四月二十五日(火・続8)。敏腕メイド詩乃梨様。と、綾音ルート派生?
長いようで短かった、屋上での一幕が終わって。俺の部屋に戻る途中、詩乃梨さんが「あっ!」と何かに気付いて、飲みかけのコーヒーを俺に押しつけてダッシュで先に戻ってしまった。
ガスの元栓でも閉め忘れてたんだろうか。俺もちょっと外に出るだけだからと、コーヒーを湯煎した後は特に確認していなかった。
……ちょっと外に出るだけ、なんて。そんな軽い気持ちとほんのわずかな時間で、俺は、抱えていた暗い過去も、凝らせていた想いも、土井村琥太郎という人間を構成する根本の何もかもを、余すところなく詩乃梨さんに打ち明けてしまった。
めっちゃ泣いたな。声を出して泣いたのなんて、少なくともここ七、八年くらいは記憶に無い。あと、『死にたい』なんてネガティブ極まりすぎてて人として終わりすぎてる願望を他人に話したのは、人生で初。当然、その願望を受けとめてもらって『死にたいなら死ねばいいんじゃないかな! その時は一緒に死んであげるよ!』なんて言ってもらったのも、人生で初。
幸峰詩乃梨。あれが、俺の愛している女性。
俺はきっと、世界でいちばんすてきな女の子を、好きになったんだ。
ただその事実だけで、俺は、俺の人生を、心の底から肯定することができる。
俺はきっと、世界でいちばんすてきなあの子と出逢うために、この世に生まれてきた。
「ただいまー」
また泣いてしまいそうなほどに熱い想いが胸に込み上げてきたけれど、それをどうにか飲み込んで。缶コーヒー二本を片手に保持して、自室の扉をガチャリと開けながら、普段通りのご挨拶。
すると、目の前に両腕を組んで仁王立ちしている雷龍様がいた。あれっ、デジャヴ。
「こたろーくん。わたしには、かねてから文句を言いたかったことがあります」
彼女が発したのは、俺がケーキ持って帰宅した時と全く同じ台詞。違うことといえば、エプロンの代わりにブレザーと半纏を着込んでいること。……あ、あとなんか一度目よりもぴりぴりした空気がだいぶ減ってる。というより、別に怒ってもいないのに無理矢理ぴりぴりを捻り出しているようである。
俺は扉を後ろ手に閉め、仁王立ちして真っ向から対峙してみた。
「ほほう、文句とな? この土井村琥太郎に物申そうとは、なかなか天晴れな心意気である! よかろう、何でも申してみるがよい!」
殊更偉そうに振る舞ってみたけど、ツッコミはもらえず、詩乃梨さんはなんだか申し訳なさそうな顔をしながらちょっと言いにくそうに口を動かした。
「……ほんとに言っていい? ……怒らない? ……わたしのこと、ぜったい、軽蔑しない?」
軽蔑? なんだ、どんな凄いこと言うつもりなんだろう。
予測なんて全然つかないけど、俺はとにかく詩乃梨さんを安心させてあげたくて、柔らかな苦笑を浮かべた。
「俺が詩乃梨さんを軽蔑するなんて、有り得ないよ。むしろ俺が詩乃梨さんに軽蔑されててもおかしくないっていうか、軽蔑されてないとおかしい状況だしね、今」
「……なんで? わたし、こたろーのこと、軽蔑なんてしないよ?」
詩乃梨さんは心底不思議そうに、小さく首を捻った。
……ああ、好きだ。俺、詩乃梨さん、大好きだ。愛してる。結婚してくれ。あ、もう結婚はOKもらったんだった。えへへ。
「とにかく、俺はよほどの事があっても、詩乃梨さんを怒ったり軽蔑したりしないよ。だから、何でも遠慮なく言いたいこと言ってくれ。俺は貴女の声が聞けるってだけで天に昇っちゃいそうなほどにハッピーだし、貴女のためにできることがあるなら、なんでもいくらでもしてあげたいです」
正直な気持ちを述べてみたら、詩乃梨さんに胡乱な物を見る目を向けられました。
「……こたろー、わたしへのありえねー愛情が、より一層ありえないレベルになっちゃったね……」
「そうね。でもどうして俺がそんなことになっちゃったのかっていうのは、詩乃梨さんなら理解してくれるよね?」
「……………………理解、できちゃいますねー……」
詩乃梨さんはちょっぴり頬を朱に染めて、照れと諦めと呆れがない交ぜになった力の無い笑みを浮かべた。
詩乃梨さんは、こほんとひとつ咳払いして真面目な面持ちを無理矢理演じ、腰に手を当てて胸を張ったポーズで口を開いた。
「こたろーくん。わたしは、あなたの『お洗濯の習慣』について、とっても大きな不満を抱いているのです」
過剰演技と棒読みの混じったへんてこな声音でそんなことを言いながら、詩乃梨さんはなんだか怯えたような目でちらっと俺の反応を窺ってくる。
俺はその仕草を不思議に思いながらも、とりあえず視線で話の続きを促した。
詩乃梨さんはほっと安堵の息を吐き、しかし気を張り直して再び大根役者に成り果てる。
「こたろーくんは、毎日きちんとお洗濯をしていない。そうですね?」
……ああ、これはあれか。洗濯機の中見られたな。昨日軽く白い粘液吹き付けちゃった下着とズボンあるじゃん? あれ、今朝詩乃梨さんの死角をかいくぐって洗濯機に放り込んだまま、今の今まで放置しっぱなしなんだわ。ちなみに俺が今着てるパジャマは、予備っていうかローテーションの内の一着です。
俺は内心『やっちまった』と冷や汗を流しながらも、へらへらとした笑いを繕ってなんとか言い訳を捻り出した。
「いや、ね? だってそんな頻繁に洗濯するほど洗濯物なんて溜まらないしさ。男のひとり暮らしなんてそんなものだよ? 毎日出る汚れ物なんて、せいぜいワイシャツと肌着と下着と、あと靴下くらいじゃん? 毎日お洗濯なんてしてたら、電気代と水道代がもったいないお化けだよ? しのりん、そういう無駄遣い嫌いでしょ?」
「でも、昨日出てしまった汚れ物は、さっきゅーにお洗濯を要するものではありませんでしたか?」
「………………そですねー」
そこはほんと言い訳のしようが無いね。ああ、ベッドのシーツも洗わなくちゃだよね。色々な液体べっちょりさせちゃったまま放置してるしね。詩乃梨さんがある程度綺麗にしてくれたみたいだけど、さすがに一回きちんと洗わないとまずいだろう。
俺は言い訳を早々に諦めて、更なるお小言に備えて心のガードを固めた。が、詩乃梨さんはガミガミ怒るどころか、先程の俺以上にへらへらとした笑いを浮かべながら、軽く開いた両手を肩口辺りでふらふらさせつつ台詞を読み上げた。
「やー、でもこたろーくんの事情は、とってもよくわかるのです。毎日遅くまでお仕事をがんばってるこたろーくんは、急な汚れ物への対応はもちろん、毎日のお洗濯だってしている暇なんてないですよねー?」
「いや、さすがにそれくらいの暇はあるよ。ごめん、洗濯サボったのは単に俺がずぼらでだらしないから――」
「こたろーくんにはお洗濯をしている暇などないのです! ここまではいいですか!?」
ふらふらしてた手が、いきなり俺の両肩をがっちりと掴んできた。間近に寄せられた詩乃梨さんの真っ赤なお顔と迫力に気圧されて、俺はとにかくこくこくと首肯しまくった。
詩乃梨さんはふぅっと溜息を吐き、俺の肩を意味も無くゆーらゆーらと左右に揺すりながら、へらへら笑いに似つかわしくない真剣な眼差しで見つめてくる。
「こたろーくんは、暇がない。けれど、わたしは、暇がある。ああっ、でもでも、わたしは自分の洗濯物があるので、こたろーくんの洗濯物をどうにかしてあげてるよーな余裕は無いかもしれないなー。まいったなー、こりゃどーしましょー」
……………………。
えーと。これは、そういうこと、ですかね?
「……つまり詩乃梨さんは、俺の洗濯物を詩乃梨さんの洗濯物と一緒に洗ってくれようとしている、と。そういう解釈でいいのかい?」
「わあ! こたろーくんってば頭良いー! なーんだ、その手があったのかー! あっはっはー」
詩乃梨さんは俺の肩から手を離し、己の腰と後ろ頭にそれぞれ手を当ててぎこちない笑い声を上げた。
……え、この子すっごく嫁にしたい。今すぐ。なう。式を挙げるかどうかは後で相談するとして、とりあえず籍だけでも入れてくれないかな。
無言で見つめる俺の眼差しをどう受け取ったのか、詩乃梨さんはぎくりと全身を強ばらせたかと思いきや、へっぴり腰でふらふらと両手を彷徨わせながら言葉を紡いだ。
「あの、ね、だって、最近こたろーのとこでお風呂入ってるから、自分のお洗濯に残り湯使えなくて困ってたし、こたろー毎日洗濯しない人だからお風呂のお湯毎日無駄にしちゃってたし、あと、ね、あれ、そうあれですよ、どうせ一回カラダ重ねた仲なのですから、今更洗濯物を一緒に洗うくらいはちっとも問題じゃないですよねって、ごめんなさいでした、わたしは厚かましくてドケチで痴女な最低のおんなでした……」
詩乃梨さんは倒れ込むようにその場に蹲り、顔面を両手で覆ってぷるぷると震えるのみとなってしまった。長い耳をぺたんと倒してきゅーきゅー言ってるうさぎさんみたい。身に纏ったふわふわの半纏が、一層小動物的な印象を強くしている。
……ふむ。今俺もしゃがみ込んだら真っ正面からおぱんつ様ガン見できるな。いやそうじゃねえだろ。
「……ねえ、詩乃梨さん」
「……………………はい、なんでしょう、こたろーさま」
おお、いいね、様付け。お風呂も料理も洗濯も喜んでこなしてくれちゃう敏腕メイド詩乃梨ちゃんに、様付けで呼ばれる。良い。とても良い。
俺は脳内にメイド服姿の詩乃梨さんを思い浮かべてニヤけながら、現実の詩乃梨さんの頭をぽんぽんと優しく叩いた。そのままゆるゆると髪を撫でて、穏やかな心地で告げる。
「あのさ。俺、詩乃梨さんに合い鍵渡したとき、『いつでも好きなときに来て、好きなことしてていいよ』って言ったじゃん?」
「……………………言ったかも、ですねー……」
「うん。たぶん言った。もし言ってなくても、今もう一回言う。……もう一回っていうか、前よりちょっとだけバージョンアップさせてくれ」
俺は腰を折って、灰色の髪の間にちらちら覗いている真っ赤なお耳に口を寄せて囁いた。
「『理由なんて無くてもとにかくここに来て、やりたいことはなんでもどんどんやってくれ』。……洗濯、してくれるなら嬉しい。ご飯、作ってくれるのも嬉しい。お風呂、湧かしてくれるのも嬉しい。でも、そういう用事が無かったとしても、とにかく俺の部屋来てよ。入り浸ってよ。もう住んじゃってよ。詩乃梨さんのくれる匂いとか、あたたかさとか、優しさとか、そういうの、ぜんぶぜんぶ、いつでも、いくらでも、俺はもっともっと味わいたい。ところで耳舐めていい?」
舐めていいかと問いかけておきながら返答なんて一切待たず、舌を伸ばして小さなお耳の上端をぺろりと舐めてみた。
詩乃梨さんはびくりと身体を跳ねさせ、しかし逃げることも顔の覆いを外すこともせずカタカタと震えるのみ。そんな彼女の声帯も、やっぱりカタカタ震えてた。
「…………………こたろーが、げきあまだよぉ……。わたし、とうにょうびょうに、なっちゃいそう……」
「糖尿病ってつらいらしいよ? 俺は詩乃梨さんにはいつまで健康でいてほしいな。でも甘いおしっこ出そうになったら教えてね、がんばって飲むから」
「…………………………じょうだん?」
「いや、本気」
たぶんアンモニアの匂いと味でむせ返ちゃってあんまり飲めないだろうけど、それでも一度は飲んでみたい、詩乃梨さんのおしっこ。一回飲んだら『もう絶対飲みたくない』ってなるとしても、試さずにはいられないね。
とか考えている間に、詩乃梨さんは顔を隠したまま土下座するように背中を丸めてしまい、「ふぉぉ……」と気功の達人のような息を吐くだけのUMAになってしまった。
……うーん、ちょっとお砂糖ぶちまけすぎたかな。ここらで話題転換図っておこう。
「まあ、お洗濯してくれるなら、どうぞよろしくお願いするよ。それより、ケーキ食おうぜ、ケーキ」
詩乃梨さんの頭をぽこりと叩いて小さな悲鳴を上げさせてから、俺は靴を脱ぎ捨てて詩乃梨さんの横を素通りした。
コンロに置きっ放しにしていた、お湯が浅く張られた手鍋を、再度火にかける。ほどよく熱く鳴ってきたところで火を止めて、開封済みの缶と未開封の缶をぽちゃりと沈めた。
あとは、ホット缶コーヒーが出来上がるまでに、ケーキの用意をするだけ、なんだけど……。
「……ねえしのりん、ケーキいらないの? いつまでかわいいお尻向けてんのさ。揉みしだいていい?」
「…………………………やめて。……ほんと、いまは、やめて……。いま、ちょっと、こたろーちゅうどくですので、ほんと、だめ……」
琥太郎中毒。中毒症状。その状態から回復するためには、元凶を絶つか、それとも再び手を出すか。
俺は後者が良いと思います! でも詩乃梨さんほんといっぱいいっぱいだって丸まった背中が叫んでるので、しゃーないからほっとこう。今機嫌損ねちゃうと、後で膝枕してもらえなくなりそうだし。またしても膝枕スルーなんてさせねぇぜ?
「まあ、ケーキとコーヒーの準備出来たら呼ぶから。それまでには回復しててね、主賓さん」
コンロの下の収納から皿とフォークを漁りながら、てきとーに呼びかける。
すると、詩乃梨さんがぺたんと女の子座りして、首だけでこちらを振り返ってぼんやりとした瞳で横目に見てきた。
「………………しゅひん? ……わたし? ……なんで?」
「いや、だから。詩乃梨さんの処女卒業のお祝いがレッツパーリィなのよ。……あ、でもケーキ所望した理由は『結婚ほぼ確定のお祝い』ってことになってるから、今度まほろば行った時はそういうことで通しといてね」
「………………まほろば、行ったの?」
あれ、詩乃梨さんがいきなり正気に戻ってこっちに身体ごと向き直った。俺なんかまずいこと言った?
「行った、けど。それがなに?」
「…………あやねに、会った? 結婚ほぼ確定とか、言っちゃった?」
「……言っ、ちゃっ、た、けど。……え、まずかった? 一応オフレコってことで頼んであるから、言いふらされたりはしないと思うよ?」
「――ばか、そういうことじゃないよっ!」
詩乃梨さんはぴょんと跳ね上がって、スカートを盛大にふわりと翻して着地。憤怒を露わにした形相で人差し指をつきつけてきた。
「あやねには、今度の休みに直接言うつもりだったのっ! こたろーが先に教えちゃったら、わたし、あやねのことないがしろにしたみたいに思われちゃうじゃん!」
……あー、あ、そっか。そうなるか。詩乃梨さん、綾音さんに俺とのことで何かしら相談してたんだろうな、やっぱ。
なのに、詩乃梨さんが連絡しないうちに俺がへらへらと『しのりんとらぶらぶになっちゃったのねん、でへへ』なんて伝えちゃったら、綾音さんはせっかく詩乃梨さんの相談に親身に乗ったにも関わらず、詩乃梨さんに完全放置されちゃってすっかり蚊帳の外っていう極めて馬鹿臭い状況に立たされることに――
「やばい。俺が間違ってた。ごめん、今すぐひとっ走りして綾音さんに土下座してくる」
「いいよ、電話番号知ってるからっ! あとばかって言っちゃってほんとごめんなさいでした!」
詩乃梨さんは空手部の『押忍!』みたいにビッと頭を下げてから、急いで靴をつっかけて体当たりするようにして玄関から飛び出して行った。
……電話番号知ってるのに、なぜスマホ使わない? ……つーか、そういえば詩乃梨さんの電話番号って俺知らないな。あれ、実は俺より綾音さんの方が詩乃梨さんと親しかったりしますのん?
「…………………………」
俺は食器を取り出しながら、ちょいと綾音さんの姿を虚空に思い浮かべてみた。
綾音。田名部綾音。俺は、彼女が中学生くらいの頃から、彼女のことを知っている。
といっても、その頃から面識があるというだけで、これまでに深い関わりがあったわけではない。俺はずっとマスターに義理立てしてたから、綾音さんにはあまり積極的に関わろうとは思わなかった。むしろ、近所のコンビニとかで不意に出逢ってしまった時なんかは、若干気まずい思いをしながらとりあえず挨拶だけはしておいて全力で逃げ出す始末だった。
いつもそんな対応ばかりしてたから、綾音さんもてっきり俺のことを嫌ってるもんだと、つい最近までは思い込んでいたのだが。
「……意外と、好印象、持たれてたんだよな……」
挨拶フリーク綾音さん。会話はせずとも挨拶だけは必ずきちんとしていく、そんな俺のことをわりと良く思ってくれていたらしい。
でも、俺に対する好印象の、最大の理由は……。やっぱり、俺がマスターに似ているから、っていうこと……なのかな?
「……………………」
近親相姦云々は、ひとまず置いておいて。俺にとっての綾音さんが、どんな存在なのかと、ちょっと考えてみる。
綾音さん。年下の、かわいい女の子。いつも朗らかに微笑んでいる、とてもやさしい女の子。けれど俺は、彼女に手を出そうと思ったことは一度として――い、いや、そんなには、ない、のです。
俺にとって綾音さんって、出逢って初っ端から『マスターの娘さん』ってことで刷り込まれてて、ひとりの女の子として見るってことをあんまり考えなかったからなぁ。なんとなく、手を出す出さないとかじゃなくて、綾音さんを見る時にはマスターと同じでいつも父親みたいな視点に立ってしまってた気がする。
父親視点から見ると、綾音さんと俺みたいなしょぼくれリーマンが親密になるのなんて、絶対に許せない。マスターに義理立てしてたのは勿論あるけど、そんなふうに俺自身が綾音さんの父親だったらーなんて想像してたのもあるから、これまで綾音さんになるべく近付かないようにと心がけていたんだろう。
じゃあ……、綾音さんにけっこう好意を抱いて、わりと会話とかしてみたいなって思うようになった、この心境の変化の原因は何だろうか?
「………………詩乃梨さん、だな。間違いなく」
詩乃梨さんのおかげで、俺はただのしょぼくれリーマンなんかじゃなくなったから、綾音さんと釣り合いがとれる男として自分を認められるようになった。たぶん、俺の中ではそういうふうに処理されたんだと思う。
まあ、それがわかった所で、今更何の意味もないのだけれど。
かつての俺には、綾音さんと交わる道など無く。そして、そんな道が生まれかけている――ような気がする今の俺には、既に隣に詩乃梨さんがいる。
綾音さんは……、きっと、詩乃梨さんの良き友として、それに俺の良き友として、これから長い付き合いになっていくのだろう。
そんなふうに、この時の俺は。ただ漠然と、思っていた。




