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五月三日(水・6)。しのりん、たぶん後で布団かぶって引き籠もる。

 お犬様と御主人たまに成りきってじゃれ合ってたら、思いの外興が乗ってしまい、二人して夢中になって床を転げながらモフりモフられしちゃいました。


 四つん這いになって詩乃梨さんのちっちゃな体を押し倒し、銀髪の合間から覗く細い首筋を甘噛みしたりぺろりと舐めたり、ケモミミパジャマの隙間からちら見えしてるお胸やおへそを鼻先で思うさままさぐって「わふ、わふ♪」と上機嫌に鳴いたりな俺。

 詩乃梨さんは詩乃梨さんで、まるで中出しをせがむかのように両手両脚で俺に絡みついてきて、「はいはい、よーしよし」なんて気楽に笑いながら俺のことをわしゃわしゃ撫でくり回したり、その勢いのままに今度は詩乃梨さんの方が俺に四つん這いで乗っかってきてふんふんすんすんと俺の体臭を嗅ぎまくったり。相変わらず重点的に脇の下を苛烈に責め立ててくる彼女の性癖を、俺は未だに指摘できずにいる。Oh、この身のなんと不甲斐ないことよ……。


 そんな感じでわんわんにゃんにゃんしながらごろごろ転がり続けてたら、不意に玄関の方からがちゃりと金属音。


「へーい、ただまー!」


「……ただまー、です……」


 元気な挨拶と共に靴をぽいぽい脱ぎ散らかして上がり込んでくる佐久夜と、躊躇いがちにフランクな挨拶を口にしながら『二人分の』靴を揃えて粛々と歩み寄ってくる香耶。


 とりあえず、わんにゃんごろごろをぴたりと停止して、詩乃梨さんと一緒に『おかー』と挨拶二重奏を返しておく。


 すると、佐久夜と香耶が何やらきょとんとした様子で顔を見合わせて、足取りをなんだか忍び足風味にしながらそろりそろりとやってきた。そんな反応を見せられた俺と詩乃梨さんまできょとんである。


 組み伏せられ天を仰ぐ俺と、地へ組み伏せる詩乃梨さん。そんな俺らに見つめられながら近間まで接近してきた二人は、


「………………ほんっと、土井村夫妻はいつでも平常運転ですよね……。ほんの少しでも隙があれば、いちゃいちゃ、いちゃいちゃ、いちゃいちゃイチャイチャいちゃイチャと……。――爆ぜろ(ぼそっ)」


「こたちーとしのちーだって、どったんばったんしてるじゃーん♪ てかよく考えたらえっちの時とか絶対うるさくしてるじゃーん! なんでうちとかやちーばっか怒られたのさー、このこのー、うりうりー」


 遙かなる高みから侮蔑の魔眼と爆殺の呪詛を投下してきたり、むかつく笑顔を浮かべながらつま先で俺のほっぺたをぐりぐり抉ってきたりとやりたい放題だ。


 何か反論ってか反撃したろかコイツらと思ったけど、『香耶も佐久夜もスカートの裾を押さえて下着が見えないようガードしてるな。かわいいな。女の子っぽいな。ちゃんと新しい下着に履き替えてきたのかな。見たいな。脱ぎ脱ぎさせたいな』ってぼんやりしてたら、俺の脳波をキャッチした詩乃梨さんにいきなり頭突きカマされ超痛ぇ!?


「こたろー、見ちゃダメ」


「………………ごめんちゃい」


 俺には最早反論も弁明も許されず、粛々と謝ることしかできないのであった。


 下着はおろか、タイツも生足も視界に入れないように意識しながら、詩乃梨さんの下から這い出て正座する俺。その固くて寝心地の悪い膝枕へ、むすっとした様子でごろんと横たわった詩乃梨さんが頭を乗っけてきた。


 銀の髪を手櫛で優しく梳いてあげると、眇められていた彼女の瞳が怒りとは別の感情によってますます細められていく。そしてやがて漏らされる、聞き慣れた「……ふん」というぶっきらぼうな鼻息。どうやら無事にお許しを頂けたご様子です。


 そのまま詩乃梨さんと一緒になんとなく本棚を眺めていると、回り込んできた佐久夜が床に落ちてたゲームケースをひょいっと拾い上げた。


「おっ、いいのあるじゃーん! うちコレ系超得意だぜー、十六連射ならぬ十六連鎖程度なら余裕でフツーにいけちゃうレベルだぜー? しのちーもこういうのめっちゃ得意っしょ? 頭良いし」


 途中で一瞬『え、そうなの?』と声を上げかけたけど、末尾の一言で得心してしまった。そういや詩乃梨さんって、進学校で不動の一位をキープしてるんだっけか。その極めて優秀な頭脳を持ってすれば、パズル系のゲームなんてお茶の子さいさいってなものだろう。速度と閃きに任せていきあたりばったりなプレイしかできない俺とは正反対だ。


 なんて、一人納得していた俺だけど。なぜか当の詩乃梨さんは、んしょっと上体を起こした流れのままに、盛大に首を傾げなさった。


「わたし、それ得意なの?」


「え、なんでしのちーが聞くのさ、それ……。いや、絶っ対得意じゃん。てか、普段こたちーとやったりとかしてる…………………………、よ、ね?」


 なんか妙に気遣わしげな表情で、俺をちらりと見やってくる佐久夜。それに対して俺は首を横にふりふり振ることしかできず、俺の隣へ座り直した詩乃梨さんも同様に首を横へふりふり。


 土井村夫妻の反応を受けて、佐久夜はオーマイゴッドとでも言いたげに大袈裟に天を仰いだ。なんだこの反応、とりあえずデコピンしていい?


「……詩乃梨ちゃんと琥太郎さんって、普段二人でどんなイチャ――遊びしてるんですか?」


 詩乃梨さんを挟んで俺とは逆サイドへ丁寧に正座した香耶が、俺への憎悪を隠しきれないペラい笑顔で詩乃梨さんへと問いかける。


 詩乃梨さんは俺を見上げながらしばし考え込むと、そのまままた首を傾げてしまった。


「わたしとこたろーって、いつも何して遊んでたっけ?」


「いや、そう改めて訊かれると、ちょっと俺も困っちゃうかな。……つーか、遊びらしい遊びって、なんかしたことあったっけか?」


「…………うんどう? この間の。河川敷」


「あー、それな。………………………えっと、他には?」


「………………………………うんどう? ……べっど、で。……あと、お風呂で」


「………………………………………………あー」


 ちょっぴり恥ずかしそうにしながらも、とっても素直に応えてくれた詩乃梨さん。けれど彼女の答えは、俺に全く別の理由で羞恥を植え付けるものだった。



 俺、もしかして――、詩乃梨さんと、真っ当に遊んであげたことって、マジでろくになかったりするんじゃなかろうか。



「………………………………」


 いや、遊んで『あげる』っていう表現は些か以上に傲慢だろう。むしろ俺の方が詩乃梨さんに遊んでほしいのだし、いっそ思うさま弄ばれまくりたいまである。


 ……それでもやっぱり、遊んで『あげたい』と強く願ってしまうのは……、きっと、詩乃梨さんの半生を聞かされたからだろうか。


 ――愛に恵まれなかった彼女に、胸いっぱいの、両手で抱えきれないほどの愛を届けてあげたい。


 この気持ちが同情や憐れみなんかじゃないと証明することは、残念ながらできない。だからこれは、証明するかしないかではなく、単に信じるか信じないかの問題だ。


 詩乃梨さんを想う俺の気持ちが、ただひたすらに純粋な『愛情』ゆえのものなのだと、俺は――強く、深く、固く、信じてる。彼女を想う俺の心に、もう迷いなど有りはしない。


 とまあ、それはそれとして。


「じゃあせっかくだし、みんなでゲームで遊ぶとすっか! ……………………え、あ、あれっ、なにその反応……?」


 ラーニングスキル『猫だまし』を披露しながら威勢良く宣言した俺だったが、首肯を返してくれたのは詩乃梨さんのみであり、香耶と佐久夜がリアクションおかしい……ってかろくに反応くれずにぼーっとこっち見てる。なんだよ、何か言いたいことあるなら言えよ。パズルゲーム以外もいっぱいあるよ? なんなら本棚の『深層』からメニアックな娯楽品を供出してあげるのもやぶさかではないよ?


 手持ちのカードを心の中で並べながら待ち構える俺に、けれど声がかかることはなく。緩慢な仕草で再起動を果たした佐久夜と香耶は、詩乃梨さんだけをちょいちょいと手招きで呼び寄せると、なんもわかってないお顔の詩乃梨さんをメインに据えてひそひそ話を始めた。


「あんさぁ、しのちー達って、まじで全然遊びとかしてなかったの? どっか遊びに行ったことあんまし無いー、は、まぁインドア派なのかなーってことでギリギリわかるんやけど、家の中でも全然遊ばない……ってか、本気でひたすら二人でご飯食べてお茶飲んでるだけ? …………まさか、ほんとのほんとに会話もほぼ無しで? …………………えぇ、まじでぇー……?」


「…………だから、わたし、『なにもしてない』ってけっこう何回も言ってるよね?」


「いえ、詩乃梨ちゃん、まさか『何もしてない』がほんとに言葉通りの『何もしてない』だったとは、ちょっと流石に思いませんから……。………………まさか、本気でご飯とお茶を一緒してるだけで毎日何時間も会話すら無しに飽きることなく過ごしてたとか、それは完全に予想外ですから……。それ、どう考えても彼氏彼女の付き合い方じゃないですから。なんかもう、夫婦通り越して、熟年夫婦とか、老夫婦ですから、それ……」


「………………んー……。…………………………くふっ♡」


「うっそ、めちゃめちゃ喜んどる!? 老夫婦言われて喜ぶとか、それ現役女子高生の感性やないからね!? もどってきてー、うちらの同級生に戻って来てー! しのちー遠くに行きすぎぃー!」


 佐久夜のみならず香耶にまでがっくんがっくん揺さぶられる詩乃梨さんだったが、長年連れ添った夫婦のような睦まじさだと太鼓判を押された詩乃梨さんは、蕩ける笑顔でトリップしたまま帰って来ない。俺も気を抜くとうっかり口元がゆるゆるに緩んじゃいそうだけど、老夫婦になる前に彼氏彼女の触れ合いも楽しんどきたいなっていう未練もあるのでギリギリ現世に留まることができている。


 いつかは一緒の墓に入ることを決めている俺と詩乃梨さんではあるけれど、だからってその結末まで一足飛びに行ってしまわないで、今は今しか味わえない過程をゆっくりまったりしっかり二人で味わっていきたいの。だから戻っておいて、詩乃梨さん。


「んー、そっかぁー、詩乃梨さんは俺とご飯とお茶してるだけで満足してくれてたのかぁー……。じゃーあれかなー、詩乃梨さんと一緒にもっと色んな思い出を作っていきたいなぁーなんて思ってる俺は、ちょーっと欲張りさんが過ぎるのかも――」


「――ねえこたろー、『それはそれ、これはこれ』って言葉知ってる? 色んな思い出、ばっちこーい! うぇーい、いっき、いっき!」


 復帰早っ!? ついでに変わり身も早い! 俺のわざとらしい演技が効果覿面だった、わけでもないだろうに、俺の手を取ってきゃっきゃっとはしゃぐ喜びいっぱいの詩乃梨さんという異常現象が発生中! どうなっとんねんこれマジで!? あとしのりん、その掛け声使い所完全に間違っとるがな。でもテンションアゲアゲになってるのはこの上なく伝わりましたウェーイ。


 こりゃよっぽど老夫婦認定が嬉しかったんだろなぁー、なんて頬をゆるっゆるに蕩けさせながら、俺も詩乃梨さんの手を握り返して一気飲みコールを合掌してあげた。いっき、いっき♪



『…………………………………………………………』



 そんな土井村夫妻を見つめる二対の瞳が、白ける通り越して白目剥きかけていたけれど、ほんの数分だけさらっと無視させていただきました。ごめんちゃい。

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