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五月三日(水・4)。食前にして幕の間。

 さてさて。そうこうしているうちに、たこ焼き生地達は無事に完成を迎えて、機具や食器も準備万端。


『さぁて、んじゃまーみんなでたこパと洒落込みましょうぜ!』ってとこまでやってきたわけなんですけど、あら不思議、現在こたつを囲んでいるのは、いつものように寄り添い合って座ってる俺と詩乃梨さんだけであった。


 『囲む』という概念への挑戦状を叩き付けんが如きこの状況、もちろんちゃんと理由がある。ヒントは、今詩乃梨さんがどことなく頼りない手付きでぽちぽちと操ってるスマホだ。


「ぬー……。…………むー……。………………ぬぅー……」


 小さな画面を見つめてちょくちょく唸る詩乃梨さんは、その回数が増える度にどんどん足を崩していき、背を丸めていき、眉間のしわを深くしていく。


 一見すると『勇者達が一向にやってこないことで退屈を持て余した裏ボスがどんどん不機嫌になってってる(俺談)』ようだが、不思議と声音や雰囲気から怒気を感じることはなく、どうやら彼女のこれは単にスマホを弄る時の癖であるらしい。


 見かねた俺は、詩乃梨さんの眉間を人差し指で軽くほぐしてあげた。心地よさそうに若干頬を緩めた詩乃梨さんはスマホを膝の上へぽふりと落として脱力し、俺の腕へそっと寄りかかってくる。一段落ついた――わけではなく、小休止ってとこか。


「詩乃梨さん、ほんとスマホ苦手なんだね。あと、もしかして近眼?」


「……んー、眼はふつう。むしろ、けっこう良い方? …………すまほは、まあ………………苦手だけど、……仕方ないし」


 仕方ない、と。そんな今時の女子高生からぬ感想を抱き、どこか諦めたような面持ちで、再度スマホを弄りだそうとする詩乃梨さん。


 俺は彼女の手に自らの手を重ねて、優しくスマホを抜き取った。


 きょとんと見上げてきた詩乃梨さんは文字通り横に置いといて、画面に表示されたままの『会話履歴』をざっと流し読む。


 詩乃梨さんがさっきからぽちぽちやってたのは、いわゆるチャットアプリってやつだ。相手は綾音さんで、用件は『たこ焼きやるけど、差し入れるor食べに来るのとどっちにする?』というもの……だけだったはずなのだが。


「…………見事に脱線してんなぁー……」


 ちらっと聞いてはいたけど、個人同士ではなくグループ単位での会話が行われていたらしい。綾音さんとの用件とちょっとした雑談に加えて、香耶の控えめ且つ有意義な自己主張と、そして佐久夜のどうでもいい与太話がずらずらずらずらと雪崩や大瀑布のように荒れ狂っていた。あいつキャラぶれねぇなマジで――っと、まずい。


「ごめん、勝手に見ちまった」


 大瀑布の中に偶然俺の名前を見かけて、ようやく自分がデリカシーの無い行為を働いたことに気付いた。


 謝られた詩乃梨さんは、けれど何を謝られてるのかわかってない表情で、ふるふると首を横に振る。


「見ていいよ。…………ていうか、こたろーが代わりにやってていいよ……。ちょっとやすむ……」


 詩乃梨さんは俺の二の腕をきゅっと掴むと、甘えるように全身を擦り寄せてきた。どうやら、疲労のあまり心の防壁が働いていないご様子で、とっても素直に俺の脇の下あたりに鼻先をそっと押し当ててすーはーすーはーしてる。だから貴女ちょっと性癖ズレてなぁい?


 まあ、ご満悦そうに「ほあぁぁぁ……」なんてヨダレ垂らしてくれてるから、無粋なことは申すまい。けれど、他のことにはちょっとだけ物申させて欲しい。


「……そんな疲れるくらいなら、途中で切り上げればよかったのに。どうせみんなすぐ戻ってくるんだし」


「…………んー」


 スマホ画面をちろりと見ながらの指摘に、詩乃梨さんはちょっとばつが悪そうに身じろぎした。


 綾音さんは勉強会の都合にもよるだろうけど、香耶と佐久夜は詩乃梨さんの部屋へ(※下着の)お着替えをしに行っただけなので、そう時間を置かずに舞い戻ってくるはずだ。なんで※を括弧で区切ったかっていうと、俺が直接言われたわけではなく会話の流れでなんとなく理解しただけだからです。女性の機微を察することのデキる紳士、土井村琥太郎をどうぞよろしく。


 そんな琥太郎くんは、詩乃梨さんの内心も察して差し上げるのです。

 

「……詩乃梨さんは、チャットアプリってあんま慣れてないっぽい? チャットに限らず、メールもかな。昨日の感じだとさ」


「……んー。……ぽい」


 肯定の『ぽい』いただきました。と思ったら、今度は俺の脇を抉るかのようにぶんぶんと首を横に振りなさる。


「めーるは、苦手だけど、慣れてる。…………ちゃっとは、ほとんど……ていうか、全然使ってなかったけど……」


「…………………………………………………………。メール、誰とやってたの?」


「親」


 堪えきれずにお漏らししてしまった嫉妬塗れの問いに、そんな内心を見透かしきった簡潔な答えが優しい苦笑と共に返ってきました。俺の心を察することにかけて、最早詩乃梨さんの右に出る者などおりませぬ。


 嬉しいやら情けないやら恥ずかしいやら超嬉しいやらで、とりあえず咳払いして誤魔化す俺。そんな仕草すらをも優しく見守ってくださる詩乃梨様は、俺の腕のみならず胴体ごと抱き締めてきて、ゆ~らゆ~らと揺り籠のように身体を揺らす。


「めーるも、ちゃっとも、便利は便利なの。……親だけじゃなくて、……みんなとも、…………こたろーとだって、いつでも連絡できるから」


「………………でも、使うのは『仕方無く』、なんだよな?」


「ん。仕方なく。……やるのは嫌じゃない……じゃなくて、むしろ、好き? では、あるんだけど、………………やっぱり、相手の顔が見えないのは――」



 ――すごく、いやだから。



 と、続くはずだったその言葉を敢えて口にせず、詩乃梨さんは揺れるのをやめてまっすぐに俺を見上げてくる。


 人を観察する、猫の目。彼女がよく見せるこの目は、その瞳は、相手の心に直に触れたいという願いによって生み出されたものだ。相手の姿が見えず、時には声すら届けられない、そんな今時のコミュニケーションツールは――いや、『今時のコミュニケーションそのもの』は、彼女にとって鬼門なのかもしれない。


 ……なんて、な。そんなのは、俺だけだって話だよ。


「こたろ-、まーた何か考えてる」


 ぷにり。唐突に詩乃梨さんの人差し指が眉間に突き刺さってきて、そのままぐにぐにと揉みほぐされた。ぐにぐについでか、おでこ側へむにょーんと押し上げられる眉。詩乃梨さんは「ばぶふッ」とおもっくそ吹き出した。ひどい!


 眉間どころか心まで揉みほぐされちゃって、俺も思わず笑ってしまう。今の俺達は、笑い合いながら、こんな話ができるんだ。


「あの、さ。『悩む』のとは別にしても、『考える』っつーのは、俺の根っこに食い込んでるような部分あるからさ。問題無い範囲では、できれば見逃していただけたらなぁと――」


「見逃すっていうか、悩みも考えもしないこたろーって、それもうこたろーじゃないじゃん。なにその、のーみそも言葉も、おしりも軽そうな人? わたし、それやだ。きらい。おしり、きらい!」


「だから尻はヤらんっちゅーに」


「じゃあこたろー好き-」


 詩乃梨さんは何の躊躇いも無く『好き』宣言しながら、両腕を伸ばしてゆるりとタックルかましてきた。元から零距離だったから全然衝撃は無かったけど、あまりに衝撃的な愛らしさゆえに俺は心で「ゴハッ!」と吐血しながら現実の詩乃梨さんを抱き留めた。バカップル化、絶讃加速中。


 この腕に抱き締めるぬくもりが、俺の心と体を意味もなくゆるゆる揺らしてくるこの少女が、ふと目が合ってにへらっとだらしなく笑う彼女が、あまりにしあわせいっぱいな顔をするから。


 だから俺まで、頬の筋肉や脳味噌までゆるんゆるんになっちゃって、しあわせで胸がぽかぽかしてきちゃうの。繰り返す、バカップル化、絶讃加速中!


「――うぉっ」


 とかやってたら、いつの間にか太股の上に落としてたスマホがいきなりバイブレーションして、俺までうっかりバイブレーション。それで詩乃梨さんまで弾かれたように身を離してしまい、中途半端にホールドアップした詩乃梨さんはびっくりお目々でスマホを凝視する。


 俺と詩乃梨さんは硬直してしまったが、スマホは未だに痙攣中。どうやら電話らしい。そういや、チャットの途中で詩乃梨さんを前触れ無く離席差せてしまった形になってたな。こりゃ失敗。


「ほい、どーぞ」


「…………あ、どーも」


 スマホを詩乃梨さんへ手渡し、お互いにぺこりとお辞儀。再び二人してなんとなく吹き出した俺達は、片やプライベートな電話、片やプライバシー保護のためおもむろにトイレへと、それぞれの行動に移――れない! 立ち上がった俺のズボンを詩乃梨さんが片手で全力保持して離さない!


 詩乃梨さんは声も無く『どこ行くの?』と睨め付けて来て俺を黙らせると、満足した様子で鼻を鳴らして通話を開始した。


「もしもし? ………………あ、うん。そう。今こたろーと一緒。………………ん、まだ焼いてない。待ってる。……………………ん? …………………………んー、んー……」


 ふと、ちょっと迷ったような視線が見上げてくる。けれど会話の内容をわかってない俺には、彼女の満足する答えを返してあげることができない。


 声出すと向こうに聞こえるかもしれないから、とりあえずハンドサインで意思を伝えてみよう。『俺は、貴女に、どきどきドッキュン☆ 俺のしあわせはいつでも貴女と共に在――』おい途中で何事も無かったように目逸らすな最後まで見てよお願いだから。


「ん、待ってる。だいじょぶ。………………いそがなくていいから、車に気をつけて。……みんな待てなそうだったら、こたろーが余興がんばる。………………いいの。こたろーは、わたしのだから。……わたしに、いつでもぞっこんで、わたしの願いが、こたろーの願いなの。それで、私もこたろーの願いに、いっぱい応えるの」


 お、なんかよくわからんが完全に以心伝心してたっぽい。

 あとこれ電話の相手綾音さんだな。今んとこ、詩乃梨さんがこんな素直に心の裡をぽろぽろお漏らししちゃうのって、俺か綾音さんくらいだし。香耶と佐久夜に対しても素直は素直だけど、詩乃梨さんの場合は素直のベクトルにも色々種類があるからね。あとしのりんって素直じゃない時のしのりんもある意味超絶素直だから、つまり何が言いたいかっていうと、しのりんはいつでも素直ですてきな女の子なの、うふふ。でも余興って俺何やらされるの?


「ん。わかった。………………ばいば――じゃなくて、…………また、あとでね?」


 詩乃梨さんは『ちょっといいこと言った』みたいなかわいいドヤ顔を最後に、通話を終了した。


 ドヤ顔を、不敵な笑みへと、変えまして。彼女は私に、全力宣言。


「じゃあ、こたろーは余興の準備ね! あやねが来るまで、かやとさくやに、空腹を思い出させてはいけません!」


「無茶振りしのりん、マジ堕天使。流れは大体理解したけど、空腹って三大欲求の一角を担う大物ですので、事はそう簡単ではありませぬぞ? ……つか、とりあえずふつーにてきとーな茶菓子でも出してお茶を濁しとけば――」


「だめ! 一番お腹が減ってるとこで、みんなで『よし、やるか!』ってたこ焼きやるの! ……………………………………、え、えっと……、…………だ、だめ、かな……?」


 数秒前までの笑顔も気合もどこへやら、いきなりしゅんと小さくなって躊躇いがちな上目遣いを向けてくる詩乃梨さん。あはぁん、小雨に濡れた子猫のような貴女もとってもキュートね、でも俺は元気に笑顔で気ままにお散歩する貴女もとっても好きなのよ。


 だから、俺の返事は決まってる! さあ俺よ、ニヒルに笑い、胸を張れ! 栄光の明日へと高らかに腕を掲げ、彼女の願いに応えるのだ!


「フハハァッ! よかろう、娘よ! 我の持ちうる全力を以て、見事に場を繋いでみせようではないか!嗚呼、我が左腕に封印されし暗黒神の血が――」


「え、血? ……ケガ?」


「…………………………………………。…………とりあえず、みんなでゲームでもやってようか?」


「ん。わかった」


 こくりと頷く詩乃梨さん。嗚呼、彼女の無垢さが、穢れた我が身に染みて涙ちょちょ切れそう……。

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