四月二十九日(土・5)。焼けないおもちも、もちのうち。
俺と詩乃梨さんは、食事の最中はあまり会話をしないのがデフォルトだ。この場のホストである俺達二人がそんなスタンスなので、自然、客人達も会話より食事を優先する形になっていた。
詩乃梨さんと俺はひとつの取り皿を仲良く共有して、黙々と食べ進める。時折俺が詩乃梨さんに『あーん』してあげるんだけど、無視される確率は九割以上。つまり一割は、呆れた溜息や白けた視線を向けてきながらも渋々食べてくれてるので、俺超楽しい。
そんな俺達を、千霧は光の灯らない眼差しで観察しながら、単純作業のように食事を続けていた。のだが、ヤツは溶岩ゾーンから引き抜いてしまった一本をはむりと囓った瞬間に豹変。カッと目を見開いたかと思うと、俺と詩乃梨さんのことなんて完全に忘れて、山の一角を支配している灼熱地帯を喜び勇んで崩しにかかった。ネタで作っただけなのに、いたくお気に召したらしい。
綾音さんは、俺と詩乃梨さんを眺めて微笑んだり、千霧を見て引きつった笑みを浮かべたりしながら、自分も焼きそばをちゅるちゅると可愛く啜り続ける。時折何か喋りたそうにうずうずとした様子を見せるんだけど、エアリーディングマイスター的にはこの場は無言が最も相応しいと判断したらしく、視線だけで各々と『これ、おいしいねー』と感想を共有し合っていた。でもやはりそれだけでは喋り足りなかったらしく、ふと目が合った俺に対して個別回線を開いてくる。
『琥太郎くんと詩乃梨ちゃんって、食事の時いっつもこんな感じなの?』
『まあ、大体は。……もっと賑やかな方がいいっていうならそっちでもいいですけど、どうします?』
『ううん、いいよいいよ。今日は土井村家の食卓にお呼ばれしたんだから、こういうその家庭独自の雰囲気も含めて堪能させてもらおうかな。あ、ところで将来的には詩乃梨ちゃんが嫁入りするの? それとも琥太郎くんが婿入りするの?』
『たぶん、俺の所に詩乃梨さんが嫁入りですね。だってほら、詩乃梨さんって実家と色々ありますし』
『あー、やっぱりそっかぁ。……ねえ、詩乃梨ちゃんの家庭の事情って、琥太郎くんはどう対処するつもりなの? 放置……ってことはしないよね、だって琥太郎くんだし』
『なんすかその納得の仕方。まあ正解ですけど。でもとりあえず今は、細かいことは置いといて目の前の食事を楽しみましょうよ。あ、激辛ゾーン食べます? なんかもう千霧専用ゾーンみたいになってますけど』
『うーん、香耶ちゃん楽しそうだから、邪魔はしたくないかな。私は私で好きに食べるから、こっち気にしてないで琥太郎くんは詩乃梨ちゃんと仲良くね。……………………末永く』
にやりとした嫌らしい笑みを残して、綾音さんは自分の食事へと戻っていった。エアリーディングマイスター凄ぇな、視線でどんだけ雄弁に物を語ってんだよ。たぶん俺が心眼持ちだからっていうのもあるんだろうけど、それにしたってあまりにもナチュラルに会話が成立しすぎである。
ナチュラルすぎて、焼きそばを啜るターンだった詩乃梨さんは今のやりとりに全く気付かず、取り皿を手に持ったままちゅるちゅるもぐもぐやり続けている。
俺は詩乃梨さんが一旦食べ終わるまで暇なので、何か面白い物は無いかと辺りを見回し――
そして、ぽかんとした顔の真鶴佐久夜と目が合った。
「……………なんだ、その顔。あ、おい、零れる、焼きそば零れる」
注意してやると、真鶴佐久夜は手に持っていた皿を慌てて持ち直し、口の端から垂れていた麺もちゅるんと啜って飲み込んだ。嚥下し終えてぷはぁっと小さく溜息をつき、俺と詩乃梨さんと綾音さんの間にきょろきょろ視線を彷徨わせてから、改めて俺に対して目線を合わせてきて不思議そうな顔を見せてくる。
「……こたちー、今のなんなん?」
「むしろ、こたちーって何なん? まさかそれ俺のこと?」
「おにーさん、琥太郎でしょ? だからこたちーだよ。……え、あれ、まさかおにーさんってどいむらこたろーさんじゃない、の? ……あっれぇー……? じゃあ、あんた誰……?」
箸で他人様を差しながらあんた呼ばわりするんじゃありません、超失礼でしょうが。しかも本気っぽい雰囲気出すのやめてよ、ネタならネタだってはっきりわかるようにしてくれよ。
……あれ。まさかネタじゃなくて本気だったりする……?
「………………………………」
しばらく見つめ合ってはみたものの、真鶴佐久夜は『なーんちゃって!』と陽気にネタばらししてくれることもなく、俺のリアクションをひたすらじっと待っている。
……そういや俺、この子にまだちゃんと自己紹介してなかったな。もうすっかりどこをどう考えても俺こそが詩乃梨さんの恋人(仮)の土井村琥太郎で間違いないっていう状況にはなってるけど、逆に言えば状況証拠しか俺を土井村琥太郎であると判断できる根拠が提示されていない。
ついでに言うなら、俺も真鶴佐久夜は詩乃梨さんの友達であると頭っから思い込んでたけど……この子、どう考えても詩乃梨さんの話に出て来た猿のお嬢さんとは別人だよな。婚前交渉、いくない! って熱弁振るってたし。
……うーん。詩乃梨さんがさんざん俺のこと『こたろー』って呼んでたし、千霧の話のおかげで『真鶴佐久夜は勉強会の参加メンバーである』ってのもわかってるしで、お互い改まって自己紹介する必要なんか無いとは思う。無いとは思うけど、真鶴佐久夜がほんのちょーっぴり不安そうな面持ちになってきてる気がするし、他のみんなも気付けばこっちの様子を窺ってるしで、どうもなあなあで済ませるのはいくない雰囲気。
「………………うむ」
俺はひとつ頷いて、手に持っていた箸をこたつに戻し、おもむろにズボンの尻ポケットから財布を取り出した。
キャッシュカードやらポイントカードやらが詰まっている一角から、光沢の有る厚紙を引き抜く。
それを、真鶴佐久夜によく見えるように、軽く掲げながらそっと差し出した。
真鶴佐久夜はちょっと身を乗り出してきて、近眼の人みたいに目を眇めながら、顔写真やICチップが入ったカードに記載されている文章を読み下していく。
何度も何度も入念に内容を読み返した後、真鶴佐久夜はカードから視線を外して俺を仰ぎ見ながら破顔した。
「こたちー、思ったより年上なんだね。もっと若いかと思ってた。外とか……………………、あと中身がだいぶっ!」
「それ俺のことガキ臭いってディスってるよね? 一応俺、女の子に手を出しても責任が取れる程度には外も中も大人なつもりだぞ、ふふん。……まあ、責任取るって言い方なんか嫌いだなぁ、って思っちゃうようなガキ臭い所もあるけどさ」
「あぁ、なんかすっごくそういうこと言いそう。こたちー、絶対女の子にちやほやされたこと無いタイプだよね。ていうか、そもそも恋愛に興味無いタイプ? 『しのちーが初恋です!』とか真顔で言われても納得できちゃいそう」
「いや、実際詩乃梨さんが初恋なんだけど。初恋にして最後の恋なんだけど」
「…………………………あぁ~……」
なにその緩みきった溜息と微笑ましいものを見る目。それ絶対十歳以上年上の男に接する時には相応しくない態度だと思います。
真鶴佐久夜はそんなナメくさった態度のまま、ブレザーの内ポケットに手を突っ込んでごそごそやり、俺の手にクロスカウンターを合わせるように小さな手帳を差し出して来た。
生徒手帳。その背面に挟まれていたのは、俺が手に持っているものと同じような形式で個人情報が記載されたカードだった。
その内容をさらっと一読して、俺はカードから真鶴佐久夜へ視線を戻し、一言。
「きみ、写真写り悪いな」
「人が気にしてることズバっと言わないでほしいなっ!? でりかしーがっ、デリシャスお菓子が足りないよっ! ほんとガキだなこたちーは!」
真鶴佐久夜は大いに憤慨しながら、速攻で手帳を元の場所へ戻してしまった。
俺も『デリシャスお菓子ってなんぞ……?』と思いながらも、自分のカードを財布へ戻し、ケツへ納める。
ともあれ、これで自己紹介は無事完了。真鶴佐久夜が怒りを食欲に変えて焼きそばをがつがつ食べ始めたので、俺も食事に戻ろうとこたつへ向き直る。
すると、真鶴佐久夜以外の女性陣が未だにこちらへ顔や意識を向けたままだった。
詩乃梨さんは人を観察する猫の目で凝視してきながらもそもそ麺を囓り、綾音さんはなんだか感心したような様子でしきりに頷いてて、千霧はフラットな表情でもごもご咀嚼しながら俺と詩乃梨さんを眺めてる。
なんだかわけもなく無性に居心地が悪いので、ある意味一番気を遣わなくていい相手に助けを求めてみた。
「千霧、激辛美味かったか?」
何の気なしに問いかけて見たら、なぜか千霧がぴたりと動きを止めた。千霧だけではなく、なぜか詩乃梨さんと綾音さんまでもが一瞬硬直する。
その反応が予想外で俺まで動きが止まっちゃった所で、千霧がはふりと小さく溜息を吐いた。
「なぜか美味しいですよ、すごく。……でも流石に、そろそろ胃がおかしくなってきた気がしますけど。あと単純にもう胃の容量がいっぱいいっぱいです。……すみません、お水お代わりください」
「溶岩ガブ飲みしてりゃそうなるだろうよ……。ほら、水」
俺は軽く膝立ちになり、自分の分の水を千霧の前に置いてあげて、それと交換するようにして千霧の分の取り皿を持ち上げた。
一口分程度しか残っていないというのに、少し鼻を寄せてみただけで、強烈な刺激臭が鼻腔を貫いて額の汗腺がぶわっと開く。ソースの香りに紛れている間はまだマシだったけど、直で嗅ぐとこれとんでもないなおい。
腰を下ろした俺は、自分が犯した罪の責任を取れる大人になるために、震える指でどうにかこうにか箸を構えて、手の中のマグマへおそるおそる侵入を試み――
『ちょっと待て』
ほぼ完全にハモった、三つの声音。
反射的に動きを止めて顔を上げたら、困惑顔の詩乃梨さんと、慌てた様子の綾音さんと、硬い表情の千霧に迎え撃たれた。
彼女達の反応の理由がわからず首を捻る俺に、詩乃梨さんが躊躇いがちに問いかけてくる。
「……今、かやのこと、呼び捨てにしたよね? ……なんで? ……あと、それ、かやの食べ残し……。お水も……、自分の……あげちゃうし……」
段々尻すぼみになっていく詩乃梨さんを元気づけるかのように、千霧と綾音さんがうんうんと頷く。
俺は自分の旗色が圧倒的に悪いことを察しながらも、思ったことをそのまま素直に答えることにした。
「……なんでって言われても……。あ、自分の水はまだ口つけてないヤツだから、間接キスとかにはならないぞ?」
「……じゃあ、食べ残しは?」
「…………………………。……だって、千霧もう限界だから食わせるわけにいかないし。でも捨てるのはもったいないじゃん」
「……もったいないで、間接キス、しちゃうの? ……あと、また呼び捨てした」
………………………………ぬ、ぬぅ。え、えぇと、これ詩乃梨さんは焼きもち妬いてるってこと……、いや、そういう単純な話じゃないな、たぶん。
俺、もしかして、女ったらしみたいに思われてる……?
詩乃梨さんとひとつの取り皿共有していちゃいちゃ食べてたと思ったら、綾音さんと長々目と目で楽しくおしゃべりして、その次は真鶴佐久夜と口で楽しくおしゃべりして、挙げ句に何の躊躇いも無く千霧と間接キス未遂。
………………………………………………。
俺、完全に女ったらしじゃねぇか!? う、うそだろ、なんで生まれてこの方ろくにモテた例しのない冴えないおっさんがこんな女に困ったことのないイケメンみたいなタラシ行動取ってんの!?
……いや、でもタラシじゃねぇな。だって詩乃梨さん以外、俺にちっともたらし込まれてないもん。俺も詩乃梨さん以外たらし込む気無いもん。俺にたらし込まれる気ある娘も詩乃梨さん以外いないもん。
千霧が恋しちゃってる相手は詩乃梨さん。綾音さんが恋しちゃってる相手はマスター。真鶴佐久夜が恋しちゃってる相手は知らないけど、彼女の古風な恋愛観から考えると、既に生涯の伴侶とデキちゃってる俺は完全に射程圏外のはず。よって、俺と彼女達は、決して恋愛関係に発展することはない。
俺も、彼女達も、そう思っていたとして。
じゃあ、そんな俺達を見て、詩乃梨さんはどう思う?
「………………………………」
改めて、傍らの詩乃梨さんを見下ろす。
彼女の顔には、怒りは浮かんでいない。俺を責める意志すら感じられない。自分自身を責めているような様子も感じない。落ち込んだりもしてない。
詩乃梨さんは、ただひたすらに困惑していた。揺れる瞳が俺の胸やのどのあたりをふらふらと彷徨っていて、震える唇は紡ぐべき言葉を見つけられずに開いたり閉じたりを繰り返す。
やはり、単純に焼きもちを妬いちゃった、というだけの話ではないのだろう。それだけであったなら、詩乃梨さんはきちんと俺にそう伝えてくれるはずだ。
それができないということは、詩乃梨さんの胸に込み上げている感情は、正しく焼けたおもちではない。
――正しく焼けなかったおもちが、網の隙間からどろりと零れて、炎に呑まれて灰になりつつあった。
「――――――――――――」
今俺が親しげに接していた少女達は、詩乃梨さんにとっても親しい相手だ。もちを焼こうにも、見知らぬ美女を相手にした時とはあまりにも勝手が異なる。それに詩乃梨さんは一度懐に入れた相手に対しては激甘になる傾向があったり、そもそも自分の心の扱い方が非常に下手くそだったりで、現在直面している難問に対して解答するどころか式の組み立て方すらわからない状況なんだろう。
問。『自分の恋人に、自分の女友達が急接近したら、どのように対応すべきか? 尚、自分にとって恋人と女友達はどちらもかけがえのない存在であるとする』。
不正解は、『恋人を捨てて女友達を取る』と、『恋人を取って女友達を捨てる』。だってどちらもかけがえのない存在なので、どっちを取るとか捨てるとか選ぶなんてできない。
正解は、『何事もなかったフリをしてやりすごす』。か、『恋人と女友達に自分の想いを打ち明けて、一緒に対策を考える』か。でもそんな上級者向けの解答を、人付き合いスキル皆無の詩乃梨さんに求めるのは間違っている。
そもそも。詩乃梨さんだけに難問への解答を強いるのが間違っている。
「…………………………」
俺は手に持っていた皿と箸をこたつにそっと戻し、詩乃梨さんが力なく握っていたそれらも優しく取り上げて、同じようにこたつに置いた。
こちらを眺めてくる周囲の女の子達の視線を意識の外に追いやり、ただ詩乃梨さんだけを真っ直ぐに見つめて正座で向き直る。
ずっと困惑し続けていた詩乃梨さんは、ほっとしたように吐息を吐いて、俺と同じくこちらへ向き直ってちょこんと正座。
俺が詩乃梨さんの両肩に手を乗せると、詩乃梨さんは俺の意図を汲んでそっと目を閉じてあごを少しだけ上げた。
うむ、さすがは我が人生の伴侶である。詩乃梨さんが気持ちのやり場に困ってる時に、俺がどういう行動に出るのか、完全に学習済みのようです。
あと、綾音さんもたった一回見ただけなのに完全に学習済みだったっぽい。
「っ、そ、そっち見ちゃだめ! 香耶ちゃんと佐久夜ちゃんは回れ右っ! 早く! 今すぐっ!」
「……なんで、見ちゃ駄目なんですか? というか、二人共何をする気で……………。………………えっ、いやまさかですよね、はい、そんなわけないですよね。いきなりそんなのやるとか意味わかんないですし」
「うちもわかんないけどさー、見るなっていうのが是非見てくれって意味だっていうのはめっちゃよくわかるぜ! あやちーのお望み通り、うちは目を皿のようにしてガン見したいと思います!」
「私望んでないよ!? やめてよ、やめてよ! ほんとに見ちゃだめなんだからぁっ! みんな顔真っ赤にして倒れちゃうからあっ!」
いや、それたぶん貴女だけです。流石は鋼鉄の箱を終の棲家にせんと目論む娘さんですね。いつまでも初心な貴女でいてください。
「……こたろー、はやく。はりー、はりー」
俺の意識が余所へ逸れたのを察したのか、詩乃梨さんが俺の胸に軽くぱんちを押しつけてきながら不機嫌ヅラで急かしてきた。
不機嫌ヅラである。すっかりいつもの詩乃梨さんである。どうやら俺が事に及ぶ前に、俺が伝えようとしていた想いを余すことなく先読みしたらしい。
じゃあもうやらなくていいんじゃないかって? はっはっは。ばか言っちゃいけねぇよ。男が一度やると決めたことは、最後までやり通さなくっちゃーいけやせん。
だから、俺は。軽く身を乗り出しながら、同時に詩乃梨さんの両肩も軽く引き寄せて、少し首を傾けながら彼女の唇に吸い付いた。
「…………………………んっ」
詩乃梨さんの吐息が、俺の唇をなぞる。さらに、未だ閉ざされている俺の上唇と下唇の間に、小さな舌先がうねうねと潜り込んできた。
俺はそれを唇だけで甘噛みし、わざと詩乃梨さんの侵攻を邪魔してみた。
「…………こふぁろー、おふぉるよ?」
こたろー、怒るよ? と仰せである。俺はあっさり敵軍の侵略を受け入れ、のみならず、口を大きく開いて詩乃梨さんの唇を覆うように吸い付いた。
「……ん、ふ、ふっ」
詩乃梨さんが笑うように吐息を漏らし、遠慮無く舌を伸ばしてきて俺の舌を絡め取った。
俺もまた、詩乃梨さんの舌を絡め取るように動かす。唾液に塗れた二つの触手が、にちゃり、ぴちゃりと、卑猥な水音を立てた。
……卑猥な、水音。なんか、濡れ捲った俺のアレの先端が、濡れ捲った詩乃梨さんのアレに触れた時を彷彿とさせる音だった。
…………………………………………。
む、バベルの塔。いやちょっとこれマズい。せめて唾液の飲ませっこくらいはしたいところだったけど、そんなんやったらたぶん一角獣ロリコーンが純白の光線を打ち出しちゃうし、それだけに留まらず角を体内へ深々と突き刺しての零距離射撃したくなる。
名残惜しいけど、今回はこれだけにしておこう。
「………………ひのりふぁん、はなひて」
「やら」
離して言うたら速攻でヤダ言われました。その上、詩乃梨さんの手が俺の太股をさわさわと撫でてきて、そのまま一角獣の捕獲へ向けてゆるりゆるりと動き出します。
でも俺は敢えて詩乃梨さんの肩をぐっと押し、半ば無理矢理みたいに舌の結合を解いて、身体も離してしまいました。
赤らんだ顔に不満の二文字を盛大に貼り付けている詩乃梨さんに、私は優しく微笑みながらこう言います
「休みはまだいっぱいあるんだし、焦って進まなくていいだろ。……詩乃梨さんがよければ、一日丸々、色々やるような日を作ろうかと思ってたんだけど……どう? やる?」
「………………すーつ有り? あと……ごむ、有り?」
「…………………………スーツは有りですが、安全日いつまで?」
「……………………………………休みの後半は、たぶんあうと」
後半アウト。前半OK。境界線は、休みと休みに挟まれた来週の火曜日あたりか。でも安全日と危険日って一日ズレるだけで危ないし、そもそも安全日だからって絶対妊娠しないわけでもないし、避妊はやっぱり必要かもしれん。
俺は詩乃梨さんの頭を強めに撫でながら、苦渋の決断を下した。
「……今回は、ゴム有りだな。そろそろ使い方憶えないとマズいから、余裕有るうちに勉強しておいた方がいいと思う」
「……………………………えぇー……」
「えぇー言うなし。俺だって残念無念ではあるけど、せめて詩乃梨さんが学校卒業するまでは昼も夜も無く連日連夜お腹たぷたぷにさせるとかはしない方がいいと思うの。……あ、ところで詩乃梨さんって大学は行くの?」
「んー? 行かない。お金かかるし。やりたいこと無いし。行ってもお金と時間の無駄だから、高校終わったらすぐ働くつもり」
俺が唐突に放った問いに、詩乃梨さんはほぼ全く逡巡せずにさらっと答えた。たぶん、高校卒業後の進路についてはずっと前から決めていたんだろう。
俺に何かコメントされるのを避けるかのように、詩乃梨さんはさっさとこたつに向き直って、焼きそばの残りを黙々と食べ進める作業に戻ってしまった。
……お金と時間の無駄、か。まあ俺も似たような考えで高校出てすぐ働き始めたクチだから、特に異論も文句もない。
でも、働くと決めている部分については、ちょっとだけ別の道も提示させて頂きたい。
「……詩乃梨さんは、専業主婦、やる気はない?」
俺は詩乃梨さんに倣ってこたつに向き直り、足を崩してはふりと吐息を吐きながら、横目に詩乃梨さんを眺めつつ言葉を放った。
詩乃梨さんはもぐもぐと咀嚼しながら、物憂げな流し目を送ってくる。
「…………………やってほしいの?」
「……やりたいならな。やりたくないなら、絶対やって欲しくない」
「……そっか。そだよね。………………ごめん、まだわかんないや。返事保留。……あ、ほんともうちょこ~っとだけだから、待っててくれる?」
保留と言われて思わず情けない顔をした俺に、詩乃梨さんは慌てて最後の一文を付け足してくれた。
俺はどうにかこうにか笑顔を作って、小さく頷いた。
「わかった、待つよ」
「……………………ほんとに? 待てる? だいじょうぶ? 無理してない? してるよね? 何か埋め合わせする? なに欲しい?」
「ナニかで穴を埋めるのもなにかあげるのも俺の役目だから、奪わんといてくださいな。いいからさっさとご飯食え。いつか子だくさんの家庭作るんだから、身体きっちり仕上げておいてくれよ?」
「……うん。わかった。……へへっ」
詩乃梨さんは照れた笑いを浮かべて、いそいそと食事を再開――
できなかった。おぅっふ。




