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五月十三日(土・了)。男の子の日。

 誰とでも仲良くできる快活な女の子と、特定の相手以外には引っ込み思案で臆病な女の子。俺の居所を辞した対照的な二人の少女達は、去り際に見せた顔もやはり対照的であった。前者はアヘってんのかってくらいいやらしい顔でそそくさと、後者は奥歯が砕け散りそうなほどに歯がみしながら泣く泣くといった具合。お前らそれ年頃の娘っこがしていい顔じゃねぇぞおい。


 なんで二人がそんな反応だったのかっていうと、まあ、あれね、この後に待ち受ける愛と肉欲の土井村夫妻劇場の予兆を何となく感じ取ったからだろうね、うん……。誰もはっきりと口にしたわけではないんだけど、空気が雄弁にそう物語っておりました。もし小説になったら空気が読めない男として表題にまでピックアップされてしまいそうな俺であってもこの程度は察せますのよはいメタ発言禁止ィー!


 ちなみに二人を見送る際の土井村夫妻の反応はというと、俺はポケットに手突っ込んだまま苦笑いであっさりと送り出し、詩乃梨さんはもうちょっと引き留めるかいっそナニかに誘おうかと迷いまくりの手つき顔つきでおろおろ。俺は詩乃梨さんにまでより一層の苦笑いを送ることになってしまって、そんな自分にも思わず苦笑。


 佐久夜も、香耶も、俺も、詩乃梨さんも、みんながみんな、それぞれが本来取るべき対応とは完全に真逆のことやってた形だな。かまってちゃんの佐久夜や乱交大歓迎の俺がさくっと別れてんのに、人付き合い苦手の香耶ちゃんさんと恥ずかしがり屋のお澄まししのりんがいつまでも離れがたそうにしてってね。


 にんげんさんは、複雑だにゃあ。――そんなことを思いながらベッドに横臥する俺は、ベッドを背もたれにして体育座り中な乃梨さんののどを背後からこちょこちょとくすぐるのであった。そして時は現在へ。


「オラ鳴けよ、にゃーにゃー鳴けよ、このメスネコが! このっ、このっ! ここか、ここがええのんか、おおん!?」


「…………………………フヒっ」


 調子こいてこちょこちょおちょくりまくってたら、詩乃梨さんののどから若干キモい笑いが聞こえてぼくちょこっとドン引き。詩乃梨さん自身もちょっと思ったらしく、今度はわざとらしく「ん、んんっ!」なんて咽を低く鳴らしながら俺の手をはたき落としてフイっとそっぽを向いてしまった。

 あはぁん、やっぱりしのりんはこのつれない所がエエのよね。俺に未成熟なカラダを思うさま貪られて素直ににゃーにゃー鳴いちゃう彼女もカワイイけれど、そのかわいさはやはりこのつれない態度があってこそ。畢竟、ホモサピエンスが遍く内包する特異な精神性はこの一言で表現できるであろう、即ちギャップ萌え。ツンデレしのりんギャップ萌えかわひひ♡ フヒヒっ♡


「こたろー、笑い方きもい」


「それ数秒前の自分自身に対する自爆っスけどいいんスか?」 


「なに言ってんの? わたしがそんな笑い方するわけないじゃん。『ごめんあそばせ、うふふ』とか、きっとそんな感じだったよ。普段のあいさつは、朝も昼も夜も常に『ごきげんよう』だよ。……こたろー、あなた疲れてるのよ」


 なんか色々毒されすぎな詩乃梨さんの返答であった。毒を盛った張本人である俺にはこれ以上突っ込むことができず、若干釈然としないものを感じつつも沈黙で話題を終わらせることを選択。


 でも俺が急に黙り込んでしまったせいで、詩乃梨さんがそっぽ向くのをやめて媚びるような上目遣いをちろろりと向けてきた。不安に揺れる彼女へと、俺の指先が伸ばされて、再びはじまるのどくすぐり。そうしてしばらくこちょこちょやってると、彼女の全身や特に瞼から力が抜け落ちていって、やがてどちらともなく「ふひっ」と笑う。


 風呂上がりの火照った体。二人共、良い感じに着崩したパジャマ姿。鼻腔をくすぐる、かすかなシャンプーの香りと、否応なく惹き付けられる異性のフェロモン。なのにやってることはくすぐりの刑とフヒヒ笑い。何やってんの俺ら……いやほんと何やってんの俺ら……でもこれちょー癒されるぅ……もうこのままえっちなしでもいいや……あ、これいつものパターンですやん……せっくすれすまっしぐらですやん……ねこまっしぐら……だめだ、眠ぃぃ……。


 なんて頭と身体を弛緩させきってたら、欠伸がふわぁっと漏れてしまった。それに気付いた詩乃梨さんが、はっとした様子で俺のほっぺをたしたしと猫パンチしてくる。


「ちょっと、寝ないでよ、えっちしないの? わたし、食べ頃だよ? うぇるかむだよ? 今食べないと、すぐ腐っちゃうよ?」


「いや、しのりんはあと百年くらいは余裕で腐らないから平気だよ」


「それもう腐り落ちて骨だけになっちゃってるよ! ばか!」


 エンバーミングについて語る暇もなく速効でビンタかまされて、俺は「うわわー」と枯れ葉のように吹き飛んだ。哀れK.Oを喫して天を仰ぐ俺だったが、間髪いれず腹へ詩乃梨さんのヒップアタックが降ってくる。ボクシングではなくプロレスだったかー、などとくだらないことを考えられる余裕があるのは、詩乃梨さんがあまりにも軽すぎるせい。この娘、ちゃんと体重四十キロ以上あるのか? やっぱもっと肉食わせないとあかんなこれ。


「ねえしのりん、俺今夜肉食いたいな。結構がっつりと」


「うえるかむだよ! へいお待ちっ、好きなだけがっつり食べていいよ! 賞味期限は今夜までだよ、百年とか無理だよ!」


「……? いや、下ネタ的な意味じゃなくて、普通に夕飯の話だったんだけど」


「ばかー!」


 再びばちこーんと頬を張られてベッドに沈む俺。しかし襟首掴まれてすかさず頭を持ち上げられ、詩乃梨さんの額とごっつんこ。そのまま詰るようにおでこをごりごりと擦られる。しのりん眼がマジ怖ぇす、久々に雷龍化してらっさる。


「どうしてそんな、ふつうなの? こたろー、わたしといっぱいえっちしたいって、言ってたじゃん!」


「や、それはそうなんすけどね? でもこうなんていうの、行き過ぎた愛はやがて癒しへと変わるというか、いつでもヤれると思うとべつに今ヤらなくていいじゃんっていうか」


「…………せ、せっくすれす……!?」


 がーん、とわかりやすいほどに衝撃を受けた様子の詩乃梨さんが、俺の首を解放してへなへなとへたり込む。一連の激しい動作で詩乃梨さんの胸元が若干際どくはだけてて非常に眼福。でも残念ながら勃起はしてな――いやごめん、半分くらいは勃った。でも残念ながらチョモランマまではいきません、理由は前述の通り。


 勿論、肉欲そのものが失われたわけではないし、時にはちょっと前までそうだったように興奮で鼻息荒すぎて鼻毛が根こそぎ吹っ飛びそうなほど脳味噌ピンク一色になったりもするけど、どうも一回タイミングを逃すと「さあ、ヤるぞ!」って感じにはならないんだよなぁ……。


 色んな変化が身に染みる近頃だけど、こんな変化はのーせんきゅーだったなーと思いながら、失意に沈む詩乃梨さんの頭をぽんぽんと撫でる。


「まあまあ、そう焦らないで。どっちみち、詩乃梨さんが高校卒業するまではそうのべつ幕無しにハメハメ波するわけにもいかなんだし。気長にゆるりといこうぜー」


「……………………ヤりたいって言ったの、こたろーなのに……。……わたし、もうあきられちゃったんだ……。半日どころか、数時間で飽きられた……。ばかな……」


「そう聞くとたしかに馬鹿なと言いたくもなるな……。でもやっぱりこう、何事にもタイミングってあると思うし……」


 ――ぴくり。俺の台詞を聞いた詩乃梨さんが、なぜかおもちゃを見つけた猫のように瞳の輝きを取り戻す。


「たいみんぐ?」


「え? うん、そう、タイミング。やっぱ男にも――ていうか俺個人の場合だけど、年中四六時中休み無く盛ってるわけじゃなくて、ちょっとは波あるからさ」


「………………こたろー、もしかして今、男の子の日なの?」


 思わず「ぶほっ」と咽せた。なんだその発想。でも女の子の日のデリケートっぷりを考えると、この発言に至った彼女へ無闇なツッコミを入れることも憚られる。結局俺に出来るのは、曖昧な首肯と返答のみ。


「ま、まあ、そうな。そこまで決まった周期じゃないけど、一応、男の子の日? なのかもな、たぶん」


「……………………。それ、そんな数時間で変わったり、……する?」


「え、えぇっと……、時間経過、っていうよりは、状況に左右される、かも? なんかこう、事前に予定を組んでえっちする、ってよりも、不意に『ぐっ』とくる仕草に魅せられて、ついついムラっと来ちゃうというか……」


「……………状況……。…………不意……。…………非日常……? …………あだるとげーむ……」


 最後唐突になんか不穏な単語混じったぞ、と今度こそツッコミ入れようとしたけど、それより先に詩乃梨さんがぱあっと満面の笑みを咲かせて嬉しそうに手を叩いた。


「わかった! わたし、もうばっちりわかったよ! あんだすたーん、えぶりしんぐ! いぇー!」


「あいやー、わかられちゃったかー! ………………え、なにを? マジでナニを? あとしのりんテンションアゲアゲすぎない?」


「わかってる、わかってる。こたろーは何も言わなくていいから。わたし、ちゃーんとわかってるから、うんうん」


 詩乃梨さんは俺の唇を指先でそっと押さえながら首を横に振り、かと思うと今度はクールなドヤ顔という謎の表情で何度も何度も首肯する。ツッコみたい。今こそ全力で、アダルトゲームから何を連想して自己解決に至ったのかを力いっぱいツッコまないと、後々なんかとんでもないことになりそうな気がビンビンする……!


「ひ、ひのりふぁん――」


「あ、そうそう、夕飯お肉いっぱいがいいんだよね? まかせて、今日は奮発していっぱい入れちゃうよ! もうね、一パック分全部入れちゃうからね!」


 あっ、詩乃梨さんはやっぱり詩乃梨さんだった……。詩乃梨さん基準の肉1パックって、正味百グラムもないからね。これで『奮発』と言えちゃうあたり、詩乃梨さんは自分を見失ってはいない。


 じゃあほっといても大丈夫……、かな?


「……じゃあ、ゆうふぁん、おねがいひまふ」


「お願いされたー! まっかせろー!」


 俺の首肯を受け取った詩乃梨さんは、俺の上から軽やかに飛び降りると、アゲアゲテンションのままにスキップしながら台所へと向かった。そしてやがて聞こえてくる、調理器具をかちゃかちゃやる音と、すっかりお馴染みとなった詩乃梨さんメイドのかわいらしい鼻歌。


 俺は起き上がってベッドの縁に腰掛け直し、ちらちら見えるしのりんのかわいいお尻と、しっぽみたいに揺れる銀色の毛並みをぼんやりと眺めて、ふっと笑う。


 どうやら、次回のえっちっちは詩乃梨さん主導で開催される運びとなったらしい。これまでもわりと詩乃梨さんは積極的に俺を求めてくれたけど、初っ端から詩乃梨さんがあそこまでノリノリというのは今までに無かった展開だ。


 はてさて、いったいどんなご奉仕で俺を悦ばせてくれるのやら。それを思うと、賢者タイムだったはずの股間がじわじわと弾道を上げていって、「やっぱ今すぐヤらせてもらった方がよかったかな……」なんてちょっぴり後悔しちゃう俺なのでした。

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