四月二十三日(日・続2)。色々暴走。
飯も食ったし、皿も洗ったし、食後のお茶まで愉しんで、その後も二人でなんとなくだらだらしてた。
現在の時刻は、もうすぐ深夜零時ってところ。本来詩乃梨さんが帰るべき時間を大幅に過ぎてしまっている。
でも、俺と詩乃梨さんは、屋上のベンチに座っている時と同じような感じでベッドに並んで腰掛けたまま、なんとなくだらけ続けていた。
昼寝しすぎた。全然眠くない。たぶんそれは、詩乃梨さんも同じなんだろう。
俺達は、ひたすらぼーっとし続ける。会話は無いけど、つらくない。むしろ、ふわふわとした嬉しさや心地よさが心の敏感な部分をそっと優しくあたためていく。
ああ、これだよ。これなんですよ。俺と詩乃梨さんが、一年がかりでこつこつ作り上げてきた、形容しがたい謎の癒し空間。俺はこれを、いつまでも、一生、味わい続けたい。
でも、ひたすらのほほんと味わうだけじゃなくて、たまにはちょっとしたチャレンジ精神も取り入れてみましょうか。
「ねえ、詩乃梨さん」
「……んー? なーにー?」
「膝枕、お願いしていいかな」
たぶん、いける。だって詩乃梨さんってば、さっきから白いふとももを時折ぺちぺち叩きながら、ちらりちらりとこちらに流し目送っていらっしゃったんですもの。むしろこれでいけないと思うのが不可能である。
しかし現実は非情であった。
「やだ」
詩乃梨さんはにべもなく拒否し、顔をぐりんと背けてしまう。
……でも、太股、ぺちぺち叩き続けてるんだよなぁ……。これまさか心の中で歌いながらリズム刻んでるだけだったりするの? えぇぇ、それまさかでしょぉぉぉ? うっそだぁー、絶対うそだぁー。
俺はケツをずりずりと動かして、詩乃梨さんと身体がくっつくほどに接近し、明後日の方向へ行っちゃってる詩乃梨さんの顔に追いすがるように首を伸ばした。
「膝枕、お願いしていいかなー? 返事はー?」
「だから、やだってば。そんなに膝枕したいなら勝手にしてなよ」
勝手に膝枕するってどうやるんだ。セルフ膝枕? ヨガの達人でも不可能じゃねそれ。……デュラハン?
「……じゃあ、膝枕はひとまず置いておこう。手、握っていい?」
「やだ。……そんなに握りたいなら、勝手に握ってなよ」
だからなんで何でもかんでもセルフでやらせようとするのさ。自分のゴツくてカサカサした手なんて握っても何も面白くないよ? 俺は詩乃梨さんがさっきからぺちぺち可愛い音を奏でてる瑞々しくてちっちゃくて白く輝くお手々をぎゅっと握りたいの。ぎゅっとじゃなくてもいいから、せめてそっと握るだけでも許してくれないかなぁ。
「じゃあ、わかった。手もとりあえず置いておこう。……髪の毛、さわっていい?」
「やだ。……………………だから、勝手に、やれば、いいじゃんって……言ってるのに……」
だから自分の肉体なんぞ触ってもなんもおもしろくないんだってばよ! 貴女に、俺は貴女にさわりたいの! わかる!? お願いわかって!? 届け、この祈り! さわりたい! 愛しい貴女にぼくはとってもさわりたいっ!
くっそ、もういっそ襲いかかろうかな。こんな夜遅くに男の部屋にいつまでも居座ってるんだから、それくらいの覚悟は有って当然ですよね!?
「わかった、髪の毛も仕方無いから置いておこう。ええと、じゃあ――」
「――さっきから置いてばっかじゃん! もう置き場無いよ!」
詩乃梨さんがいきなりぎゅるんとこっちに振り返ってきた。俺が反射的に避けなかったら今頃俺の頭はダルマ落としみたいに吹っ飛んでデュラハンになってたところ。しのりんってばそこまでして俺にセルフ膝枕させたいの?
なんて冗談が言えないほどに、詩乃梨さんの顔がすっごい切羽詰まってるというか真っ赤っかに染まってる上に涙目です!?
「ど、どどど、どう、どうしたしのりん。なんだ、何が起こった。よくわからんが落ち着け、な?」
「わたしすっごい落ち着いてるよ!? こたろうくんの眼がフシアナすぎてちょーウケますね! バーカ! こたろうバーカっ!」
「……えぇ、そんなマジなトーンで馬鹿って言わないでよ……。いつもみたいに親愛のハートマーク付き『こたろーの、ばぁか(はぁと)』って言ってくれよ……」
「そんなの付けたことないもん! 知らないもん! こたろうなんかもう知らないもん! ……しらない、から、なっ……! こたろう、なんか、もう、しら、な、い……か、ら……」
詩乃梨さんが、俺を刺し殺さんばかりの鋭い目で睨み付けてきながら、ぽろりぽろりと涙をこぼし始めました。
――よくわからんけど、泣くな、詩乃梨。
「おい、詩乃梨」
「……だか、らぁっ……、なんで、よび、すて……」
「後で怒るなよ」
俺は詩乃梨さんの頬に片手を添えて、反対側の頬に顔を近づけ、とめどなく溢れている涙にそっと舌を這わせた。
詩乃梨さんが硬直したのなんか、気にも留めない。涙が落ちないように、顎の方から、やわらかい頬をゆっくりと通って、目尻へと舌で撫で上げる。涙が零れないように、目尻から、目頭へ、舌先で雫を舐め取る。
その傍らで、反対の頬へ添えていた手も動かす。泉から湧き水をすくい取るように、手の平で下から上へ。そして、親指で目の下あたりもきっちり拭ってあげた。
前半戦終了、一時休憩。愛らしい頬に手を添えたまま、顔だけ離して、詩乃梨さんを見つめてみる。
詩乃梨さん、呆然である。怒りはどっかいっちゃったけど、魂もどっかいっちゃった。でも顔の熱はどこにも行ってない。どころか、むしろ段々熱さを増してきてる気配ある。
あー、これもうちょっとしたら素面に戻って烈火の如く怒り狂うんだろうなぁ……。烈火きてるよ、顔中に火炎放射の兆候きてるよ。雷龍も龍なんだからそりゃ炎くらい吐けるよね。
無駄かも知れないけど、後半戦突入する前にもう一度行っておこう。
「後で、怒るなよ?」
詩乃梨さんは何も言わない。拒絶もしない。なら行っちゃってOKですね!
というわけで、レッツ後半戦。……と思ったんだけど、涙はもう止まっちゃってるな。よほどびっくりしたんだろうか。泣いてる貴女を見たくはないけど、今だけはもうちょびっとだけ清らかな水滴を目尻からぽろりしていてほしかったわ。
仕方無い、他のアテいくか。どこ舐めよっかな。白い首筋? それとも、おいしそうな唇? でも理由も無いのに舐めるわけにはいかんなぁ。……あれっ、理由有ったら舐めて良いんだっけ? ……ああうん、良いんじゃね? きちんとした理由さえ有れば、情状酌量の余地的な何かがそこはかとなく生まれるような気配するし。
じゃあ涙、涙を探せ。どこだ、どこだ……おっ、太股に落ちてるじゃん。これいっていいヤツっすよね?
でもその前に唇いただこう。理由はきっとどっかにある。探せ。
「詩乃梨さん、『あー』って言って?」
「…………………………………………あ、あー?」
あーってなぁに? みたいなお顔ですけど、俺は全く気にしません!
遠慮無く顔を近づけて、詩乃梨さんの唇に自分の唇を軽く押し当てた。のみならず、僅かな隙間へ潜り込ませるようにして舌をウネウネと挿入。
詩乃梨さんは「んひっ」と悲鳴を上げかけたけど、俺は彼女の舌を触手で絡め取ることで無理矢理押さえ込んだ。
ぴちゃり、ぴちゃり。粘り気を含む水同士が戯れる、どこか淫猥な響きを含む音。舌で感じる、彼女の口内の熱さ。熱い。人肌よりもっともっと熱い。温泉。そう、きっと温泉だ。詩乃梨さんの口の中は、とろけそうなほどに熱い温泉が沸いているんだ、きっと。
だって、詩乃梨さんの舌、のぼせたみたいに熱くてぐでんってしてる。舌の裏とかも熱でやわらかくほぐれてる上に粘り気のあるお湯がたっぷりだし、そこから立ち上った熱と湿り気が、合わせた唇の間から漏れて頬や顎を撫でていく。
温泉。いいなあ、温泉。いつか詩乃梨さんと二人で、寂れた温泉宿にでも行こう。今度のゴールデンウィークはどうだろか。それはさすがに急ぎすぎか。まあまたの機会にだな。
おっと、またの機会といえば、危うく忘れてしまうところだった。
「……ぷぁっ」
詩乃梨さんの唇を解放してあげたら、可愛い悲鳴が飛び出てきた。あらやだかわいい。もう一回聞きたいからまた吸い付こうかしら。あ、でも待っててねしのりん、今はちょっとやりたいことあるの。
俺は詩乃梨さんから身体を離して、ぼんやりお目々の彼女に見守られながら、ゆーっくりと頭を下げていった。
目指すは、スカートの裾から伸びる、白くてほっそりとした脚。肉付きは薄めで、妖艶な美女の香りには程遠いけど、愛らしい少女としては世界最高峰どころか人類史上最高の完成度を誇っている。
ふともも。水滴発見。いただきます。
まずは舌先で、ぺろりと軽く味見。
「ふぁっ!?」
詩乃梨さんが全身をびくりと震わせたので、うっかり膝蹴り貰うところだった。危ない危ない、もうちょいゆっくりいこう。
ゆっくりゆっくり、舌先でちょんちょんと太股をつつく。水滴なんてもう無いけど……あ、いやまだある。めっちゃあるようん。これは舐め取らねばなりませんよはい。女性の涙を拭って差し上げるのは紳士の勤めですゆえ。
ちょんちょんつついて、ぺろっと舐めて。今度は膝蹴り来そうにないので、舌先をハリのあるお肌の表面に軽く沈ませたまま、つつーっと内股へ滑らせていく。
「ふぁ、は、ひ、ひひっ、こ、こた、こたろ、それ、だ、だめ、く、くすぐ、は、ひっ」
おお、お喜びになっていらっしゃるぞ! しのりんが嬉しいと俺も嬉しいよ! じゃあせっかくだからこのままスカートの中まで――
「こ、こたろ、だ、だめ、ま、まだ、だめなの、ね、ごめん、ゆ、ゆるして、ばかって、ばかていってごめん、ほんとごめん、だ、だから、いま、いまはだめ、ね、だめ、だめ、ぜったいだめ」
……………………………。
俺は上体をゆっくりと起こして、号泣間近に逆戻りしちゃってる詩乃梨さんを見つめた。
「………………絶対駄目?」
「だ、だめだめ、ぜったいだめ、これいじょうはだめ、もうだめ、だめ、だめ、だめだめ」
「…………………………からのー?」
「からの、とか無いからっ! ほんと駄目なのもうダメなのっ! これ以上やったらもうなんかもうああもうおしっことか漏れるからっ!」
詩乃梨さん、内股をぎゅーっとくっつけて、スカートの裾を目一杯引っ張って太股隠そうとしてます。
ふむ。おしっこか。ふむ。そうか。
「……俺、飲むよ?」
そんなの当然じゃないか、みたいな顔してちょっと首を傾けてみた。
詩乃梨さん、ひきりと口元を引きつらせて硬直。
おっとー、世界一可愛い彫像ができあがっちゃったぜー。俺ってば天才彫刻家? やべぇな、意外な才能発見だわ。でもたぶん俺って一生涯に渡って詩乃梨さんの像しか彫らないだろうから有名にはなれないね。悪いのは頑迷な俺じゃない、詩乃梨さんの像に囲まれることの愉悦を理解しない業界人達の方だ。
…………………………まぁちょっと冷静になろうか。そろそろ言い訳のお時間です。
俺は前髪をふぁさっとかきあげて、彫像と化した詩乃梨さんの眼前にスッと手の平を突き付けた。
俺は言う。
「違うんだ」
詩乃梨さん、ぴくりと反応。反応しただけではなく、ちょっと微笑みチックな顔になりました。おおお、微笑まれておられる。まだ炎のブレス来ないぞ。これ頑張れば許してもらえそう? よし、もっと気張って言い訳しちゃおう!
「聞いてくれ、詩乃梨。俺はただ、貴女の涙を拭ってあげたかっただけなんだ」
「………………………………でも、くちは、かんけい、なかった、よ?」
「それはあれだよ、なんというか……。……吸いたかったから吸いました」
「…………………………吸いたかった、の?」
「俺はいつだって貴女のおくちに夢中です。口のみならず毛の一本に至るまで貴女の全てに夢中です。さっきの行いについて後悔はしないし謝りもしませんし苦情も受け付けません。でもほんとにイヤだったならごめんね?」
「…………………………………………べつに、いや、じゃ、ない、け、ど……」
詩乃梨さんの微笑みが、ぷるぷる震えてます。たぶん不機嫌ヅラを作ろうとしてるんだけど、無性に込み上げてくる笑いのせいで表情筋をうまく動かせないんだろう、みたいに予想します私。
………………ふむ。いやじゃないのか。そっか……。
……じゃあ、うん。今回はここまででも、いいか、な? 結構勢いで張り切り過ぎちゃった所あるし、脳味噌ふっわふっわしててヤバい。クールダウンが必要だ。いつだって詩乃梨さんは俺を熱くさせすぎる。俺今回何してたっけ? 改めて読み返す気が湧かないほどに今ちょっとやばいぜ。
「嫌じゃないなら、良かった。……続きは、またいつか、な?」
俺は詩乃梨さんの頭をそっと撫でてあげた。
詩乃梨さんは唇をぐっと噛んで、色々なものをなんとか堪えながら、こくり、と小さく頷いてくれた。




