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10ページ目


どれくらいの時間が経ったのだろうか。




…多分それほど時間は経っていないはずだが。




あの後、私はこの目の前にいる私に少し似た生物から“日記”と呼ばれる物を取り上げられた。

どうやら食べ物では無いらしい。どうりで美味しくないわけだ。




『いやまずこれを食べ物だと思うところからおかしいわよ…』




何やら呆れられた顔でこちらを見てくる。見ると顔の色が変わっているのが分かる。かなり暑そうだ。




『お腹が空いているのかしら?ちょっと待ってて、今何か取ってくるから』




そう言ってどこかへ行く。

しばらく待っているとまた戻ってきた。




『昨日の残りで申し訳ないけどこれで我慢してもらえるかしら。今狩りの途中だからロクなの無いから』




そう言って私の前に出してきた物は、平べったい木の上に形の変わった木に何か水のような泥のようなものが入ったものだった。

さっきのこともあり食べることに少し躊躇ってしまう。




『………大丈夫よ。それは食べ物だから。食べて怒るようなことなんかしないわよ』




そう言うので気兼ねなく貰うことにする。

まず臭いを嗅いでみる。

すると鼻の奥辺りが少しだけ痛くなった。

怪我などしていないはずなのに痛い。こんなことは初めてだ。




『どうしたの?食べないの?』




しばらく臭いを嗅いでいるとそんなことを言われる。というわけで食べることにする。




そこで気付いた。




この食べ物、手で掴めないのだ。




ドロドロと泥のようになっているので手で掴もうとしても避けられてしまうのだ。




『………何してるの?』




私が食べ物を掴めないことに苦戦している中、急かすように言われる。




『まさか、食べ方まで分からないとか言わないわよね?それは飲むように食べるものよ』




飲むように食べる?つまり水みたいに飲めばいいのか?




それなら簡単だ。




食べ方を教えてもらい、私はその食べ物が入った変わった形をした木を持ち上げ、一気に飲み干し──。




『あ!バカ!!そんな一気に食べたら』




途端。




ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?!?!!!???!!!!!??!!!??!!!???!!!!!?!!!??!!!




暑い熱いあつい暑いあつい痛い熱い痛い熱いあつい暑い痛い痛い痛いあついいたいあついいたいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?!?!!???!!!!




あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああ!?!!???!?!!!?




『ほら言わんこっちゃない!今水取ってくるから!!』




苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い熱い暑いあついあついあついあつい………あ、消え、てなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!???!!!!




突然の痛みに私の理解は追いつかず、私はその場で何度も倒れては起き上がり、また打ちつけるように倒れてはまた起き上がることを繰り返していた。




しかしそれでも収まることはなく私は立ち上がればその場を特に意味もなく動き回った。というか暴れた。




その場にある幾つかの変わった形の木を折ってしまったのか横に倒れるものやその上に置かれていた物を下に落としていた気がする。

だが今はそんなことに気づける状態じゃない。




口が熱いのだ喉が熱いのだ身体が熱いのだ全身から汗とやらが出てくるのだ手が震えるのだ足が震えるのだ立っていられないのだ座っていられないのだその場にいられないのだ考えがまとまらないのだ。




まるで、頭上にある太陽というものを食べてみた感覚。




あの私を苦しめる暑さをさらに凄くさせたものを今体験している気分。




私がその状態から脱するのにはその後、あの似て非なる生物が水を持ってきてくれるまでだった。










どれくらいの時間が経ったのだろうか。




身体の暑さはほぼ消えた。

だがまだ痛みが残っている。

特に口あたりがものすごく痛い。

喉などは息をするたびに暑く痛い。

水を飲んでも一向に治らない。




苦しい。




『………大丈夫?』




気付けば私と似て非なる存在の生き物は私より低い姿勢になって私に近づいていた。

私にまた水を渡してくれたがそれを私は無意識に警戒してしまった。




『ごめんなさい…。まさか本当に食べ方まで知らないなんて思ってもいなかったから…。だから…その』




そう言って目を逸らしながら私に再び水を渡してくる。

私はそれをたどたどしい態度で受け取った。




『…まだ許してもらえないようね…』




そう言って少し悲しそうな顔をされた。

「フウッ」と口から風を起こすと立ち上がる。

そのまま何処かへ行くのかと思うと私の前に立ったままであった。まだ何かあるのだろうか?




『そういえばまだ名前言ってなかったわね。あたしは《エメルナ》。あなたは?』




“名前”?




なんだそれは?




『え?…まさか自分の名前まで知らないなんて言わないわよね…?』




知らない。




『そ…そう。困ったわね。それは…』




するとふと何かを思い出したような顔をした。




『そういえばあなたを見つけたとき側にこんなの落ちてたわよ』




そう言って私に見せてきたものは木の枝、いやそれは。




ヌシと、その母親の角だった。




『どう見てもただの棒にしか見えな、キャアッ!?』




私はそれを無理矢理取り上げた。

そして身体で守るように抱きしめた。

これはヌシが私にくれた物なのだ。誰にも取られたくない、と思ったことからの行動だった。




『そ、そんな顔しなくても取りはしないってば!もう…』




私としても少し過剰に反応したと思う。だがそれでもやはりこればかりは誰にも触れて欲しくないと思ったのだ。




『どうやら徹底的に嫌われたようね…。どうすれば許してもらえるのかしら?』




いや、嫌いなのではない。




怖いのだ。単純に。




初めて見る生物。初めて見る木の形。初めて見る食べ物。初めて知った痛みと暑さ。

その全ての感覚が私には新鮮でそして理解が出来なくてそして怖いのだ。




『……そう。そういうことね』




似て非なる生物、《エメルナ》はそう言うと再び私に近づいてきた。

私はまた何かされるのかと思い、さらに警戒を強くした。




おそらくこのときの私の顔は恐かったのだと思う。

その証拠に《エメルナ》の目からは涙のようなものが見え、身体が震えているようだった。




それでも近づいてくる。




ゆっくりと、近づいてくる。




私はそれが何を意味したものか分からず、何もすることが出来なかった。

ただ見ることしか出来なかった。




《エメルナ》はそのままこちらに両の手を伸ばしてきた。

もしやヌシと母親の角を取るつもりかと思ったら違った。




その手は私の首の後ろまで伸び。




《エメルナ》は私を抱きしめた。




ギュウッと。




『ごめんなさい。本当に悪気は無かったのよ。でも考えてみれば最初から気付くべきだったわね。なにせあなたが倒れていたところは砂漠のど真ん中。私たちの国の大分離れたところにいたもの。あなたは気づいていないでしょうけど実はあなたをここに連れてきて一ヶ月は経とうとしているのよ?』




《エメルナ》の身体が私の顔に当たる。

布越しではあったが何やら柔らかい感触を感じた。




『最初は死んでると思ったのよ?でも当然よ。だってあの炎天下の砂漠に飲み水も何もない人があんなところで倒れているんだもの。生きている方がおかしいわ』




そのまま私の顔は《エメルナ》の胸辺りに埋まるように抱き抱えられた。

何やら今まで嗅いだことのない匂いがした。




『あなたに何があったのかは分からないわ。でもあたしは放っておく気は無かった。助けるつもりだった。「絶対に死なせてたまるか」って思ったわ』




私の中の、何かが崩れていくのを感じた。




『それから一ヶ月間、毎日毎日あなたの看病をしたわ。それでも不安はあったわよ。なにせあなたはいつまで経っても目が覚めないもの。そのとき思ったわよ。「このまま死んじゃったらどうしよう」って』




おそらく私がいつまで経っても起きなかったのはそれが私にとっての普通の睡眠だからなのだが、そんなことを知らない《エメルナ》にとっては異常に思えたことだろう。




『でもあなたは目を覚ましてくれた。嬉しかったわよ。なぜか日記を食べられていたけど』




それは…その、悪かった。




『いいえ、あなたはそのことも知らなかったんだから仕方のないことだわ。次からは勘弁してもらいたいけどね』




私としては初めて見る形の木にそこに変わった形の木の実を食べているつもりだったのだが。




『フフフ、あなたは知らないだけよ。そう、知らなかっただけ…。ここがどこなのかも、私が誰なのかも、あれが何かも、日記も、スープも、自分も』




何も知らないだけ、そう、私は何も知らない。

だから私は知りたいのだ。




今、こうして《エメルナ》が私に抱きついている行動の意味が。




そして、いつの間にか警戒を解いていた私の胸中が。




『知りたい、ってあなたは言うけどそれは違うわ。あなたは安心したいのよ。あなたの目に移るものが自分に害を為すものなのか、そうでないのかを』




“安心”?




いや、意味は知っている。




そうか。

私は安心がしたかったのか…。




『そう、だからこれだけは覚えておいて』




そう言って《エメルナ》は一際強く私を抱きしめた。




『あたしはあなたの味方よ』




“味方”。




その言葉を。




その言葉を聞いただけで。




私の中に渦巻いていた何かが消えていくのを感じた。

言いえぬ不安のようなものが消えた。




私の《エメルナ》に対する敵意が消えた。




かつてヌシは私に言った。

仲間を作れ、と──。




これが、そうなのだろうか?




これが、ヌシの言っていたことなのだろうか?




私は、安心しているのだろうか?




私は分からなかった。




それでも。




私には“仲間”というものが出来たことは分かった。









『?あれ?あなたの身体、少し変な所あるわね?』




そう言って《エメルナ》は私の身体に触ってきた。

しかし私はそれに対して抵抗はしなかった。

これは私が《エメルナ》を仲間として認識したからなのか、はたまたは別の理由からなのかは分からないが。




《エメルナ》は私の左胸の下辺りを触っていた。




『何かしらコレ…。ちょっと脱いでもらっていい?』




“脱ぐ”?




何を?




『何を…って服をだけど…。あ、そっか知らないのね』




そう言って《エメルナ》は私の身体に触れる。

否、正確には私の身体を纏う物に触れていた。




『服ってのはこの布のことよ。これで私たちは寒さを凌いだり直接日光を浴びないようにとかしているの』




なるほど、ずっと自分の身体の一部か何かだと思っていたがこれは“服”と言うのか。




思えば、ヌシとかは周りが毛だらけで何も身に纏っていなかったしな。




『と、いうことは脱ぎ方も知らないのよね…。仕方ない、か…』




そう言うと《エメルナ》は顔の色を変えながらに私の服というのを脱がしていく。

私はその行動をただ見ていた。

必然《エメルナ》とも顔が近くなった。




『あの…、あまりこっち見ないでくれるかしら?恥ずかしいから…』




“恥ずかしい”?




『……………………なんでもない』







《エメルナ》はそのまま私の上部分を纏っていた服を脱がす。




『…!?なに、コレ?』




そして現れた私の身体には。




白く細い布か何かで縛り付けられたような。




先ほど見た“日記”と同じ形状をした。




見たことない模様をした物が。




私の身体に埋めこまれていた(・・・・・・・・)




『………酷い』




《エメルナ》はただそう言った。




『誰が一体何のためにこんなことを…?』




私はその様子を見ていた。

不思議と痛くは無かった。

と、言うよりは違和感なども無かった。




まるでそれも私の身体の一部であるかのようにごく自然にそれは私の身体に埋めこまれていたのだ。




故に私はソレにふと触れてみた。

自分の身体を自分の手で触れる。

その当たり前の行為をした。




途端。




突然私の身体は光りだした。




『!!?』




突然のことに《エメルナ》は驚いている。いや、私も驚いていた。




その光は私の身体中のあちこちに何かの模様のような形になったと思うと、次にその模様が私の身体を駆けていく。




そしてその模様たちは私の身体に埋めこまれている所に集まりだす。




やがて全て光の模様が集まると、そこが一際強く輝き出し。




私の身体から離れた。




しかしソレは下に落ちることなく、なんと宙に浮かんでいるのだ。

そのままソレは白い布をまるで自らが意思を持っているかのように解いて行き、中身を現した。




そしてさらに光が強くなったかと思うと。




突如光は消えた。




気付けばソレは私の手元にあった。




『な、な、な、な…』




何が起きたのか、サッパリだった。

だが私はソレを見てすぐに何か分かった。

これは日記だ。




なぜそう思ったのかは分からない。だが。

私は直感的にそう思った。




『これ…日記なの?でも誰の?』




《エメルナ》が恐る恐ると言った感じで私の手元にある日記を見る。




『タイトルは…駄目ね。読めないわ。どうやらこの国の言語じゃないみたい』




その時だった。




ふとしたら。




自分でも気付いていなかったが。




私の口は動いていた。




『え?何?なんて言っているの?』




しかしやはり違う言語だからか、それとも私が初めて声を発したからなのか《エメルナ》には聞き取りづらかったようだった。

なので私は《エメルナ》の頭に響かせる。




『の……る…うぇえ…の…に…き?』




最初《エメルナ》は分からなかったようだが。




『あ!《ノルウェーの日記》ね!…………何それ?』




ようやく私が言っていることが分かったようだが、それでもやはり《エメルナ》は知らないようだ。




『それにしても一つ気になったのだけれども…』







『この、《ノルウェー》ってあなたの名前のことじゃないの?』




そう言われた。




その日から私は私ではなく。




《ノルウェー》となった。



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