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四月十日(月・2)。ゆりかご。

 結局。俺の頭はうまく回らないまま、小粋なトークやジョークを捻り出すことすらなく。朝食はなんか無言のまま終わった。


 詩乃梨さんが空の湯飲みを差し出して来て、俺がおかわり作ってあげたり。


 俺が天板にこぼしちゃった肉じゃがの汁を、詩乃梨さんが手近にあったティッシュで拭ってくれたり。


 詩乃梨さんが、俺の頭に付いていたらしい寝癖を、毛繕いするように撫でつけて直してくれたり。


 俺が詩乃梨さんをぼんやりと見つめてたら、詩乃梨さんが意味も無く『ギンッ!』と雷龍の瞳を向けてきて威嚇してきたり。


 無言なんだけど、なんかやたらと会話しまくったような印象のある朝食だった。


 食事が終わって、洗い終えた弁当箱を詩乃梨さんに返し、こたつに取り残されていた手つかずの弁当を俺の通勤鞄に入れて。


 そして、今。俺と詩乃梨さんは、二人仲良く食後のお茶をずずずと啜ってまったりタイム。


「………」


 うーん。お茶がうまい。


 ……うーん。やっぱりよくわかんない。もう本人に聞いちゃおっか。


「詩乃梨さんさー」


「んー」


「今日はどしたの?」


「んー?」


 詩乃梨さんはのんびりとお茶を啜りながら、視線のみで『何が?』と問うてくる。


「いや、今日はさ、なんかいきなり来たから。しかもお弁当くれるし、実はお弁当は朝昼二食分だし」


「こたろう、夕飯はいっつもどうしてるの?」


「……………………………………き、休日は、わりと、自炊してますよ?」


「平日は?」


「……………………………………帰り道で定食か中華」


「帰り何時頃?」


「……まちまちだけど、ここしばらくは午後八時より遅くなったことはないな」


「八時ね。わかった。こたろう、食べ物の好き嫌い有る?」


「詩乃梨さんが作ったら毒でも皿まで食う自信有る」


 俺が即答したら、詩乃梨さんは憤怒の眼差しと脇腹への軽い肘鉄を放ってきた。


「わたし、毒作らないよ。こたろうは、そりゃ、美味しいものいっぱい食べてるんだろうから、わたしの料理なんて毒みたいなものだろうけど」


「俺がそんなこと思う人間だと、詩乃梨さんは本当に思ってるのかな?」


「………………………………………………うっせー、ばーか」


 詩乃梨さんはふて腐れるように言い捨てて、しかし、なぜかちょっとだけ俺の方へと身を寄せてきた。


 くっつき合う腕と腕。詩乃梨さんが纏っているブレザーはそこそこ生地が厚そうに見えるのに、俺が着ているパジャマの生地が薄いせいか、詩乃梨さんの体温がわりとダイレクトに近い感覚で伝わってくる。


 しばらくくっついたままでいると、裸の腕同士がくっつきあっているような温度にまで温もってきた。


 あまりにも心地良いぬくもり。なんだかこのままくっつき合って寝てしまいたい。犬と猫が寄り添って寝てるような絵面になるんじゃないかな。あー、それ癒される。詩乃梨さん癒やし効果ありすぎ。


 時間は、まだちょっとだけあるか。じゃあ、ちょっとだけ、寝ちゃおうかな。


 …………………………。


「あれ? 詩乃梨さんもしかして俺の夕飯も作る気してる?」


 さっきの会話の意味に今更気付いて、ちょっとだけ眼が冷めた。


 詩乃梨さんから返事はない。しかし、ほんの少しだけ頭が縦にこくりと動いた。


 こくり。……こくり。……こくり。……こくり。……こくり……。


「……………………………………」


 ――この子、完全に寝とるがな! マジかよ! 男の部屋来て寝るんじゃねーよ! 襲うぞゴルァ! いや襲わないけどね? そういうのは今はやらないって決めてるし。


 にしても、ちょっと、詩乃梨さん。俺のこと信頼しすぎたど思うの。全幅の信頼っていうか、なんかもう吹っ切れた感じの遠慮の無さですよこれ。いきなり朝早くに押しかけてきて、弁当渡してきて、一緒に飯食って、しかも夕飯まで作る気してるとか、え、おはようからおやすみまで詩乃梨さん尽くしじゃん。俺の部屋はいつからそんな桃源郷になったの?


 そんな事を考えてたら、二の腕あたりにぽすんと軽い重みを感じた。


「……こたろー……」


 詩乃梨さん、夢の中の俺に幸せそうに呼びかけながら、現実の俺に幸せそうに身体を預けていらっしゃる。俺が詩乃梨さん尽くしになるっていうか、詩乃梨さんが琥太郎尽くしを満喫してます、ご満悦。


 俺はちょっとだけ頭を下げて、詩乃梨さんの寝顔を覗き見てみた。


 あどけない、寝顔。顔をしかめたりだとか、眉間にしわを寄せたりだとか、何かを睨み付けたりだとか、そういう余計な強ばりがすこーんと丸ごと抜け落ちた、ただただ安らぎきった表情。


 それはまるで、母親の腕の中で、やわらかに揺られる赤子のように。


 それはまるで、自分を護ってくれる誰かが、愛してくれる誰かが、すぐそばで自分を見守っていてくれているのだと、そう本能で理解しているかのように。


「………」


 詩乃梨さんの、境遇について考える。


 中学校を卒業したばかりの女の子が、親元を離れてひとり暮らし。その道を選んだのは、家族との仲が悪いから。長期休暇の間も毎週屋上へやってきていたから、おそらく、今の学校に進学してからは一度も帰省していない。


 今の学校。それなりの進学校だと言っていた。そんな進学校で不動の一位を採り続ける。学校側は詩乃梨さんに勝手な期待をかけるだろうし、そんな詩乃梨さんを他の生徒達は妬みや嫉みの対象にするだろう。


 ……いや。妬み嫉みについては、『だろう』なんて憶測ではなく、実際に明確な悪意ある噂として、詩乃梨さんを苛んでいる。


 家に居場所がなく。学校にも居場所はなく。なら、彼女は、いったいどこなら安らぎをえられるのだろうか?



 その答えが、きっと、俺の隣でこうして眠る詩乃梨さんなんだろうな。



 いつもの屋上と同じ、俺の隣という、詩乃梨さんだけの居場所。詩乃梨さんのためだけに用意された、とてもあたたかい陽だまり。


 俺が、詩乃梨さんを求めるように。詩乃梨さんもまた、俺を求めていた。


 俺達は。互いに求めるものは違えど、確かに互いを求めていた。


「……おやすみ、詩乃梨さん」


 今だけは、俺がきみの揺りかごでいよう。


 そう決意して、俺はぬるくなってしまったお茶を啜りながら、詩乃梨さんのあたたかい体温を受け止め続けるのだった。

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