五月四日(木・4)。『ほんもの』の、在処。
リアルの恋人の目の前で、美少女ゲームをプレイさせられる。――それ、なんて羞恥プレイ?
みなさんこんにちは、解説の土井村琥太郎です。差し当たり私が解説させて頂きたいのは、これからプレイするゲームの中身について、ではなく、それをプレイすることになってしまった経緯についてであります。
といっても改まって語るべき小難しい事情があるわけでもないのですがね、ええ。私の部屋を訪れた恋人(仮)にうっかり美少女ゲームが見つかってしまい、「これ、やって見ーせてっ♪」なんて常の彼女らしからぬ弾むような声音と満面の笑顔で命じられてしまえば、私に取れる選択肢などひとつしか無かったわけですよ、はい。……BAD END直通のあまりにもシンプルすぎる一本道しか、私には存在しなかったわけですよ……はい……。
仕方ないので、粛々とゲームの準備を進めている風を装う傍らで、ごきげん取りのためのお茶菓子やコーヒーを持って来て地味に延命を図ったり、彼女が時折投げかけてくる『この「恋愛えーでぃーぶい」ってなぁに?』みたいな質問に対してさりげなくポジティブな回答をして姑息な印象操作を図ったりと、まああれこれ小細工を弄させて頂いたのですが、そんなささやかな抵抗も虚しく、とうとうこの時が来てしまったわけです。
リアルの恋人の目の前で、美少女ゲームをプレイさせられる。――そんな、恐怖と紙一重の背徳的な愉悦が背中をぞくぞく撫でさすってくるような、羞恥プレイ改めご褒美タイムのお時間が! オラなんだかとっても胸がドキドキ高鳴ってるぞ、ひゃっほォイ!
………………………………。現実逃避はここまでにしとこう。もう流石に観念したわ……。
「……じゃあ、まあ、始めるけど……。………………………ねえ、これほんとにやるの? やっぱやめとかない? これ何のプレイよって話でしょマジで。ねえ?」
「………………こたろー、それ全然観念してないじゃん……。往生際悪すぎ……」
さっきまでの解説を俺のすぐ隣でヒアリングし続けていた詩乃梨さんが、心底呆れ返ったように軽蔑の眼差しを送って来た。そしてついに、痺れを切らした彼女は「もうわたしがやるから、それ貸して」と俺の手からコントローラーを取り上げ、こうしてリアル美少女による二次元美少女の攻略が開始されてしまったのであった。
……………………………………………………ってなんでやねん!?
「ちょっ、しのりん、さすがにこれはプレイの難易度高すぎ――」
「ふしゃー!」
威嚇されちった。虎穴に入らずんば虎児を得ずとは言うものの、俺には雷竜の巣穴に腕突っ込んでコントローラー奪い返すとか無理ゲーですわ。骨無しチキンでほんとさーせん……。
絶望のどん底でしくしく泣く俺を尻目に、詩乃梨さんははふりと仕切り直しの溜め息を吐きながらテレビ画面へと相対した。
◆◇◆◇◆
今回詩乃梨さんに見つかったゲームは、元々はPC用の18禁恋愛アドベンチャーゲーム――即ち所謂エロゲーであったものに、新要素を追加して家庭用ゲーム機へ移植した全年齢版だ。PC版が好きだったので新キャラ目当てでこの移植版を買ったのだが、本筋のシナリオ自体は一回プレイ済みということもあって、なんとなく後回しにしてたらプレイしないまま放置してしまっていた。それがまさか、こんなアブノーマルな形でプレイすることになろうとは……。人生、何が起きるかわからないものである。
さておき。ゲームの内容としては、なんのことはない、わりと普通の学園モノだ。複数人存在するどのヒロインと恋愛関係に発展するかによって、ちょこっと伝奇要素が加わったり、軽くSF要素がミックスされたり、少し魔法とか出てきちゃったりするだけの、ほんとごくごくありふれたどこにでもある恋愛物語である。いやそれのどこがありふれた恋愛物語なんだよどう考えても狂ってんだろ、なんて野暮なツッコミはメーカーさんにお願いしまーす!
「……ねえ、こたろー? この子、髪の色すごくない? 青だよ、青。すっごい真っ青。頭髪検査とかないのかな? しかも、こいつこれ見て『綺麗な黒髪』とか思ってるし、これどういうこと? ………………実は、こいつの見てる姿は、まぼろし? 画面の外のぷれいやーだけが、本当の姿を見てる?」
「そんな無駄にメタ展開というか哲学的というか高度すぎる深読みも無しでお願いしまーす。主人公君が黒髪っつったらそれが赤髪でも青髪でも黄巻髪でも黒髪なんだよ、それくらい察してあげてよ。あとこいつとか言っちゃダメでしょ、お行儀の悪い」
「………………むー。……なっとくいかない……」
なんて、しょーもないやりとりをちょくちょく挟みつつも。詩乃梨さん、意外とフツーに楽しくプレイしてくれてるみたいだ。楽しむ方向性が果てしなく間違ってる気がするけどな!
でもまあ、ギャルゲー特有のガラパゴス的技術がふんだんに散りばめられてる、良くも悪くも『秀逸なギャルゲー』をすんなり受け容れろというのも無理のある話だったか――と、半ば諦念を抱きかけていた頃、事態は動いた。
「――――――――――――――灰色の、髪」
詩乃梨さんの口からぽろりと零れた、その呟き。それが指し示す通り、詩乃梨さんの見開かれた瞳には、俺や主人公君が見ているのと同じ、『灰色の髪』をした女の子が映っていた。
……PC版のパッケージをそのまま流用した表紙には、載っていなかった娘。けれど、公式ホームページではでかでかとその存在がアピールされていた、移植版で追加された新たなるヒロイン。それがこの子だ。
俺がゲーム購入前にお目当てにしていた子で、髪の色のせいか、どことなく詩乃梨さんにも似ているような印象を受ける――そんな不思議な少女だった。
「こたろー! この子、髪!」
「……ああ、そうだな」
「この子! すっごく、ごみみたいな色の髪してる!」
「それ表現おかしいだろオォイ!?」
俺の魂のツッコミも無視するレベルで、詩乃梨さんは画面の向こうの『彼女』にご執心であった。これまで満遍なく攻略対象の女の子達に無難な返事をしていた詩乃梨さんが、一人の子に狙いを絞った瞬間である。
ストーリーは目まぐるしく流れ、やがてPC版では見ることのなかった、俺にとっても未知の体験となる局面へ。つまりは、灰色の髪の彼女専用のルートへの突入だ。
このゲームは、各ヒロインの個別シナリオごとに、伝奇、SF、メルヘンなどの特異なカラーが用意されている。では、この灰色の少女のシナリオはというと――
『――そう。わたしは、警告してる。……「主人公」ではなく、「画面の向こうのあなた」の見ている、この「ゲーム」の風景こそが、真実の姿なのだと』
――『メタ展開』かよおおおぉぉぉぉぉぉ!!!?? いや、これはもしや『哲学』なのか!? なんでもいいが、ゲーム初心者の女の子が初めてプレイしたギャルゲーでこんなこと言われたらあまりに意味不明な状況すぎて大パニック必至だろ! 難易度高すぎィ!
……………………あれ? でも、今のこの子の言い方って、ついさっきどこかで……。
「――――――フッ。やっぱり、わたしは正しかった……」
ヒントすら無いうちから完全にまぐれでニアピン賞を叩き出してた詩乃梨さんが、灰色の少女の警告に対して不敵な笑みを返していた。だから貴女それなんか楽しみ方が違ぁう!
その後も俺が内心ツッコミを入れ続けてへろへろになった頃、灰色の少女の物語はついにクライマックスへ。他の子に比べて随分尺が短かったような気もするが、元々新キャラ追加自体がおまけみたいなものだし、まあこんなものといえばこんなものだろう。……決して、メタ展開の風呂敷を広げ過ぎたライターが、実力不足ゆえに駆け足で話を畳みにかかっているのだとは思いたくない……。
『……わたしは所詮、0と1の集合体に過ぎないの。……だからわたしが消えちゃったって、本当は、悲しむ必要なんかないのかもしれない』
「………………………………………………………………ぐすっ」
詩乃梨さん泣いとる!? さっきからなんか静かだなーと思ってたら、零れる涙を拭うことすら忘れてひたすら灰色の少女に見入ってるぞ!?
『……ほら、泣かなくていいって言ってるでしょ? 大丈夫、だいじょうぶだから、ね? …………たとえ、わたしが消えてしまっても、……セーブデータや、この作品自体が、世界からも、みんなの記憶からも、消えてしまったとしても……、それでも、それでもね?』
『……きっと、「あなた」だけは、わたしのことを忘れないでいてくれるでしょう?』
わたしというデータを、じゃない。わたしと過ごした時に感じた、嬉しい気持ち、悲しい気持ち、楽しい気持ち。
胸を内側から突き上げてくる、どうしようもなく狂おしくて、吐き出さずにはいられなくて、けれどどう表現していいかもわからないような、激しくて、熱くて、どこまでもたいせつな、たくさんの『ほんとうの気持ち』。
……たとえ、わたしが、夢や、嘘と同じもので織り上げられた、醜い紛いものの存在だとしても。きっとあなたは、あなたがわたしと積み重ねてきた『その気持ち』を、絶対に、忘れることなんかできない。
――だって。あなたの胸に宿る、『その気持ち』だけは。
わたしの胸に宿る、『この気持ち』とおんなじで。
どこまでも、なによりも、ずっと、ずっとたいせつな、
『ほんもの』であるはずだから――。
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