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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第五章 そしてようやく、恋が始まる。【本編完結】
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★四月二十四日(月・2)。そしてXーRATEDへ。

 出してしまった答えを、撤回することはできない。それをしてしまえば、それは即ち、そこに至るまでの式が間違っていたということになってしまう。


 それは、できない。どれだけ歪で、どれだけ行き当たりばったりで、どれだけ思慮に欠けていたとしても、俺と彼女は、そんな拙い式を幾つも幾つも懸命に積み重ね続けた道の果てに、ここまで辿り着いたのだ。


 見てくれなんてどうでもいい。これが、この道こそが、俺と詩乃梨さんの歩んできた歴史なんだ。


 俺と詩乃梨さんが、無言で過ごしたあの春夏秋冬。そして言葉を交わすようになってからの、この約一ヶ月間。


 俺と詩乃梨さんが、溶けない粉雪のように、静かに、たいせつに、募らせ続けてきた想いの軌跡を、誰にも、否定なんて、させはしない。


 例え、俺自身にだって。絶対に、否定させたりなんかしない。


 だから、俺は。自分の出した答えを、撤回なんてしない。


 今日、この日。俺、土井村琥太郎と、彼女、幸峰詩乃梨は。


 年齢の壁を越え、男女の壁を越え、肉体の壁を越えて、ひとつに混じり合う。



 ◆◇◆◇◆



 詩乃梨さんは、シャワーを浴びるために浴室へ向かった。


 俺はひとり、ベッドに腰掛け、組んだ手の中に何か見えはしないかと、必死に目を凝らす。


 己の両手に問いかける。俺は、どこかで間違ったりはしていなかったかと。


 答える声は無い。ただ見慣れた無骨な手がそこにあるだけだ。


 ……ああ、俺の右手よ。お前には随分と世話になったな。ごめんね、酷使しすぎちゃって。でも今日はお前の出番は無いよ。安心してお眠り。……あ、いや、俺のためにじゃなくて詩乃梨さんのために使うかもしれないので、まだ寝ないでくれる? 起きて。ほら起きて。軽くストレッチしておこうか。だって、ね? 詩乃梨さんの、ね? あの、えっと、アレに、この手で、触ることになるかもだしね? ただでさえ経験なんか無ぇっつーのに、緊張で筋肉強ばったまんまとかまずいからね? だからとりあえずぐーぱー握ったり開いたりしてようか。筋肉痛にならない程度に、ほぐして、あったかくしておいて、はい出番でーす! ってなったらすぐに使えるようにしておくんだ。スマートに。限りなくスマートに。詩乃梨さんを不安にさせるなんて絶対にダメだ。俺がきちんとリードするんだ。どうしよう、とりあえずパジャマは脱いでおいたほうがいいの? でも詩乃梨さんが「こたろーの服、脱がせたい」とか思ってたら俺は詩乃梨さんの楽しみをひとつ奪ってしまうことにならないかい? それはだめだよ。せっかくの初めてなんだ、詩乃梨さんにはめいっぱい楽しんでもらいたい。わからないことをわかるためのえっち、っていうことだから、純粋な愛情のやりとりとか、肉欲の充足とかとはまた別物になるのかもしれないけど、とりあえず楽しくないよりは楽しい方がいいに決まってる。俺は詩乃梨さんに、いつでも笑っていて欲しい。えっちの時だって、笑顔でいてほしい。俺は詩乃梨さんのこと、すごく好きだから。好きっていうか、愛してるから。詩乃梨さん、もうすぐ風呂から出てきちゃうよな。どうしよう、股間の盛り上がりが留まることを知らない。下着破れるんじゃね? ちょうどいいか、最近ゴム伸びてきてたしな。むしろ今から新品に代えておくか? ゴム伸びきった下着履いてる男を見て、詩乃梨さんは萎えたりしないかな。……いや、詩乃梨さんならきっと大丈夫。俺が何着てるかとかじゃなくて、きちんと俺自身のことを見てくれるはず。詩乃梨さんは俺のことを愛してはいなくても大好きで、いつかはきっと愛するようになるとも言ってくれた。愛するようになるのは、きっと、今日だ。今日じゃなかったとしても、また身体を重ねて、心を重ねて、ゆっくりと進んでいけば良い。大丈夫、俺と詩乃梨さんにはまだちゃんと時間がある。今回一回きりの身体の関係で終わってしまうわけじゃない。だから、もっと気楽にいこう。楽しく。楽しむ。楽しんでもらう。いっぱい幸せな気持ちを、大好きなあの子に届けよう。


「こたろー、出た」


「………………ん、ああ」


 廊下と寝室を隔てる扉が開かれ、風呂上がりの詩乃梨さんがやって来た。


 服装は、学校の制服から変わらず。……いや、ちょっと変わっている。先程までは胸元のボタンをいくつか外していたはずだが、それが喉元まできちんと留められ、リボンタイもしっかりと結ばれている。ブレザーとスカートも、手でしゃっきりとシワを伸ばしのか、どこかパリっとした印象だ。短めのスカートから、すらりとした生脚が伸びて、足首の辺りから下だけを三つ折りのソックスで覆っている。


 灰色の長髪が、拭い切れていない水滴をきらきらと輝かせて、まるで銀色や純白のような神秘的な色合いを見せていた。頬は赤く上気し、いつも少しキツい印象のあるはずの目元は、何かを憂うように潤みきっていて酷く弱々しい。


 俺は立ち上がって、詩乃梨さんの目の前に歩み寄った。


 俺を見上げてくる、女の子。小さい。小さくて、細くて、どこもかしこも華奢。


 俺がしっかり護らないと、この子はすぐにでも倒れてしまうんじゃないだろうか。


 俺がそんな根拠の無い不安で胸をいっぱいにしていることなんで知らずに、少女はきょとんと首を傾げた。


「こたろー、お風呂入らないの?」


「……もう一回、入った方が良いかな? 俺、くさい?」


 風呂は毎日入ってるけど、そういえば今着てるパジャマは数日に一回程度しか洗っていない。もしかしたら臭うかも。


 袖を鼻に持って行ってくんくんと嗅いでみる。……臭いは、とくに無い。……いや、自分の臭いには鈍感なだけかもしれない。詩乃梨さんにとっては汚物のごとき悪臭を放っている可能性がある。


 だというのに。詩乃梨さんは俺の服の裾を引っ張って、自分の鼻を近づけて思いっきりくんくんと嗅いだ。


「………………ん。くさくない。……良い匂い、するよ。……こたろーの、においだね」


 裾を離してそう報告してくれた詩乃梨さんは、とても幸せそうな微笑みを浮かべていた。


 ――瞬間。俺の心臓が、耳鳴りがするほどに激しく鼓動した。


 胸キュン、どころの話ではない。一瞬あまりの衝撃に、心臓に対物ライフルでも撃ち込まれたかと思った。


 少しして気持ちが落ち着いてみれば、心臓に穴なんて空いてないことがわかった。当然だ。こんな安アパートの一室を見張り続ける狙撃兵などどこにいるというのか。


 ……いや、まだわからない。今俺の目の前には、人類の歴史において最もかわいいとされる少女がご降臨あそばされているのだ。彼女を狙う闇の組織が、どんな強硬手段に出るかわかったものではない。彼女の心が手に入らないならば、せめて死体だけでもなんて考えないとも限らない。


 やらせん。やらせんぞ。詩乃梨さんは俺が護る。一生護る。来世でも護る。人類の歴史が途絶えても、俺は詩乃梨さんを未来永劫護り続ける。


「詩乃梨さんは、俺が護る」


「何の話? いいから、さっさとベッド行こうよ」


 詩乃梨さんに手を引っ張られて、二人でとてとてとベッド横まで移動。


 対峙する、少女と男。


 詩乃梨さんはベッドを横目に見て、少し困ったような顔で問うてきた。


「……服って、いつ脱ぐの? こたろー、知ってる?」


「……知ってると思う?」


「思う。で、いつ脱ぐの?」


 半脱ぎでお願いします。


「半脱ぎでお願いします」


 心の声が丸ごとダダ漏れであった。


 詩乃梨さんはちょっと目を丸くしたが、すぐに安堵の溜息を漏らした。


「そっか。全部脱がなくてもできるんだね。……ちょっと、助かったかも」


「……なんなら、全部着たままでいってみよっか?」


「なにそれ。できるの?」


「……完全には無理だろうけど、まあ、近い形でなら実現可能かと」


「どんなふうに?」


 ……え、なんで頬に指を当ててそんな純粋な瞳で見つめてくるの? 説明しなきゃダメ?


 俺は額に脂汗が滲むのを感じながら、両腕を組んで真面目ぶった声を出した。


「……俺は、まぁ、下着にもズボンにも社会の窓的なアレが一応付いてるから、そこから棒を出せば、露出は最低限にできるだろうね」


「じゃあ、わたしは? 窓無いよ?」


「……窓は無いけど、壁も無いよね。スカートだから」


「でも下着履いてるよ?」


「………………………横に、ずらせばいいんじゃないでしょうかね……」


 俺、もうほとんど涙声である。なにこの羞恥プレイ。やめて。お願いやめて。


 詩乃梨さんは俺の答えを聞いて、ちょっと眉をしかめた。


「ずらしたら、伸びちゃうんじゃない? やだよ。まだ買ったばっかりなのに」


「………」


 俺は顔を両手で覆った。


 恥ずかしさで消えてしまいそうです。


「こたろー、下着だけ脱いでいい? ……あ、下だけなんだけど。上は付けたまま」


「……………………まあ待て。脱ぐな。俺が、後で、脱がせたい」


「………………………………ふぅん?」


 詩乃梨さんは己の下着の有無に拘っていないのか、ちょっと不思議そうに首を捻る程度ですぐに了承の首肯を返してくれた。


 俺は両腕を組んで、詩乃梨さんを見下ろす。


「……詩乃梨さん、やけに余裕じゃね?」


 普段の彼女であれば、服がどうのとか下着がどうのとか、こんな素面で言えないと思うの。これやっぱり、まだきちんとえっちっちを理解してないってことなのかしら? やっぱりもうちょっと時期を見た方が良かった?


 でも詩乃梨さんは、俺の不安を払拭するかのように、ちょっぴり頬を染めてはにかんだ笑みを浮かべた。


「そりゃー余裕だよ。だって、こたろーが相手だもん。怖いことも、心配なことも、なーんもないね」


 ――狙撃兵は二人居た。俺の心臓は二度対物ライフルに打ち抜かれ、口から何か熱いものが吹き出しそうになって思わず口元を手で覆う。


 しかし眼まで覆うことは叶わず、俺はわりと本気で涙を流した。


「こたろー、なんで泣いてるの? だいじょうぶ?」


 詩乃梨さんが心配そうな顔で手を伸ばしてきて、俺の涙を拭ってくれた。


 俺はなんとか鼻でゆーっくりと呼吸を繰り返して心を落ち着け、口から手を離すことに成功。自由になった手を、詩乃梨さんの頭へ持って行ってぽふぽふと撫でた。


 詩乃梨さんは伸ばしていた手を中途半端に引っ込め、小さなバンザイをしながらきょとんと俺を見上げる。


「こたろー、なんで頭撫でる?」


「撫でたくなったから。ダメだった?」


「……………………ダメじゃない、けど……。ちょっと恥ずかしい、かも」


 ああ、やっぱえっちっちよりもこういうスキンシップ系統の方が心揺さぶられるのね。しのりんのことだいぶわかってきたよぼく。


 でもこれからえっちっちしまーす。えっちっちでしのりんのお顔を真っ赤っかにしてみせまーす!


「詩乃梨さんは、電気点いてたほうがいい? 消した方が良い?」


 詩乃梨さんは俺の手に撫でられながら、「んー」と軽く唸った。


「……電気、消しちゃったら、見えなくない?」


「……豆電球でも点ける?」


「……こたろーって、豆電球の光だけで、その……女性の象徴的なやつに、男性の象徴的なやつ、ちゃんと入れられる?」


 無理です。やったことねえよそんなの。童貞なめんな。


「電気は点けておこうか」


「こたろー、出来ないの?」


「電気は! 点けておこうかぁ! ヒャッハー!」


「できないんだね」


「うん」


 俺は素直にこくりと頷いた。


 詩乃梨さんはちょっと呆れた様に笑いながら、頭上に置かれた俺の手を両手できゅっと握って下へ降ろした。


「できる方がイヤだったから、よかった。……で、これから、どうするの?」


「どうしようねー。正直ちょっと困ってる」


 詩乃梨さんが掴んだままの手を振ってくる姿が愛らしくて、ちょっと頬を緩めながら、情けないことを言ってみた。


 詩乃梨さんは揺れながら首を捻る。


「困ってるの? ……わたしがリードした方がいい?」


「…………………………え、できるの?」


 できちゃうの? まさか経験あるの!?


「やったことはないけど。こたろーって、たぶんわたしにすっごい気遣いながら進めようとするだろうから、そのうち夜明けちゃうよねって思った。明日学校だから、せめて睡眠時間最低四時間くらいは欲しいな」


 タイムリミットが出来てしまいました。情緒もへったくれもねぇな!


 俺は急に焦ってきた心を落ち着けるべく、軽く深呼吸。そして詩乃梨さんの手から自分の手をそっと抜き取って、詩乃梨さんの細い腰へそっと回してみた。


 密着する、身体と、身体。詩乃梨さんは両手を突き出したポーズで俺の胴体にへばりつく形になってしまい、ちょっと動きにくそうに身じろぎした。


「こたろー、もうちょっと離れて」


「やだ。むしろ詩乃梨さんの奥深くにまで侵入したい」


「…………………………やるの?」


「うん。やる」


 俺は詩乃梨さんの腰に回した手をやわやわと動かし、ブレザー越しに詩乃梨さんの体温を楽しむ。


 生地けっこう厚いはずなのに、風呂上がりだからか、詩乃梨さんの体温が元から高いからか、手の平に感じる熱も胸板や太股に感じる熱もすっごく高い。


 あったかい。もっとあたたかくなりたい。あたたかい詩乃梨さんの、中に入りたい。


「やろうぜ」


「…………わかった」


 詩乃梨さんはこくりと頷き、突きだしていた手をゆっくりと俺の胴体に回してきた。


 詩乃梨さん、やわらかくて、あったかい。とっても気持ちがいいのだけれど、拘束されちゃうと身動きできないっす。


 ……もう、今日はこのままでもいかなぁ……。なんか腹の辺りに詩乃梨さんのふにゅりとした神の奇跡を感じてるし、これだけでもわりと満足かもしれない。


 でも……やろうか、な。


「詩乃梨さん、そろそろちょっと離れ、て、く……れ……?」


 あれ、何か詩乃梨さんがすーっごい潤んだお目々で俺を見つめてる。いや最初からわりと潤んではいたんだけど、なんかこう、込められた熱の質が異なる。


 ……有り体に言って、もしかしてこの子、発情してます?


「……しのり、さん?」


「……なぁに? ……はやく、やろ?」


 あ、はい。了解す。


 俺は詩乃梨さんの腕をゆーっくりと解き、彼女の両肩にぽんと両手を置いた。


「さて。それでは始めます。準備はいいかなー?」


「小芝居いらない。はやく。こたろー、はやくちょうだい」


 ……ちょうだい? キスでいいかしら。


 とりあえず、詩乃梨さんの唇に軽くちゅっとリップを押しつけてみた。


 詩乃梨さん、超不満顔。


「こたろー。へたれ」


「名誉毀損! 名誉毀損ですぞ!」


「いいから、はやく。……それ、固くなってるんでしょ?」


 それ、とちょいちょい指差された先には、まあ、チョモランマ。


「こたろーのそれ、ほんとおっきいね。……入るかな? えへ、えへへ」


 はにかみ笑顔で言うこっちゃねーですよそれ? 大体大きいの怖くないのかしら?


「あの、さ。俺のこれって結構デカいと自分でも思うんだけど、詩乃梨さん的にはこれ大丈夫なの?」


「大丈夫? なにが?」


「いや、だって、全部入るかどうかも怪しいよ? むしろ半分も入らなくね? 詩乃梨さんちっちゃいし」


「そこまでちっちゃくないよ。だいたい、子供出てくる穴なんだから、頑張ればこたろうの息子さんだってちゃんと入るよ」


 穴言うなし。息子さん言うなし。ほんとこの子ってばそういうこと平気で言っちゃうのね――ってあれ、なんか普通に恥ずかしがってる気配ある。頬とっても赤いわ。


 ……わからないことをわかるための性行為、か。わりと成功しそうな気配してきたな。頑張ってみようか。


「詩乃梨さん、そろそろいくよ」


「さっきからそればっか。いいから早くしてよ」


 詩乃梨さんは不満そうに頬を膨らませて、俺を受け入れるように両腕を差し伸べてきた。


 俺は詩乃梨さんの肩から手を離し、詩乃梨さんの胸の高さに目線が来るよう屈み込む。


 目の前には、ブレザーと、ブラウスと……本当にほんのちょびーっとだけ透けて見えてるような気配がしなくもない程度の、ぶらじゃー。


 俺は、ちろりと詩乃梨さんを見上げて様子を窺った。


 詩乃梨さんは、とっても恥ずかしそうに唇を噛んで、頬をひくひくさせている。


 ……拒む気配は、まるで無し、か。


 ……じゃあ、まあ。いっちょ、いってみましょうか。



 ◆◇◆◇◆



        この日の日記は、ページの一部が破られている。


        探せば、どこかに、その切れ端がありそうだ。

       

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