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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第四章 『あい』に始まり、『あい』に続く
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四月二十二日(土・2)。新しい習慣。

 午後一時過ぎ。昼飯も屋上で食べ終えた俺と詩乃梨さんは、その後一度別れ、身支度を調えてからアパート前に集合。そして今は、腹ごなしとお出かけ先探しを兼ねて、その辺をぶらぶらお散歩中だ。


 俺達の服装については、俺はいつものイケメン風(笑)ってことで適当に想像しといてくれ。詩乃梨さんも先週と同じような服装だけど、一応もう一度さらっと説明しておこう。

 下から順に、学校指定っぽいローファー、鉄壁防御の黒タイツ、柔らか素材の膝上丈フレアスカート、身体のラインに添ったぴったりサイズのフード付きパーカー、その内側には丸襟ブラウス。

 先週着ていたのと似たようなものに見えるけど、なんとなく見た目の印象が異なる。たぶん詩乃梨さん的にこのラインナップでのコーディネートが一番のお気に入りで、同じような服を何種類か持っているんだろう。俺がいつもイケメン風(笑)を基本として細部をちょこちょこいじっているのと同じ理屈だ。


 やわらかな陽ざしの中。傍らを歩く寝ぼけ眼の詩乃梨さんを眺めながら、俺はふと疑問に思ったことを訪ねてみた。


「詩乃梨さんってさ、寝る時ってもしかしてジャージ?」


「んー? そうだけどー。それがなにー?」


 詩乃梨さんは俺の方を見ずに言葉を放り、そのままふぁっと小さくあくび。それから、両手を組んで手の平をぐーっと前へ伸ばし、今度はちょっと大きめのあくび。


 ひょろ長い溜息と共に手を下ろした詩乃梨さんは、目尻の涙を指先でごしごし拭ってから、両手をパーカーのポケットへ無造作に突っ込んだ。


 なんとなく一連の動きを無言で見守っていた俺を、詩乃梨さんがやや怪訝そうに見上げてくる。


「こたろー? ジャージで寝てるとなんなのー?」


「ん、ああ。俺寝る時パジャマなんだけど、それで行動する範囲ってアパートの中だけで、外出る時は外用の服に着替えるのね? で、詩乃梨さんも俺の部屋と屋上でしかジャージ姿見てなくて、外出る時は今みたいな服着てるみたいだから、詩乃梨さんも俺と同じような感覚なのかなって」


「んー……。そだね。こたろーとおんなじ。……ふへへ」


 詩乃梨さんはぼんやりとした目を、ちょっと嬉しそうに細めた。


 詩乃梨さんが嬉しいと俺も嬉しいんだけど、年頃の娘さんが寝間着で部屋から出るのってどうなのかしら? そもそも寝間着がジャージって時点でどうなんでしょう? いやそんなの個人の自由でしょって言われちゃったらそれまでなんだけど、俺的には薄手のパジャマを着てぶかぶかの袖を口元に持っていってえへへとはにかみ笑いを浮かべる愛らしい詩乃梨さんというのを見てみたい願望が抑えられない。


「ねえしのりん、パジャマ買いに行かね?」


「パジャマ? ……こたろーの?」


「いや、詩乃梨さんの」


 俺がそう答えた瞬間、すーっごい渋そうな顔で距離を取られました。


「えぇー……。ジャージ有るんだからいらないじゃん……。お金もったいないよ……」


「俺的には、詩乃梨さんみたいなかわいい女の子が色気もへったくれも無いジャージで寝てるって方がもったいない。これは人類にとって大いなる損失であると思う次第であります」


「おおげさだなぁー……。……パジャマ……。ぱじゃまぁ~……? ……えー、やっぱ要らないよ……。ぱじゃまじゃなきゃダメなの? 他になんかない?」


 お、ジャージ以外を着てくれそうな気配がしてきた! くるか? 萌え袖はにかみ笑顔くるか!?


 俺はちょっとどきどきわくわくしてきた気持ちを思案顔の裏に隠して、困ったような顔でこちらを見上げてくる詩乃梨さんの全身を改めて眺めながら案を練った。


「パジャマ以外……うーん。チャイナドレス、バニーガール、猫耳、裸エプロン、全裸――」


「ぶっとばすぞ?」


「――ぶっとばされない服ぶっとばされない服ぶっとばされない服……。……彼シャツ?」


「……かれしゃつ? なにそれ? わたし、こたろーぶっとばさなくてすむ?」


 詩乃梨さんが、俺のジャケットの裾をくいくい引っ張りながらつぶらな瞳で見上げてくる。


「ぶっとばさなくてすむ……かどうかは、詩乃梨さん次第かな。詩乃梨さん、もし俺が『俺のワイシャツをパジャマ代わりに着てくれー』って言ったら、俺のことぶっとばす?」


「……こたろーの、わいしゃつ?」


 何もわかってなさそうな顔で、こてんと首を傾げる詩乃梨さん。

 

 俺はこれ以上突っ込んで説明するのもなんとなく気恥ずかしくて、何も答えずに前を向いて、歩き続ける作業に没頭した。


 詩乃梨さんも俺につられて前を向き、ポケットに突っ込み直した手をぱたぱたと振りながら「わいしゃつ、わいしゃつ」と何度か呟く。


 呟きが二桁になった頃、詩乃梨さんがぎゅんっと高速でこちらに振り向いた。目にはキラキラとした輝きが溢れ、さらに俺の二の腕に両手でしがみついてぴょっこぴょっこと跳ね回ってスカートをふわふわはためかせる。


「こたろーのわいしゃつ、欲しいです! それください! とてもください!」


「………………………………え、そんな欲しいの?」


「欲しい! とても欲しい! 前こたろーシャツくれるって言ったのにくれなかった! こたろー嘘つき!」


 言ったっけ、そんなこと? ……ああ、俺がエロい話題振って詩乃梨さんドン引きさせた時か。帰ろうとする詩乃梨さんに必死でしがみついたら「ブラウスのびるから離せ」とか言われちゃったので、「俺のシャツいくらでもあげるからお願い帰らないで!」って懇願した記憶がある。


 そういうことなら、うん、なんかすごく欲しそうにしてるし、いくらでもあげちゃおっか。


「じゃあ、わかったよ。家帰ったら、好きなだけあげるから」


「よし帰ろう! 今すぐ帰ろう! はりーはりー!」


 俺の腕をがっちり握りしめてずるずる引きずっていこうとする詩乃梨さんに、俺はなんとか足を踏ん張らせて対抗する。


「まあ待ってよしのりん。今はどっか行こうぜって話でしょ? ……あ、ワイシャツいっぱいあげちゃうと俺が使う用のやつ減っちゃうから、それ買いに行くの付き合ってくれない?」


「付き合う! どこまでもおともいたします! で、どこ行くの!?」


 コアラのようにしがみついてくる詩乃梨さんの小動物的な愛らしさを楽しみながら、俺は頭の中でプランを練った。まあ練るっていっても、近所でワイシャツ売ってて俺が普段使ってる店なんて、一個しかないんだけど。


「『おがわ』でいい? シャツ買うついでに、なんか色々見て回ろうか」


 ここからちょっと歩いた所にある、やたらめったら巨大なスーパー、『おがわ』。二階で衣類どころか大型家具やら電化製品やら何でも買えちゃう。ちなみに一階は食品類や日用雑貨や薬局やペットコーナーが入ってます。


 俺の台詞に、詩乃梨さんは鼻息荒くこくこくと頷いた。


「こたろー、今日は何食べたい!? わたし何でも作ってあげるよ!」


「……お、おう。そうか。マジか。……え、しのりんちょっとテンション高すぎね?」


「わたしいっつもこんな感じです! 産声からして既にすっごいハイテンションでした!」


 いやそれ絶対嘘ですよ!? 貴女どんだけ俺のシャツで興奮してるの!? 俺もしのりんのブラウスもらっていいですか! ダメですねわぁーい。


 ……ん? あれ、そういえば。


「詩乃梨さん、食材の買い出し、いっつもやってくれてるよね。あれって『おがわ』まで行ってるの?」


「そうだよ! ……あれ、なにか不味かった?」


 詩乃梨さんがきょとんとした表情でこちらを覗き込んでくる。


 俺は自由な方の手を彼女の頭にぽふりと置いて、いい子いい子と優しく撫でた。


「不味くないよ。ただ、今まで詩乃梨さんの厚意に甘えすぎてたなって。料理作ってもらってるんだから、食材の買い出しくらい俺が行くべきだったよな」


「……でもこたろう、毎日仕事で疲れてるでしょ? わたしやるから、気にしないでいいよ」


「んなこと言ったら詩乃梨さんだって学校で疲れてるでしょーに。これからは俺が買い出しやるよ」


 俺としては詩乃梨さんを労っての台詞だったんだけど、詩乃梨さんはすっごい不満そうな目を向けてきた。


「わたしが、やる」


 絶対譲るもんかという気迫に充ち満ちた宣言。これはもうテコでも動きそうにありませんね。


 俺は半笑いで溜息を吐いて、詩乃梨さんの頭をぽふぽふと軽く叩いた。


「わかったよ。じゃあ、普段は詩乃梨さんにお任せするけど、今日みたいに時間が合った日は二人で買い出しすることにしよう」


「……ふたりで?」


「そ。ふたりで。ほら、行くぞー」


 俺は詩乃梨さんの頭から手を離し、コアラと化した彼女をずるずる引きずりながら移動を再開。


 詩乃梨さんは俺に黙って引きずられながら、ふにゃりと幸せそうな笑顔を浮かべた。

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