいいや」
「心遣い、感謝致しますッ!」
俺は真鶴佐久夜の感謝を真面目に受け取らず、適当に手を振って応えながら冷蔵庫へと向かった。
とりあえず、お嬢様達のティータイムに合う洋菓子でも見繕うと致しましょうか。




