五月三日(水・7)。女の子は、いつも突然。
とっても恥ずかしがり屋な雷龍さんらしからぬ、とってもウェーイでイッキでアゲアゲなはしゃぎっぷりを惜しげもなく披露してくれた詩乃梨さん。
『これ後で我に返ったら羞恥に身を焼かれながらの不貞寝コースじゃないかなー、そしたらもっともっと恥ずかしい思いをさせて羞恥の記憶を上書きして差し上げるのがよろしかろうなー、そしてその後はもっとっもっとも~っと恥ずかしいアブノーマルプレイに引きずり込んで更なる上書きをば……』などと人類初の永久機関爆誕について思いを馳せた俺だったけど、残念ながら詩乃梨さんはそもそも不貞寝してくれませんでした。偉大なる道の一歩目から華麗に挫折したサイエンティスト土井村に黙祷。
で、不貞寝してくれなかった詩乃梨さんが、我に返った時にどうしたかっていうと。
「ふしゃー!」
いつもの威嚇でありました。なぜだ。共に手を取り合ってウェーイした仲である俺に、なにゆえ牙を剥く? やはり世のウェーイ達は、表面上は仲良さげに見えてもその実水面下で激しい縄張り争いを繰り広げているものなのだろうか? 人も所詮は獣ということよの。男は皆、可能性のケダモノ。ロリコーン。
そんなアホなことを考えながら、詩乃梨さんの見え見えな内心も真っ赤っかなほっぺたも敢えて見なかったことにしてあげて、現在。
「ふしゃー! ふしゃー! ふー! しゃーッ!」
なぜか先程以上にひたすら威嚇され続けている俺でありました。なぜだ。
ちなみに今は、件の落ち物パズルゲームをみんなでかわりばんこにプレイしてるとこだ。部屋奥側の大型テレビを前に、詩乃梨さんを胡座の中に納めた俺が定位置からこたつに入り、佐久夜と香耶が綾音さんの定位置である部屋中央に陣取って、二人一組で1P側と2P側に別れて対戦中。二人一組ってか、たまに佐久夜と香耶が仲間割れ起こして内戦勃発したりしてるけど。
あと土井村夫妻チームに関しては、今の所詩乃梨さんがメインで、俺はそのセコンドに徹していた。このゲームどころかそもそもテレビゲーム全般未経験な詩乃梨さんには、ボタンの操作方法どころか『ゲームとはそもそもなんぞや?』ってところからの根本的な解説が必要だと思ったからだ。
だが――。
「ぇああっ!? ちょいちょっ、しのちーそれ反則!? 嘘うそうそうそっ、待って待って待って待ってやめてやめてやめてやめてあああああぁぁぁあぁああああああ!? あーあーあーあーうちの築き上げた城がぁ! 奇跡の二十連鎖がぁぁぁぁヒィィィィィ!?」
「……さくや、うるさい。あとそれ、二十もいってない。三連鎖がいっぱいあるだけ。さっき凄かったのは、ただのまぐれ。だからもう、どや顔禁止。……どやぁー」
「しのちーのドヤ顔かわいいなぁ、使い方変やけど――じゃなくって! まぐれだって三回起きれば実力なんですぅーどやぁー! まぐれだって立派な実力なんですぅーどやぁーどやぁー! ばーか! しのちーのばーゴぶッ!?」
「詩乃梨ちゃんに正面から罵声を浴びせるとは、随分と良い度胸ですこと……。私に一回も勝ててない分際で、どの口が詩乃梨ちゃんを馬鹿呼ばわりするんですかぁぁ……? 私に、勝てない人が、私に勝てる詩乃梨ちゃんを、なぁぁぁんで馬鹿なんて呼べるんですかぁぁぁぁぁぁぁ……………………?」
「っ、げ、げぶっ、だ、だって、かやちー卑怯なんだもん! しのちーは普通に戦ってくれるのに、かやちー絶対こっちの良いとこで邪魔ばっかすんだもん! この根暗陰険腹黒メガネっ! そのくせ、しのちー相手だと接待プレイしやがってっ! このくそびっちあばずれ――――――――げピっ」
「どどどどどどどどこが接待プレイだって言うんですかっ!? あ、あのあの詩乃梨ちゃん、わ、私っ、ほ、ほんとほんとほんとにそんなこと絶対私してないですからそんな真剣勝負で接待プレイとかいくら初心者相手だって失礼千万極まりないってわかってますほんとですからほんとですからっ!?」
「ん。わかってる。単にずるい手使わないだけで、ちゃんと真面目にやってるんだって、ちゃんと『わかる』よ。………………でも、次からは……、ちょっとずるくても、いいからね? わたしも……、次は――」
――ちょっとだけ、本気、出しちゃうから。
殺意が込められておらずとも、それを聞いた者は己の死期を予感せずにはいられない、そんな死の宣告染みた宣言。それを口にした少女のやわらかな頬は、如何なる理由によるものか、どこか恍惚に近しい緩みと色彩を帯びていた。
死を告げる、恍惚の天使。そんな人智を越えた存在を前にして、その敬虔な信者たる香耶はというと、なんかもう恍惚通り越して発情と絶頂を三回くらい迎えたような蕩ける笑顔で「ええ、是非、ぜひ本気でお願いします、ええもう、是非に……!」と何度も何度も己の終焉を熱くせつなく懇願していた。……そんな天使と信者の意識の外では、佐久夜の継ぎ接ぎだらけの城が大量の隕石に押し潰されて地底へと沈んでいき、ついでに佐久夜の意識も香耶のヘッドロックによって落ちかけていたのであった。いと哀れ。
さて。三人の会話からおわかりのように、詩乃梨さんは既に初心者の域を脱するどころか上級者に手を掛ける――というか上級者をその手に掛けるほどに、めきめきと実力を伸ばしていた。
最初は大画面に映るグラフィックやムービーにちょっと面食らってたしのりんだけど、そういった独特な演出を結構すんなりと受け容れ、コントローラーの複雑な操作にもわりとすぐに順応。さっき俺が威嚇されてたのは、デキる子である彼女に必要以上に丁寧に教えようとたせいでちょっぴりウザがられ、それでもめげずにあれあれこれこれ世話を焼きまくってたらとうとう「こたろー、ちょっと黙ってて!」と怒られてしまい、以降何か余計な事しようとするたびに威嚇されるようになってしまったという次第でありんす。
なぜだ……、どうしてこうなった……。ここはゲーム初心者なしのりんが四苦八苦してる所に、俺が優しく助言して「こたろー、ありがとう! 抱いて!」ってなるところじゃないのぉ……? いや、一応詩乃梨さんの身体を現在進行形で背後から抱き締めてはいるんだけど、これ「もう手出ししないでじっとしてて!」ってぷんすか怒られて腕を無理矢理拘束されてるだけだからね。詩乃梨さんは脇の下に挟んだ俺の腕なんてそっちのけで、佐久夜相手に大敗と大勝を繰り返したり、香耶相手に惜敗と辛勝を繰り返したりしてる。ついでに言っとくと、香耶vs佐久夜の内戦は香耶の勝率が100%である。
「……香耶って、意外とゲーム上手いのな?」
ぐったりとベッドに寄りかかっている佐久夜はほっといて、その手からべりっとコントローラーを剥ぎ取った無慈悲なる香耶に話を振ってみる。ちなみにしのりんには『ふしゃー!』されちゃうので今話しかけらんない。
でも構ってもらえないとそれはそれで嫌なのか、詩乃梨さんは香耶と対戦手続きを進める傍らでちょこっと身を擦り寄せてきた。俺もしのりんの頭をほっぺたで撫で撫でして擦り寄る。すりすり。すりすり。あぁん、しのりんってばものすーんごく良いにほひと肌触りぃ……♡
「…………………………あ、あの、琥太郎さん……」
「ハッ!?」
自分から話しかけといて完全に香耶が意識の外だった! 超失礼! しかも香耶の思い人であるところの詩乃梨さんとのバカップルを目の前で見せつけちゃって二重に失礼ッ!?
失礼すぎて謝るより前におろおろおどおどし始めちゃった俺に、香耶は怒りではなく蔑みの鼻息をフンと吐きつけてきた。それきり俺に興味を失ったかのように、詩乃梨さんにアイコンタクトを送ると二人でテレビ画面へと視線を戻す。
思わずほっと胸を撫で下ろした俺に、けれど香耶が声だけぼそりと放ってくる。
「…………バカップル……」
「…………………ごめんな、ほんと」
二重の意味でさ、という部分はアイコンタクトに乗せるのみに留めた。確認は取ってないけど、香耶が詩乃梨さんに向ける感情って詩乃梨さん本人には秘密のはずだから、気取られないようにしないと。
横目に俺をちろりと見た香耶は、ちょっとばつが悪そうに目を逸らすと、そのまま再度前を向いた。そしてキャラクター&ステージ選択画面で詩乃梨さんと一緒に無駄にカーソルを動かしながら、また声だけどうでもよさげに寄越してくる。
「私がゲーム上手いと、意外ですか? ……私って、見るからにインドア派だと思うんですけど。……地味ですし、…………根暗眼鏡ですし……、…………オタクっぽいですし……」
「いや、あんまりオタクっぽくはないぞ?」
思ってもいなかった台詞が出て来たから――という以上に、俺自身がオタクに一家言有る者であるためにそこだけ思わず速攻で否定してしまった。
虚を突かれたように眼鏡の奥の瞳が俺を見て、けれどすぐにスッと逸らされる。
「……そう、ですか?」
「ああ。香耶って、格好は地味っちゃ地味だけど、けっこう身だしなみ――というより清潔感か? その辺に気を遣ってるなっていうのは、見るからにわかるし。真のオタクはそのへんが特に雑だからなぁ」
「………………………………あの、でも、私……。……………………………………………………、……………………………………………実は、乙女ゲーとか、やる、たいぷ、なん、です、け、……ど……」
…………………………………………………………………………。
衝撃のカミングアウトであった。何故女の子の告白はいつも唐突なのだろう。女の子って不思議。
「………………………………………。おっ、おお、俺、も? 乙女ゲーっぽいオンライン小説とかなら、読むかなぁー、みたいな? ……けっこう。……わりと。…………大量、に? ………………あと、乙女ゲー自体も、べつに偏見は無いっていうか。………………………………それに、まあ、俺だって、つい最近まで、ギャルゲーとか、嗜んでた身、だ、し?」
俺が台詞を続けるごとに、逸らされていた香耶の瞳が、戻って来て、もっと戻って来て、も~っと戻って来て、ついに俺の瞳をじっと見据えた。そのまま微塵も逸らされない。こちらから逸らすことも許されない。氷炎の魔女が誇る、闇より出でて闇より暗きその魔眼が、俺の眼球を鷲づかみにして離さない。
詩乃梨さんが顎の下から「おとめげとか、ぎゃるげってなに? どこの毛?」みたいな無垢なお目々を向けてきてる気配がするけど、そちらを確認することもできない。したくない、ギャルゲーの説明したくない、怒られたくない、でも後できっちり説明しますよ詩乃梨さんに隠し事とか精神衛生上絶対無理だもの!
二対の瞳に貫かれて冷や汗をだらだら流す俺に、香耶が視線も唇もほぼ動かさずにぼそっと告げる。
「……悪役(ぼそっ)」
………………? 悪役? 何が? 俺が?
「…………転生、内政(ぼそぼそっ)」
………………? ないせい? 何が? ………内省? 悪役な俺は内省しろと?
「……………………………………。現代知識、チート、異世界(ぼそぼそぼそっ)」
「…………………………………ッッッッッ!」
ようやくピンと来た俺は、思わずカッと目を見開いて香耶を見つめ返した。そしたら香耶までカッと瞼をめいっぱい持ち上げて目力MAX――になったのは一瞬で、いきなりがっくんと首を倒して前髪で表情を完全に覆い隠してしまった。のみならず、コントローラーほっぽって頭抱えて土下座みたいに蹲ってしまう。
香耶の奇行にびっくり仰天した詩乃梨さんは、慌てて俺の腕の中から這い出していき、四つん這いで香耶の肩を揺すった。
「だいじょうぶ? かや? どうしたの? 悪役が何? 知識とちーとが、異世界で何――」
「詩乃梨ちゃん言わないでくださぁぁああああああ! それ言っちゃだめなやつなんですすごく恥ずかしいやつなんですぁぁああああああああ!!!!!!」
「っ、で、でも、さっき、かやが自分で言ってた、ねえ、転生が悪役と異世界に知識のチートが何なの――」
「やめてええええええぇえぇあああああぁあぁぁああああああ! やめてください、やめてくださいやめてくださいああああぁぁあああああああああ――――――ッッッッ! ああああああぁうっかりでしたやっちまいました違うんですちがうんです私はただリアルで同士に会ったことがなくて思わず探りを入れちゃってそしたら琥太郎さん絶対これアンチじゃなくて好意的な方のファンです眼でわかりますよーやったーわぁいいっぱい好きな作品のおはなししたいなぁって思っちゃってあぁあああああああ恋敵なのにあああぁぁぁあああ私なんなのほんと何者なのああぁぁあああああああっっっっっ!!!!!!!!!」
傷口から内心を丸ごと暴露しながらごろごろごろごろのたうち回り始めた香耶と、それを追っておろおろおろおろ慌てふためきながら無自覚に致命傷を与え続ける詩乃梨さん。そんな二人を眺めながら、俺はほんともう苦笑い浮かべながら『下の階が詩乃梨さんの部屋でよかったなぁ』なんて現実逃避気味に考えることしかできなかった。ちなみにグロッキーだったはずの佐久夜はというと、香耶の蹴りを巻き添えで食らって半泣きになりながら俺の後ろにいそいそと退避してきて「いだいよぅ……」と痛む尻をさすってる。こいつほんと哀れ。
収集つかねーわこれ、と俺が全てを天に任せてその場に身を投げ出そうとした、その時である。救いを求める声を聞きつけてか、ついに、とうとう、満を持して、場の空気を読むことに長けたあの女神様がやってきたのであった!
「はぁ、はぁはぁっ、はぁ! ふ、ふっ、げぇっ、う、はぁ、はぁはぁ、はっ、ひ、は……!」
……玄関の扉にしがみつくように震える脚で立ち、荒い息と吐き気と心臓を必死に押さえながらこちらの様子を窺っていた、その女神は。俺と目が合うなり、最後の力でにっこりと微笑むと、いつもの挨拶を口にすることもできずに笑顔のままその場へ『ずしゃぁぁぁ…………』と崩れ落ちてしまった。
更なる混沌をもたらした女神に、俺は「貴女、場の空気読みすぎです」ときっちりツッコミを入れてから、今度こそ身を投げ出したのであった……。