四月十日(月・8)。さらば肉欲、こんにちは愛。
俺がカレーをおいしく頂き終わった頃には、詩乃梨さんも少しだけ意識を取り戻していた。あくまでも少しだけである。「あ、起きてる」と判断できる要素は、ぼんやりお目々に時々自我の光が戻る点だけ。意識レベルは極めて低く、顔のお熱はそこそこ高く、半開きの口から時折小さな呻き声を漏らしては、小さくころりころりと寝返りを打つ。
寝返りの度に翻るスカートが俺の眼と心を惹き付けてやまず、俺は食事中ずっとちらちら視線を送っていたのだが、いかなる未知の法則が働いているのだろうか、ただの一度もチラリズムが発生しない。どうなってんだこれ。これもしかして『女の子は容姿の可憐さに反比例してパンチラ率が激減していく』の法則? その理屈で行くと詩乃梨さんって永久におぱんつ見せてくれないことになっちゃうんだけどどうしよう。
いや、パンチラはチラした時点でありがたみと品位が失われるから、詩乃梨さんが鉄壁のガードをパッシブで発動させてくれているのは有り難いっちゃ有り難いんだけどね? それにこんなぐでんぐでんの体調でもこれだけ鉄壁ってことは、きっと普段は物理攻撃無効と魔法攻撃無効を兼ね備えてるレベルの固さなんだろうから、俺的にはちょっとだけ安心できる。雷龍マジパネェ。詩乃梨さんは階段を歩く時にもほぼ無意識で尻をしっかり押さえるタイプと見たね。ていうかそうであってくれ頼む。愛しのあの子がそこらの野郎共におぱんつ目撃されてオカズに使われてるかもなんて考えただけで、俺はもう胸が張り裂けそうです。
独占欲強いのかな、俺……。いや、これが普通だよ。……ああ、いや、俺もう普通じゃなくてもいいや。できないことはわかってるけど、詩乃梨さんには他の野郎共なんて視界に入れないで、俺だけを見つめてほしい。詩乃梨さんの口から他の男の名前が出るだけで、俺の心はとってもせつなくなると思う。
……もし、仮に、万が一、詩乃梨さんが、俺以外の男を好きになった、とかなったら――うっわやばい、俺もうそれ生きていける自信ない。詩乃梨さんのいない人生に適応なんてもうできない。涙で水分出し尽くして脱水症状の果てに異世界転生しちゃう。冴えないリーマンの無双列伝がだからそれはもうええっちゅうねん!
「………………………………」
とか頭の中で遊びながら、あぐらかいてこたつに頬杖ついて、詩乃梨さんをじーっと眺めているだけの現在。詩乃梨さんは部屋のど真ん中に横たわっていて、身体には彼女のブレザーをかけてある。寝返りの度にブレザーがズレるので、その時だけ俺は手を伸ばしてかけ直してあげて、それ以外の時間はひたすらじーっと眺め続けてる。
いつちゃんと起きるかな、いつ目が合うかな、起きたらさっきのぺろぺろについてどんな感想言ってくれるかな、とわくわくしながら待ってるんだけど……。どうしよう、詩乃梨さんのダメージはわりと深刻らしく、完全復活までいきそうな兆しは無い。
ベッドの枕元に置いてある時計に目を遣れば、現在時刻は午後十一時を回っている。二十三時。あと一時間足らずで本日が終わる。そんな遅い時間に、自分の部屋で、前後不覚状態の女の子と二人きり。
……世間一般で言えば、まあ、据え膳と言える状況だろう。だけど俺の場合は、『女の子の意思が伴わない肉体関係って、それ何が楽しいの?』って感じだからなぁ。今手出そうとか全然思えない。純粋な性欲処理のためということであれば睡眠姦やら催眠モノやら強姦モノやら大好物ではあるんだけど、詩乃梨さんにそういう下劣な感情を向けようだなんて微塵も思えない。
……思えないんだけど、さ。熱い吐息漏らしてもぞもぞ身体揺すってるめっちゃかわいい女の子を、間近で何の遠慮も無しにひたすら見つめ続けてれば、まあ、なんつーの? こう、ね? あるじゃん? 下半身に影響出ちゃうのは仕方無いじゃん? 俺はちっとも悪くないね! へへーんだ!
にしても、どーすっかなー。詩乃梨さん、明日学校だよな? 創立記念日だーとかいう話は聞いてないし。無理にでも起こして部屋に返すか、それともベッドに放り込んでここで夜明かしさせてあげるか。もしくは今のうちにとりあえず俺の下半身事情解決のためのソロ活動してくるか。
ソロ活動するにしても、詩乃梨さんが同じ部屋にいるっつーのにそんなことしてたらなんか後ろめたいしなぁ。無理矢理起こすのもなんかかわいそうだし、じゃあ今日は俺のベッド使わせてあげるか。
よし、そうしよう。
「詩乃梨さーん、起きてるー?」
長い思考の果てに、詩乃梨さんの肩をブレザー越しにぺしぺし叩いて声を掛けてみる。
詩乃梨さんは、焦点の定まらない眼で億劫そうに俺を眺めてきた。
「……………うー……。……こたろー……」
「どうも、琥太郎です。詩乃梨さん今日、どうする? 起き上がるのつらいなら、泊まってっていいよ?」
「…………むー。…………………? ………………ふぇっ!?」
詩乃梨さんはいきなり目を見開いて、上体をびくんと跳ね起こした。太股へ落ちたブレザーを速攻で引っ掴んで胸元を隠しながら、恐ろしい勢いで後ずさる。
しかし、彼女の背後にはすぐベッド。アルミ製の土台に背中を強打した詩乃梨さんは、「ひぎっ」と引きつった悲鳴を漏らし、背中をさすりながら己の後ろを振り返った。
詩乃梨さん、しばらくそれを凝視して、再び正面へと向き直る。
彼女は目尻にじわりと涙を滲ませて、情けない声を上げた。
「こたろぉー……」
「いや、そんなに嫌なら使わなくていいから。自分の部屋戻るかい?」
「……ぜなか、いだぁい……」
「そっちかよ! ああもう、ほら打った所見せて。さすってあげるから」
「………………………うん……」
詩乃梨さんは鼻水を啜り、こちらに背を向けて女の子座りした。
俺は膝立ちで近寄って、ブラウス越しにうっすらと浮かび上がるブラジャーの、ちょっと下あたりをやわやわと撫でさする。
「いたーいの、いたーいの、ブッ飛べオラァ!? しゃあッ! おらぁ! オラオラァッ!」
「……こたろー、もうちょっと強く……」
「え、俺わりと強くやってない? これより強くなの?」
「……強いの、声だけじゃん……。もっとちゃんとやってよ……」
「……ちゃんとやっちゃって、いいの?」
「……………………………いいけど、ほんと痛いから、はやくして……」
詩乃梨さんはブレザーを抱き締めるように背を丸めてしまった。よっぽど痛いらしいね。骨でも打ったのかな?
俺は詩乃梨さんの背骨の形をなぞるように、手の平全体でゆーっくりゆーっくりと指圧っぽく撫で撫でしてみた。
「これくらいの強さでどう? 一番痛いのどのへん?」
「………………………ブ……………。………………ごめん、やっぱ今のまんまでいい」
ブ? ブって言った? 背中で、ブの付く部位っていうと……無頼漢? ブランド米? ブラックバス? ぼくわかんなぁい。
詩乃梨さんは、俺がゆるゆると撫でさする動きに合わせて身体を前後に倒しながら、熱めの温泉にでも浸かったかのように蕩けた吐息を漏らした。
「ふあぁ………………。こたろー、うまい……。肩とかもやってー……」
「あんた、ちゃっかりさんだねぇ。任せろ、俺はマッサージに一家言を持つ男だ」
俺は膝ですすすと歩いて、詩乃梨さんの背中に股間をすり付けるようにしてぴったりと張り付く。彼女のブラウスの襟の外側に両手をぽんと置いて、そこから細っこい首へ向かって揉み込んでいくようにぐにゅぐにゅと力を込めたり抜いたりしてあげた。
詩乃梨さんは「はぅ、あぅ、あぅ、あふぁー」と間抜けなことこの上ない吐息を漏らしたり、時々「ふひっ」とくすぐったげな悲鳴を上げて逃げるように身を捩ったり、また俺の手の中に舞い戻って来て「あぁー……」と恍惚の溜息を吐いたり。うん、ご満足頂けている模様。
「詩乃梨さーん、凝ってる所はございませんかー。サービスしときますよー」
床屋さんみたいな口調で問いかけてみたら、詩乃梨さんが唐突にぐるんと首をこちらへ回してきた。
つい今し方まで蕩けきっていたとは思えない、強烈な殺意の波動を秘めた双眸。思わず硬直する俺に向かって、詩乃梨さんは感情の籠もらない声を突き刺した。
「ねえ、こたろう。わたし、胸大きくないから、全然凝らないんだー。まじうけるよね? うふふ」
………………。ああ、なんだ。そういうあれか。びっくりして損した。何事かと思ったぞ。
「あのさぁ。詩乃梨さんは、俺が胸の大きさで女の子の魅力を測るタイプだと思うの?」
「……………………お……お…………思……………う!」
「思うなのかー。心外だなー。まあ実際そうなんだけどさ」
「ほらぁー! こたろうやっぱそうじゃん! 時々わたしの胸見てたもん! 知ってるからねこのばか!」
詩乃梨さんが俺の手を振り払って、びしりと人差し指を突き付けてきて批難の声を上げる。
俺は呆れ返ってやれやれと首を横に振った。
「時々だって? おいおい冗談だろ? 俺は二十四時間四六時中、いつだって貴女の胸に夢中だったさ!」
力強く断言してみせたら、詩乃梨さんの指がへにゃりと曲がり、なんだかしょんぼりした様子を滲ませながら軽く睨みつけてきた。
「……こたろう、わたしの胸、夢中なの……? 『こいつちっさいなーゲラゲラ』とか思ってたんじゃないの?」
「…………………………………………」
何言ってんだこいつ。
俺は心底そう思った。
「おい詩乃梨」
「だからなんで唐突に呼び捨て? ……まあ、いいんだけどさ……。で、なに?」
「おっぱい揉んでいい?」
「ぶっとばすぞ」
詩乃梨さん、拳をぐっと握りしめて剣呑な視線を向けてくる。
台詞の選択間違ったな。ちょっとやり直すか。
「詩乃梨さん。俺の持ってるアダルトビデオ、見る?」
「…………………………?」
「『?』じゃなくてさ。俺が持ってるアダルトビデオ見るかい? って。ビデオじゃなくてデータだけど。サイトで買ってパソコンにダウンロードしたやつ」
「………………。…………ぶっとばされ……たい、わけじゃない、よね?」
俺の唐突な提案に、詩乃梨さんはどう反応を返せばいいのか困っているような様子で首を傾げた。
俺は正座して殊更真面目ぶって頷く。
「ぶっ飛ばされたくはない。だが、俺が胸を含む女性の肉体全般に対し、どのような性的嗜好を有しているのかということを端的に説明しようとする場合、俺が普段鑑賞しているアダルトビデオを参考にするのが最も合理的且つ効果的であると判断した」
「……真面目ぶってるとこ悪いんだけど、ほんとぶっとばしていい? わたしもう帰る」
「待って! お願い待って! ビデオなんぞどうでもいいからこの流れで帰るのはお願い待って!?」
立ち上がりかけた詩乃梨さんの腕に、ひしっとしがみつく。まずい、まずいですぞこれは! 女の子にエロい話振ってマジでドン引きされてそのまま帰られちゃうなんてそれもう破局一直線! まだお付き合いすらしてないのに何もかも試合終了です! お願い待って! 頼むから待って!
詩乃梨さんは醜い豚を蔑むような目で俺を見下ろし、ブラウスに引っかかっている汚物を振り払おうと腕を振る。
「離して。変態。ばか。変態。まじ変態。ありえないほど変態。変態すぎる変態。変態オブ・ジ・イヤー。人類を代表する変態。変態の中の変態。大変変態な大変態、どいむらこたろう。ちょっと、ねえ離してよ」
「やだ! 変態でもなんでもいいからこの手だけは離さない! 俺はたとえ詩乃梨さんに触れることを金輪際禁止されようとも、貴女との心の交流だけは絶対に途切れさせたりしたくない!」
「いいから離して。ボタン取れる。袖伸びる。結構高いんだからね、これ」
「代わりに俺のシャツあげるから! いくらでも持ってっていいから! お願いだから帰るのだけは待ってくださいお願いします!」
「わかったから。帰らないから。まだいるから。だから離して」
「とか言って帰るんでしょー! またまた詩乃梨さんったらー! そうはいかないのだぜ――」
「離してくれたらおっぱいさわらせてあげる」
俺は全力で詩乃梨さんの手を離した。この日、人類は独力での光速移動を達成。安アパートの一室から後のタイムワープ航法全盛時代への足がかりが生まれるなどとは、この時誰一人として思わなかった。俺も思ってない。俺が思うのは、『おっぱいさわれる』、ただそれだけだ。
丹田に力を込めて荘厳な佇まいで座し、詩乃梨女史のかんばせをしかと見据えて、我は放つ魂の咆哮。
「ほら離したよ! おっぱいさわっていいですか!?」
「だめ」
「ですよねー」
わかってた。わかってたけど本能が俺を突き動かしたの。詩乃梨さんマジで帰っちゃうのかなー。お願い、待ってー。
詩乃梨さんはひゅるりと軽い嘆息を漏らし、浮かせていた腰をすとんと下ろして俺の正面に正座した。
「こたろうくん」
「はい、しのりん。なんでごぜーやしょ。えっへっへ」
「………………アダルトビデオ、持ってるの?」
「……………………………ビデオじゃなくて、データだよ?」
「あ?」
「ビデオでもデータでもどっちでも同じだよねうん持ってるよアダルティック動画!」
冷や汗を笑顔で糊塗してはきはきと答えたら、詩乃梨さんは頭痛を押さえるようにこめかみに手を当ててしまわれた。そして盛大な溜息。
「こたろうくん」
「はい、しのりん。なんでごぜーやしょ。えっへっへ」
「消せ」
「………………何を? ……………………人類?」
「消せ」
「………………何を? ……………………ビデオ?」
「消せ」
「………………いや、あの、でもね? 俺も一応オトナの男の子でありますので、ちょっとくらいはそういうの持ってたって、あの、自然っていうか、ね? むしろ持ってない方が不自然だよね? そ、それにね、日頃から色々ストレス溜まってるし、そういうのを発散するためにもえっちなあれこれはとても重要ですしね、それにですね、詩乃梨さんと顔を合わせるときに賢者でいるためにはやはりどうしてもソロ活動に勤しむ必要があるのではないかと――」
「けして。おねがい」
「あ、了解です」
なんでそんな泣きそうな声なんすか。ってか、閉じられた瞳から零れてるそれ、マジもんの涙じゃないすか? どしたの、ねえどしたのしのりん。よくわかんないけど、長年かけて集めてきた秘蔵のお宝コレクション全部ポイするから、元気出してくれ。
俺はいそいそと立ち上がり、パソコンの電源を入れた。ちなみにPCディスプレイは緊急時のサブとしてしか使用しておらず、メインで仕様しているのは大画面のテレビだ。
リモコンでテレビの電源を入れ、PCデスクから無線式マウスだけ持って、詩乃梨さんの横へと正座する。
かりかりと回り始めるハードディスク。ここから起動までは、結構時間がかかる。
映像の来ない真っ黒画面を、二人で無言のまま眺める。
沈黙に耐えきれなくて、俺は隣を見ずに声をかけた。
「詩乃梨さん」
「………………ごめん」
いきなり謝られた。感情の籠もらない声。なんだ、どした。
「謝らんでいいよ。それだけ嫌がるってことは、なんか事情あるんだろ? やっぱり、両親が夜ごと聞かせてきたアバンギャルドな子守歌がトラウマになってるの?」
「……違う。……ただ、いやだっただけ」
「…………………………俺が、えろいの見るのが?」
「………………うん」
……ああ、そっか。前も言ってたよな。わたし以外の女で行きつくとこまで行っちゃうような妄想すんじゃねえって。これって立場変えて見てみると、詩乃梨さんが俺以外の男の裸見て興奮してひとりえっちしてるのは嫌だとかそういうのと同じ――
「詩乃梨さん。俺、もう一生アダルトビデオ見ないから」
「………………べつに、そこまで、言ってない、けど」
「見ないから」
「………………………………うん」
詩乃梨さんが、ようやくちょっと和らいだような声と溜息を聞かせてくれた。
俺も安堵の溜息を漏らし、ようやく起動した画面をテキトーにドラッグやらドロップやらしてエロいもの全般を消していく。さらば、我が偽りの栄華。そしてこんにちは、我が真実の愛。
詩乃梨さんは足を崩して作業を眺めながら、ぼそりと「ありがとう」と呟いた。
俺はあえて聞こえないフリ。なんて返していいかわからないから。代わりに、話題転換を兼ねて、気になっていたことを尋ねてみる。
「詩乃梨さんさ。今日、カレー作ってくれたじゃん?」
「……うん」
「俺の冷蔵庫、空っぽだったはずなんだけどさ。食材、詩乃梨さんが買って来てくれたの?」
「……買って来た、のもある、けど。……ほとんどは、わたしの部屋から持って来たやつ」
「どっちにしろ、詩乃梨さんが金出してるじゃん……。俺が全額払う、って言いたいところだけど、そういうのは詩乃梨さんが――」
「やだ」
「ですよねぇー……」
どうしようもないほどに明確な拒否。そうだよな、たかが唐揚げ一個でさえ、サンドイッチと交換でって言い出してくるような子だもんな。……いや、あれは俺とのおかず交換を楽しみたかったから……じゃねぇな、うん。ただ単に詩乃梨さんが律儀というか、物や金のやりとりに誠実なんだろう。
……俺なんかより、よっぽど、大人だ。
「そういや詩乃梨さんって、バイトとかしてるの?」
ふと気になって尋ねてみると、詩乃梨さんはちょっと苦いコーヒーを舐めさせられたような顔をした。
「バイト、は、して、ない。………………ごめん」
「いやなぜ謝る。学生なんだから、まだ無理に働かなくてもいいのよ? モラトリアムを謳歌しなさいな」
「……でも、わたし……家出たのに、親から仕送り、もらってる……。わがまま、してる」
仕送りはもらってるのか。思ったほど険悪な家族関係、というわけではないのかな? 油断はできないけど、少なくとも敵対関係ではないようだ。そもそも、詩乃梨さんが家族に気を遣って家を出た、という流れのはずだから、気を遣ってあげようと思える程度には親に対するプラスの感情を持っているのかもしれない。
俺はマウスを手繰る手を止めて、詩乃梨さんの頭に手を伸ばした。ぽんぽんと、軽く叩くように撫でる。
「わがままじゃないよ。詩乃梨さんは、とても良い子だ。えらい、えらい」
「……………………………………うそだー」
「ほんとだー。……偉いよ、詩乃梨さんは。方法はちょっとアレだけど、誰かのためにって考えて、それを行動に移せるんだから。俺が詩乃梨さんと同じ歳の頃なんて、自分のことしか考えてなかったよ。まあ今もだけど。どっちが大人なんだかわかんねーな、こりゃ」
軽く笑って、詩乃梨さんの頭をそっと撫で続ける。
詩乃梨さんは、何かを堪えるように俯いて。静かに、肩を揺らした。