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四月九日(日・1)。ある雨の日の追憶。

 人は欲深い生き物だ。



 例え会話なんか無くとも、一緒にいることを許してくれるなら、それだけでいい。むしろそういう口ではなく行動で示す信頼感みたいなものこそが、真に価値有るものなのだ――。


 なーんて、そんなちょっとカッコイイ理屈を素面で嘯いてた俺ですが。いざ気になるあの子とお口で交流できる関係(※キスのことじゃないよ!)になってみると、もっと彼女の声が聞きたい、もっと彼女の話を聞きたい、もっと彼女に俺の話を聞いてほしいなどなど、もっともっととせがむ心を全く抑えきれませんねこれ。どうするねしかし。いやまいったね。


 どうするねしかし。いやまいったね。


 ――どうして今日に限って、雨なんだ……。どうするね、しかし……ほんと、まいったね……。


「……はぁ。……マジかぁ……」


 どうも、土井村琥太郎です。今日はアパートの屋上ではなく、それより一階層下の自分の部屋からお送りしています。


 いつもより遅い就寝を経て、いつもより早く起床し、希望の朝だ悦びに胸を開けとばかりにカーテンを盛大に開け放ってみれば、仰いだ大空を埋め尽くすのは盛大に泣きわめいている雨雲さん。


 ざーざー。本降り。屋上でらぶらぶご飯タイムなんてできません。いやラブじゃねぇけど。まだ。


「……はぁ……」


 この様子だと、昼どころか夜になっても止まないだろう。せっかく良い感じで関係が進展してきたと思ったのに、また一週間待たないと詩乃梨さんに会えない。


 せめて小雨だったら、俺が去年用意した『アレ』があるからどうにかなったんだけど……。


 ……ああ、『アレ』って何かって? ただの傘だよ、傘。……ああ何、もっと詳しく説明しろって? ……あれ、そんなこと言ってない? まあいいから、とりあえず話聞いてくれよ。


 ◆◇◆◇◆


 あれはそう、去年の梅雨入り直前のことだ。詩乃梨さんがまだ絶賛放電状態だった頃だな。


 その頃の俺は、屋上で詩乃梨さんと鉢合わせてしまう条件をだいぶ理解してきててさ。休日の朝は詩乃梨さんが屋上で飯食ってる、っていうのは既にわかってたのよ。で、まぁ、ある日朝から雨が降ってて、「まあ今日は居ないよな」と思いつつも、一応屋上見に行ったわけよ。



 したらね、居たの。雨に濡れながら、不機嫌そうな顔で、弁当食ってる女の子が。



 意味わかんなかったね。せめて傘差せよって。本降りってほどではないしても、霧雨よりはだいぶ勢いあるんだぜ? 傘差すだろ。ていうかわざわざ屋上出ないだろ。何考えてんだこいつ。……まさか、俺が見てない時も謎の滝行敢行してたの?


 今から考えれば、当時の詩乃梨さんはなんか余裕なかったなー、なんか事情なり理由なりがあったんだろうなー、って思うけどさ。その頃の俺にとっては、詩乃梨さんはその余裕無い状態がデフォルトで通常営業だったからね。出て来た感想は「こいつマジでアブねぇ」しかねぇよ。


 で、そんな本気で危ない女を見た俺がどうしたって? もちろん、隣で飯なんぞ食わずに、速攻で逃げたわ。


 んで、その日のうちに、屋上出る扉の横に傘立てと傘とハンカチサイズのビニールシート用意してやった。自腹で。大家さんにも許可も貰って。なんでそんなことするのかっていう理由は適当にでっち上げたけど。


 これ見よがしに置かれてる上に、『屋上へ出る際にお使い下さい』って札までかけたんだから、使うよな? ていうか使えよ? UVカット機能まで付いてるお高いヤツなんだぞゴルァ! 使ってくれないと元取れないだろうが!


 というわけで。次の日も雨だったので、ちゃんと使ってるかな、と確認しに行きました。


 結果。屋上に出た俺は目にするのです。いつも以上にブンむくれた不機嫌ヅラで、サンドイッチをもふもふ食べながら、しがみつくように白い傘を抱き締めている少女の姿を。


 そして、少女もまた目にするのです。そろりそろりと扉の陰から自分を覗いている、晴れの日にいつも隣で飯食ってる意味わからん男の姿を。


 ……よくよく思い出してみれば、詩乃梨さんが俺のことまともに見たのって、この時が初めてだったかもなぁ……。つか、傘立て見れば使ってるかどうかなんて一目瞭然だったじゃん、なんでわざわざ屋上出ちゃったの俺。誰が傘置いたのかモロバレじゃん……。


 で、まぁ、俺も一応パンと缶コーヒーは持参していましたので。『あっれーここに傘あるじゃーん、これで雨の日でも屋上使えるじゃーんラッキー』みたいな感じでそらっとぼけて、晴れの日と同じように少女の隣に陣取ってお食事開始。


 この日以降、少女はなぜか、天候が悪すぎる日には屋上に出ることを控えるようになり。代わりに、ちょっとくらいの雨でも屋上での二人でご飯習慣は継続されるようになりました。ちゃんちゃん。


 ◆◇◆◇◆


「………」


 雨音を聞きながら過去に思いを馳せていたら、いつもの朝食の時間がすぐそこまで迫っていた。


 今日の雨は、土砂降りと呼んでいいほどの本降り。あの頃の詩乃梨さんならわからないけど、今の詩乃梨さんは絶対に屋上へ来ないだろう。


 ……と、思う、のだ、けど。


「……確認だけ、しとくか」


 昨日、久々に詩乃梨さんがビリビリしていた。今日、久しぶりに土砂降りの雨が降った。そして今、大雨が降った程度じゃ思い出さなくなっていた、過去の詩乃梨さんの滝行について回想した。虫の知らせというか嫌な予感というかただの心配しすぎというか、得体の知れない不安感が胸の奥でちりちりと焦げ臭いを放ち始める。


 俺はパジャマを適当に脱ぎ捨て、畳んであったジーパンやらシャツやらをイケメン風(笑)の着こなしで装着。最後に春物のジャケットに袖を通し、足早に玄関へと向かった。


 スニーカーに足をねじ込みながら、肩で押すようにして玄関のドアを開ける。


 ――そして、俺は。屋上に出るまでもなく、己の心配が杞憂に終わったことを知った。

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