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五月四日(木・3)。はいげーまー。

 さてさて。朝食を終えて自由時間に突入したものの、お外にお出かけすることもお家でえっちっちすることもできず、映画も昨日散々っぱら見まくったのでしばらくお休みしたいしで、特にやることが思いつかなっちゃって暇を持て余し中な、現在。

 点けっぱなしのテレビから垂れ流される、有閑マダム向けであって俺ら向けではない通販番組を二人でぬぼーっと眺めながら、時折思い出したようにおせんべ摘まんだり缶コーヒー啜ったりしてます。


 うーん、暇。勿論これはこれでのんびりまったりしてて悪くないんだけど、睡眠も食事も摂ってエネルギー充填されきった上で休日が四日も残されているという特殊必殺技でも撃てそうな完全フルパワー状態なので、暇のみならず気力と体力まで持て余しちゃってて、流石にちょっとなんかやらないと勿体ない気がする。本来ならこういう時こそえっちっちの出番だろうけど、それはナシでーす。………………無しなんでーす…………しょぼーん………………。


「んー。……ゲームでもやるか?」


 必殺技、から連想して、簡潔にそんな提案をしてみた。


 唐突に話題を振られた詩乃梨さんは、けれど特に驚くこともなく、「げーむー?」と反芻する。……反応は返してくれたものの、肯定的でも否定的でもない、なんかよくわかってないっぽいニュアンスのお返事であった。


「うん、ゲーム。昨日みたいなパズル系でもいいし、あとはアクションとか、戦略系とか、RPGとか……。あ、RPGってわかる? ロールプレイングゲームのこと――って言っても、これじゃなんのことかさっぱりだよなぁ……」


 どう説明したものかと頭を捻る俺を、詩乃梨さんは呆れ混じりのジト目でじろりと睨め上げてきた。


「わかるよ、あーるぴーじーくらい……。バカにしてるの?」


「してないって。ただ、しのりんってテレビゲームとかあんまやったことない感じの人だろうからさ」


 俺の露見したオタク趣味に対して、偏見を持たなかった詩乃梨さん。だがこれは、理解があるのではなく、むしろ逆にオタクの何たるかをまったく理解していないがゆえの反応だろう。オタク趣味の行き着く先にギャルゲーやエロ同人や廃ゲーマーやボトラーや、それに『オタク=犯罪者予備軍説(ざけんなゴルァ!)』なんかの混沌地帯が広がっていることを知ったら、流石に多少なりとも眉を顰めずにはいられまい。


 という俺の予想こそ、偏見に塗れたものであったのだろうか。


「言っとくけど、わたし、けっこう『げーまー』だからね? たぶん、こたろーがびっくりするくらいに」


 俺の勝手な決めつけに誇りを傷つけられてイラっとしたのか、詩乃梨さんはやたら剣呑な口調と目つきでグサグサと突き刺してきなさる。えぇぇぇぇぇ、しのりんがゲーマー……? 昨日、決して出来が良いとは言えない3Dのオープニングムービーにすらいちいち過剰にぴくぴく反応してたくせして、この子なに言ってんの?


 ……いやでも、グラフィックにも操作にも、やたら順応は早かったよな、そういえば。ゲーマーと呼べるレベルではないにせよ、ある程度の素地は有るってことなのか?

 

「ふーん、しのりんってゲーマーなんだ?」


「そうだよ。はいげーまーだよ。もうね、ものすっっっっっっっごい高みにいるんだからね、わたし。こたろーなんか、わたしの足元にも及ばないみそっかすだね、ふふん」


「…………………。一応言っとくけど、はいげーまーの『はい』は、高いって意味の『High』じゃないからな?」


「………………………………………。はいぱー――」


「それも違う」


「…………………………………………………………からのー?」


「いや、普通に違うから、マジで。嘘だと思うなら佐久夜にでも聞いてみなよ。もしくは、香耶ならたぶん意味知ってるし、詩乃梨さんに嘘を吹き込む心配もないと思う」


「……………………………………………………………………。え、まじで?」


「うん、マジで」


 それからも『まじで?』『マジで』のやりとりを繰り返すこと、およそ十回。詩乃梨さんはようやく負けを認めて力無くかっくりと項垂れ、「まじかー……」という呟きと共に魂を手放した。うわぁ、物の見事に真っ白に燃え尽きとる……豊かな銀色を誇るはずの髪が白髪に見えちゃってるよしのりん……。


 なんと声をかけていいものやら手をこまねいていると、詩乃梨さんはアンデットと化したかのようにゆらりと立ち上がり、力無い足取りでパソコンの方へと向かった。程なくして戻ってきた彼女の手には、さっきまで充電器に刺さってた詩乃梨さんのスマホ。


 突っ立ったままでしばし何かをぽちぽちと操作した詩乃梨さんは、やがて無言で小さな液晶画面を見せつけてきた。俺は多少怪訝に思いながらも、ひとまず首を伸ばして詩乃梨さんの見せたがってるものを覗き込む。


 そこに映っていたのは、g○○gle先生による『はいげーまー』の検索結果でも、佐久夜や香耶によるお返事でもなく――オタクなら誰でも知ってる超有名タイトルのケータイ移植版であった。


 ちなみに俺はこれの移植前のやつをクリア済みなので、プレイ画面見せられりゃどのへんの進行度なのかくらいは大体わかる。その経験に照らし合わせてみると、詩乃梨さんはどうやら結構終盤あたりまでプレイ済みであるらしい。これ昔のゲームにしては――というか昔のゲームだからこそ結構面倒臭い仕様になってるはずなんだけど、それをここまで進められたのであれば、ゲームをやる人という意味での『ゲーマー』を名乗ってもおかしくはないだろう。


「あー、マジか……。ごめんねしのりん、俺が間違ってた」


 まあ、やっぱりオタク基準の『ゲーマー』ではないだろうけど……なんて思いには蓋をして、ひとまず己の過ちを認めて素直に頭を下げておいた。


 が、俺の微妙な不満を見透かしたのか、詩乃梨さんは俺よりもっとずっと不満げにほっぺたを膨らませる。


「むー。それだけー?」


「え、それだけって言われても……。いや、流石にスマホでレトロゲーやる程度じゃ、やっぱり俺ら的には、ゲーマーでは、ないと、思う、ん、だ……け……………………。

 …………………………………………………………………はあぁっ!!!???」


 一瞬、我が目を疑う情報が視界に飛び込んできて、思わず詩乃梨さんの手からスマホをひったくってまじまじと見つめた。


 そこに映っているのは、ラストダンジョン手前あたりの街中で足踏み中の主人公パーティー一向。――そして、画面右下には、主人公達の能力値欄が常駐していた。



 Lv――99


 HP――9999


 MP――9999


 

 レベル、ヒットポイント、マジックパワー、その全てがカンスト済みであった。それも、戦士も魔法使いも関係無く、メンバー全員が。おそるおそる画面をタップして詳細を確認してみると、さすがに力や素早さなんかの細かい数値はオールカンストに至っていなかったが、それでも八割近くの項目は上限いっぱいまでドーピング済みであった。


 ドーピング。このゲーム、普通にプレイするとレベル99になってもHP・MPは999まで届かない仕様なのだが、稀少アイテム使って+1ずつドーピングしていけば理論上はカンストまで鍛えられるのだ。だが、ご多分に漏れず稀少アイテムの稀少っぷりが半端ではなく、俺はクリアするまでに合計で十個も入手していない。……ただ、スマホ移植版は『各種パラメーターの上限が一桁増える』というお遊び要素の追加に伴い、ドーピングアイテムの入手難易度が多少引き下げられてはいる……らしいのだが、それにしたって八割方カンストっておかしいだろ。最早、狂ってると言い換えてもいい。


「………………………………これ、裏技とか、使った? 攻略情報サイトとかに、載ってるやつ。もしくは、チートツールとか……」


 声に滲んでしまう戦慄をどうにか力尽くで抑え込みながら、一番有り得そうな可能性について問うてみた。


 だが。詩乃梨さんは俺の様子にちょっとビビって後ずさりながら、衝撃の解答を口にする。




「う、うら、わざ……? 情報さいと……。………………わたし、そんな、『ずる』とかしないで、ちゃんとぷれいしてるよ?」




 ――裏技や情報サイトやチートツールの使用。そんなのはただのズルであって、制作者の望む、ゲームというもの本来の『ちゃんとした』遊び方ではない。


 そんな当たり前のことを、当たり前のように言われて――、俺は、思わず全力で床に額をたたきつけていた。


「マジすんませんっしたぁ! 詩乃梨パイセンの仰る通りっす!! 俺が全面的に間違ってましたぁッ!!! 詩乃梨パイセンこそゲーマーの鑑っす、ウッス!!!!」


「え、え、え、う、ひ、あ、ふひぇえっ!?」


 いつの頃からか、初見のゲームですらも攻略サイトを見ながらのプレイが当たり前となり、遊んだことのないゲームもプレイ動画を見て勝手に遊んだ気になり、最近はろくにゲームもしなくなってRTA動画みたいなゲームとは別次元の何かをゲラゲラ笑いながら見ていた、そんな自分を鉄筋コンクリートで力いっぱいブン殴ってやりたい。こんな俺が、詩乃梨さんみたいな『本当の意味でのゲーマー』相手に、どのツラ下げてゲーマーのなんたるかとか語っちゃってんのバカなの死ぬの?


「詩乃梨パイセンまじリスペクトっす! どうか師匠と呼ばせてくだせぇ! いや俺ごときケチなチンピラ風情が師匠と呼ぶだなんておこがましい、むしろ俺のことを『ごみ』でも『くず』でも好きに呼んでくだせェ!」


「………………………………………………………………ご、ごみく、ず――」


「まじあざああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっス――あ痛っ」


「うるさい。近所迷惑」


 床に擦りつけていた頭をふんわりと踏まれながらたしなめられて、俺は小さく愛想笑いしながら「でへへ、さーせん」と謝罪するのであった。


 踏まれたばかりの後ろ頭を掻きながら、ようやく上体を起こしてみれば、そこには仁王立ちする詩乃梨さんの何とも言えないびみょーな表情が。


「…………こたろー、なんなの?」


「なんなのとはなんのことスか、詩乃梨パイセン?」


「………………だから、その口調と……、あと、ぱいせんってなに? ……セクハラ?」


「いや、パイセンっていうのはべつにおっぱいとも乳腺とも関係なく、『先輩』の粋な呼び方っす。寿司をシース―と言ったり、六本木をギロッポンと言ったりする、業界用語的なアレっす」


「………………………なんで、わたしが先輩なの?」


「詩乃梨パイセン――失礼、詩乃梨さんが真の意味でゲーマーを名乗るに相応しい気高き心をお持ちのお方であったからであります」


「……………………………………ばかにしてる?」


「心から尊敬してる。崇拝と言い換えてもいい。詩乃梨さんマジ最高神。遍く天と地を照らします大御神、その名は詩乃梨。あいらぶゆー」


「…………………………………………………………。ふ、ふぅーん……?」


 お、まんざらでもない感じでほっぺた赤くしながらフイっとそっぽ向いたぞ。俺の誠意、ばっちり伝わったみたい。…………………………………………え、なんで今の意味わからないハイテンションと勢い任せの理屈で誠意伝わっちゃったの? しのりんチョロすぎ。ここはもっと『オタクきも……』ってドン引きしていい所よ? いや今のはオタクとは関係無く純粋に俺個人がキモかったねごめんなさい。


 ちょっぴり冷静になった俺は、詩乃梨さんのお手々にスマホを返すと、ついでに本棚の前まで四つん這いで歩いてってゲームを漁りにかかった。


「ねーしのりーん、どんなゲームやりたーいー? わりと色んなジャンルあるよー。ほらほらー見て見てー」


 おしっこに後ろ足で土引っかける犬みたいなポーズで、棚の中から取りだしたケースを詩乃梨さんの方へぽいぽいと広げていく。もう多少コアなのでもえっちなのでもなんでもかんでも手当たり次第だ。しのりんがHighゲーマーであることを思い知らされた今、俺如きが無駄な気を回してゲームの餞別をして差し上げるなどというおこがましい行為に走る勇気は無い。


 詩乃梨さんはしばしきょとーんと棒立ちしていたが、やがて可笑しそうに吹き出すと、なんだか晴れ晴れとした表情で俺のお尻の穴の方に寄ってきてくれた。いや尻の穴じゃねぇよゲームの方だよ、しのりんが変態に思われちゃうような紛らわしい表現やめて!


「………………………………。ねー、こたろー? わたし、これがいいなー」


「え、もう良いヤツ見つかったの?」


 まだここ掘れワンワンしたかった気がしないでもないけど、詩乃梨さんにゲームケースでケツをぺしぺし叩かれて、ひとまず穴掘りを中断する俺。


 振り帰った先には。しゃがみ込んだ生足の膝に頬杖ついて、とあるゲームのケースをひらひらと振って見せながら、実にイイ顔でにまーっと微笑みかけてくる彼女がいた。あらなにこの初めて見る仕草、とっても可愛い♡


「ね、ほら、こーれ。はやくやろー?」


「はいなー、まかせてちょんまげ……………………………………あ、すみません、ぼくちょっと急に生理痛があいたたたたた、ごめんちょっくら厠に――」


「逃げるな」


「はい」


 笑顔のままで有無を言わさず命じられて、腰を浮かせかけていた俺はすとんと正座し直した。


 とっても素直な犬っころを見て「よしよし♪」と満足げに頷く、とってもとっても可憐で愛らしい、ぼくの大好きな飼い主様。




 そんな彼女の右手には、これまたとっても可憐で愛らしい女の子達がきゃっきゃうふふしている、ギャルゲーのパッケージが摘ままれておりました。詰みです! アーメン……ッ!

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