四月二十四日(月・1)。わかるためには、体当たり。
決戦の時はやって来た。
時刻、夜十時。昨日と同じように、俺と詩乃梨さんはベッドに並んで腰掛けて、ひたすらだらだらしていた。
昨日の焼き増しみたいな状況。違う点があるとすれば、詩乃梨さんの服装が学校の制服であることくらい。あとこれとっても重要なことだと思うんだけど、詩乃梨さん朝はいつものニーハイソックスだったのに、今は何故か生足剥き出しになる三つ折りソックスに履き替え済みなんですよ。
彼女、これ明らかに誘ってます。えっちじゃなくて膝枕だけど。
さて。俺がこれからやるべきことを頭の中でおさらいしよう。
詩乃梨さんに、膝枕をお願いする。ここまでは昨日と同じ。だがそこで俺は、拒絶の言葉を吐く詩乃梨さんに、ちゃんと自分の正直な気持ちを伝えます。
どういう言葉で伝えるかは、今日一日悩んだけど良いのが思い浮かばなかった。やたら堅苦しい言い回しや気障な台詞ばっかり浮かんで来ちゃって、どれもこれも自分の正直な気持ちを伝えるっていう目的には全然そぐわないものばっかり。もうこうなったら、ぶっつけ本番で場の勢いに任せるしかない。
よし、いくぞ。
「ねえ、詩乃梨さん。膝枕、お願いしていい?」
「……いいよ」
はい来た! 詩乃梨さんはちょっと俯いたまま頬を朱に染めて『いいよ』と一言でズバッと拒否しました! ひと味違う今日の俺はここで言うわけです、『もしきみが俺に膝枕をしたいと少しでも思ってくれているなら、どうかお願いだ、素直にその気持ちを俺に伝えてはくれないか。俺はきみがそう思ってくれたっていうことが何より嬉し……え、あ、あれ、いいの? 膝枕OKなの?』。
まじまじと詩乃梨さんを見つめていたら、ふいっと顔を逸らされてしまった。逸らした状態をキープして、詩乃梨さんは急かすように自分のふとももをぽんぽんと叩く。
…………………………え、いいの? あまりにあっさりいきすぎてちょっと拍子抜けなんですけど……。俺一体一日中何のためにうんうん頭抱えてたんでしょうか?
「こたろう、はやく」
「え、あ、はい。わかりました」
わかってない。わかってないけど、とりあえずわかっておこう。
俺はベッドに四つん這いで乗り、詩乃梨さんのすぐ横まで歩み寄った。あとはスカートに半ばほどまで覆われた魅惑の太股に頭を置いて身体を横たえるだけなんだけど、さて、どういう向きでいくのがいいだろうか。
スタンダードは、詩乃梨さんの膝が見える方向。次点は、仰向けになって詩乃梨さんの胸を見上げるように。その次は、詩乃梨さんのお腹が見える方向。大穴は、詩乃梨さんの股間へ顔面からダイブ。
……股間へダイブ……。……このスカートをちょっとめくれば、すぐそこに前人未踏の楽園が……。いや、わざわざめくらなくても、そもそも膝枕って時点でしのりさんの恥ずかしいところがすぐ目と鼻の先に……。……匂い、嗅ぎたいな……。見たいとか、触りたいとかいわないから、ちょっと鼻先を埋めるくらいは許してくれないかなぁ……。
ちらり、と詩乃梨さんの表情を窺う。すると、横目でこっちを見てた彼女とばっちり目が合った。
「……こたろー、はやく」
「……あのさ、顔の向き、どうすればいい?」
「向き? ……そんなの。好きにすれば?」
「俺、詩乃梨さんの股間に顔埋めたい」
もうちょっと冗談ぽく言おうと思ったんだけど、欲望が隠しきれなくてせつない声が出てしまった。
詩乃梨さんはぎょっとした顔で俺を凝視。
「……こ、こか、ん? ……それってもう、膝枕じゃ、ない、よね?」
「そんなこと言ったら、太股に頭乗せるんだから膝枕じゃなくて太股枕だよなぁ。日本語って不思議だね! あっはっは!」
俺は正座して後ろ頭をかきながら豪快に笑った。股間ダメかー! まあダメだよなー! だめかぁぁぁぁぁあぁぁあああああぁぁあぁあぁぁぁ……………………。
真っ白に燃え尽きる俺を横目に見て、詩乃梨さんは何事かを考えながら、ちょっとスカートの裾を持ち上げて軽く風を送ってシワを伸ばし、さらにぱっぱっと手で払って寝心地の良さそうな枕を作った。
その枕にぽふりと手を置いて、詩乃梨さんは恥ずかしそうに眼を細めて俯く。
「こたろーは、わたしの……その、こかん、を? まくらに、したいの、ですか?」
……………………………………あれ、なんかこれ、いけちゃう感じ?
俺は後ろ頭をぽりぽりと掻きながら、だいぶ迷いつつ口を開いた。
「正直、したくないと言えば、嘘になる。……というか、詩乃梨さんともっと直接的にえっちなこと色々したいなって、結構常日頃から思ってる。でもほんとに思ってるってだけだから、これくらいは許してもらえると、助かる……かな。俺、もう詩乃梨さん以外でえっちな妄想とかしてないし。ぜひお目こぼしを願えればと」
「……思ったり、妄想するだけ、なの? ……実際は、しないの?」
「しないよ。詩乃梨さんが、したいって思ってくれるまで、俺は待つって決めてるから。……でも、詩乃梨さんを急かすわけじゃないから。そこは勘違いしないでね」
「……………………………………ふぅん」
詩乃梨さんはせっかくシワの無くなったスカートを、意味も無く摘まんで捻り出した。捻って、戻し。捻って、戻し。意味の無い動作を潤んだ瞳でぼんやりと見つめながら、詩乃梨さんはか細い声で呟いた。
「……しよっか?」
「……………………………………………………………………え、何を?」
「……だから、その、なんていうの? ……………………ちょ、くせつ、てき、な……、えっ、ち?」
……………………………………………………………………えっ?
「詩乃梨さん、それ、したいの?」
「…………………………………………わかんない」
……お、おお、助かった。もし本気でしたいと言われたら、エンディングまで突っ走る覚悟決めなきゃいけない所だった。よかった、いきなり状況が変化したわけではなくあくまでもまだ横這い状態だったようだ。……え、でも詩乃梨さんからこんなストレートに「しよっか?」なんて言ってくるの初めてじゃね? これほんとにまだ横這いと呼んでいい状況なの?
顔を引きつらせる俺に気付くことなく、詩乃梨さんはスカートをぎゅっと握って赤い顔を俯かせながら内心を吐露した。
「わかんない、けど。……わかんない、から……、すれば、わかるのかな、って。……わかんないこと、いくら考えたって、わかんないまんまだけど……、だったら、わかるためには、いっそ、やるしかない、かな、って」
…………………………………………あれ、なんか、マジくさいぞ?
わからないことをわかるためには、習うより慣れろ精神で体当たりしに行った方が話が早いのではないか、ということですよね。なるほど、なかなか思い切りの良い考え方だと思います。実に営業向きですね。どうです、一度我が社の面接を受けられては? はっはっはー。
………………………………え? マジなの?
「…………………………」
両者沈黙。詩乃梨さんは、スカートを握る手にどれだけ力を込めているのか、肌が普段よりもっともっと白くなっちゃってる。だというのに、顔はどこまでも赤く染め抜かれているというこのギャップ。おっとー紅白まんじゅうですかいそうですかい。なんておいしそうなんでしょう。思わず食べちゃいたくなりますね。
……………………………………。
え? 食べて、いい、の?
……これ、もしかして……ほんとに、食べて、いい、やつ?
……………………………………………………。
…………………………………。
………………。
「……し、し、ししし、し、しの、り、さん」
咽が震える。やばい。心臓のバイブレーションが全身に響き渡ってる。やばい。とにかくやばい。なにがやばいってこれもうほんと何もかもやばい。
詩乃梨さんは、俺の呼びかけに、応えない。ただ、より一層顔を赤らめて、より一層、俯くのみ。
……………………。
いく、の、か?
ここで、童貞歴、ストップ、しちゃう、の、か?
お、おれ、こ、こここ、こ、この、この子と、え、えっと、えっと、えっちっち、し、しちゃ、しちゃいますのん? のん? の、の、のの? の? の?
………………………………………………。
俺、は――。
俺、は。
俺は。
「…………………………………………しよう、か?」
俺は。
答えを。
出して、しまった。




