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五月四日(木・了)。彼女は髪に何を見る?

 せつなくも爽やかなエンディング曲に乗せて、スタッフロールがゆっくりと流れてゆく。それを見つめる詩乃梨さんの瞳は完全にまばたきを忘れ、思い出だけを――『想い』だけを残して消えてしまったあの娘の残滓を、ただただ映し続けていた。


「………………………………………」


「………………………………………」


 その様があまりに呆然としすぎているものだから、俺は首や腕を大きく回して凝りをほぐすポーズのまま固まってしまった。

 終わった終わったーいやー一時はどうなることかと思ったけど終わってみれば中々泣ける良いシナリオだったじゃないすかーねーどーでしたかしのりん初めてのギャルゲーのご感想はーえっへっへー、と御機嫌伺いがてら軽く話題を振るつもりだったのだが、なんかそんな気軽に声かけらんない雰囲気。声かけるどころか身じろぎひとつすら憚られるレベルなので、俺は洒脱なポーズのまま息を殺してしばし物言わぬ銅像と化しといた。


 長いようで短かったスタッフロールが終わり、終幕であると断言するfinの文字も消え、程なくして自動的にタイトル画面へと戻されて。それから更に数分が経過した頃、ようやく詩乃梨さんは再起動して、目元の涙を袖で乱暴にごしごしと拭った。


 はあっと熱くて湿った溜め息を吐いた彼女は――、完全に無意識の仕草で再びコントローラーを構えて、また画面の向こうにあの娘の姿を追い求めながら、少し掠れた声で問うてくる。


「……からのー?」


「なにがやねん……。あれはもうあれで終わりでしょうよ。終盤はやや急ぎ気味だったけど、ラストは結構綺麗にまとまってたでしょうが」


 若干呆れ気味に答える俺を見ることもせず、詩乃梨さんはちっちゃな背中を丸めてしょんぼりしながら、不満げに頬を膨らませてぶつぶつぶー垂れなさる。


「だって……、昨日の映画とかはさ? 宇宙に『ぽいっ』て放り出されても、爆発に巻き込まれて『あ、こいつ死んだ……』ってなっても、最後はけろっとした顔で、奥さんや子供のところに戻ってきてたじゃん?」


「全米泣かすアクション映画の主人公的タフガイっぷりを、美少女ゲームのヒロインに期待しないでちょうだいね? それ、求める方向性がハンバーガーと和食くらい違うから……」


 せっかくしんみりしつつも前向きな感じのイイ話として終わったのに、こっからヒロインが『ヒャッホゥーィ!』とか笑いながら爆炎を熱めのシャワー扱いして帰還してみ? あまりに意味不明すぎて逆におもしろいわ、そんなん。


 なーんて意地の悪いことを言うほど野暮な琥太郎くんではないので、詩乃梨さんの頭を優しく撫でてあげながら「でも」と台詞を付け加えました。


「そういうご都合主義っぽい後付けのハッピーエンドでもいいなら、一応可能性が無いわけでもないかな」


「……? どういう、こと?」


 よくわかっていないながらも、一縷の望みを瞳に宿して見上げてくる詩乃梨さん。彼女の希望の火に薪をくべてあげるべく、俺はネタバレにならぬよう気を遣いつつ解説する。


「この手のゲームって、全ヒロインを攻略した後に『真のエンディング』が解放される、ってことがままあるからさ。物語のその後を描いたりとか、ifのおはなしであったりとか、内容の方向性は作品によってわりとまちまちだけど、概ね『みんなが笑って迎えられるハッピーエンド』になることが多い……かな? あくまで個人的な見解だけど」


「……………………。こたろー、こういうゲーム、そんなに分析できるほどいっぱいやってるの――」


「きゃいんきゃいんキャイン! くぅ~ん、くぅ~んッ!」


 速攻でごろんと仰向けに転がって腹見せつけながら鳴きまくりました。どうよ、この有無を言わさぬ電光石火の服従ポーズ! よほどのサディストでもなければ追い打ちなどかけられまい、ハッハッハ!


 舌を出してハッハッハ言いまくりながらつぶらな瞳で見上げる俺に、詩乃梨さんは多少イラッとした視線と軽い平手打ちを繰り出してきた。――ぼくちんの、タマタマへ。


 ジュンッ………………! あいや間違えた。ヒュンッ………………!


「……そっか。こたろーって、こういうの、いっぱいやってるんだ……」


「きゃいんきゃいんくぅ~んくぅ~んわぅんわぅんひゃいんひゃいん!」


「べつに、もうそんなに怒ってないから。………………そっか、こたろーって……。そっか、うん」


 何をそんなに何度も「そっか」と頷いてるのかと、不思議に思って見て見れば。詩乃梨さんは自らの髪を一房摘まんで、眺めた白銀の毛先をよじよじとより合わせていた。


 はて? 本当にもう怒ってはいない様子で、むしろ今度はちょっと嬉しそうにしていらっしゃる。なにゆえ?


 タマタマ見せつけたまま首を捻る俺を捨て置いて、詩乃梨さんは「よっし」と気合を入れ直しながらテレビへと向き直る。


「続き、やろっか」


「わうーん!」


「それもういいから。……ほら、おいで」


「わーい!」



◆◇◆◇◆



 斯くして、リアル美少女による二次元美少女攻略・第二部が開幕したわけなのだが。


 灰色の少女と心を通わせた直後に、また別の女の子と恋仲になる。そのなんとも言えない、避け得ない罪悪感に負けてしまった詩乃梨さんが、真のエンディングに到達することができたのは――、それから、数週間後のことであったという……。

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