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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第四章 『あい』に始まり、『あい』に続く
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四月二十二日(土・了)。嫉妬を終わらせる方法。

 俺は、見目麗しき妖精さん達が和気藹々とたわむれる花園へ土足で上がり込むほど愚かではない。秘密の花園というものはあくまでも目の保養として楽しむべきであって、「俺もまーぜて!」なんてアホ面で突貫かまして妖精さん達の笑顔を引きつらせることなど有ってはならないのである。女の子同士が軽く百合百合してる四コマ漫画とかあるでしょ? あれにいきなり男キャラぶっ込んで修羅場らせるようなものですよそれ。


 だから俺は、妖精さん達に一時的な別れを告げて、一人でシャツを買いに行き。


 そして屍となった。



 ◆◇◆◇◆



 夕日に沈みゆく街並みに、詩乃梨さんの奏でる鼻歌が広がって溶けていく。


 その優しげな音色が、屍と化していた俺に生命力を吹き込んでくれた。詩乃梨さんは死者蘇生の秘術まで操れるらしい。もはやネタ盛りすぎて雷龍の枠を突き抜けて神々の領域へ達しそうな勢いである。詩乃梨さんマジ女神。


 俺は、店を出る時に詩乃梨さんから強奪したレジ袋をよっこいしょと抱え直して、数歩前を行く彼女の後ろ姿をぼんやりと眺めた。


 軽快な足取りで、ふわりふわりとスカートを揺らし、俺のシャツが入ったレジ袋もぶーらぶーらと揺らす詩乃梨さん。おしりの前で組まれた両手の親指が、鼻歌のリズムに合わせてくっついたり離れたりしてる。頭でも拍子を取っているのか、艶やかな髪がさらりと流れては、俺の鼻腔を抜けて股間を直撃するような詩乃梨さんフェロモンが漂ってくる。生命力どころか精力まで活性化させる、それが詩乃梨さんの蘇生術の真骨頂である。


 詩乃梨さんってば、とってもごきげんなご様子。綾音さんとの話がよほど楽しかったらしく、もうずーっとあんな調子です。楽しかったという過去形に留まらず、明日は午前中から『まほろば』に行って一日中ガールズトークを楽しむ約束までしちゃったのだそうな。


 初っ端の最悪とも言える邂逅から、何がどうなってそんなに仲良くなったのやら。詩乃梨さんは詳しいことは教えてくれないし、綾音さんも俺がシャツ買い終わって戻って来たの見た瞬間に速攻で逃走してしまったので聞くの無理だし。なんか綾音さんやたら顔真っ赤っかになってたけど、屍晒してた頃の俺ってそんなに変態的な顔してたのかな? 人混みマジでキツくて、軽くヨダレ垂らしながら半分白目剥いてた気はするけど。


「いや、原因それじゃね?」


「? こたろー、何か言ったー?」


 こちらを振り返った詩乃梨さんに、俺は「なんでもない」と首を横に振って見せた。


 詩乃梨さんはちょっとだけ不思議そうな顔をしたが、特に食い下がるでもなく、再び前を向いて鼻歌を再開。道行く人の表情を幸せそうな微笑みへと変える魔法を奏で続ける。


 道行く人、詩乃梨さんに視線を送る確率が今の所百パーセントである。女の人は詩乃梨さんの幸せオーラにあてられて「あら~」みたいな感じで微笑みながら眺めてくるんだけど、男の場合は小学生から多少年嵩のいった人までが俺的にちょっと気にくわない顔で詩乃梨さんを見つめてくる。


 ちょっと、気にくわない。俺今嘘吐いた。本当は、とても気にくわない。


 ……まあ、詩乃梨さんただでさえかわいいのに、今はかわいさ三割増しになってるしな。男がついつい二度見しちゃうのは、仕方無いといえば、仕方無いことではある。だが俺は、詩乃梨さんがこうして男の視線に晒されて、彼らの劣情の対象にされている『かもしれない』と考えるだけで、耐えがたいほどの胸の痛みを感じてしまう。


 俺も相当嫉妬深いよなぁ……。詩乃梨さんと良い勝負どころか、軽く圧勝できる自信有る。


 俺がこの胸の痛みから逃れる方法は、二つ。


 ひとつは、詩乃梨さんが俺に約束してくれたのと同じように、俺も詩乃梨さんに『俺、やきもち焼いちゃった!』と正直に打ち明けて慰めてもらう方法。今の詩乃梨さんすっごいごきげんだから、たぶんベロチューまではいかずとも軽~くチュッチュくらいはしてくれるんじゃないかな。唇を離した詩乃梨さんは、チュッチュする直前よりもわざとらしさが増した不機嫌顔で「こたろーは、ほんとばか」って言い捨ててフイっとそっぽ向いて、そのまま何事もなかったようにさっさと歩き出すんだけど、スキップしそうなほどに浮かれきった足取りとテンションの高い鼻歌が彼女の心境を如実に表していたのだった。まる。


 ああもうこのルートでいいかも。詩乃梨さんかわいい。詩乃梨さんとちゅっちゅしたい。もう一度お口とお口で性行為したい。「さっきのべろちゅーは詩乃梨さんを安心させるためだけの行為だったから、今度はきちんとえろてぃっくな気持ちを持った上でのやり直しを要求します!」って熱烈に迫ろっかな。たぶんこれOKもらえるんじゃなかろうか。もしすんなりOKもらえなかったとしても、ファーストキスの時しのりんだってやり直し要求したじゃんかーって食い下がりまくってダダこねまくれば、そのうち絶対折れてくれると思うね、うん。


 でも俺は流石にアスファルト寝っ転がってじたばた四肢を暴れさせて盛大に泣き叫びながら美少女にべろちゅー要求するなどという激烈ヤバい変態行動に突っ走るのはどうかと思う程度の良識は残念なことに持ち合わせてしまっているので、ここは敢えて『二つ目の選択肢』にも思いを至らせることにしよう。


 詩乃梨さんに近付く男に無差別に嫉妬してしまう俺が、その女々しくてくだらなくて醜悪な感情から逃れるための、二つ目の選択肢。もちろん、「詩乃梨さんと二度と会わないようにすればいいじゃな~い」なんてアホみたいなことを言い出すわけじゃなくて。むしろ、その逆。


 

 詩乃梨さんと俺の間にある、不確定で曖昧で名状しがたいふわふわした関係を、『運命』という鋼の絆で完全に上書きする。それが、二つ目にして最終にして究極の選択肢だ。



「……………………」


 詩乃梨さんの、初恋の相手。一度強制的に考えることをやめたり、逆に色々あれこれ悩みまくったりしたけど、やはりフツーに考えて、詩乃梨さんがかつて愛した男の正体は俺以外にありえない。

 

 利用者がほぼ皆無な、うちのアパートの屋上。この時点で候補者はかなり絞られる上、その男は俺と同じように缶コーヒーを飲んでいて、しかもブラック労働時代の俺と同様に、なんだか死にそうな顔をしていた。


 状況証拠だけで見れば、十中八九、その男は俺だ。


 残念ながら、それを裏付けるための決定的な証拠や記憶はどこをどうひっくり返しても見当たらないけど。でも現時点で既に、詩乃梨さんに『自分の初恋の相手はこたろーだったのかもしれない』という思いを抱かせることくらいはできるだけの要素は揃っていると言っていい。


 約束された勝利と呼ぶのは少々以上に語弊があれど、俺とその他の野郎共の間にコールドゲーム確定なだけの点差をつけることが、俺にはできるのだ。


 できる。の、だが。


「こたろー、歩くの遅いよー! はやくー!」


 考え込んでいるうちに知らず歩みが遅くなっていたらしく、道の先で仁王立ちした詩乃梨さんが不機嫌そうに呼びかけてくる。


 俺は一旦思考を切り上げて、小走りで詩乃梨さんに駆け寄った。


 追いついた俺を見上げて、詩乃梨さんは『ぶー』と音が聞こえそうなほど盛大に頬を膨らませる。


「こたろーくんは、わたしを、おかしな人にしました。殴っていい? わりと本気で」


「突如吹き荒れるドメスティックバイオレンス! せめて俺と夫婦になってからでお願いします!」


「……だ、だから、めおととか、そういうのは、まだだって言ってるじゃん……」


 詩乃梨さんは頬を染めてぶっきらぼうに呟き、手首に引っかけていたレジ袋を両腕できゅっと抱き締めて口元を隠した。かわいい。ワイシャツの代わりに俺が抱き締められたい。むしろ俺が詩乃梨さんを抱き締めてかわいい口元を俺の口元で覆い隠したい。べろちゅーしていい?


 まあそれはさておき。さっきまであんなに上機嫌だったのに、なんでいきなりこんなにプンプンしちゃってるんだろう?


「おかしな人にしたって、どういうこと? 俺の溢れる愛にメロメロになっちゃった詩乃梨さんの頭が突如としてバカップル的なイカした妄想に埋め尽くされてしまって『わたし、おかしくなっちゃった!』、みたいな話?」


「ちがう! ……………………ち、ちがくないけど、今はちがうっ!」


 今じゃない時は正解らしいです。え、マジで? 切り札使うまでも無く勝利の時がすぐそこですか?


 思わずにやにやし始めちゃう俺とは対照的に、詩乃梨さんは怒り狂った様子で詰め寄ってきた。


「こたろーが後ろから付いてきてなかったせいで、わたし一人で鼻歌歌いながら歩ってる感じになっちゃったじゃん! さっきそこ通ってった人にすっごい笑われたんだからね!?」


「いや、その人だけじゃなくて、わりと色んな人が詩乃梨さんを見てにこにこしてたよ。さすがは幸せをはこぶ白猫さんだね。しのりんマジ白猫」


 俺の台詞に、詩乃梨さんは劇的な変化を示した。


 全身で露わにしていた怒りが唐突にナリをひそめて、非常に嬉しそうなはにかみ笑顔を浮かべて後ろ頭をくしゃりと撫でる。


「へ、へへ。わたし、やっぱり、しあわせ、はこんじゃってるかな?」


 ふむ? 俺の予定だと『色んな人が詩乃梨さんを見てた』って部分に対してリアクションを返してもらうはずだったんだけど、まあ詩乃梨さんなんかやたら嬉しそうだからべつにいっか。ところでべろちゅーはほんとにしちゃダメですか? 今すっごくしたい。もう勝利確定したも同然なんだから、いっそ押し倒しちゃってもべつによくね?


 まあ道端ではやめておきましょうか。俺の愛する少女の裸は俺だけのものですのでね。はやくおうち帰ってしのりん脱ぎ脱ぎさせよっと! いやほんとに押し倒すわけじゃなくて、約束してあった俺のワイシャツを進呈するついでにあわよくばお着替えをお手伝いさせていただこうというだけですけどね。はいそれも無理ですね、うん俺知ってた!


「詩乃梨さんはいつだって俺をしあわせにしてくれてるよ。そんな貴女を俺も幸せにしてあげたいので、さっさと家帰って待望の彼シャツをいっぱいプレゼントしてあげよう!」


「…………………ん。ありがと」


 詩乃梨さんは、ふわりとやさしく微笑んだ。


 その微笑みに、一瞬、どこか寂しさのような色が垣間見えた気がしたのは。


 きっと、俺の見間違いだろう。

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